閑話 男友だち
聖国イルベリアス王国から手紙が届いた。
ガイナート帝国が勇者召喚を成功させたらしい。
「レオナさま、祖国からはなんと」
祖国から一緒にきた侍女が心配そうな顔をする。わたしは作りなれた微笑みを向ける。
「夏期休暇に指示が出ました。ミアはお留守番です」
学外実習としていくなら、侍女は連れて行けない。一人で行けるとは思えない以上、学外実習という名目がないと誘った相手に同意してもらえないだろう。
まずは同意の取りやすそうな人から声をかける。
「サムイルくん。夏期休暇に学外実習をご一緒してもらえませんか?」
「ルキノがいるなら行く」
指名されたので声をかけに向かう。座学の授業で姿を見かけないので、共通実技の授業で捕まえた。
「行くのはいいんだけど、レオナには向いてないよ。実習場所変えたほうがいい」
「祖国からの指示ですから、いかないとダメなんです」
可愛らしくお願いしてみてもルキノくんには効果がないんですよね。なにしろ彼はわたしのことを丈夫な盾くらいにしか思ってない。
女は守るなんて考えてないでしょうし、わたしの性別を認識しているかさえ疑問です。
「なら、アルも行こう」
「オレも行きたいんだが、夏期休暇は予定があるんだ」
「アルの予定って、僕手伝える?」
「手伝ってくれたら時間はできる」
ルームメイトのこの二人、仲良いわよね。二人だけでわかる話しているし、アルシェイドくんはルキノくんを特別扱いしている。
ルキノくん以外の要望はにこにこ笑いながら拒否して、誘いもほとんど断っていた。愛想いいからごまかされているけど、アルシェイドくんは優しい人ではない。
何考えているかわからないけど、有能。学外実習で一緒に行ってくれるのはありがたいから、感謝はしておく。
また男三人と学外実習に行ったと、同性からは批難受けるわね。でもね、ちやほやしてほしいならこの三人はダメよ。寝る場所なんかでは女扱いしてくれるけど、他はやるこやらないと次はない厳しさがある。
あたし、できない。とかやってたら、その場に置き去りにされそう。きゃ、怖い。なんて言える状況もなかった。
誰よりも先に魔物はルキノくんが見つけるし、近寄られるより先にサムイルくんかアルシェイドくんか退治する。
姿を見てない魔物相手に怖いなんて、抱きつくとかわたしには無理だわ。
彼らとは別の学外実習で、風で木の葉が揺れて怖いと男の子に抱きついた強者もいる。いるけど、それをやったあなたがわたしは怖い。
仮に、彼らにやったとしても、サムイルくんは、邪魔って引きはがしそう。アルシェイドくんは冷ややかな目を向けてくるだろうし、ルキノくんは抱きつく前に避けそう。
彼らは女を出すより、わたしは優秀な盾役と主張したほうが仲良くしてくれる。
それに、無能なのにオレに従えなんて態度の勘違いさんよりはつき合いやすい。ルキノくんの料理はおいしいし、魔力をいっぱい使うと、お菓子か何か物を作ってくれる。
ルキノくん、女子力高いわよね?
料理も裁縫もできて、お薬まで作れる。ルキノくんに任せていたら、体調管理は万全。武器や防具の手入れも上手だし、食料やお金の管理もルキノくんがいつもやっている。
サムイルくん、女の子の基準がルキノくんになっていたらハードル高すぎよ。
平和に暮らせるならルキノくんがお嫁にほしいわ。祖国に帰れば巫女だから結婚できないんだけど、女の子なら侍女としてお持ち帰りしたかった。
毎回のことなんだけど、実習の予定が男の子三人で決められている。予定変更がわたしだけ、相談じゃなくて報告。しかも、変更手続きまでやっちゃっているから、同意するだけでいい状態になっていた。
このあたりが、上から目線で命令してくる子たちとは違う。面倒事を押しつけようとすると人たちと、面倒事を引き受けてでも自分の望む状況を作る人たちの差を感じる。
でも、国内移動で飛竜ってどうなのかしら。
ルキノくんによると、格安で乗せてくれるらしい。
飛竜貸し屋の主人の親戚がサムイルくんに会うために田舎から出てきたそうで、サムイルくんと一緒にいたいからと格安契約ができたみたい。
移動時間が短くなったので、その間アルシェイドくんは用事を片付けるそうだ。ルキノくんも手伝いに行くから、実習は現地集合になるかもしれない。
王都からの移動はサムイルくんと二人でする。
連日新聞では魔物による襲撃事件が報じられており、速くて安全な飛竜での移動はありがたい。
でも、どうしたらいいのかしら?
