国際交流会と襲撃
風が冷たい。
街路樹が色鮮やかな葉を落とし、街路を染めていく。
やっと帰って来た街は人があふれていた。
今年度の国際交流会はカールクシアで開催されており、各国から人が流れてきている。
集まってきた人々の一番の注目は五人そろった勇者だろう。新聞も雑誌も勇者を中心に特集を組んでいる。
僕は今年、国際交流会に参加予定していない。勇者についてももう僕とは関わりがないはず。魔力濃度の違いで迷子にならなければ南部に行けることは証明できた。
ご大層な竜認定の探索者でなくても行ける。ただ、彼らは行った先から戻ってこれなかっただけ。でも、勇者を案内するだけならできるヤツはいくらでもいる。
そんなもの勇者を召喚した各国がそれぞれ用意すればいい。スパイス屋の店主に聞いたことと合わせてアルタに報告書を出せば、終わりだ。
一緒に戻って来たサムイルとアルシェイドとは店に顔を出してから戻ると別れ、僕は一人街を歩く。露店の並ぶ広場まで行き、街路樹の側に立たずをでいれば、待ち人が姿を見せる。
飛竜貸屋を出てからずっとついてきていた気配。さほど隠す気もなかった様なので、接触する機会を待っていたのだろう。
背を向けて歩き出した相手を今度は僕が追った。
向かった先は大通りから離れた場所にあるカフェ。同じ通りに幾つかの店はあるが、商店街になるほどではない。住宅街よりにある店だ。
古ぼけた戸を押して中へ入ると、半分ほどの席がうまっていた。客のほとんどは男性で、初老の店主らしき男に店の奥の階段を指差される。
酒、タバコ、紅茶、煩雑な臭いが充満する店内を抜け、階段を登った。香りを楽しむ店ではないなし、高級感もない。
常連には居心地は良さそうだが、それ以外には排他的に感じられる。
まあ、密会ってわけでもないし、見られて困る関係でもないから、誰かに邪魔されることなく、落ち着いて話せればそれでよかった。
二階にはテーブルが五つあったが、人影は一つしかない。
「おかえり。長旅ご苦労さん」
楽しそうに笑い、アルタが迎えてくれる。
「ただいま」
そんなあいさつを返しながら、そんなあいさつをする仲だだったか悩む。
アルタに手で示されるまま、僕は向かいの席に座った。
「アルタさんがこういう店を選ぶって、意外ですね」
「万人受けする店は今はどこもいっぱいだからな。無名の学生が相手だとオレ好みの店は使わせてくれない」
つまり、僕の価値はその程度になったということか。
「もしかして、店に入ったのにお茶も茶菓子もナシとかいいます?」
「この店、二階まで注文取りには来てくれないからな。欲しければ、下で頼んで自分で持ってくるしかない。オレは外で買って来たが」
アルタは紙袋を見せ、ビン入りのジュースを二本と紙包みされたサンドイッチを出す。
「持ち込み、いいんですか?」
「場所代払って、ゴミ持って帰るならな」
「じゃ、紅茶いれますよ」
この国の寒さに僕の身体はまだ馴染んでいない。身体は温かいものを欲していたし、どうせ妖精石の所持を知られているのだ。自重する意味がない。
加熱用の魔方陣を刻んだ板を出し、テーブルに置く。やかんに水入のビンを出して、沸かす。
茶器を出し、沸いたお湯で温め、計量スプーンで茶葉を測る。
「ちなみにミルクはないです。甘みが欲しいならジャムか蜂蜜なら出せますが?」
「ルキノはどうするんだ?」
「僕は蜂蜜を入れる予定です。蜂蜜はいいのが手に入りましたから」
アルタが遠い目をした。
寄り道した僕らとは別行動になった騎士たちは先月には戻って来ていたはずで、アルタはその報告書を読んでいるようだ。
「仕事でつきまとうしかなかったヤツらなんだからいじめてやるなよ」
「いじめてなんかいません。僕は友好的にお付き合いできるよう、努力しただけです」
にっこり笑えば、アルタが顔を引きつらせやがった。
「アルタさん、僕、価値が下がってもまだ仕事相手ですよね? もうちょっととりつくろった対応をしてくれてもいいと思います」
「お前に騙されてくれる可愛げがあるならいくらでもとりつくろってやるが?」
茶器を温めていたお湯は鍋を出して捨てる。茶葉を入れ、蒸らしている間に鍋の水を魔術で蒸発させた。
やかんと加熱板を妖精石に戻し、小瓶に入った蜂蜜とスプーンを出す。
「なんか、僕の扱い雑になってませんか?」
価値の低下がこんなとこにもでるのか。
「騎士から上がってきた報告書、よくできていたよ。というかできすぎ。教会にある報告書とも整合性がとれすぎていた」
カールクシアと教会は別の意図があって行動を共にしていなかった。なのに報告書は類似点が多い仲良しな結果になっている。
