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良かった、生きてた……。
シュウジが生きているのを見て、エレンがほっとしていると、その横をマヤが駆け抜ける。
「シュウちゃん! シュウちゃん、大丈夫!?」シュウジに元に駆け寄ったマヤは、彼の顔を覗き込み何度も声を掛けた。「どうしよう……。全然、目を覚まさない。このままじゃ、シュウちゃんが!」
マヤが激しく狼狽えていると、隣にミツキがやって来る。
「……大丈夫だよ。派手にやられたけど、気を失っているだけだから。命に別状はない」
ミツキが能力で生み出す見えざる手は、触れた対象の身体的情報を読み取ることが出来る。
おそらくその能力でシュウジの状態を触診したのだろう。
エレンはミツキの言葉に心底安堵したが、マヤはシュウジの顔を覗き込んだままでいる。
「……どうしよう。シュウちゃん、息してない」
「え? いや、ちゃんと息はして――」
「いいえ、してないわ。そうでしょ?」
マヤに血走った目を向けられて、「あ、うん。そうだね」とミツキが頷く。
「だから、一刻も早く人工呼吸しなくちゃ。人工呼吸!」
鼻息荒く、マヤがシュウジに顔を近づけていく。
「ねえ、あの人、止めなくていいの?」
「無理です。怖い……」ミツキに耳打ちされたエレンは小声で答える。
シュウジを伸してしまった負い目もあるが、それ以上に今のマヤを止めるのは身の危険を感じた。
ミツキの提案は、何と言うか、空腹になった野生の獣から餌を奪い取るようなものだ。
そんな危険、誰が好き好んで冒すだろうか。
「……いただきます」ごくりと喉を鳴らしてからマヤが告げる。
そして、シュウジと自分の唇を重ねようとしたとき、ぱっとシュウジの目が開いた。
「何してんの、姉ちゃん?」
◆
エレンたちがシュウジの元へと向かった後、ソウとメイは想定外の事態に見舞われていた。
コンテナに背を預け呼吸を整えていたメイはその気配を感じた瞬間、兄の手を握っていた。
「に、兄さん。これって?」
「ああ、分かってる。かなりやばい奴が近づいて来ている」ソウは静かに答えると、メイを連れてコンテナの陰に移動した。「メイ、念のため、隠蔽を」
ソウがメイに指示をしたすぐ後だった。それは静かに闇の中から姿を現わした。
闇に溶け込む様な濡れ羽色の長い髪、病的なほど白い肌、月明りに照らされたその女性はまるで幽霊のような虚ろな表情を浮かべていた。
その手には、人の形をしたゲル状の何かが掴まれており、ズルズルと引き摺られて地面に汗染みのような跡を残していた。それはエレンが撃退したSVの一人、唐沢ハルキの体だった。
「おい、離せ宇布見! てめえ、どういうつもりだ!?」唐沢がゲル状の口から声を上げる。
「黙れ。口を開くな。私がここに来たということがどういうことか、お前なら分かっているだろう?」
「ハッ! 敗残兵を消しに来たってか? 随分、仕事が早えじゃねえか?」
「お前と違って有能なんだ、私は」皮肉を口にした唐沢に、宇布見は表情一つ変えず答える。「ただ、今回の回収対象はお前ではなく、もう一人の方だ」
「もう一人って……。まさか、あいつもやられたのか!?」
「ああ」そう頷いて、宇布見は前方を指差す。
そこには、マヤに無力化された道場が転がっていた。
「渡良瀬といい、道場といい、最近のSVはどうなっている? こうもあっさりとやられてしまうとは……」
「あれは、普通の人間じゃねえ。馬鹿正直に戦えば、お前だってやられちまうかもしれねえぞ?」
「そんなにか?」宇布見の表情が初めて変化を見せる。
「ああ。なんせ、能力拡張した俺があっさりやられちまったくらいだからな」
「能力拡張だと? 待て、どういうことだ? 何故、そんなことになっている? あれは本来、この世界に脅威が迫った際にだけ発動される緊急プログラムのはずだ」
「そんなこと俺に言われても知らねえよ。あの斉木ってガキが勝手にやったんだから」
「斉木? あの新参者の? 前回のループまではただの一般人だった奴が、あの声を聞いたということか……。どうにも解せんな。私たちの与り知らぬ所で何かが起きているようだ」宇布見はそう言って、しばらく考え込んだ後、ふと道場に目を向ける。「……先に仕事を済ませるか」
「……本当にやるのかよ?」
「こいつはもう抜け殻だ。SVとしての機能も記憶も持ち合わせてはいない」
唐沢の問いに無感情に答え、宇布見は道場に手を触れる。
すると、その体は光の粒となり、やがて空へと霧散して行った。
それを見送った後、宇布見が唐沢に目を向ける。
「お前をやったのは、白鷺が執心していた例の少女か?」
「だろうな。あいつの情報じゃ、派手な髪の女子高生って話だし、間違いないだろうよ」
「では、道場は誰がやった?」
「さあな。多分、あの子と一緒にいた誰かじゃないか?」
「それはつまり、私たちに対抗できる人間が複数人居るということか……。なるほど、お前の能力拡張の件といい、どうやら状況は我々にとって都合の悪い方へと向かっているらしい」
宇布見が面倒くさそうに言った時だった。
奥に見える倉庫の方から、凄まじい轟音が鳴り響いた。
「今のは?」
「斉木と俺をやったあの子が戦っているんだろう。この場に居る人間であんな真似が出来るのは、奴らしかいない」
「ほう……」
そう呟き、倉庫に向かって歩き出そうとした宇布見を唐沢が呼び止める。
「おい。俺のことは、放っておいてもいいのかよ?」
「私の役目は機能不全を起こしたSVの消去だ。残念ながら、お前はその対象になっていない。良かったな。私にそこまでの裁量が無くて」
「言ってろ」唐沢はそう吐き捨てるとその場を去って行く。
宇布見はそれに一瞥することもなく軽く膝を曲げると、高々と跳躍した。
最早、人間とは思えない、まるで日野森エレンのような身体能力。
ソウとメイは、宇布見がそのまま放物線を描き、倉庫の前に着地するのを見送るしか出来なかった。
「まずい! あいつをこのまま行かせたら!?」
あのイレイザーズの女が倉庫に向かえば、エレンたちの戦況に大きな影響が出ることは明らかだ。
あれはこれまで会ったどのイレイザーズよりも危険だとソウは感じた。
能力が不明だが、いま見たあの身体能力だけも、以前、ソウたちが倒した渡良瀬を軽く上回っている。
「兄さん、時間停止を!」
そう提案したメイに、「ダメだ!」とソウが声を上げる。
「このループに入って、もう何回能力を使っていると思ってる?」
「でも……」
メイの能力には、使用するごとに命を削るという大きな制限が掛かっている。ループ中の今はいい。どれだけ使っても、元に戻るのだから。だが、いざループから抜け出した時、命を使い果たしてたら元も子もない。それだけは看過出来なかった。
「とにかく、今は我慢だ。最悪の場合、俺から指示を出す」
「……分かりました」
不服そうに答えたメイを連れて、ソウはエレンたちの元へと走り出した。
「それに、状況も分からず使えば勝ち筋も見えなくなる。
だが、ものを相手にしては、ソウもメイも肉弾戦では紙屑のように蹴散らされるのは目に見えている。
その様子をソウとメイは、黙って見守っているしか出来なかった。