女の子が一人、サムイルくんにべったりくっいています。視線が完全にわたしが邪魔だと主張している。
できればわたしも空気読んであげたいわよ。
でもね、飛竜が運ぶ籠から移動中は降りられないの。
迷宮都市エイトには飛竜だと朝、出発すれば昼には到着する。地上を移動するとなると、山越えがあり日数がかかってしまう。
土砂崩れや強い魔物が出たとかで、通行止めになることも多いらしい。その点、飛竜は便利なんだけど、今回は快適な旅にならなかった。
サムイルくんもわざわざ会いにきてくれたんだから、少しくらい愛想よくしてほしい。そしたら、わたしがにらまれることもなかった。
到着するとわたしは教会に連れて行ってもらう。わたしが教会にいる間に拠点になる場所を決めるそうで、迎えに来るまでいるように言われた。
迷宮都市は治安がよろしくない。王都と同じ感覚でいるとカモにされるそうだ。
祖国からの手紙を見せて、ここの教会の首席神官に会う。
ここは人が人を襲う。それが常態化しており、教会が救済できる範囲はごく限られている。
無条件で人を救おうとすることが、ここでは自らを危険にさらすことであり、一緒にいる人を危険に巻きこむことらしい。行動を起こす前によく考えるように諭された。
夕刻になって、ルキノくんが迎えに来る。
サムイルくんはデートで、予定をつめこんで消化したアルシェイドくんは疲れて休憩中らしい。
「ここに慣れるためにも食事して行こう」
なれた様子のルキノくんについて行く。
人ごみにいるとスリにあった。ルキノが取り返してくれたけど、通り一つ歩くだけで三回。細い路地に連れ込まれたのが一回。口塞がれて胸をわしづかみにされた。
ルキノくんが蹴り飛ばして助けてくれたけど、衝撃的すぎる。
「王都とは違うのは理解できた?」
わたしはうなずくことしかできなかった。
食事をしていてもスリやセクハラに遭う。絡まれてばかりで精神的に疲労が蓄積された。
滞在場所は宿ではなく、週単位で貸している部屋。やっとたどり着くと、ルキノくんから薄汚れたフード付きのマントを渡された。
「明日からはこれ着てね。からまれるのが趣味なら着なくてもいいけど、毎回助けてもらえるとは思わないで」
どうやら見た目を悪くしてほしかったらしい。説明するより体感してもらったほうがはやいと、あえてからまれやすい店と通りを選んだようだ。
ルキノくんにヒドい扱いをされたと考えて、思いなおす。見た目が一番頼りないルキノくんしか迎えにこなかったんだから三人が共謀した結果だ。
クラスメイトの女の子は騒いでたけど、こいつら甘くないぞ。説明の手間省いてトラウマ作られた。
「次からは先に説明して下さい。服装も態度、必要なら変えます」
「二度手間になりそう」
面倒と態度に出していたが、声はかけるとルキノくんは約束してくれた。
なるべく素直に話は聞こう。面倒と思われたとたん体感教育に戻されそうだ。
たぶん、わたしはここで取捨選択覚えなくてはいけない。そのために迷宮都市へ行くように命令されたのだろう。
誰か生かすために切り捨てる。
ここは善意が悪意に利用され、優しさが美德にならない。甘さは悪意を呼びこみ、自分も周囲も危険にさらす。
ルキノくんはこの町では人か魔物かでは区別しない。襲ってくるかどうかが、判断基準。襲ってきたら、魔物と同じ扱いになる。
