放課後エンジョイしちゃう?
「コナンに憧れてサッカー! それはなんというか……面白いですね」
心海と隆太さんが雨のなか遊びに行き、昼すぎにドーナツを買って帰ってきた。
心海は遊び疲れたのか、もぐもぐとドーナツを食べてすぐにお昼寝をはじめた。
休みの日は隆太さんが全力で遊んでくれるから、助かってしまう。
平日も忙しく仕事してるから休日はゆっくりしてほしいと思うけど「心海と遊ぶのが一番のストレス解消だから」と言われると嬉しい。
眠った心海に毛布をかけて、隆太さんがはじめた話が「心海がサッカーしたいって」……だったのだ。
隆太さんはドーナツを私の前に出しながら、
「心海、サッカー出来るのかな? 運動会のダンスはすごく頑張ってたけど」
「足が遅いほうではないと思いますよ。でもコナンくんを見てサッカーしたいなんて、めちゃくちゃ面白くないですか? 私の時代はスラムダンクがすごく流行って小学生の半分以上の生徒がバスケしてましたからね」
まさかここにきて再び映画になって、ブームがくると思わなかったけど。
隆太さんは「まあ確かに、そういうものかな……でも怪我しないかな……結構ハードなスポーツだよね……」とさっそくスマホで調べ始めた。
どうやらかなり真面目なサッカーを想像してるみたいだけど……私はスマホを取りだして幼稚園のサイトを開き、
「隆太さん、たぶん心海がしたいのは放課後エンジョイクラブのサッカーだと思いますよ」
「ああ、そうか。さっきも幼稚園のサッカーだと言ってました」
隆太さんは頷いて、サイトを見始めた。
心海が行っている幼稚園は山の頂上にあり、園庭がとにかく広い。
幼稚園が終わったあと、その広い園庭を利用して活動している「放課後エンジョイクラブ」という習い事に参加することができる。
幼稚園の先生たちが見るのではなく、外部からコーチを招いて月謝を払って受けるもので、サッカー、バレエ、ピアノに英会話と色々ある。
私たちは共働きで幼稚園の延長保育をお願いしてるんだけど、その横で「放課後エンジョイクラブ」が色々しているのは知っていた。
心海はサッカーの練習を見ていて、コナンくんも相まって「たのしそう!」と思ったのだろう。
私はドーナツを一口食べて、
「お迎えに行った時に何度かみたことありますけど、ちゃんとボールを真ん中に置いてですね、こう足で取り合う! みたいなことをしてましたね」
「幼稚園児なのに結構本格的なんだね」
「あのサッカークラブは、幼稚園と小学生に特化した所みたいで結構ちゃんとしてましたよ。私最近ハマってるサッカー漫画、主人公が小学生なんですけど、今のサッカーの教え方ってすごくシステム化されてるんです!」
ワラビちゃんが「これ熱いです!」と教えてくれたサッカー漫画は、荒唐無稽な動きをさせるのに、教育のシーンだけうんちく満載で面白い。
語っていたら隆太さんが目を細めて、
「相変わらず咲月さんはハマると色々調べてて面白いですね」
「ちょうど最近ハマった所だったんです!」
「読んで見ようかな? 一階にある?」
「ありますよ、じゃあ今持って……あっ……(隆太さん大変ですっ……心海が起きてきて……隆太さんを狙ってますっ……!)」
私は横を向いて小声で伝えた。
心海は廊下を挟んで向こう側のテレビの部屋でお昼寝をしたんだけど、どうやら起きたみたい。
そして心海最近のブーム……コナンくんの麻酔銃を持って廊下をソロソロと歩いているのが見えたのだ。
コナンくんを見ていた心海がある日突然「あの、人をねむらせられる時計がほしいの!」と言い出した。
……わかる、あれ、すごくほしいよね。
調べてみたらなんと売っていて、でもそのお値段四万円!!! 子どものオモチャの値段じゃない。
絶対みんな作ってるでしょうと調べたら、山のように作り方が出てきた。
私は手作りが恐ろしく苦手で出来る気がしなかったので、ワラビちゃんに相談してみたら目を輝かせて「あれ一回作ってみたかったんですよ!!」と言ってくれた。そして板橋さんと一緒にプロも顔負けの品を作ってくれたのだ。
オモチャの時計の上の部分にガチャガチャの蓋を重ねて、ちゃんとパコンと開く……すごい!!
