何気ない帰り道
「さっきの話は、バスケのことなんですよね?」
夜道を桃坂先輩と並んで歩きながら尋ねる。
バスケのことだとは思うんだけど、なんか切々と桃坂先輩に訴える委員長が、まるで桃坂先輩に恋してるように見えたんだもん。
だから一応確認確認。
「うんそう。島田は俺の中学時代のバスケ部の後輩。一緒に全国大会に出たんだ」
「そうなんですか」
全国大会に出る実力があるのに、なぜ桃坂先輩は高校でもバスケを続けなかったんだろう。
ちらりと隣を歩く桃坂先輩の顔を見上げる。
すると桃坂先輩は私の声が聞こえたみたいに話し始めた。
「俺さ、本っ当に中学まではバスケ一筋で生きてきて、バスケしかしてこなかったんだ。土日も放課後も夏休みも冬休みも春休みもバスケ。練習、遠征、試合。そんでさ、高校に入った時、もういいやって思ったんだよね。身長も思うように伸びなかったし。中学では通用しても、高校じゃこの身長じゃ厳しくなってくる。それを補うにはもっともっと努力が必要だ。俺、自分で言うのも何だけど、中学までは全力でバスケやりきってきたからさ、そう考えた時、これ以上はないって思ったわけ。充分バスケはやった。世の中にはバスケ以外にもやることがたくさんあるし、バスケをしていて出来なかったこともたくさんある。だからバスケ部には入らなかった。けど島田にしたら、それは裏切りだったんだろうな。きっとうちの高校に来たのも、俺とまたバスケしたかったからなんだろうけど、追っかけてきてみれば俺はバスケやめて楽しく遊んでるし」
「バスケをやめて、後悔はしてないんですか?」
全国大会まで行ける実力があるなら、その先を目指すこともできたはずだ。
小さい頃から努力してきたことを、そんなに簡単に諦めてしまえるものなんだろうか。
「ぜ~んぜん。やめて後悔してないってことは、俺にとってバスケはそれだけのものだったってことなんじゃない? たまに友達と遊びでやったりはするけど、もう一回真剣にやりたいとは思わない。そこがプロになってく奴らとのちがいなんだろ? 多分」
そんなものなんだろうか。私には分からないけど。
「それにさ、俺、将来は獣医になりたいんだ」
「獣医?」
桃坂先輩から飛び出した意外な言葉に驚いて目を丸くしていると、桃坂先輩は見たことないような甘い蕩けるような顔で頷いた。
「俺、昔っから動物好きでさ~。でもバスケで忙しくて、面倒見れないの分かってたから我慢してて。だから将来は思いっきり動物に囲まれて生活したいんだ」
そういえば桃坂先輩のお母さんも昔から動物を拾ってきたって言ってたよね。
……もしかして桃坂先輩にとって私は、拾っちゃった動物を世話してるみたいな感覚なんだろうか。
「でも、確か今も何も飼ってませんよね?」
桃坂先輩のお家に動物の気配はなかったはず。
クラブもしてない今なら充分飼えるんじゃない?
「あー無理。だって獣医になるには県外の大学行かなきゃダメだし、三年先にお別れが待ってるって分かってて飼うなんて、俺耐えらんねーわ」
「……」
「連れてけるなら考えるけど、それは無理だろうし。三年も毎日一緒にいて、いきなり一人暮らしになったら喪失感半端ないよ? 俺、心折れちゃうよ?」
そうですか。
桃坂先輩が結構先々のことを考えて行動してるということは分かりました。
ちょっと動物愛を語る目が怖いですけど。
「あ、そうだ。島田がお前にちょっかい出すのは、多分、俺絡みだから。もうなにも言ってこないとは思うけど、何かあったら言えよ?」
「はいはい」
不意に桃坂先輩が真面目モードに戻ってそう言った。
動物愛を語っていた時とは落差がありすぎです。
思わず胸がドキリとしたのを隠したくてわざと不真面目に返事をした。
それが気に入らないのか、桃坂先輩は呆れた顔でさらに念押しをしてくる。
「ほんとに分かってんの?」
「はーい」
分かってますってば。
だからトーンを下げるのはやめてください。
「相変わらず自分のことには呑気だなー」
「ちょっと先輩の楽天的なところを見習おうと思ってー」
「なんだよ。人が心配してやってるのに」
「心配性な先輩。笑えますねー」
「くそー。なんだか心配するのがばかばかしくなってきた」
それでこそ桃坂先輩です。
「あー。今日の夕飯なんだろうなー」
「美味しいのは確実ですね」
「腹へったー」
「早く行きましょう」
「おー」
中身のない会話をしながら歩く夜道。
隣を歩く桃坂先輩には私の知らない顔がたくさんある。




