10
躊躇はある。
だって、前回と違って切羽詰まってるわけじゃないし、出費さえ目を瞑ればお風呂自体はどうにでもなるし。何より、向こう側に行ったまま帰って来れなかったらって可能性を考えると……ねえ?
色々考えるとあちらとこちらの境界である扉をくぐり抜けるのは結構難しい。気持ち的な意味で。
ただ、向こう側のお風呂って興味あるんだよね。お金がかからないのも(たぶん)魅力的。それに向けられた親切を無碍にするのは気が引ける。う~ん。
そんな風にぐずぐずと迷っていたら、フェリクス君にがしっと腕を掴まれて力任せに引っ張られた。
「にょっ!?」
不意打ちとは卑怯なり!?――じゃ、なくて!
いきなりだったからうっかり転がって境界を超えちゃったじゃないか!しかも変な声出ちゃったぞ!?何するんだ、このお子ちゃまは!
「うだうだと鬱陶しい!風呂に入りたいのならさっさと来ればいいではないか!」
お子ちゃまは気が短かったらしい。……そんな気はしてたよ、うん。
てか、リックさん。何笑ってるんですか。そんなに私が転がったのが面白いんですか。くそう。
あっさり転がり出た境界を見ると我が家の景色は消えずにそこにあって、戻れない訳じゃないとほっとする。
「ミアコ?いつまでも寝転んでいないでお立ちなさい。浴室へ案内しましょう」
「あ、ええと、すみません。ご面倒をお掛けします」
起き上がりぺこりと頭を下げる私に、リックさんは最初に会った時の態度が嘘のように優しげな笑みを浮かべた。
――なんか、胡散臭い気がするのは気のせいか?気のせいだよね?
そしてそこのお子ちゃま!
物珍しげに我が家を覗くんじゃない!つか、お前、向こう側行く気満々だろう!?
どう見ても探検気分で向こう側に足を踏み出そうとしたフェリクス君の襟をはっしと掴み、行動を阻止するとじたばたと暴れられた。
「何をする!」
「何をするって言いたいのは私だ!何で当たり前みたいな顔で向こうに行こうとしてんのよ!?考えなしにも程があるよ!?」
「この僕に向かって考えなしとは何だ!」
「当たってるでしょうよ、このお子ちゃまめ!」
「何だと!?」
世界の境目で睨み合うフェリクス君と私……。そして、それを面白そうに見物するリックさん。
もう、何なの、この状況……。
はああ、と深く重い溜息と共にがっくりと肩を落とす。
「リックさん」
「はい?」
「この部屋、鍵って掛けられますか?」
「ええ、まあ。……必要ですか?」
「必要でしょう。この坊ちゃんが興味津々ですから。うっかり向こう行って行方不明になってもいいなら別ですが」
その場合、私が罪悪感で押し潰されるから!嫌だよ、そんなの!!
「それは、困りますね」
ちょっと首を傾げながら平然と言われても……その落ち着きぶりは素ですか?それとも裏に何か含んでいますか?
――って、そんなの会って二度目の私にわかる筈がない。考えるのやめよう。
「お言葉に甘えてお風呂はお借りしたいです。でも、そこから誰かが消えることになっても私には責任が取れないので、不測の事態を避ける為の対処を要求します」
「要求、ですか」
そう。希望じゃなくて要求です。
うっかりで罪悪感に苛まされるのは絶対に嫌!
私はもう境界線を超えちゃってるからね!こうなったら開き直りますよ!お風呂だって借りちゃうし、遠慮はその辺にぽいって捨てておきましょう!
いざとなったらこっちに引っ張り込んだお子ちゃまに何とかしてもらおう。
あれ?私ってば、結構ずるい?
――――ま、いっか。
不貞腐れてふくれっ面を晒しているフェリクス君の襟を掴んだまま、扉を振り返る。
向こう側の我が家は、まだ消えていない。
お風呂から上がるまで、ちゃんと待っててね~。
願いを込めながら私はリックさんを促し、フェリクス君の部屋を出た。
さて。
こっちのお風呂ってどんなかな♪




