軍事演習場 昼
一泊二日のキャンプ、ってとこかな。
安全が確保された軍施設の中、テント張ってお泊まり。準備不足だと、減点になるが食料でも、武器でも、道具でも用意してくれるそうだ。
魔術学院から軍施設までは馬車で移動。街を出るさい、学生証で関所の通り方を学ぶ。昼前に軍施設に到着し、固形食料や乾物を使った料理の仕方を教えてもらい、昼食となる。
昼食後、事前申請していた荷物を受け取り、徒歩で今晩の宿泊地へ向かう。地図とコンパスを渡されて、迷わなければ一時もかからない場所だ。
足の速い騎獣なら数分で駆けつけられる。危険な魔獣に遭遇したら照明弾をうち上げたら、助けに来てくれるらしい。
間違いで照明弾をうち上げたら減点だが、正当な理由があれば減点にはならない。
学外実習中は減点になる罠があるそうだが、たぶん危険なことはないだろう。
学外実習一日目。
各自、自作の昼食を取ると班で集まる。
申請している荷物は食事三回分と調理器具。毎回堅焼きパンと干し肉で調理しない案を出したが、却下された。でも、一班最大貸し出し二つのテントを目的地受け取りで減点案は採用された。
テント一つ運ぶのに二人いる。男三人しかいないし、お嬢様に重い物なんて持たせたくないそうだ。帰りは片づけまではやるが、計画的にテントを置いていき減点される予定になっている。
お嬢様たちは各自一泊分の荷物を背負う。クラークとスーフは自分の荷物と申請した荷物を半分持つ。
僕は申請した荷物なんて待たない。堅焼きパンさえあれば充分だと思っているし、どうしてもいるなら減点でいいから現地受け取りにするべきだ。
この件に関しては運搬料を出すいわれたが断る。小銭で身動きでなくなるより、素材採取した方がいい。
僕はマントの上に採取用の大きなリュックを背負う。
班長はスーフの主のお嬢様。くじを引いてコンパスと地図を受けとってくる。ちらっと盗みみれば現在地に赤丸があり、目的地に赤バツがあった。
大変わかりやすいし、まっすぐ進むだけ。縮尺をみればやっぱりたいした距離じゃない。
先頭がクラークとその主。最年少で一番小柄な彼女のペースならみんなムリしないでいいはず。最後尾が班長とスーフで、僕は彼らを視界の隅にとらえつつ採取に勤しむ。
それに指導役の軍人さんがついてきて、さらにその後ろから荷車がついてくる。軍人さんは聞かれるまで何も答えない。質問すると減点で、歩けなくて荷車で運んでもらっても減点される。
お嬢様たちの話し声を聞きながら薬草採取。薬草は栽培している場所があるそうで、演習場で採取する人はいないらしい。軍施設だから地元住民が採取することもなくて、取り放題状態だ。
複数皮袋を用意して、種類別に採取する。ついでに枯れ枝を広い、僕はにこにこしながら、声がしなくなったお嬢様たちに合流した。
「そろそろ休憩しよう」
もうすぐ目的地だが、まだ陽は高いし、ムリする必要はない。クラークが持っている敷物を広げ、お嬢様たちはそこに座る。
授業にはドレスでくるが、さすがに今日はみんな動きやすい格好をしていた。僕は確認していた川へ行く。皮袋で水をくんで来て、スーフが持っている鍋を借りる。
魔術でコの字形に地面を隆起させ、簡易のかまどを作った。拾った枯れ枝に魔術で火をつけて、お湯を沸かす。
「飲む?」
「白湯ですか?」
誰にともなくかけた声に返事をしたのは留学生のレオナ。
「香草見つけたから、香茶にはなるよ。味はどうなるだろうね」
「味のわからないもの飲ませるつもりなの」
クラークの主が上げた声に他のお嬢様たちが同意する。想定範囲内だね。
「強制して飲ますつもりはないし、僕は君らの味役でも毒味役でもないから。味も安全性も自己責任です。班で共用する鍋を使ったから声けただけだよ」
「ルキノ、白湯で下さい。茶葉持ってきていますから私が淹れます。カップを各自ご用意下さい」
荷物の中からクラークが茶器を出す。お嬢様の望むものをちゃんと用意している。
茶器を持って、クラークがかまどのそばへ来た。沸騰しているのを確認し、火からおろす。
「荷運びを拒否したのは採取したかったからか?」
「実入りいいし、趣味なんだ。学外実習で荷物持ちだけはしないよ。必要があるならともかく、野外で食事になんてこだわらないから、君らの荷物のほとんどがムダにしか見えない」
