聖国へ
魔術学院の最終学年はもう半分も残っていない。
就職先の決まった人たちは、学業より就職先を優先して見習いとして働いたり、必要な技能を習得したりする。
それと同時に、就職先が決まってなかったり、卒業が決まってなかったりする人にとってはかなり焦っている時期だ。
聖国行きに誘えば、あっさりと快諾したサムイルとアルシェイドはどちらも就職するつもりがない。アルシェイドはともかく、サムイルは騎士にでもなるかと思っていたのだが、本人、冒険者のままでいたいそうだ。
騎士になりたくなったら、冒険者の功績でなるからいいらしい。功績はドラゴン討伐で十分だし、サムイルは親ってコネもある。
ついでにしばらく働かなくてもいいくらいの貯蓄もあるそうで、旅行感覚で未知の魔物討伐をサムイルは楽しみにしていた。
いろいろ連れ回しても問題ない、幼なじみ。僕としては都合いいけど、いつまで振り回していいんだろう。
お偉くなって、住む世界が変わると思ってたんだが、サムイルが変わらないままなら、素材採取に世界中旅してもいいな。
卒業後に思いをはせ、現状から僕は目をそらす。
顔は笑っているのに、目はまったく笑ってないマルクが怖い。直視できなくて視線をそらす。
出国準備の最難関がマルクになるとは、想定外だ。
「商品の試作品いろいろ作ったし、しばらく僕いなくても平気だろ?」
作り方とか注意点は書面にしてあるし、実際に製造できるようにするのはマルクの仕事だ。分業化による生産性の上げ方なんて僕は知らない。
「貴族の方と顔つなぎしてほしかったのですが」
そういえば、そろそろ社交シーズンの時期か。
「あー、卒業後、この国に定住するはか未定なんで、今年は顔つなぎナシでよろしく」
マルクの片眉がはね上がる。
笑っているのに怖いって、ホント、やめてほしい。
「では、未定でよろしいですので、どういったことを考えておられるか教えていただけますか?」
依頼に見せかけた命令に僕は逆らう勇気を持っていない。
素材採取の旅に出たいとか、定住するならダンジョン都市か多様な素材が手に入りやすい交易都市がいいとか、思いつくまま語る。
「わかりました。商会長なのにあなたは商売ではなく、趣味の素材採取でふらふらいなくなるのですね」
どういう念押しかな。顔笑ってるけど、怒ってるのか、呆れてるのか読めない。マルクの体内魔力は安定しているから、冷静なのはわかるが、ここ、肯いていいんだよな?
僕がぎこちなくうなずくと、マルクは出国を許してくれた。
飛竜は竜種の中では下位の存在だ。
人語は使わないし、人化もしない。サムイルが騎乗予定の竜は少し前まで少女の姿をしており、竜化した今は飛竜たちに遠巻きにされる威容を誇っている。
千年竜と呼ばれる千年を超える寿命を持つ種の未成年体で、飛竜の成体を上回る能力を備えている。そして、彼女はサムイルには懐いているが僕が嫌いらしい。
アルシェイドを乗せるのはいいが、僕はダメだそうだ。
一人寂しく、飛竜か。千年竜ほど速く飛べないから置いていかれることになる。無理強いできることじゃないし、無理やり乗って上空て落とされても困るし、仕方ないと受け入れた。
レヴィエスを騎乗者に空に上がり、サムイルたちがすっ飛んで行って、直ぐに姿が見えなくなっる。お空でレヴィエスと二人きりだと、のんきに構えていたら、荷物は全部妖精石にしまえと言われた。
「約束のものだ」
どこからともなくレヴィエスが取り出したのは人の頭ほどある大きな魔石。たっぷりと魔力の詰まった魔石は白く、淡い光を放っていた。
「これ、レヴィエスの魔力に染まってる?」
「ああ、竜の魔力は貴重だぞ」
笑みのような形に唇の端を持ち上げ、レヴィエスは次々とに指示を出してくる。言われるまま僕は魔石から魔力を引き出し、結界を作った。
