第四十七話 道は、まっすぐでなくていい
紙の上で二つの場所を結ぶなら、まっすぐな線が一番短い。
短ければ、使う石も少ない。
掘る土も。
働く人の数も。
必要な日数も、少なく見える。
けれど、道の下にあるのは、白い紙ではない。
沈む地面。
水の流れる場所。
畑。
家。
そこで暮らす人たち。
それらを無視して引かれた直線は。
本当に、一番安い道なのだろうか。
◇
採石場から戻った翌日。
役所の大会議室には、五つの机が置かれていた。
オルセ。
ネル。
ロエン。
マーゼン。
ニル。
五人を同じ場所へ集めるためではない。
それぞれの証言と記録を、混ぜずに並べるための机だった。
「本人たちは別々の部屋にいる」
イルザが説明する。
「同じ質問を一人ずつ行い、答えを書き取った」
「会わせないの?」
ミラが尋ねる。
「話を合わせられないようにするためだ」
「嘘をついてる人がいたら?」
「記録と比べる」
机の上には、それぞれの証言書だけではなく、関係する記録が並んでいる。
オルセの机。
五年前の基準帳。
偽の仮基準点を示す図。
測量小屋から回収された帳面。
ニルの机。
七十二番保管室から見つかった仮契約。
偽造された資格申請書。
土地の予想価格をまとめた一覧。
ネルの机。
土地の仮申込控え。
南秤小屋の荷改め帳。
保管庫へ侵入したときに使った偽の鍵。
ロエンの机。
三本線の仮申請。
古い河岸へ運んだ馬車の記録。
荷箱へ詰められていた石や鉄の一覧。
マーゼンの机。
五年前の仮設地管理記録。
返却されたと記されていた測量小屋の予備鍵。
木場の使用継続を認めた書類。
西外仮宿の名前板。
「こうして並べると、多いね」
ミラが言った。
「一つのことをするために、こんなにたくさんの人が関わったの?」
「最初から全員で相談していたわけじゃない」
ハーレンが答える。
「それぞれが、別の仕事をしていた」
「別々なのに、同じことにつながった?」
「ああ」
偽の高さを作った者。
土地の申請書を整えた者。
名前を貸した者。
地下水路と古い居住権を隠した者。
全体を利用し、利益と資格を得ようとした者。
一人で全部をしたわけではない。
だからこそ、途中で止められる場所も多かったはずだ。
「今日は、罪を決める場ではない」
ハーレンが部屋に集まった人たちへ言った。
「何が起き、どこで止められなかったかを確認する」
「マーゼンたちを裁かないのか」
ベルンが不満そうに言う。
「処罰を決めるのは、町の執行官と領主の裁定所だ」
「俺たちは、また待つだけか」
「待つだけではない」
俺は机の前へ置かれた大きな板を指した。
板には、三つの欄がある。
知っていたこと。
したこと。
止めようとしたこと。
「それを、全員分書く」
「悪い奴と、そうでない奴を分けるんじゃないのか?」
「一つの線では分けられない」
オルセは偽の基準点を作った。
それを隠した。
だが、あとから帳面を持ち出し、高さを測り直せという知らせを残した。
ネルは不正に気づきながら書類を作った。
その後、証拠を守ろうとした。
しかし、夜番を閉じ込め、ロエンへ疑いが向く印を残した。
ロエンは、まともな申請ではないと気づきながら名前を貸した。
古い河岸の情報を知らせたが、それ以前に名前板を運ぶ仕事を引き受けている。
マーゼンは、水路と古い土地の権利を知りながら木場を使い続けた。
最後にはニルを止めようとしたと話している。
けれど、名前板を川へ捨てようとしたことは認めた。
ニルは、資格制度への不満を持っていた。
だが、その不満を理由に、偽の基準点や仮名義の土地取得、複数の罠を計画した。
「助けようとしたことがあれば、罪が軽くなるのか」
ベルンが尋ねる。
「俺たちには決められない」
「なら、何のために分ける」
「次に、同じことを止めるためだ」
俺は答えた。
「ニル一人を捕まえたから終わりにしたら、別の人でも同じことができる」
「マーゼン一人を追い出しても、水路の記録が消える仕組みは残る」
ハーレンが続ける。
「ネルだけを罰しても、書記が疑問を出せない仕事の流れは変わらない」
「オルセを資格から外しても、助手が正規の仕事を経験できない問題は残る」
リゼも言った。
責任を分けることは、責任を薄めることではない。
誰が何をしたかを曖昧にしないためだ。
「でも」
サラが机の前へ出た。
「仕組みが悪かったと言って、誰も悪くなかったことにされちゃ困るよ」