去年のクリスマスプレゼントをそれにした所、もう超気に入って、暇さえあればそれを腕にはめて移動している。
サンタが作ったもので、不思議な力が宿っている設定になっていて、それを使って背後から撃たれたら、眠らないといけない……というルールが我が家にある。
心海は廊下をするすると移動して、壁に隠れて(9割身体が出ている)腕時計型麻酔銃で隆太さんを撃った!
「(撃ちました)」
と私が横を向いて口だけ動かして伝えると、隆太さんは分かりやすく「ふにゃあああ」と声を出して机に倒れ込んだ。
眠りの小五郎ならぬ眠りの隆太さん。お約束だから仕方が無い。
それを廊下で見ていた心海はトコトコと普通に心海は部屋に入ってきて、
「ママおはよう! ドーナツまだある?」
「心海もう食べたじゃない。夜ご飯があるから、もうおしまい」
「もうちょっとだけ。ね。ちょこっと!」
「もう……おいで?」
心海に甘えられるとすぐに許してしまう。心海はわぁいと私の膝の上に乗った。
ちなみに心海と私は普通に話しているけど、隆太さんは机に倒れ込んだままだ。
これが幼稚園児で本当に面白いんだけど、麻酔銃で眠らせるだけ眠らせて、口パクしようとかそういうことは全くしないのだ。
そのまま放置される。これがもう個人的には面白くて仕方が無い。設定がルーズすぎる。
私も何度か眠らされたけど、起きるタイミングが分からず、そのまま本気で眠ったことが数回ある。
それが心海の中でものすごく満足度が高かったみたいで「このじゅう……パワーがすごいな……」と言っていたのを聞いたとき、お腹が痛くなるまで笑った。あの時は疲れててそのまま寝ちゃったの、ごめんね。
私はドーナツを少し心海に渡して、
「サッカーしたいって本当? 「放課後エンジョイクラブ」でいいの?」
「うん! みっちゃんも、たっくんも、みんなしてて、あいちゃんもおいでよって言ってくれたの」
「そっか。いいよ。じゃあまず体験してみようか」
「やったーー! ここみ、コナンくんみたいに上手になれるかな? ドーンってしぶやの町でできるかな」
「うーん……あのベルトがないとダメなんじゃない?」
「じゃあ来年のサンタさんにあのベルトおねがいする!」
コナンくんのベルトというのは、真ん中にボタンがあって、それを押すとサッカーボールが出てくるやつだ。
あれはさすがにワラビちゃんでも作れない気がする。というか、もうこうなるとワラビちゃんは我が家の阿笠博士だ。
ダメ、面白い。なんなら似合う。白衣買って渡したい。
心海はまだ食べ足りないみたいで、隆太さんが食べ残していたドーナツに目をつけた。
そろそろと手を伸ばしてそれを取ろうとしたら、隆太さんは「ふああああ」と目覚めた。
心海は慌てて再び麻酔銃で隆太さんを撃った。隆太さんは再び「ふにゃああああ」と言って眠ったが、同時に口の中にドーナツを全部入れてモグモグと食べた。
「あーーーっ、ちょっと間に合わなかったかあ」
心海は不満げに隆太さんを見た。
ちょっと間に合わなかったかあって!
隆太さんは大声で笑いたくて仕方が無いのを震えながら我慢しているようで、手がピクピクと揺れている。
なのに口元がモグモグ動いていて面白すぎる。心海はもうドーナツ食べ過ぎ! これ以上食べると夜ごはんを食べなくなると隆太さんも知っているから、自分の分を口に無理やり投げ込んだのだ。眠りながら食べると喉にドーナツが詰まりそうなのが心配になり、私は心海を連れてテレビの部屋に行った。
目の前から離れた身体を起こしてオッケー! ゆっくり食べてほしい。
心海と遊びながら、私は唯一のママ友だち岩崎さん(推定何かのオタク)のLINEを送った。
岩崎さんのところの美奈子ちゃんもあのサッカークラブに入っているはず。
詳しく聞いてみようっと!
そして「あれ……俺……寝てた……?」と演技しながら起きてきた隆太さんと三人でコナンを見た。
渋谷にも一回心海を連れていかないと! 聖地巡礼?
『オタク同僚と偽装結婚した結果、毎日がメッチャ楽しいんだけど!②』
コミカライズ②巻が10/27(金)に発売されます。
特典もたくさんあるのでぜひ活動報告のほうで見てくださいー!
私もSSを書きましたし、雪子先生のイラストもあります。なにより話数と話数の間に挟まっている小さな絵がめっちゃ可愛いので、ぜひ見て欲しいです! よろしくお願いします。