いい加減にしてほしいと思います
一行が向かったのは、隣駅のカラオケ店だった。
私たちの学校の最寄り駅の駅前よりお洒落な店が断然多くて、地元っ子たちはこの駅前で遊ぶのがお決まりらしい。
カラオケなんてどの店で歌ってもおんなじじゃんと思ったけど、口に出すほど子供じゃないよ。
カラオケ店の中でも女子マネ酒井さんは、やっぱり桃坂先輩の隣をキープし続けた。
時折こちらに投げかける優越感をたたえた視線が、怖い。
あえて桃坂先輩とは離れた席に座ると、気を使ったのか隣に座ったバスケ部の後輩君たちが話しかけてくれた。
「あの、はじめまして。僕、高沢です」
「あ、僕は白川って言います」
口々に自己紹介されるけど、覚えきれないよ。ごめん。
とりあえず隣に座った高沢くんだけは覚える。
「M高の一年の佐倉です」
きっともう会うことはない子たちだろうけど、多少の時間を共有するのだから、名前くらいは名乗っておこう。
「佐倉さん、なに飲みますか? 僕持ってきます」
高沢くんがそう言うのでオレンジジュースを頼む。
いそいそと廊下のドリンクコーナーへ出ていく高沢くん。マメな子らしい。
早速始まったカラオケは桃坂先輩と酒井さんのデュエットだ。
「あの、佐倉さんは静流先輩の彼女さんなんですか?」
オレンジジュースを持ってきてくれた高沢くんにそう尋ねられたので即答しておく。
「いや。ただの後輩」
「えっ。マジすか」
「うん。そうだよね? 委員長」
「え? うん。そうだね」
なんだか委員長の目が泳いでるんだけど、なんでかな。
「えー! じゃあ佐倉さん彼氏はいるんすか?」
いるように見える? 喧嘩売ってるの君たち。
なぜかテンションが上がっている後輩君たちの顔をじろりと睨む。
「いないけど?」
文句ある?
「あちゃ」
ワイワイ盛り上がる後輩くんたちを見て、なぜか委員長が頭を抱えていた。
桃坂先輩の後輩君たちは揃って世話好きらしかった。
飲み物や食べ物を勧めてくれたり、選曲を勧めてくれたり、なんだかお姫様になったような扱いだ。
多分みんな完全な部外者である私に気を使ってくれてるんだろう。
基本、人間不信だったりするから、自分から友達を作ろうとかは考えないけど、こう見えて私は全然人見知りしないタイプの人間だ。
学校生活を左右する人間関係を作るのはどうしても慎重になっちゃうんだけど、この場限りの付き合いだと考えたら全然平気。
それに私が話をしなくても、俺の話も聞いて聞いてと後輩君たちが競い合って話をしてくれるから、適当に相槌を打っていればいいだけだしね。
そんな感じで一時間くらいが過ぎていった。
そろそろ頃合いかな。
入店するときに三時間の予約を入れてたのは知ってたけど、全部付き合う気はさらさらない。
私が行かないなら絶対行かないと言い張った桃坂先輩は、私がいてもいなくても全然問題なさそうだしね。
隣に陣取っている高沢くんが、アドレスを交換しようと言うのを、のらりくらりとかわすのも面倒になってきたし。
私はトイレと言って部屋を抜け出した。
トイレに行ってスマホを取りだす。
さりげなくカバンは手に持って出たけど、コートは持ち出せなかった。
誰かに突っ込まれるとややこしいしね。
だから委員長に連絡してこっそりコートだけ持ってきてもらうことにした。
「すごいですねー。お姉さんは」
廊下に出て委員長を待っていると、現れたのは女子マネ酒井さんだった。
「モテモテじゃないですかー。すごいテクニックですよねー。ぜひ教えてもらいたいわー」
挑発的な視線。言いたいことがあったらはっきり言えばいいのに。
私が黙っていると、酒井さんは顔に張り付けていた笑みをすっと消した。
「そうやって、静流先輩にも付きまとってるんですか? こんなところまでのこのこ付いてきて。厚かましいって分かってます?」
いや~。でも私が来なかったら桃坂先輩も来なかったと思いますよ。
慈善事業のつもりで、来てあげてたんだけどな。
伝わってなかった?
「私、今度M高受けます。静流先輩が卒業するとき、私に言ってくれたんです。夏輝がM高に入ったら付き合おうって。だから、今は、仕方ないけど。春になったら、静流先輩の隣にいるのは、私ですから。忘れないでくださいね」
なんだそれ。
この自分本位な子にも、いい加減な約束をしている桃坂先輩にも、本気で腹が立ってきたんですけど。




