揺れる想い
何も言えないまま観覧車から降りると、外はもうすっかり日が落ちていた。
澄んだ冬の空気の中、イルミネーションがきらきら光って、まるで夢の国みたいだ。
夢の国の中で、桃坂先輩が空に向かって白い息を大量に吐き出して笑う。
これが本当に夢だったら。
きっと幸せな夢なんだろうな。
「ほら見て見て。機関車みたい」
何か言わなくちゃいけないんだけど、何を言っていいか分からなくて。
ただ立ちつくしていたら、桃坂先輩の手が伸びてきて私の髪をくしゃりと撫でた。
「そんな泣きそうな顔すんなよ」
泣くつもりなんてありません。
なのにそんな優しい声で言われたら、なぜか鼻の奥がつんと痛くなった。
「困らそうと思ったんじゃないよ。俺が好きだって言ったからって、佐倉に同じように返せとは言わない。ただ俺の気持ち、ちゃんと知っておいてほしかっただけだから」
桃坂先輩に好きだと言われて、うれしくないはずがない。
太陽みたいに明るくて眩しくて、そこにいるだけでみんなを笑顔にしてしまう桃坂先輩は、知りあう前から私の憧れだったから。
だけど、うれしさ以上に不安がこみ上げる。
好きだと言ってもらえるような価値が、本当に私にあるんだろうか。
一年後には、ううん一ヶ月後には、佐倉と一緒じゃつまんないとか言われちゃうんじゃないだろうか。
今以上に特別な人になった桃坂先輩を、もし失うようなことになったら。
私はどうなっちゃうんだろう。
失う痛みから逃げてきた私には、もう逃げる場所なんてないのに。
桃坂先輩が信じられないような人じゃないのは、ほんとに、本当によく分かってる。
いつだって桃坂先輩は人に対してまっすぐで、裏表のない人だ。
だからこれは私の問題。
見えないものを信じ続けることが、私に出来るのかな。
胸いっぱいの幸福感と、同じくらいの不安がごちゃ混ぜになって。
今、どんな顔をしていいのかすら分からない。
「いいよ。無理して答え出さなくても。俺には分かってるから」
分かってる?
なにが?
泣きそうな気持ちのまま、桃坂先輩の顔を見上げると。
「俺は佐倉よりは全然鈍くないから心配しなくていいよ」
「鈍いって、なんですかそれ」
「鈍いって言ったら佐倉のことじゃん。俺多分、佐倉の気持ちは佐倉以上に分かってると思う。だからさ、佐倉が俺のこと好きだって叫びだしたくなる日まで、ちゃんと待てるから」
「ちょっと待ってください。それじゃまるで私が桃坂先輩のことす、すす……」
にこにこにこにこ。
何なんですかその満面の笑みはっ。
別に好きだと言うわけじゃないのに、『好き』という単語を言うのが恥ずかしくて。
一気に頬が熱くなった。
「え? 俺のことがなんだって?」
「う、うぅっ。桃坂先輩のばか」
「佐倉も成長したねー。俺の悪口言えるようになったなんて」
「……桃坂先輩の意地悪」
「その調子で好きって言えるようになるといいねー」
「……」
「ほら。ふぐみたいにふくれてないで。寒くなってきたから帰るよ?」
なんでもいいけど、そんな楽しそうな顔して何度もほっぺたをつんつんしないでもらえますか。
どんな顔していいか、余計分からなくなっちゃうじゃないですか。




