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疲れた男は短気

空が夕陽に染まった頃、その人は来た。

うんざりしたような視線をレヴィエスに向ける。


「まだいたのか?」

「君と違って時間はあるから」

「道楽隠居じじい」


見た目の年齢が半分ほどの相手に中年の男が暴言をはく。レヴィエスが笑うと、男は疲労を深めた。


「そいつの洗脳状態は?」

「耐性があったようだね。術に囚われる前に意識を飛ばしている。もう影響からは抜けた」

「あなたが、そこまで面倒を?」


意外そうに問う。


「ペットにしたからには飼い主として面倒をみないといけないだろ?」


ものすごく、憐れむ視線を向けられた。


「それは公表していいのか?」

「公表したい理由があるのかい?」

「他国や貴族の後ろ盾がないから、洗脳して駒にしようとしたそうだ」


昨日のはぎりぎりだった。三日も続けられたら、完全に術に落ちていただろう。顔色が変わるのを自覚する。


「それならモントンでもいいな。表向きはそっちにしておけ。彼は魔術具師志望だ。モントン期待の若手でひとまずいいだろう」

「あのじじいか」


吐き捨てられた言葉をレヴィエスがたしなめる。


「君ね、年寄りは敬えよ」

「老害のせいで、無駄に長いと会議につき合わされているんだ。敬えるか」

「君は早急すぎる。急ぎすぎては反発が強い」


男は一人がけのソファーにどかりと座る。


「モントンは同意するか?」

「するよ。彼らを物見するために海洋神殿に行くくらいだからね」

「海底ダンジョンでやらかしたのはこいつか」


にらまれた。

モントンさん、偶然じゃなかったんですね。

そして、許可制なだけあってあそこは、国の管轄だ。


「面倒な」

「モントンを呼び出して連れて帰らせればいい」

「取引実績もいる」


視線が僕の方へ集まった。


「モントンさんに、何か買い取ってもらえばよろしいのでしょうか?」

「ああ。そういや、あいつが胃薬が効くと言っていたな」


胃薬の一番の愛用者はラムセイル先生だ。他にも何にかには売っているが、みんな先生。その中の誰かが、この人に情報を流している。


たぶんだけど、この人故意に情報くれているよね。理由がわからないけど。

品定めされている?


「僕、自分の置かれている状況がわからないのですが?」

「ドラゴンも、魔物も、ダンジョンも、お前は重要なところで意識がないようだな」

「ドラゴンもダンジョンも師匠と友人がやったことで、僕の関わりは低いです。それに魔物とはなんのことでしょうか? 魔術学院に出た魔物なんて僕は倒していません」


鼻で笑われた。


「毎回、精神薄弱で意識がないなら、機嫌の悪い大人に口はきかないだろうな。ガキ」


獰猛に威嚇して笑う。のぞいた白い歯が肉食獣のようだ。


「レヴィエス見たときは意識飛びました。逃がしてくれませんでしたが」

「アホガキ、これが規格外と見ただけでわかるのが異常だと知れ」

「いろいろもれ出すぎて誰でもわかりますよ」


異常なのは僕じゃない。あっちだ。

微かな違和感に僕はレヴィエスを見る。


「念話に気づくか」

「何回か使ったから。何を話したかまではまだ解析できていない状態だ」

「いずれできそうな口ぶりだな」

「彼は探索者だ。そのくらいはできるようになる」


探索者。


師匠やサムイルとダンジョンに潜るときはそういう役割をしている。でも、レヴィエスがそういう意味で使ったとは思えない。


「探索者はこのガキだけではない。違うか?」

「英雄や勇者が一人ではないのと同じだ。だか、同じ呼称でも能力差はある」

「では、このガキはどの程の能力だ?」


レヴィエスから向けられた眼差しに、冷や汗が流れる。


「迷いの森の深部に置き去りにして、脱出できるかどうか試してみたい。幻影ダンジョンでもいいな」


よくない。

どっちも死ぬから。

ムリだから。

僕は首を横にぶんぶん振る。


「本人は拒否しているが?」

「自己評価が正しいとは限らない」


過大評価はやめましょう。

僕は命大事にいきたいです。




お城を出たときにはもう、太陽の姿はどこにもなかった。


「大変でしたな」


馬車で迎えに来てくれたモントンさんは好々爺に見える。でも、ただの隠居じじいならお城に平然と、馬車で乗りつけるなんてできない。


「未来の魔術具師さまから買取りできるとは楽しみですな」


レヴィエスからの要請を受け、モントンさんはのりきだ。たぶん、レヴィエスに恩を売るためならどんなできそこないでも買う。

学院祭の間は一般の人も学院に入れるので、明日工房長屋まで買いに来てくれるそうだ。


後ろ盾に使えるくらい、貴族とやりあえる大商人なんてごくわずか。その気になって調べればモントンさんの素性はわかる。興味はあるが、知らないままでいよう。

知らなければ、人のいいご老人のままつきあえる。




寮に戻るとアルシェイドが出迎えてくれた。


「おかえり」

「ただいま」

「ルキノ、オレ、心配したんだけどな?」

「ありがとう」


詳しいことは話せないけど、アルシェイドになら聞いてみたいことがあった。


「なぁ、人の運命って見えるものじゃないよな?」


心配した目で見られる。一瞬、服で隠れた腕輪を見られた気がした。


「探索者っていわれて、何を連想する?」

「勇者の道先案内人。魔人の居場所を知る者。発見者、探知者。あとは、魔王にたどり着いた勇者伝説に出てくる」


なんか、嬉しくない連想ばかりだ。


「なあ、その伝説の勇者さまの話は有名?」

「図書館にも伝説の勇者英雄譚大全集がある」

「そうなんだ」


僕、図書館では図鑑か専門書しか見てない。今度探して見よう。


「ルキノ?」

「ごめん、昼間いじめられたから気になって」


僕はアルシェイドを視線を合わせるために顔を上向かせる。


「僕は素材好きだし、魔物は殺すよ。でも、命のやりとりは好きじゃないし、僕の英雄はサムだけでいいし、勇者になんて近よりたくないよ」

「なんか脅されている?」

「今のとこ、鈴つけられただけで放置」

「ルキノがどうしようもなくなたら、おいで。どうにかしてやる」


自信に満ちた顔でアルシェイドが微笑む。僕はそれにうなずくと、少し肩の荷が下りたように思えた。




後日、僕は図書館で勇者英雄譚大全集を借りる。どうやらこの勇者さま、迷いの森を踏破し、幻影ダンジョンに潜っていた。

そして、そのどちらでも迷子にならない仲間がいる。

レヴィエス、冗談だよね?


僕は勇者には近づかないと心に決めた。

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