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八重咲の勇者たち ~最弱スキルで最強になれ~  作者: 賢河侑伊
第一部 3章 漆黒の魔女 編
34/69

35話

 ガクが周囲を見渡すと、野犬やけんが数匹。


「どうして……襲ってこないって話じゃ」


 ガクは、ある事実に気づく。


 ―先ほどの音波弾、あれはガクへの攻撃ではなかったのではないか?


 ヒトには、きここえない音、だが動物には聴こえる音がある、と聞いたことがある。犬を誘い、凶暴化させる音があるのだとしたら。


(戦律―激昂(げきこう)


 ソーニャが汗をぬぐい、ささやく。


 音波弾による攻撃をおこなう「震撼シンカン」、対象を音波で凶暴化させる「激昂ゲキコウ」、戦意を失わせる技。三つの技を使いこなせる自分に対し、どう対処するのか―そう問いかけているかのようだった。


 ガクは、木刀を振り、大きな音を出し、犬たちを威嚇する。


 犬たちも、吠え、唸りはするものの、襲ってはこない。だが、動けば、その鋭い牙の餌食になるだろう。しかし、このままでは「戦律・震撼」による狙撃を受け、負ける。


 ソーニャが装具オルガンをかまえ、ガクへ標準を合わせる。その背に、半獣の妖婦セイレーンの姿が浮かび上がる。


 妖婦セイレーン―その身体は、大きな翼を広げた猛禽もうきん。しかし、その顔は、激昂する女性。鋭い牙を剥き、威嚇している。


 セイレーンに惑わされないようにするには、無音の世界に自分を縛るしかない。もしくは、音を発される前に倒すか―


 ガクは瞬時に後者を選択―《加速》を発動。泥のなかを進むように、ソーニャへと接近。そして、木刀の間合いへ。


 ソーニャは、先ほどまでガクがいた場所に、装具を向けている。


 ガクは、木刀を振るい、装具へと叩きつける。装具ごと、ソーニャを地面に押し倒す。


 ソーニャは、地面に倒れながら、唖然あぜんとする。何が起きたか分からない、という表情。だが、とっさに装具でガクの木刀を受け止める。ガギぃ、と木がこすれる鈍い音がする。


 犬たちは大声で吠えたが、戦意を失ったのか、混乱したのか周囲を走り回っている。


 ソーニャは、じりじりと、ガクの力に押され、地面へと押し倒されていく。その顔が、苦痛にゆがむ。額から汗が滲み、苦悶くもんの声が歯の隙間からもれ出る。

  

 状況だけ見れば、圧倒的なガクの優位。だが、ガクはあせっていた。


 ―ソーニャを拘束しないと、2人とも食い殺されるかもしれない。


 ガクは、《加速》を発動する。これで勝負を決めるつもりだった。


(戦律―帰零キレイ


 ソーニャがささやく―


 ガクの世界は、無音に……ならない。ガクの身体は、加速の動きに備えたせいで、力み、ソーニャから離れ、全く別の場所に来てしまう。


「なんだ……これ」


 ガクは、ソーニャを見る。瞬時に考察―自分の周囲に、特定の振動を発生させ、戦意を喪失させたり、相手の心拍を乱しているのか。これが先ほど、ガクから戦意を失わせた第三の旋律だろう。


 ガクは、太ももに生暖かく、柔らかい感触を感じる。ソーニャの技から、現れた生々しい幻覚―


 ガクの足に、半獣の女性がからみついている。脚は魚、上半身は裸。音で人を惑わせ、死に至らせる怪物セイレーン。白い乳房が柔らかくつぶれ、瞳が潤んでいる。その姿は戦意を失わせる。