どちらもが正直な報告をした結果とみる者もいるが、密談があったとみる者もいる。大抵が互いの所属を意識した仲の悪さから前者とみているようだが、アルタは後者だそうだ。
「個別尋問もやったし、女と酒を使って聞き出そうともしたんだが、どいつも最終的に怯えて何も語らない。優秀な連中だったのに今や臆病者だ」
何をやったと、視線が問いかけてくる。
僕はその視線を無視してお茶を淹れ、蜂蜜を入れた。
「えーと、あの騎士さんたち、優秀だったをですか? 報告を上げる人が残ればあとは消耗品的な、下っ端かと、ね?」
「南部の危険地帯に行くのに優秀でなければ生き残れないだろ。大陸を半分以上縦断する飛竜の代金も安くない」
多くの金と時間を使うため、結果を出せる人を選んでいたそうだ。
「騎士としての有能さと冒険者としての有能さは別ですからね。冒険者の行動が騎士さんには辛かったんでしょう」
僕は紅茶を飲み、一息おく。
非難がましい視線を送るアルタに僕は事実を教えよう。
「僕は大司教より騎士さんたちには危険の少ない優しい態度をとりましたよ」
ドラゴン討伐をした大司教よりは絶対安全だった。
「大司教、五体満足だったよな?」
「騎士さんたちに比べて、大ケガをさせたなんてことありませんよ」
たぶん、肉体的一番痛かったのは蜂に刺された時。被害としては騎士の方が酷かった。
あとは囮に使いはしてもケガはさせてない。
「大司教って、教会じゃ上から数えた方が早いお偉いさんでしょ。ケガさせないように気を使いました」
「そうか? 聖国に帰国したときはやつれていたと、情報をもらっているが」
「教会は教会で派閥争いがあるそうですから、その関連ではないですか?」
帰路は囮に使わなくてはならない場面はなかったし、その頃はやつれてなかった。
うん、僕のせいじゃない。
納得はしてなさそうだが、アルタはそれ以上追求してくることもなかった。
気分を変えるよくに紅茶に手を伸ばし、香りを嗅いで満足そうに笑む。
寄り道をしてダンジョンに潜り、稼がせてもらったので、茶葉はいいのを買っている。淹れ方も問題なかったようで、アルタは気にいってくれたようだ。
小腹が空いていたので、僕はサンドイッチをもらう。食べるだけ食べてから報告書の取り出す。
「わずかですが、現地の方と交流できましたのでまとめておきました。騎士さんにも大司教にも流してない情報です」
密談があったと認めるようなものだか、アルタなら悪いようにしないだろう。
「どう使ってもいいですが、僕は勇者と一緒に活動するつもりはないですよ」
スパイス屋の店主から聞き出した話をもとに、どのように魔人が進行したかを中心にまとめてある。一部推測も含まれているが、五大国で真っ先に魔人の被害を受けた国が店主の予想と一致しているので大きな間違いはないだろう。
アルタが報告書に目をとおす。
「天険山脈の西側か」
万年雪に閉ざされた人跡未踏の地。その西側に国はなく、崖から海になっているらしい。だが、海沿いは雪もなく起伏は激しいが、徒歩なら通れなくはないそうだ。
そしてその抜けた先にあるのが、真っ先に勇者を召喚したラザード帝国。
「海路と合わせて検証がいるな。ルキノ、やる気ないか?」
「ないですね。海とか植生の少ない所は興味ないですから。よほど面白い素材があるなら考えますが」
海産物素材に興味はあるが、監視付きで行動制限されたくない。
それに大陸の東側沿岸は元々交易海路があった。港町を奪還すれば、そっちは使えるはず。街道が魔力濃度上昇してダンジョンよりになっているのと同様のことが、海路でも起こっているらしいけど、対処できなくはないはず。
僕はもう一つ紙の束を取り出す。
「こっちは寄り道したダンジョン攻略記録です。僕とサムとアルの卒論ということでお願いします」
卒業の確約はもらったが、南部遠征の情報は卒業までに公開にならない可能性がある。そのため卒論用にダンジョンによって上層主を倒してきた。
卒論の証明のために、ダンジョンを管理している国から討伐証明書と階層主の魔石買取記録ももらってきている。
「一月足らずでよく攻略できたな」
「パーティに恵まれてましたから」
サムイルとアルシェイドが揃うと上層階の階層主相手でも過剰戦力だ。上層階完全攻略地図なんて作ろうとしなければ、数日で階層主は攻略できた。
正直、攻略は簡単すぎたくらいだか、僕の技能だけだと相当苦戦するのがわかるだけに悲しくなる。
サムイルとアルシェイドなんて比べる相手が悪いのもわかってはいるのだが、自らの魔力的非力さはいかんともしがたい。
アルタの予想では今後、僕の監視はなくなるそうだ。それに合わせて家族の方の監視もなくなるらしい。
僕である必要がないなら、勇者にまつわる功績は貴族たちで分け合うことになる。