「しない」
ハーレンが答える。
「人の行為と、仕組みの欠陥を、両方残す」
「なら、最初に書いておくれ」
「何を?」
「仕組みが悪くても、人を危険へ置いたことは消えないって」
ハーレンは大きな板の上へ、文章を書いた。
リゼが読み上げる。
「制度や手続きの問題は、個人の行為をなかったことにはしない」
「その下に、もう一つ」
サラが言う。
「個人を罰しても、制度を直したことにはならない」
ハーレンは二つ目の文章を書き足した。
ベルンが腕を組んだまま、それを聞いていた。
「長いな」
「短くした結果、都合よく使われた」
ハーレンが答えた。
「今回は長く残す」
◇
証言の読み合わせには、半日かかった。
同じ出来事でも、五人の話は少しずつ違っていた。
偽の基準点を作った日。
オルセは、ニルから仮測量だと説明されたと話した。
ニルは、オルセも道路計画へ使われると知っていたと話した。
どちらが正しいかは、証言だけでは決められない。
ただし。
オルセの帳面には、途中から数字の横へ小さな疑問の印が増えている。
正式計画へ使われる可能性に気づいた時期は、そこから推測できた。
「気づいたあとも、すぐには止めてない」
ミラが言った。
「ああ」
俺は頷く。
「怖かったって言ってたね」
「自分が偽の杭を置いたことを知られるのが」
「怖かったら、黙ってもいいの?」
「よくない」
「でも、怖い気持ちは分かる?」
少し考える。
「分かることと、許すことは別だと思う」
「助けることと同じ?」
「ああ」
気持ちが分かる。
理由が分かる。
だから責任が消えるわけではない。
けれど、理由を見なければ、次も同じところで人が黙る。
ネルの証言では、土地の仮申請を最初に不審だと思ったのは、死者の名が使われたときだった。
それでも書類を止めなかった。
「上役へ相談しなかったのか」
ハーレンが尋ねた記録を、リゼが読み上げる。
「相談先がマーゼンだった、と答えています」
部屋の空気が重くなる。
不正を疑った書記が、相談するべき相手。
その相手が、古い土地の権利を隠していた。
「別の人へ言えなかった?」
ミラが尋ねる。
「役所の仕事の流れでは、直属の管理者を飛ばして別の部署へ話すことは難しい」
リゼが答えた。
「規則で禁止されてる?」
「禁止とは書かれていない」
「なら、できる?」
「実際には、しにくい」
書いていない壁。
役職。
立場。
仕事を失う恐れ。
それらも、人を止める。
「危険な作業と同じだ」
俺は言った。
「誰でも止めていいと決めないと、下の人ほど言えない」
帰り火では、危険に気づいた者がまず作業を止める。
理由はあとで説明する。
役所の書類にも、同じ仕組みが必要なのかもしれない。
「不正や矛盾を見つけた書記は、直属の管理者を通さず、一時停止を申請できる」
ハーレンが案を書き留める。
「申請した人間が、すぐ仕事を外されないようにする」
「間違いだったら?」
ベルンが尋ねる。
「確認して再開する」
「止めた奴が罰を受ける?」
「悪意がない限り、受けない」
「悪意があるかは、誰が決める」
「一人の上役だけでは決めない」
また、役割を分ける。
止める人。
調べる人。
再開を決める人。
一人がすべてを握らない。
「仕事が遅くなるぞ」
ドムが言った。
「何でも止められたら、石一つ運べん」
「だから、止めた理由を記録する」
ガルドが答える。
「同じ理由で何度も止めるなら、先に直す。くだらねえ理由なら、次から判断できる」
「面倒だ」
「人が埋まるよりはましだ」
「それを言われると返せんな」
◇
午後。
五つの机を片づけ、代わりに道路案の地図を広げた。
中央案。
北案。
南案。
三本の線が、町の西側を通っている。
「中央案は、現在の地盤と地下水路を考えれば使えない」
ハーレンが言った。
「絶対に使えない?」
ミラが尋ねる。
「地盤を補強し、帰り火の家を移し、水路を造り直せば、技術上は可能かもしれない」
「いくらかかる?」
「まだ分からない」
「安い案じゃなくなったね」
「ああ」
移転費。
仮住居。
仕事場を止める損失。
地下水路の補修。
沈下した地盤の改良。
道路工事の費用には入っていなかったものを加えれば、中央案は最も安い案ではなくなる。
「北案は?」
地図の北側。
町外れの低い丘を切り通す線。
「距離は短い」
ドムが言う。