ここは教義が実践できない。自らの命をかけただけでは足りなくて、教義に殉じるなら置いていくと宣言された。
言葉にしたのはルキノくんだけ、でも二人も同じ考えをしている。
「僕、ダンジョンで、魔物相手にケガするより、人に刺されたことのほうが多いよ。信じられないなら試してみる?」
わたしは首を横にふる。
わたしはここの在り方に適応しなくてはならない。
いずれ出会う、勇者のために。
わたしは勇者の盾になるべく、この国にいる。戦う人の邪魔になる者ではいけない。
学外実習の課題はすぐに終わったけれど、わたしたちは夏期休暇の間中ダンジョンに潜り続ける。
ダンジョンの中階層まで潜るようになると、魔物が強くなった。サムイルくんが楽しそう。
アルシェイドくんは傍観ぎみで、ルキノくんは素材が集まって嬉しいようね。
妖精石っていうので、まめまめしく素材をためこんでいるのに、魔石は買取までしている。それも一個とか二個じゃなくて、穀物なんかを入れる袋単位での購入だ。
質のいい魔石ではないようだけど、個人で買っていい量ではない。けど、ルキノくんは商業ギルドのそういった物が取り扱えるカードを持っているらしく、業務用として買ったそうだ。
中階層の魔物から取れる魔石を売れば滞在費を余裕で上回る。利益分のお金は三人で分けて、素材は全部ルキノくん。素材は時価相場なので、ルキノくんか損するか得するかはいつどこでどう売るか次第らしい。
懐はうるおい、心を荒ませ、わたしの夏期休暇は終わった。
休み明け、男三人をはべらせたとウワサを流される。
あいつらに女の子扱いなんてされてない。女の子扱いは危機意識持って自衛しろなんて忠告くらいで、トラウマがセットです。
納得いかない。
それにアルシェイドくんにだけは夢を見たらダメ。15歳になったから成人しているようですけど、女性の扱いに慣れすぎ。お酒の臭いと移香をまとって朝帰りはないわ。
一応、学外実習中よ。
収益が出た分で遊んだだけみたいだけど、休養日には常に女の子がはりついていたサムイルくんがまだ健全に見える。何回か修羅場が発生していたし、わたしもからまれたけど、夜の香りがないだけマシだわ。
ルキノくんは道具や薬を作って金もうけにはしった。一人で外に出るのが危険なわたしのためにご飯作ってくれたのはありがたいですが、素材加工に没頭するとご飯抜きになる。
みんな、ダンジョン以外では好き勝手やっていた。
これで、わたしが三人を弄んでいるなんてウワサは無理がありすぎよ。それで悪女にされても迷惑だわ。
ルキノくんとサムイルくんの士官学校行きが発表された。
そのとたん、新しいウワサが流される。わたしが二人を傷つけて魔術学院にいたくなさせたそうだ。
本命がアルシェイドくんはないわ。
わたしは世の不条理からくる不満を、演習にぶつけることにした。
第二専攻は魔術薬学、簡単な調合はもう覚えたわ。ルキノくんからレシピ買ったし、ダンジョンで罠の仕掛けかたと解除方法は習ったの。
わたし、悪意のあるウワサになんて負けないわ。
ウワサとは違う夏期休暇の成果を見せてあげる。
やる気いっぱいで調合していたら、侍女に教典を渡された。
「教義だけでは救えないこともあるの。わたしはこの夏それを学んだのよ」
わたしはただ、真面目に演習に取り組むだけ。微笑みを浮かべると、侍女に教典を返した。




