敵機来襲
桃坂家宿泊四日目です。
只今朝の八時半。
すでに身支度は整えてある。
朝使った食器も片づけてある。
佐倉こころ、桃坂先輩が起きてくる前にお出かけします。
別に桃坂家に泊まっているからといって、ずっと桃坂先輩と一緒にお家にいる必要はない。
そのことに昨日ようやく気が付いて外出しようとしたんだけど、なぜかもれなく桃坂先輩がついてこようとするので諦めました。
ここ数日、桃坂家にいて分かったことは、桃坂先輩が意外に朝が弱いということ。
文化祭以来、一緒に登校しているけど遅刻してきたことはなかったから結構意外。
なので今日は桃坂先輩が起きてこないうちにお出かけしちゃいます。
行きたいところがあるし、マンションの掃除もしたいしね。
準備万端、コートを片手に持った私は、台所にいるはずの律子さんに声をかけた。
「律子さーん。ちょっと部屋を掃除しに行ってきまーす」
台所から律子さんが「気をつけてねー」と言うのが聞こえた。
よしよし。桃坂先輩はまだ夢の中のようだ。
今から気がついてももう間に合わないしね。
脱出成功。そう思って、玄関ドアを開けた私は、目の前の光景に固まった。
なぜ委員長がここに立ってるんですか……。
「あ、れ? 佐倉さん……?」
玄関チャイムの前で人差し指をぴんと立てた状態の委員長が呆然とつぶやく。
うわ。まずい。
なんて言い訳したらいいんだろう。
そう思って委員長から視線を逸らせると、その先に委員長と同じように驚いた顔の男の子たちの顔が並んでいた。
……友達遊びに来るなら、言っておいてよ。桃坂先輩。
「えーと、委員長? ちょっと待って。これには訳があってね」
私が下手な言い訳を口にしかけた時だった。
「あの、静流先輩はいらっしゃいますか? 私たち、静流先輩を誘いに来たんですけど」
凛とした声とともに一歩前に進み出てきたのは、この集団の中の唯一の女の子だった。
釣り気味の大きな強い瞳にショートカットが良く似合っている、ちょっと勝気そうな女の子。
「静流先輩とは一年前から約束してるんです。いるんでしょう? 静流先輩」
まるで私が桃坂先輩を隠しているかのような発言が腑に落ちなくて彼女を見たけど、なぜか挑みかかるような視線を遠慮なく投げつけられ、その勢いに負けた。
「あ、ああ。ちょっと待っててね。呼んでくるから」
委員長への言い訳は後回しだ。
とにかく桃坂先輩を呼んでこよう。
私は玄関から離れてあたふたと台所の律子さんのところへ急ぐ。
「律子さん律子さん桃坂先輩のお友達が大勢来てるんですけど」
私がそう言うと、律子さんは糠にまみれた両手を上げて言った。
「あらあら。そう言えば今日はいつも中学校の後輩の子たちと遊びに行く日だったかしらねえ。悪いけどこころちゃん、静流起こしてきてくれない? 私の手、糠漬けでこんなだし」
「ええっ!?」
「お願い。急いで。あの子なかなか起きないから」
「え、ええ?」
パニック状態のまま、律子さんに急かされて私は桃坂先輩の部屋へと向かった。
ええっと。どうしよう。
とりあえず部屋の外からドアをノックする。
しばらく待つが返答はない。
「こころちゃーん。そんなのじゃ起きないわよ。部屋に入ってお布団剥がしてやってー」
律子さん。私一応女の子なんですけど。
心の中で泣きごとを言いながら、私はそっとドアを開けた。
カーテンが引かれた薄暗い部屋。
家具の配置は私が使わせてもらっている部屋とほとんど同じだ。
ベッドの中、布団にくるまる様に桃坂先輩が眠っている。
「とうさかせんぱーい」
ドアの近くから声をかけるが、桃坂先輩はぴくりとも動かない。
仕方ないのでそろそろとベッドに近づく。
寝てる。気持ちよさそうに、熟睡してる。
可愛い系代表の桃坂先輩だから、寝顔もさぞや天使のように可愛らしいんだと思っていたら、無心に眠る顔は意外に男っぽかった。
いやいやいや。なに観察してるの私。
変態じゃないよ。ちがうんだよ。私は律子さんに頼まれて起こしにきただけなんだからね。
「桃坂先輩」
無駄にドキドキする胸を必死で落ち着かせて、布団の上から先輩の肩あたりを揺さぶってみる。
「んー……」
反応あり。でもまだ目は開かない。
次はもうちょっと強く揺さぶってみる。
「桃坂先輩!」
「むー……」
桃坂先輩は小さく唸ってくるりと向こうを向いてしまった。
どんだけ寝起き悪いんだよ。
こうなったら仕方ない。
私は両手で桃坂先輩を思いっきり揺さぶりながら、耳元で大声を出した。
「桃坂せんぱーい。起きてくださーい。お友達が来てますよー」
「んぁ?」
ようやくまともな反応が返ってきた。
背中を向けていた桃坂先輩が目を擦りながら、もぞもぞとこちらに寝返りをうった。
やっとほんのちょっぴり開いた目がまぶしそうに私を見る。
と思ったらまた目を閉じた。
「ちょっ! 寝ないでくださいよ~~~。せんぱーい」
ここで寝かせてなるものかと慌てて再度耳元で叫んで、枕の上に落ちているさっきまで目を擦っていた手を引っ張ってみる。
ずるずると枕の上から頭が落ちて、ようやく桃坂先輩がもぞもぞと動き出した。
「……なんで佐倉がここにいんの?」
布団の上に丸まったまま、上目づかいで桃坂先輩がつぶやいた。
今度は天使が降臨した。
その生まれたての赤ちゃんみたいな顔は反則です。
とにかくやっと目を覚ましてくれた桃坂先輩に、私は大きな安堵のため息をついた。