「だが、岩と土の境目が悪い。上の水を逃がさず切れば、雨のあとに斜面が滑る」
「排水溝を造れば?」
「造れる。斜面を支える石壁も必要だ」
「石灰は?」
「峠の角狼で荷が止まってる」
「いつ届く?」
「護衛が増えれば。値段も上がる」
北案は、地面の固い部分も多い。
だが、丘を切る工事と、その後の斜面管理が必要だった。
「南案」
町の南西。
湿地と畑の間を抜ける線。
「道を少し高くすれば通れる」
ハーレンが言う。
「必要な盛土は中央案より多い」
「畑の水は?」
ネッサが地図へ細い青線を加える。
「南の湿地から、乾期にも少しずつ流れてる。道を高く造れば、水をせき止める」
「下に水の通り道を作る?」
「数か所必要。小さすぎれば詰まる」
「畑の人は?」
「道で水位が変われば、作物も変わる」
中央案は帰り火を傷つける。
北案は丘と水を動かす。
南案は湿地と畑へ影響する。
「どれも駄目じゃないか」
ベルンが言う。
「道を造るってのは、どこかを壊すことなのか」
誰もすぐには答えなかった。
道を通すには、地面を削る。
木を切る。
石を置く。
人や水や動物の流れを変える。
何も変えずに道だけを足すことはできない。
「変える場所を選ぶんだと思う」
俺は言った。
「誰かを消して、何もなかったことにするんじゃなくて」
「結局、どこかの人間が我慢する」
ベルンが答える。
「我慢する人を、最初から話し合いに入れる」
「入れたら、納得するのか」
「しないかもしれない」
「なら、同じだ」
「同じじゃない」
サラが言った。
「何も言えずに仕事場を取られるのと、条件を話して決めるのは違うよ」
「金を積まれればいいってのか」
「金だけじゃない」
「ほかに何がある」
「移る場所。仕事を続けられるか。客が来られるか。戻れるのか。戻れないなら、何を用意するのか」
土地の値段だけでは数えられないもの。
道路案へ意見を出したとき、帰り火の住人たちが話したことだった。
「でも」
ミラが地図の端を見ていた。
「三本のうちから選ばないといけないの?」
「今の計画ではな」
ハーレンが答える。
「どうして?」
「最初の調査で、この三つが候補になった」
「最初に選んだ人が、ほかを見なかっただけじゃない?」
ハーレンの手が止まる。
地図の西側には、三本の計画線以外にも道がある。
細い生活路。
木場へ荷を運んでいた道。
古い石運びの道。
西門から北へ曲がり、丘の裾を回る小道。
「この道」
ミラが木場の跡から北西へ伸びる線を指す。
「前に丸太を運んでた?」
オーデンが地図へ近づく。
「旧木場道だ」
「今は使ってないの?」
「木場へ入るところは沈んでる。その先は、石運びに使ってた古い道へつながる」
「丘を切らない?」
「裾を回る」
「湿地は?」
「北側だから通らん」
地図の線をたどる。
西門から、現在の石敷き道を少し使う。
沈んだ木場の手前で北へ曲がる。
丘を切り開かず、裾の硬い地面を回る。
古い石運び道へ入り。
その先で、境見宿への街道へ合流する。
「遠回りだ」
ハーレンが距離を測る。
「中央案より、四分の一ほど長い」
「道幅は?」
オーデンが答える。
「木場道は狭い。荷車一台なら通れるが、すれ違えない」
「広げられる?」
「片側は空き地。もう片側は古い石置き場だ」
「土地の使用者は?」
ハーレンが台帳を調べる。
「町有地と、石工組合の長期使用地」
帰り火の家は通らない。
畑も湿地も避けられる。
丘を大きく削る必要もない。
「古い石運び道の地面は?」
ドムが地図を見る。
「荷車を何十年も通した道だ。表面は荒れてるが、下は締まってる」
「排水は?」
「丘側に古い溝がある。ただし、半分は埋まってる」
「直せる?」
「掘り直せばな」
「石は?」
「旧石置き場に、使えるものが残ってるかもしれん」
「橋は?」
道の途中に、小さな谷川がある。
「古い石橋が一つ」
ドムが言う。
「今は人しか渡れん。荷車を通すなら補強が必要だ」
「中央案より高い?」
ハーレンが紙へ必要な作業を書き出す。
道を広げる。
古い排水溝を直す。
石橋を補強する。
曲がり角を荷車が通れるよう広くする。
距離は長い。
その分、表面へ敷く石も増える。
「最初の工事費だけなら、中央案より高い」
「今の中央案の計算と比べたら?」
「沈下対策や移転を入れない、古い計算よりは」
「全部入れたら?」
ハーレンは答えなかった。
計算し直す必要がある。