「荷物運んでないから食事抜き。といっても困らないんだろうな」
「困るなら運ぶよ」
食事は基本現在地調達。何もなかった場合に備えて保存のきくものを常に身につけている。
「こっちでやってほしいことはあるか?」
「枯れ枝拾い。夕食の調理に使う分くらいは集めたけど、僕ら夜外だろ? 朝の調理にも使うし」
火があるとよってくる魔獣がいるならともかく、たき火は消したくない。それに明け方は冷え込む。
「歩きながら拾って迷われても困るし、テント張ったあと元気だったらでいいよ」
「そうさせてもらう」
少し冷ましたお湯を使いクラークは紅茶を淹れる。僕の分もあったのでもらう。クラークはできに不満そうだったが、飲んでも何がダメなのかわからなかった。
それはそれとして、僕は残ったお湯に香草を入れる。
さっぱりしていて、苦みもなかった。見つけたら多めに採取することに決める。
飲みたいと主張したレオナに分けていると、味見したいとクラークがコップを持ってきた。残りは軍人さんと荷車の人にあげた。
「ありがとう。貴族さんと一緒は大変だろ」
指導役は話せないけど、荷車の人は話せるようだ。
「歩くことには文句いわないんで、がんばっているんじゃないかな」
「そうだな、荷車に乗せなくいいのは助かる。だいたい荷車に乗る子は乗り心地が悪いとわめくからな。それでどうにもならないと親の名を出す」
「大変ですね」
「ちょっと脅かしても、恥じかかされただ。転んで、ケガさせられただ。毎年必ずわめく子がいるからな。こっちも脅かすのは仕事でやっているだけだつーの」
「それががわからないからわめくんでしょうね」
荷車のお兄さんと一緒になって笑う。
あなた今、しゃべりすぎましたよね。一人香茶を飲んでいる指導役の方苦笑してますよ。
何も気づかなかったふりして、鍋をスーフに渡す。
一定の距離を保ってついて来ている人が二人いる。危険な感じがなかったので、採点官か安全のためについて来ているものだと思いこんでいた。
近づいてくるようなら注意がいるな。僕に対してじゃなくても、わめいて実習中止にされたら困る。
実習の再受講は座学よりお値段が高い。どうしようもなかったら気絶させてでも黙らせよう。
お嬢様たちにおしゃべりする元気が戻ったので、休憩は終わりにして出発することにした。
休憩前の半分もかからない時間で、目的地に到着する。指定場所である目印の旗のそばにテントを張った。
お嬢様たちには休憩してもらってるのが一番いい。
何させてもケガしそうだし、何もしないのが一番の手伝いになるような人たちだ。
「じゃ、僕は寝ます」
視線で批難を受けた。
「野営だから夜みはりに起きている人がいるだろ? 夜寝れない分今寝るの」
同意なんて求めてないし、邪魔されなければいい。
テントを張るのに下ろしていたリュックを背負い木陰に移動する。寝床予定地の確認をしているとクラークがよってきた。
「勝手な行動だな」
「それで脅しにでもきた?」
「いや、注意事項があるならきいておこう」
「水と火の確保。夕食は明るいうちに作る。僕が寝たらちょっかいださない。寝ているときによってくるのは夜盗か魔物だから、手加減できません。お嬢様が大事なら近寄らせないでね。ケガじゃすまないから」
クラークがそばを離れると、マントのフードを深くかぶり横になる。魔術学院のお嬢様やお坊ちゃんに期待なんてしない。
迷宮都市にいたころ、長期休暇を利用してダンジョンに潜る魔術学院の生徒がいた。彼らの使う魔術は高度で多彩なもの。それはそれで評価されるものだが、ダンジョンではどこまでも迷惑な存在だった。
密閉空間で火を使い、魔物より人に被害を出す。弱い敵に威力の高い魔術を使って崩落をおこす。討伐中の魔物を横取りする。
悪気なく迷惑行為をばらまく連中だ。なるべくそばにいたくなかった。
「ルキノ、起きなさい」
名を呼ばれ、目を開けるとエミール先生がいた。馬でBクラスの生徒がいる班をまわっているそうだ。
「やっぱり、孤立しているわね」
身体を起こし、お嬢様たちに視線を向ける。
かまどらしきものができ、鍋が火にかけられていた。
「あの子たちは樽で水を出してもらい減点になったわ」
「落第するほどの減点ではないでしょう?」
「あなたがもう少し協力してあげたら、高得点がとれるわね」
