全然笑えませんから
こころ視点続きます
「ふふっ。あはは。ご、ごめ。はははははは」
雅人さんの爆笑と同時に、背中に感じた圧迫感が消える。
恐る恐る振り向くと、雅人さんが体を二つに折って苦しそうに笑っていた。
……は?
「ほんと、ごめ……。うそ、だから。ひひひひひ。あーもう、こころちゃんの反応おもしろすぎっ」
「……」
「あ、ごめん。怒らないで。座って。ちゃんと言い訳するから」
半眼になった私を見て謝ってるけど、まだ肩が笑っている。
さっきまでの怪しい雰囲気はなんだったんだろう。
お腹を抱えて笑っている雅人さんに、もう全く怖さは感じなかった。
「はいどーぞ。まずはココアでも飲んで落ち着こうね」
いや。怖がらせたのはあなたでしょ。
そう思いながらも、雅人さんが甲斐甲斐しく運んできてくれたカップに口を付ける。
「いやー。ほんとこころちゃん、いいわ~」
「あのですね」
「さっきのことね。ごめん。ちょっとこころちゃんを試しちゃった」
てへっと舌を出す雅人さん。
その表情に桃坂先輩を思いだす。
私を振り回すことに関しては、やっぱり兄弟よく似てる。
「僕ってさ、こんな外見でしょ? さっきも言った通り、学業優秀、バスケはスター選手。だから女の子に好かれちゃうんだよね~」
自分で言う?
「中には静流を利用して僕に近づこうとする子もいてさ。酷いよね」
「……」
「もっと酷かったのは、静流と付き合ってるのに僕に会った途端、心変わりした静流の元カノだよね」
「……」
「その子は転校生でね、僕の存在を全く知らなかったわけ。転校してきて静流に一目惚れして、怒涛の勢いで付き合うことを認めさせたんだって。なのに偶然家の前で僕に会ったら、静流のことなんかそっちのけで盛り上がっちゃって。自分から告白して付き合い始めたのに、すぐ自分からフルって、ほんと最低な女の子だったよ。静流がそれほどその子のこと好きじゃなかったってことだけが救いだったけど」
「……」
「だからなのか静流はそれ以来、彼女を作ろうとしなくなっちゃったんだ。可愛いしスポーツもできるから結構モテてたはずなんだけどね。どんなに性格のいい子がいても、友達止まり。お兄ちゃんとしてはほんと心配してたんだ」
ーーー佐倉は兄ちゃんに会ってないんだよな~。
妙に引っかかった桃坂先輩の言葉が心に浮かぶ。
あの時、桃坂先輩は不安だったのかな。
雅人さんに会って、私の心が離れていくかも知れないと、思ってたのかな。
「だからさ、静流が僕に威嚇してきたときは、驚いたし嬉しかったんだ。僕に盗られたくない女の子がようやく静流に現れたんだって」
え? いや? それは、どうなんだ?
そこまで大事にされてるとは、思わないような、思うような。
だって私は桃坂先輩の仮の彼女だし。
「同時に心配になっちゃって。もしこころちゃんが僕に簡単によろめいてくるような子だったらどうしようって思って、確かめちゃった」
「はあ」
そんな弟想いの発言を聞かされたら、あんまり怒れなくなっちゃうよ。
「ごめんね? 怖がらせちゃった?」
だから首を傾げてそう聞く雅人さんを思い切り睨みつけて、一回だけ本音を吐いてお終いにしよう。
「思いっきり怖かったし、思いっきり雅人さんのことが嫌いになりました」
「え~。そうなの~。それは嬉しいけど淋しくもあるね~」
にこにこ笑う雅人さんは、本当に桃坂先輩のことが可愛くて仕方ないんだろうな。
仕方ないなあ。
そんな無邪気な顔して笑われたら、許すしかないよね。
それからしばらくして、お迎えの車が来て雅人さんは帰っていった。
運転席にはとっても綺麗な女の人が座っていたけど、彼女なのかな。
誰もいなくなった家の中はとても静かだ。
桃坂先輩、どこに行っちゃったんだろう。
食器を片づけて、洗濯物を干し終えても、桃坂先輩は帰ってこなかった。




