晩餐
夕方になり、あたしはグルルルギューゴゴゴゴと凄い音を鳴らす腹の虫に耐え切れなくて、扉の鍵を開けた。
しばらくしてそーっと廊下を伺っていると、ずっと待っていたのか、侍女が入ってきた。
「ご機嫌麗しゅう、サクラ姫。私はサクラ様の世話を任された侍女のカカオでございます」
ペコリと、上品にそして優雅に挨拶してくる貴婦人。多分上流階級出身なんだろうと思われる気品の高さだ。
サクラ姫なんて呼ばれてびびったけど、一応花嫁として召還されたのだから、姫という身分に落ち着いたのかなぁとあたしは思った。
にしても。
グゴゴギュルギュルゴゲゲゲ。
どんな音を出してんだあたしの腹。
毎度のことだけどさ。
カカオさんて侍女は苦笑する。
「すぐに晩餐の場所へご案内します」
「あ、あの!」
「はい?」
「あ、ありがとう。それから……おいしそうな名前ですね」
最後の一言と一緒に、お腹がギュルルルと一段と凄い音を立てたのだった。
カカオについて晩餐会場にいく前に、衣装部屋に通されて、あたしは憧れていたフリルやらレースがふんだんにあしらわれたゴシックドレスを着させられた。
胸の部分が大きく開いていて、あたしはブラジャーをとって、この服専用だという下着をつけた。パンツもなんかフリルいっぱいの勝負下着のようなのにはきかえた。
本当なら、衣装部屋にいく前に湯浴みをさせたかったのらしいけど、あたしが夕方まで部屋に籠りきりになっていたので、湯浴みは晩餐の後に回されることになった。
こんな王宮で優雅にバスタイム。ちょっと憧れる。これからの晩餐にも。
あたしは、他愛ない会話をカカオと楽しみながら、やたら高そうな装飾品をつけられて、髪をブラシでとかされ、薄く化粧されて出来上がった自分を鏡で見る。
「は。結婚してください」
自分に自分でプロポーズしてみた。
「面白い方ですね、サクラ姫は」
「姫はやめて。サクラでいいよ。あたし、姫なんて柄じゃないもの」
本当に。
何処の誰だろう、この美人さんはってくらいの変身ぶり。
母さんより美人じゃね、これ?
やべぇ、そんなこと思ったのが母さんにばれた日には、孫の手で尻はたかれるわ!
いやいやそうじゃなくって。
ええと?
「ポッポーポッポー」
鳩の鳴き真似をして、なんとか落ち着こうとした。これがリクと同じ癖だと知ったら、もう二度としなかっただろうに、まだ知らなかったから。
鏡の中のあたしは別人のよう。
親友のあやかが、元はいいんだからと言っていた言葉を思い出す。
あたしは、まだ磨かれていなかった宝石の原石だったんだ。そうじゃないとここまでかわらないよ。
そういや、親友のあやかが中学の頃の写真を見せてもらったけど、別人のように目立たない普通の顔をしていた。メイクのテクニックだけで、最近は普通の顔とかちょっと十人より下って顔でも美人になるんだし。
あー。
あたしが王子なら、あたしに今すぐ求婚するのに!
王子様になりてぇ。
ハァハァハァ。
……やべぇ、いつもの妄想癖が出てきた、この変で終わっておこう。
カカオに案内されて、晩餐が催される広場に足を踏み入れた。
煌びやかなシャンデリアの明るさに、まずは目を細める。
今日は急遽ということもあり、パーティーは行われず、宮殿に勤めている貴族を呼ぶこともなく、王族だけでの晩餐。
リクとリリエルと、そしてあたしだけ。
ああ、カカオまって去っていかないで!
あたしは目で訴えかけるけど、カカオは勘違いしたらしくて。
「ごゆっくり、お楽しみくださいねサクラ様」
ぎゅるるるる。
腹がなる。
背に腹は変えられない、戦にも飯は必須じゃあ!!!
あたしは、目の前のたくさんある豪華そうな料理を適当にフォークとスプーンをもって平らげていく。
あまりのスピードに、給仕係りも吃驚しているようだ。
骨付きチキンを、手でつかんでそのまま食べたら、一番遠くの席にいたリクが顔をしかめた。
「そなた、テーブルマナーも知らんのか。異界からきたといっても、所詮は下賎の出か?」
むかっ。
どうせ一般市民ですよ!
王族なんかと比べたらそりゃ雲泥の差でしょうね!
あたしは、骨になったものをリクの顔めがけて、投げた。
「うりゃああ!ホームラアアアン!!!」
席をわざわざ立って、野球のボールを投げるように力をこめて。骨はリクの顔に見事に当たり、リクは椅子ごと床にバタンと倒れた。