黙っているとエミール先生は困ったように笑った。
「あの子たちはあれで真剣なのよ」
「そうですか? それなら貴族は貴族らしく貴族科にいてほしいです」
貴族科なら野営なんてないらしいし、危険な授業もないはず。魔術学院の授業が安全に配慮されているとはいえ、負傷は出る。後遺症の残るケガをした人もいれば、死者の出た年もあるそうだ。
「お遊びにしか見えない? 特にこの班の女の子は座っていればいいものね。でも、ここまで甘い学外実習は今回だけよ。移動で歩くことさえしてくれない子は貴族科に転科してもらうわ」
「貴族のためのふるい分けですか」
「そうね。あとはルキノくんのような子のあぶりだしも目的よ。君は今すぐにでも魔獣討伐残る遠征に行けるわよね。野外での生活のしかたなんて講義なんて受けたくないなら、点数稼ぎに班のために働いてあげてくれないかしら」
「それをいいにきたんですか?」
「ちらほらいるのよね。つきあいきれないってふて寝しちゃう子が。でも、できることを証明してもらわないと荷車がついてこないだけの、今回みたいな実習を受けてもらわないといけないわ」
仕方ないから、動くとしよう。ここの素材はいいが、班で拘束されるのは嫌だ。
「先生、質問すると減点になる?」
「内容によるわ」
「なら、減点にならないなら教えて。反撃はどこまでしていいの?」
「遊びですむ範囲にしてほしいわ」
次の班へ向かうエミール先生を見送る。馬に乗りなれているようで、後ろ姿にスキがない。
太陽の位置を見て、僕はこれからやることを決めた。
「メシできそう?」
野営とは思えない豪華食材のスープに目をやる。
料理担当はクラークとスープの二人。手を確認しても切ったようすはない。血入りの食事にはなってないようだ。
「問題ない」
「水、明日の朝まで足りそう?」
「大丈夫だ。水で減点は不満か?」
「いや、どうせなら減点で夕食だしてもらえば良かったな、ってね」
クラークに冷たい目で見られた。
最短ルートでクラークはお嬢様を誘導し、目的地にたどり着いた。地図のみかたはわかっているし、水場がどこかわかっていたはず。
それでも減点を選んだのは、お嬢様のそばを離れたくなかったからだろう。
「料理講習は罠だよね。食事は作らなくてはいけないって思いこますための」
「ルキノ?」
「僕さ、確認したいことあるから出歩いて来ていい? あと地図も見せてほしいな」
クラークが地図を持って来てくれる。折りたたまれた地図を広げ、水場を探す。都合のいい川がある。休憩のときはそこで水をくんだ。おそらく、どの班も川の近くが目的地になっているはず。
「なあ、今回の実習は学年全員参加だよな? 全部で何班になるかわかる?」
「AからDまでが20人クラスで10班。EからHクラスが40人クラスで20班だ」
「Aクラスから出発で、僕らはどの班とも遭遇してない。水場が、本当にこの川だけなら30班もあれば、似た方向に進む班の一つくらいはいるはずだろ?」
許可が出たので、地図を手に僕は川へ向かう。
気配が二つついてくる。最初に狙われるのは僕か。
一定のペースで歩き続け、河原へでた。
魔術でできた雷の矢が飛んでくる。後方へ避けると、投げナイフが飛んで来た。
「いいね」
楽しそうな声に嫌な気分になった。
剣抜いて笑いながら襲ってくるのは人としてどうかと思う。腰の剣を抜き、受け流す。
中剣にしては幅の広い剣。もとは大剣で、折れたのをもらって加工した。素材、斬れ味ともにいい剣で、魔術を使う補助具にもなる優れものだ。
剣での攻撃は受け流すことに専念する。距離を取れば魔術で矢が飛んでくるし、逃げだせもしない。
「遊びの範囲超えてないですか?」
「学院の先生から指導の入った子は特別仕様だよ」
そんな特別いらない。
さて、どうしよう。
殺気はないし、相手はお仕事。勝必要はないが、負けると痛そなのが考えものだ。
悩んでいると、攻撃がやむ。
「やる気ねーな。坊主」
「安全な魔術で状況を打開できそうになかったので、打つ手がなかったんですよ」
疑わしそうな視線を向けられたが、知らんぷり。こんなことに魔石や魔具を使うのはもったいない。
「川の向こうへ行くなら続きをすることになるが、どうする?」
「こちら側にいます」
ふるい分け、か。