第二十五話 ラズの帳
しばらく股間を抑えていた狼魔族は、痛みが引いたのか、座りなおした。
「はァ……ッたく、こんな決着は初めてだぜ」
「まぁ、勝ちは勝ちってことで」
俺は数歩進み、相対するように座る。
「じゃあ、負けたついでに教えてもらおうかな」
「あ?」
「なんでこんな閑散としてるのかなぁって。選定戦前だし、次は自分が魔王にって燃えるもんじゃないの?」
狼魔族は、はァ…と溜息を吐く。
「…そんなことも知らないで来たのか?」
「勇者が来たのに魔王紋が出てないとか、内通者がいるんじゃないかっていう話は聞いたけど」
すると、片眉を引き上げ顔を引きつらせる。
「はァ…?それを知っててなんでわかってねェんだよ」
「誰にも出てないなら自分にもワンチャンあるって思わないの?」
「なるほど…お前がのこのここんなところに出てきた理由がわかったぜ…」
なんか不愉快な思い違いをされている気がする。
だが事情が事情なので、説明もできず黙るしかないのが歯がゆい。
そんな俺の沈黙を、狼魔族は勝手に肯定と受け取ったらしい。
「……ッたく、能天気な野郎だな」
「そう?」
「いいか、今の状況で“自分にもチャンスがある”なんて考えてる奴はな、半分はもう死にかけてるようなもんだ」
「物騒だね」
「当たり前だろうが」
苛立ったように吐き捨てる。
「今この国でのNo.2…いや、魔王様が死んじまった今、現状最強のネリウス様にすら出てねぇ」
「あーなんかそんな名前聞いたなぁ」
「…続けていいか?」
呆れたようにこちらを見つめてくる狼魔族に首肯する。
「なら、ネリウス様以上に強い奴が魔王紋ごと隠れてるか、国内の同胞が魔王様を殺して、今もなお潜んでるかしかないってことだ」
…なるほど。
「ほぇー」
「ほぇーってお前なァ…」
「要はそのネリウスサマ以上に強い奴が犯人候補。で、迂闊に動いてるとそいつに見られるってわけね」
「おゥ…なんだわかってんじゃねェか」
意外そうに見られても困る。俺はそこまで馬鹿じゃない。きっとそうだ。
「ところで、お前吸血鬼だろ?その実力なら、ヴァンクレイ国のか?」
「いや?その辺の田舎から来たけど」
一瞬、沈黙が落ちる。
しれっと反射でそう言ったがまずっただろうか。
「おいおい嘘も大概にしとけよ。ありえねェだろ」
「…?( ゜Д゜)ハァ?」
「…わかった、きっとお前はそうなんだな。俺が悪かった」
どうやら信じてくれたらしい。
こいつの中の俺の人物像がどうなっているかは、もう考えないことにする。
「じゃあさ、ここにいる他の人たちはどういう目的?」
「俺と同じだ。怪しい奴がいたら喧嘩吹っ掛けて尋問してんだよ」
「あ、そういうとこは強引なのね…」
頭が回ると思いきや、結局実力行使だったようである。
「とりあえず、お前は強いが世間知らずの田舎モンってことがわかっただけで十分だ」
「おい、その評価の仕方には異議を申し立てたいんだけど」
「事実なんだろうが。いちいち突っかかってくんなよ」
「名誉棄損だぁ!」
―――その時だった。
ふと空が明るくなったような気がした。
俺と狼魔族は、ほぼ同時に上を見上げる。
特段明るいわけでもないのに、暗い青紫に沈んだ星空には、淡く揺らめく光のカーテン、オーロラが広がっていた。
思わず絶句する。
こんな所で目の当たりにするとは。
「ラズの帳か……珍しいなァ。荒れんぜ、こりゃ」
「荒れる?何が?」
「選定戦がだ。…お前ホントにどうやって今まで生きてきたんだよ。『ラズの帳は波乱の予兆』、常識だろ」
いや知らんがな。そんな常識は俺のスキルには載ってません。
ホントにさぁ…こういう時の為の常識スキルじゃないのだろうか。偏った知識もそれはそれで困る。
便利なんだか不便なんだか…
とはいえ、空に広がる光景そのものは、素直に綺麗だった。
地球じゃ極地でもなければまず見られないようなオーロラが、こうして頭上いっぱいに揺れている。
異世界に来てから大抵のことには慣れたつもりだったが、こういう景色を見せられると、少しだけ感動してしまう。
……まぁ、その横で「荒れるぜ」とか言われているせいで、台無しではあるが。
周りを見てみれば、同じく空を見上げる者が散見された。
こっちを見ている者もいるので適当に手を振っておく。
…あ、目逸らされた。
どうやら、俺たち…いや、正確には俺は予想以上に注目されていたらしい。
まぁ、怪しさで絡まれて派手に戦闘していたんだからそりゃそうか。
「ところでさ」
「ァんだよ」
「ここにいる人たちって、選定戦に出るの?」
俺がそう尋ねると、狼魔族は周囲をちらりと見た。
「全員じゃねェ。が、出る奴は多いだろうな」
「顔見知り?」
「名前と顔くらいはな。闘技場周りにいる連中なんざ、だいたい似たようなもんだ。強い奴を見りゃ覚えるし、弱い奴は勝手に消える」
「魔族らしい雑な覚え方だね」
フン、と狼魔族は鼻を鳴らす。
「少なくとも、ここにいる連中の何人かとは、いずれ当たることになるだろうよ。俺も、お前もな」
「トーナメント式なの?」
「とおなめんとしき?…んだそりゃァ」
トーナメントが通じない…だと!?
「…えっ、とぉ、二組同士で戦って、負けた方はそこで脱落、勝った方は他の勝った隣の組と今度は戦うのを繰り返して、最後の一人になるまでやる方式」
「…あァ、勝ち上がりのことか。変な呼び方するんだなお前」
「これが世界の違い、か…」
「何一人で耽ってんだ気持ちわりィ」
「あぁん!?」
碧いオーロラは揺らめき、夜はゆっくり更けていく。
選定戦まで、―――残り七日。
設定資料集でも書こうか悩み中…