 ガクは、我に返り、足を振るう。あまりにも生々しい幻覚だった。


 ソーニャは口を開け、喘いでいる。その腕は疲労で震え、眼は痙攣していた。対し、ガクは体力もあり、負傷もゼロに近い。


 一対一で見れば、ソーニャの圧倒的な劣勢。だが、ガクには「勝てる」確信が持てない。


 体力はあっても決め手に欠けるガクと、体力は限界でも決定打を持つソーニャ。異能の力ではなく、頭脳での戦いになる。


 ソーニャは、装具をかまえ、ガクをにらみつける。打撲で頬は膨れ、唇から血が流れている。


 犬が周囲で唸り、白い牙を覗かせている。いつ、襲い掛かって来てもおかしくなかった。その熱い息が、ガクとソーニャの肌を湿らせる。


 ガクは木刀を構え、対抗策を考える。そして、とっさに後方へステップ。ソーニャの領域の外へ。瞬時に鞘を手に取る。両手に持った武器を見て、ソーニャは目を細める。


 《加速》―


 ソーニャの装具が咆哮/音波弾の到来よりも早く、ガクは加速された世界で、鞘を投げつける。鈍い音をたて、ソーニャの頭に鞘がぶつかる。同時に、音波弾の衝撃が、ガクをつらぬく。


 身体の奥底が爆発したかのような衝撃。猛禽類の鳴き声のような、強烈な高音が全身を打つ。頭痛のような、平衡器官を揺らされるような不快感。


「が……は」


 ガクは、倒れ込み、動けなくなる。


 物音がする。そちらを見ると、装具を使い、ソーニャが立ち上がろうとしていた。しかし、体勢をくずし、その場で倒れこむ。


 ソーニャの額の布は取れかけていた。体力の限界などとっくに超えているのだろう。震えながら、それでも立ち上がろうとする。


 正面を取り、眉間に鞘を当てたはずだ。だが、それならば立てるはずはない―つまり、ソーニャはギリギリでそれを避けたのだ。


 杖をつき、よろよろとソーニャが近づいてくる。


 ガクも、よろよろと立ち上がる。脳天が揺れ、派手に胃の中のものを吐き出す。


 お互いが、最後の力を振り絞り、相対する。状況だけで言えば、ガクとソーニャは同等。だが、ガクには勝てる見込みがない。


 もし、もう一度、(戦律―帰零)を使われれば、勝てない。もう空中に躍り出るような体力はない。


 どうする―ガクは、割れるように痛む頭で思考する。


 ―本当の自分の心拍を聴くにはどうすれば良いか?


 ガクは木刀をかまえ、呼吸を整える。まずは、身体を整えるのだ。


 ―《植物操作》によって、植物を使って、外部から自分の心拍を聞けばいい


 ガクは、植物に意識を集中させる。


 ソーニャが装具を地面に押し付けるのが見える。


(戦律―帰零)


 地面から、人魚があらわれ、ガクの身体にからみついてくる。


(もう戦わなくていいのよ)


(剣を置いて、楽になりなさい)


 人魚の濡れた唇から発される耳障りの言い言葉。それはガクの心拍を緩やかにし、戦意を萎えさせていく。


 心拍が静かになった瞬間―人魚の目が獰猛な色をおびる。ガクは、ソーニャを見る。その装具から、猛禽が飛び立つ―惑わせ、獲物を狩る半獣セイレーン


(戦律ー震撼)

 

 音波が、猛禽となり、その鋭い爪をガクへと向ける。


「スキル……植物操作」


 ガクはつぶやき、自分のスキルを信じる。植物が外から、ガクの本当の心拍を伝えて来る。本当のガクの心拍―強い戦意。


 ガクは間一髪で音波をよけ、ソーニャへと接近。唖然とするソーニャの額から布を奪いとる。


「う……うそ」


 ソーニャが呆然とする。


「僕の勝ちだね」


 そう言い、ガクは倒れ込んだ。

 読んで頂きありがとうございます。はげみになりますので、感想、評価、レビュー、ブックマーク、お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
ついにここまで読ませていただきました! ソーニャは単なる音波攻撃だけでなく、幻惑を見せたり、犬を操ったり、多彩な音を活かした攻撃がなかなかすごいなって思いました。 ガクも加速や植物を使って、ギリギリの…
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