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7話 勇者と露天商

「デカイな」


 四方を高く厚い壁に囲まれた街は広大だ。

 丘の上から見下ろすことで、かろうじて全貌を確認できてはいるが、わからない部分のほうが多い。

 建物としては平屋が多いようだが、ポツポツと多層建築も確認できる。


「民家……じゃないよな」


 箱型のそれは、ほかと比べても倍以上ある。

 仮に民家だとするならば、貴族や街の重役が住んでいる豪邸だろう。


「いや……う~ん」


 ビジネスホテルっぽく見えなくもないし、ロンドンなどにある古いアパートにも見える。


(まあなんにしろ、無一文のおれには無縁の場所だよな)


 悲しいが、事実だからしかたがない。

 それよりも気になるのは、街の奥に煙を上げている施設群があることだ。


(工業地帯……だよな)


 この世界に長くいるつもりはないが、軍資金が必要なのも事実である。


(機械制御なら、就職のワンチャンあるよな?)


 ふとよぎった考えを、かぶりを振って追い出した。


「イカン。イカンぞ」


 寄り道をしている暇はない。

 おれは気持ちを切り替えるように、最奥にそびえ立つ一際デカイ城に目を向けた。

 それはドイツにあるホーエンツォレルン城のような、中世ヨーロッパを感じさせる作りをしている……ような気がする。

 正直、遠すぎて輪郭ぐらいしかわからないのだが、ファンタジー世界の城、といった趣だ。


「まあ、見てるだけじゃどうにもなんねえよな」


 疑問などもありはするが、ここで判断できることはない。

 唯一確定していることがあるとすれば、眼下の街がこの辺の首都、もしくは重要拠点である、ということだけだ。


「この世界を知るには、ちょうどいいな」


 街が大きければ人も多い。

 異世界人が一人混じっても目立たないだろうし、他人の話を立ち聞きしても怪しまれにくい。

 少なくとも、そう信じなければやってられない。


「情報収集にはもってこいだよな」


 そう自分に言い聞かせ、おれは街に向かった。



「すげえな」


 壁のすぐそばまで来ると、思わずそう漏らしてしまった。

 遠めに見ても高いとは思っていたが、実物は予想よりずっと高かった。

 五、六〇メートルは余裕である。


「こんなもんどうすんだよ」


 巨人の進撃でも止める気でいるのだろうか。


(まさか……なぁ!?)


 四方に目線を配ったが、差し当たっての脅威はなく、巨大な足跡も存在しなかった。


「これ……必要か?」


 堅牢すぎる壁は、要塞と表現してもいいレベルだ。

 門もデカく、二、三〇メートルはある。

 特別な式典や有事の際にだけ使用するのだろうが、開閉作業だけでも一苦労だ。

 通常は大門の脇にある小さな門を使用しているようで、いまも五〇人以上の行列が形成されている。


「入れるかな?」


 門の前では入国審査のようなモノが行われていた。

 現金はおろか、身分証すら持ってないおれが通過するのは、普通に考えれば無理だ。

 けど、可能性はゼロではない。

 ベルトコンベアーで流れていくように、列の進みが異常に早い。

 次々と門をくぐっていく様子からして、不審者を弾くシステムがあるのか、審査がザルなのか、のどちらかだ。


(ダメ元で並んでみるか)


 入れれば最高だが、ダメならダメでほかの手段を探るほうに切り替えられる。

 結果、損はない。


「兄ちゃん、なんか買ってかねえか」


 入国審査の列に並ぼうとしたおれに、やせ細った露天商が声をかけてきた。


「いいもんあるぜ」


 少し離れた場所に広げられたゴザをさしているが、笑みを浮かべた口元からこぼれる歯は、欠けたり抜けたりしている。

 服もペラッペラの貫頭衣だ。

 とてもじゃないが、いいモノを扱っているとは思えなかった。

 と同時に、なぜ露天商がここにいるのかがわからない。

 実感として壁の近くになればなるほどモンスターとの遭遇率は減ったが、いないわけではないのだ。

 散発的に姿を見かけるし、個体によっては襲いかかる機会をうかがっているような雰囲気すらある。

 おれに話しかけてきた露天商がそれらに勝てるとも思えないし、商品を置いて逃げることもできないだろう。

 正直、ここで商売をするメリットが、おれには感じられなかった。


(まあ、いざとなれば警備隊が助けてくれるのかもしんないけど……)


 その望みは薄い気がする。

 警備隊は入国審査に並んでいる者たちの周りから離れる気配がない。


「へっへっへ。さては兄ちゃん、モグリだな」


 正解だ。


(まあ、モグリ以前にこの世界の住人でもないけどな)

「じゃあ、なんで俺がこんなとこで商売してるのか、教えてやるよ」


 頼んではいないが、露天商が勝手に説明しだした。


(ありがたい)


 好意を無下にせず、おれは黙って聞くことにした。


「この街は昔から工業が盛んでね。その要となる機械とやらを動かすには、大量の金が要るらしいんだ。たしか……油を買うんだったかな」


 その物言いで、露天商が機械の仕組みを理解していないことがわかった。


「まあなんにしろ、その資金に充てる金が必要だから、街に入るには入国税を収めなきゃならねえんだ。しかも、街に入れば住民税や居住税なんてもんまで、請求されちまう」


 憤まんやるかたないといった表情を浮かべるが、露天商はすぐに諦めたように笑った。


「金が払えなけりゃ、俺たちみたいに追い出されちまうのさ」

(なるほど)


 ということは、持ち合わせのないおれは門前払いだ。


(困ったな)


 なんでもいいから情報を集めようと思っていたが、並ばずに最悪の結果だけ知れてしまった。


「おい……おい……兄ちゃん」


 洋服の裾を引っ張りながら、露天商がにらんでくる。


「聞いたろ。ほら、情報料よこせ」

(カツアゲじゃねえか! しかも、なんの役にも立たねえよ)


 そう文句を言ってやりたいが、不必要なコミュニケーションは禁止されている。

 おれはかぶりを振った。


「ふざけんな!」

(それはこっちのセリフだよ!)


 だいたい、金がないのは一緒である。

 いや、少ないながらも持っている露天商と比べれば、無一文のおれのほうが、はるかにしんどい。

 あらためて自分の立場を理解すると、心がささくれ立つのがわかった。


(イカン。このままではまた惨事を繰り返してしまう)


 最悪が起こる前に、おれは体を振って露天商を振り解くことにした。


「あっ!?」


 思わず声が出てしまった。

 ほんの少し力を入れすぎてしまったようだ。

 おれから弾かれた露天商が、盛大な音を響かせ壁に激突した。

 ピクピクと痙攣しているから死んではいないが、壁に微細な裂傷を生じさせた様は、すさまじい衝撃があったことを想起させた。


「何事だ!?」


 すぐさま警備兵が駆け寄って来る。

 選ぶ選択肢などほかにない。

 おれは脱兎のごとく逃げ出した。


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