逃げられた人の心の声
今回は桃坂先輩視点です。
うそだろ。
俺の目の前から猛然とダッシュして逃げていく佐倉の後ろ姿を、呆然と見送る。
「めちゃはやっ。こころっちウケルー」
へらへらと笑う先輩に、稲妻にも似た怒りが閃いて。
一瞬だけだけど、殴ってやろうかと拳を握りしめた。
バレンタイン当日でもないのに、チョコを手に代わる代わる現れる女子たちにうんざりした一日だった。
だから俺受け取らないって言ってたじゃん。
お返しはいいからって、そんな問題じゃないんだけど。
今日だけで、一生分の恨みがましい目を見たような気がする。
そりゃ受け取るだけでも受け取って欲しいって気持ちは分からないでもないけど。
受け取ったら絶対期待するよね。
夏輝の二の舞はゴメンだから。
大切にしたい相手がいるのに、誤解の種はもう蒔きたくない。
かと言ってあんまり邪険にして恨みを買うのも本意じゃない。
その恨みが自分に向かうのなら仕方ないけど、佐倉に向かったら大変だ。
だからなるべく柔らかく、かつ期待を持たせないように、俺はチョコを拒否し続けた。
放課後、女子のチョコ攻撃に俺のメンタルはぼろぼろになっていた。
もう無理。
圧倒的に佐倉が足りない。
佐倉以外の女子との接触は、より深く俺に佐倉の不在を感じさせた。
俺が欲しいのはチョコじゃなくて、佐倉との時間なんだ。
告白してから今日まで、俺はずっと我慢していた。
佐倉がちゃんと気持ちの整理を付けるまで、我慢すると決心したはずだった。
でももう無理。
色々無理。
今日の帰りにでも佐倉をとっ捕まえて、無理やりにでも交際を了承させる。
交際が無理ならせめて登下校を共にする許可をもぎ取ってみせる。
佐倉を知りつくした俺には、佐倉を丸めこむ自信はある。
いつもは佐倉が夕飯を食べ終わる時間まで延長していた勉強をさっさと切り上げ、カバンを持った時だった。
「お前の彼女が三年の先輩とコンビニにいる」
それは偶然コンビニにいた知り合いからの電話だった。
「なんか彼女は泣きそうな顔してたし、変な雰囲気だったから一応知らせておこうと思って」
そう言う知り合いに礼を言って、俺はコンビニまで猛ダッシュした。
のだが。
なんで逃げられる?
俺、なにかした?
差し出した手を見る怯えたような佐倉の顔は、初めて見るもので。
なんで俺、助けに来たはずの女の子に、怯えて逃げられなきゃなんないの?
無意識のうちに特大のため息がこぼれる。
なんで逃げるんだよ佐倉。
ちょっとどころじゃなく、へこむんですけど。




