けっこう忘れっぽい性格なんです
始業式の朝、いつも通りの時間にマンションを下りていくと、桃坂先輩が門の前で待ち構えていました。
「おーっす。元気だったか? ちゃんと一人で寝れた?」
まだお父さんモード継続中の桃坂先輩は元気いっぱいだ。
それにしても朝があんなに弱いくせに、このハイテンションはどこから来るんだろう。
桃坂先輩には絶対言えないけど、ゆうべは久しぶりの一人の部屋が静かすぎてなかなか寝付けなかったんだよね。寝不足気味の頭でこのテンションには絶対付いていけないよ。
「桃坂先輩、朝から元気ですねー」
「佐倉は相変わらずのローテンションだねー。ぼーっとしてないで、ほら行くよ」
そう言った桃坂先輩は自然に私の隣に並ぶと、自然にふわりと手を取り歩きだした。
ちょーっと待った!
今から向かうのは学校です!
通学路にはたくさんのM高生が歩いているということだ。
並んで歩いていた時も、相当人目を感じたというのに、手をつないで登校!?
無理無理無理です。
死にます。
「せせせせんぱいっ。手は、ちょっと……っ」
慌てて手を引っ込めようとしたら、じろりと睨まれました。
やだ。先輩怖い。
「なんだよ。手がどうしたって?」
でも負けるわけにはいかない。
これからの私の平穏な学校生活が、今この瞬間にかかっているのだから。
「が、学校に行くのに、手をつないでいくのは、ちょーっと恥ずかしいんじゃないでしょうか」
「そう?」
「そそそうですよ。小学生じゃないんですから」
「そっかなー」
首を傾げながらも桃坂先輩は手を離してくれない。
そうこうしているうちに、どんどん学校が近付いてきて道路を歩くM高生も増えてきた。
これはきちんと言っておかないとダメかもしれない。
だって私たちは付き合ってることになってるだけなんでしょ。
「あの、桃坂先輩、忘れてるみたいですけど、私たち付き合ってることに……」
「おっはよーっ! 今日も仲いいじゃん! ベスパコン実行委員長の俺に感謝しろよ!」
意を決して言いかけた言葉は、突然、背後から大声を上げながら駆け寄ってきた真鍋先輩にかき消されてしまった。
桃坂先輩の背中に覆いかぶさる勢いでやってきた真鍋先輩は、私と反対側から桃坂先輩の肩にぐいっと腕を回してなにやら内緒話をしている。
いやちょっと、私の話が途中になっちゃったでしょ。
「うるせー。てか重いんだよ」
桃坂先輩が顔をしかめて乱暴に真鍋先輩の腕を振り払った。
ちっと舌打ちまでされたのに、真鍋先輩は楽しそうにへらへら笑っている。
「えーと佐倉こころさん」
突然、真鍋先輩に話しかけられて目を瞬く。
「はい?」
「桃坂の愛は重い?」
「真鍋っ。お前いい加減にしろよ!」
「わーこわーいとうさかくーん」
わざとらしく悲鳴を上げた真鍋先輩が、両手を上げて逃げていった。
一体何がしたかったんだろう。
「ほら。遅刻するぞ」
思わず足を止めて呆然と真鍋先輩の後ろ姿を見送っていたら、桃坂先輩に手を引かれて我に返った。
新学期初日から遅刻はまずいよね。
そう思って素直に桃坂先輩に従って歩きだしたけど。
なんか大事なこと忘れてる気がするんだけどなー。
うーん。なんだっけ。
……まあいいか。




