もしかしてピンチなのかも知れない
こころ視点です
「あ~。怒らせすぎたかな」
そういう割には楽しそうな雅人さんの声に、何だかイラっとした。
桃坂先輩もマイペースだけど、この人のマイペースとはちょっと違うと思う。
「まあまあ。気にしないで。静流がいなくても僕がいるから淋しくないでしょ」
にっこり爽やかに笑ってそういうことを言われても、正直苛立ちしか生まれてこない。
きっと仏頂面をしているはずなのに、この人は私の気持ちには気づかないのだろうか。
雅人さんは、にこにこ笑顔を崩すことなく楽しそうに話し続ける。
「そうだ。これから二人で一緒に遊びに行こうか? 僕、車の免許持ってるからドライブなんて、どう?」
「……結構です」
「なんで? 静流とはドライブデートなんて出来ないでしょ? どこ行きたい?」
なにそれ。
喜んで自分と遊びに行くのが当然、と言うような口ぶりにカチンとする。
「特にありませんし、出かけたいとも思いませんし。それに桃坂先輩も帰ってくると思いますから」
どうしても出かけたいなら、桃坂先輩を待って出かければいいんじゃない?
なんでわざわざ『桃坂先輩の彼女と紹介された私』を誘うんだろう。
「ねえ、静流から聞いてない? 僕って大学バスケでは結構有名な選手なんだよ?」
それがどうした。
「プロからもお誘いが来ててさ、まだ大学生なのにファンクラブまであるんだ」
……で?
「僕とデートできるなんて、なかなかないことなんだよ?」
ぷちり。
「……あなた、バカなんですか?」
そうですよね? バカなんですよね?
桃坂先輩のお兄さんだと思って我慢してたけど、もう限界だ。
なんなのこの人。
弟の彼女(仮)だよ!?
それを弟がいなくなったからって、デートに誘う!?
いや。桃坂先輩のお兄さんということを差し引いても、初対面の女の子をデートに誘う!?
「え~。バカじゃないと思うけど。一応N大だし」
「じゃあ常識を知らない人なんですか?」
「常識って?」
「普通、今日初めて会ったばかりで、よく知りもしない人と、二人きりでドライブなんて行くと思いますか?」
「うん。僕が声をかける子は、みんなそうだよ」
「……非常識です」
「え~。難しく考えなくてもいいじゃない? 可愛い子がいたら一緒に楽しく過ごしてみたいと思うだけだし。あ、僕、そんなに女の子に飢えてないから。こころちゃんの嫌がることは絶対しないから安心して?」
バカだとは思ったけど、ここまで腐ってるとは思わなかった。
心の中がすーっと冷たく冷えていく。
これ以上、この人と一緒の空間にはいたくない。
私は雅人さんにくるりと背中を向けた。
「あれ? ちょっと待ってよ。どこ行くの?」
雅人さんの手が肩にかかって、ぞわりと寒気がする。
反射的に体をひねって、肩にかかった手を払い落した。
「桃坂先輩を探してきます」
驚いた顔をしている雅人さんに一言残して、私は玄関に向かおうとした。
「ちょっ、待ってよ」
背後から伸びてきた長い腕が、私が開けようとしたドアを押さえつける。
自分の方に引いて開けるドアだから、男の人の体重をかけられたら、私の力ではびくともしない。
開かないドアと背後に感じる男の人の気配。
一瞬で体中の血の気が引いた。
「手を離してくださいっ」
ドアノブを力一杯引っ張ってもドアはびくともしない。
誰もいない家の中。
桃坂先輩のお兄さんというだけで、よく知らない男の人と二人きりだという事実に、心が恐怖に凍る。
「ぷ。……くく」
私の背後から聞こえたのは、……笑い声?
ほんとにやだ。怖い。
お願い。
桃坂先輩。
帰ってきて。