「真円の球体結界だ、それでは歪んでいる」
「飛竜に座ったままそんなのを作ったら落ちる」
「そうか」
短くつぶやくと、レヴィエスが竜化する。そして大きな手で僕を結界ごとわしづかみした。
「真円が作れないなら握り潰す」
そんな宣言とともに結界にヒビが入り、僕は結界の作成に心血をそそぐ。
結界作りに集中しすぎて、サムイルたちを追い抜いたことに気づかないまま空を進む。
安定して真円が作れる頃には聖国の上空で、お別れした飛竜は自分で飛竜貸し屋に戻り、サムイルたちはかなり後方だと教えてもらった。
さすが竜種最上位の古代竜。その能力は千年竜をはるかに上回る。
千年竜の未成年体はサムイルに負けて懐いたらしいし、人種に負けてしまうこともある種と神に例えられることもある種は比べようもない。
飛竜貸し屋から出発したので、到着地点も飛竜貸し屋だ僕は思い込んでいた。しかし、レヴィエスが降り立った地は聖国の国教の総本山。それもそうそう立ち入れない奥の院の中庭だった。
勇者を信奉する教会なのだが、どうやら竜も拝むらしい。わらわらと表れた人たちが竜種を崇めていた。
朝出発で僕は昼前に、サムイルたちも午後には到着し、教会の奥の院で合流する。思ったより早く着いたので、明日には迷いの森に向かいたかったが、待ってがかかった。
教会の総本山には勇者の聖遺物がいくつもあるそうで、それらの譲渡及び貸し出しのために、勇者がこれから集まって来るらしい。そして、聖遺物の一部は迷いの森に置かれているそうで、勇者が迷いの森に向かうまで待ってほしいそうだ。
待っている間、禁書を含む教会図書の閲覧許可と菜園の一部で採取許可が下りたので、僕はおとなしくしている。
アルシェイドも教会所有の図書が気になるそうで図書館に入りびたり、サムイルは教会の武道派と身体を鍛えて過ごしていた。
教会から見た魔人と勇者の歴史が気になるらしく、アルシェイドは歴史書の書架の前に居座っている。僕は歴史より、禁書指定されている魔術と調合と錬金術にひかれた。
三つとも手を出すとどれも中途半端になりそうで、最初に気になる本を見つけた錬金術の本の解読に勤しむ。
幻影ダンジョン素材を使った本なのだが、まずこんな本を書ける人がいたことに驚く。当然禁書扱いで、かなり古い文字を使っており読み難い。
隠語とか暗号もあって、解読はなかなか進まなかった。
禁書は地下書庫にあり、人はほぼ来ない。僕は記述にある素材を妖精石から取り出し、素材の反応をためす。反応結果から記述を読み解いていく。
同時代の錬金術の本を広げ、暗号の元になっているらしい物語の本も広げた。どうにかそれらしい術式を作りあげたら実際に試してみる。
繰り返して三つほど術式を読み解くと、それ以降は読み易くなった。どうやら素材の持つ属性とは別に幻影ダンジョン素材は光属性と闇属性に親和性が高いようだ。
特性を知ればさるほど、新しい物を作りたくなる。
勇者が五人とも到着し、迷いの森に向かったらしいが、図書館から離れたくない。レヴィエスの威光で下りた許可だ。次に訪れても入れないから、ぐだぐだと出発を引き延ばしていたら、本を二冊もらった。
どっちも禁書じゃないくて、迷いの森について書いてある。迷いの森素材の調合の本と迷いの森にある遺跡についての本。
これも最近の本ではないが、ちょっと文字が古いくらいなので、錬金術の禁書に比べれば絵本みたいに読みやすい。
寝る前にちょこちょこ読んでいたら、失っていた興味が戻ってきた。
のせられているのはわかっているんだけどね。
行きますよ。
どうにか本一冊解読できたので、僕らは迷いの森に向かうことにした。