「こちらからの接触はなくなるが、勇者が在籍している間は先生やっているから、何かあれば来い」
「頼らなくていい日々を願います」
これで、自由ってことかな。
とりあえず今日は休んで、明日はマルクに店の様子を聞きに行こう。
街はどこに行くにも混み合っている。
人、人、人で、出かける気をなくす。
けして、マルクに閉じ込められているわけじゃない。必要だから店に閉じこもっているだけだ。
数ヶ月店に顔を出さなければ仕事が溜まるのも仕方ない。が、笑みを浮かべたまま怒るなんて器用なマネをされると怖いですよ、マルク。
ちゃかす勇気もないので、大人しく店に引きこもり魔術具の改良に勤しむ。
何かを新しく作るより、すでにある道具を改良する方が対処が易い。不具合が多くて定着しなかった魔術具に狙いを定めて作成していく。
改良事態は嫌いじゃないんだけど、マルク機嫌なおしてくれないかな。
「ルキノさん、そろそろ休憩しませんか?」
カヌメがお茶とお菓子を持って顔をのぞかせる。
「あー、そっち行きます」
きりのいいところで手を止め、この場を片付けよりは席を立って移動する。
「後いくつですか?」
「四つ。今日か、遅くても明日には終わる」
改良して、改良点を書面化し、生産手順書を作る。それをマルクが精査して、店で雇っている人で作れる物を商品化する。
回復薬とか消耗品で一定収入はあるが、新商品がないと売り上げが伸びない。売り上げとマルクの機嫌は比例しているそうで、現在マルクに逆らえる人はこの店にはいなかった。
僕、この店の旦那サマなんだけど、経営をマルクに丸投げ状態で逆らえるはずがない。
「半月後には新商品も売りに出せますから、マルクさんの機嫌もそろそろなおりますよ」
「だといいんだけだね」
談話室兼休憩室のソファに身を預け、カヌメが用意してくれたお茶に手を伸ばす。
細かい作業は嫌いじゃないが、疲労は溜まっていた。
「そういえばルキノさん聞きました? 勇者さん、五人とも準準決勝進出したそうですよ」
「それはすごいね」
四番目と五番目に召喚された勇者、そのくらい戦えるように育ったのか。五番目は会ったことないけど、四番目基準で考えると急成長した上にどっかで化けたな。
街で流れている国際交流会のウワサをカヌメから聞き、僕はお菓子を食べる。食べ出すとお腹がすく。
食べ歩きに行きたい誘惑にかられた。
「ルキノさん来年成人ですよね? 新年は実家に帰られるんですか?」
「帰らないよ。帰るとしたら卒業後かな」
やっと監視がなくなったことを思えば帰ってもいいが、このまま帰らない方が何かあったとき巻き込まなくてすむかもしれない。
カールクシアは手を引いたが、教会と竜がどういう判断をしているのか不明だ。
だらだらしていたら神経に障る魔力を感知した。
「カヌメ片付けよろしく」
僕は部屋を飛び出すと階下へ向かう。
「旦那様、お出かけですか?」
「明日には終わらすから見逃して」
仕方ないとばかりにため息をついてマルクが見送ってくれた。
僕は自らの感覚に任せて移動する。
近づけば近づくほど逃げてくる人が増えた。
襲撃箇所は十数ヶ所にのぼり、悲鳴が響いてくる。そんな悲鳴を無視して、人通りのない路地に向かう。
どこもかしこも逃げ惑う人であふれているのに、ここだけは静かだ。
そして、人の気配がない。この先にいるのは魔人と魔物だけ。今ならまだ引き返せるけど、好奇心が勝った。
まっすぐに進んで行くと、その先にいたヒトにため息をつかれる。
「危険なモノからは逃げるのがお前の主義だろ?」
「ご主人サマはペットは殺さないだろ?」
アルシェイドは僕から視線を外し、周囲にいた魔人に命じる。
「手を出すな。アレはこっちの行動の邪魔はしない」
命令されたのは魔人だが、僕に対する牽制もあるかな。もともと邪魔するつもりはないし、襲撃の撃退に回るつもりもないけど。
「で、駄犬よりのペット、何しに来た?」
「見たかったんだよ。魔人が魔物を操っている方法を」
肩をすくめるとアルシェイドは檻に入っていた魔獣を片手でつかみ出す。そのままつかんでいた手で魔獣に魔力を流しこむ。
濃密な魔力で魔獣の魔核が染め替えられる。死んだら魔石になる魔力の中心部が、生きたまま染めかえられ、その性質を変えた。
魔力を得たことで巨大化もしているから、魔力だけでなく身体も変容している。
「満足か?」
実演してくれたのか。
「優しいご主人サマ、ありがとうございます」
ものすごく嫌そうな顔をされたが気にしない。僕は気楽にその場にとどまる。
アルシェイドは次々に魔物を変容させると、そばにいた魔人に変容した魔物を渡して命じていく。
最後の一体を魔人に渡し、僕と二人になるとアルシェイドは疲れたように笑った。




