3話 勇者と聖剣
「よろしい。では、清宮成生さん。今からあなたは、勇者です!」
「わかった。おれはおれの魂を集める勇者になろう。差し当たって、それにサインしたおれはどこにいるんだ?」
「異世界です」
「えっ!?」
迷いなく言われ、おれは固まってしまった。
「ああ、やはりご本人でも驚くんですね」
サラフィネがうんうんとうなずいている。
納得しているところ申し訳ないが、もう少し詳しく教えてほしい。
「あなたの魂の一部は、なんの手掛かりもないまま、ある異世界に旅立ちました。本人曰く、匂いがするらしいです」
(スナイパーや探偵が比喩っぽく言うあれだよね? だとしたら、ヤバくない!?)
そいつ自身も、そいつと同じ魂を持っているおれも。
暑くはないが、汗が止まらない。
「それだけならまだいいのですが、あなたの魂……めんどくさいですね。二号にしましょう」
「いや、解り易いけど、二号はやめて。なんかさ、そいつが二号だと、おれってかなりイタイやつみたいじゃん?」
もはや、流れる汗は滝レベルだ。
「二号は突っ走ったあげく大魔王の城に単身乗り込み、一喝されただけで逃走しました」
(イタイ!)
心が悲鳴をあげた。
このイタさは、間違いなく致命傷レベルだ。
「現在、城のガラクタ置き場にある宝箱内に籠城した二号を助けるためには、大魔王を倒すほか手立てはありません。しかし、日本人であるあなたに、そんな力はないでしょう」
わかっているならありがたい。
いまは心の回復が第一だ。
そっとしておいてほしい。
「ですから、あなたにこれを授けます」
サラフィネはそれを許さず、サクサク話を進めていく。
「出でよ! 聖剣」
無数に発生した光の粒子が集約し、一振りの剣が誕生した。
剣に対する審美眼はないが、鞘同様無駄な装飾がなく、実用一辺倒に鍛えられた業物であるような気がする。
「どうぞ」
サラフィネが献上するように差し出した剣を、おれはゴクッとつばを飲み込みながら受け取った。
そこに理由はなく、そうしなければいけない気がしたからだ。
「おおっ!」
感嘆の声が漏れた。
というのも、鞘を腰に据えた瞬間、胸当てと手甲と足甲が装備された。
(ヤダッ、テンション上がる!)
おれは心の回復を確認した。
こういったことは卒業したと思っていたが、心根にはまだ残っていたらしい。
中二魂というものが。
(まあ、なんだかんだゲームも小説も好きだからな)
やれる気がしてきた。
「その装備を身に着けたことで、あなたには相応の力が付与されました。身体的にも若返り、見た目だけは完ぺきな勇者です」
言葉に棘を感じるのは、おれだけだろうか。
「理解しているとは思いますが、力を行使するには責任が伴います。過ぎたるは及ばざるがごとしです」
たしかにその通りだ。
ファンタジー小説の主人公になったような気分ではいけない。
給料が上がり自分はできる、と勘違いし、イタい目にあった過去もある。
思い上がりは、失敗のもとだ。
(アブないアブない)
指摘されなければ、同じ轍を踏むところだった。
「忠告、感謝する」
「お安い御用です。では時間もないことですから、修行に移りましょう」
「えっ!?」
「フォールシールド」
四方をバカでかい白い壁に囲まれた。
本能的なものだが、これはどうにもならない気がする。
試しに殴ったり体当たりしたが、予感の的中を証明しただけだ。
比喩ではない。
文字通り、どうにもならなかった。
殴った手も、ぶつけた体も痛くない。
感覚としては、ものすごく柔らかいクッションに包まれた感じに似ている。
やんわりと衝撃を吸収し、ゆっくりと元の形状に戻っていく。
拳銃やバズーカはもちろんだが……核爆弾を使用しても破壊できないような気がする。
腰に携えた剣ならイケるのかもしれないが……どうだろう?
「セイヤァ!」
試しに斬りつけてみたが、どうにもならなかった。
「セイント」
サラフィネからのフリが聞こえたので、
「セイヤァ!」
もう一度剣を振るった。
やはりダメだった。
壁にもおれにも、一切の手応えがない。
リアクションもなかった。
スベって詰んだ。
(ッざけんなよ! 責任取れよ!)
そう叫びたかったが、おれは無言で納刀した。
なにもなかった。
そう思うのが一番だ。
「んん!?」
頭上から一枚の紙が降ってきた。
手に取り、書面に視線を落とす。
『勇者よ、健闘を祈ります!
サラフィネ』
床がせり上がった。
感覚としては、白い箱のエレベーターで昇っているようだ。
最初同様、壁を触っても痛くもないし、摩擦で手が熱いということもなかった。
落ちる危険はなさそうだが、どこまで上昇するのかもわからない。
「これは怖いな」
つぶやくのと、床が止まるのが同時だった。
勢いよく射出されたおれは、空中でバランスを崩し、背中から落ちた。
「イタッ」
反射的に口にしてしまったが、少しも痛くない。
地面も柔らかい素材で出来ていた。
「お待ちしておりました。勇者様」
安堵するおれの前には、胸まで届く立派なあごヒゲをたくわえた老人がいた。
いや、よく見れば老人ではない。
サラフィネだ。
「なにしてんだよ?」
「お初にお目にかかります。わたしは修練の間を管理する者です」
おれの疑問は一蹴され、初対面を装う女神がうやうやしく頭を垂れる。
「いや、女神のサラフィネだよね?」
「違います。ポポです」
「ミスター?」
「いいえ。ミスです」
「そうか。なら、この話はやめよう。これ以上は地雷になりかねん」
「お心遣い感謝します。では、修練の間へとお進みください」
丁寧な言葉とは裏腹に、おれはポポと名乗るサラフィネに背中を蹴られ、無理やり修練の間に押し込まれた。