「北案とは?」
「斜面の石壁と排水を含めれば、近いかもしれない」
「南案とは?」
「盛土と水路の数による」
安いとは言えない。
だが、最初から捨てるほど高いとも言えない。
「どうして、候補に入ってなかった?」
ミラが尋ねた。
「遠回りだからだろう」
オーデンが答える。
「それだけ?」
「昔の木場へつながる道だ。今後使わないなら、直す意味がないと思われた」
道を一つの目的だけで見ていた。
木場へ行く道。
石を運ぶ道。
境見宿へ行く道。
別々の名前で呼ばれていた道をつなげば、一本の道路として使える。
「新しい道を造るんじゃない」
俺は地図を見る。
「今ある道をつなぎ直す」
「曲がりが多い」
ハーレンが言う。
「速く走る馬車には向かない」
「荷車は?」
「曲がり角を広げれば通れる」
「道が長いなら、歩く人は困る?」
「中央案より時間はかかる」
「どれくらい?」
「普通に歩いて、四半刻ほど増える」
四半刻。
毎日通う人にとっては、小さくない。
「旧木場道を使う人間へ聞く」
オーデンが言った。
「今の地図だけで決めるな」
すぐに、木場で働いていた者や、石運び道を知る人たちが呼ばれた。
◇
「冬は風が強い」
古い石運び人が言った。
「丘の裾を回るところで、雪が吹き溜まる」
「雪を除ける必要がある」
「毎年だ」
「南案は?」
「南は雪が少ない。その代わり、春にぬかるむ」
別の者が言う。
「石橋の手前は、馬が嫌がる」
「どうして?」
「谷川の音が響く。欄干も低い」
「欄干を直す」
「橋だけじゃない。手前の曲がりが急だ」
地図へ、問題が一つずつ加えられる。
遠回り。
吹き溜まり。
曲がり角。
石橋。
使われていない排水溝。
新しい案だから、問題がないわけではない。
「道を広げる仕事なら、木場の連中にもできる」
オーデンが言った。
「木を切るだけじゃない?」
「排水溝の土出し。石の運搬。路肩へ杭を打つ。橋の足場を組む」
「石橋は石工の仕事だ」
ドムが言う。
「石を運ぶところまでは頼める」
「仕事になる?」
木場の若い男が尋ねた。
「道路工事の雇用へ入れられる」
ハーレンが答える。
「木場が移るまでの一時仕事として?」
「それだけではない。完成後の排水溝と雪除けも必要になる」
「毎年?」
「毎年だ」
道は、造ったら終わりではない。
水路と同じ。
橋も。
斜面も。
雪も。
保守する人間が必要だ。
「その仕事を、帰り火と木場の人へ優先して出せる?」
オーデンが尋ねる。
「公共事業だから、すべてを限定することはできない」
ハーレンが答える。
「ただし、現地の維持管理契約として、地元の作業班を組むことは検討できる」
「検討か」
「今ここで決める権限はない」
「いつ決める」
「試験工事の案と一緒に、町の執行官へ出す」
「決まるまで、木場の仕事は?」
「サラの仕事場と同じだ」
俺は言った。
「安全だから待て、だけでは暮らせない」
道路案を考える話と。
今日の仕事をどうするかは、同時に進めなければならない。
「短い補修作業を先に出す」
ドムが言った。
「旧石置き場の確認。排水溝の試し掘り。石橋の調査足場。道路案が通らなくても、調査として必要だ」
「何人?」
「十人までは多い。六人」
「木場から三人。帰り火から三人」
オーデンが提案する。
「人選は?」
「危険な場所は経験者。土出しや材料運びは、若い連中にも教える」
「子どもは?」
ミラが尋ねた。
「入れねえ」
ガルドが即答する。
「聞いただけ」
「顔に書いてある」
「今日は書いてない!」
少しだけ、部屋の空気が緩んだ。
◇
新しい線には、まだ名前がなかった。
「第四案でいいだろ」
ベルンが言う。
「中央、北、南の次だからな」
「第四だと、最後に足したから劣っているように聞こえる」
リゼが言った。
「曲がり道案?」
ミラが提案する。
「悪口みたいだ」
オーデンが笑う。
「つなぎ道」
サラが言った。
「昔の道をつなぐんだろ」
木場道。
石運び道。
境見街道。
別々に使われていた道をつなぐ。
「正式名は、調査案の段階では必要ない」
ハーレンが言う。
「でも、呼び名がないと話しにくい」
「じゃあ、つなぎ道案」
ミラが地図の横へ、自分で印を描いた。
文字ではない。
短い線を三本、少しずつ曲げながら一本へつなげた形。
「三本線は、もう使わないんじゃなかった?」
俺が言う。
「同じ三本じゃないよ」
ミラは三つの線が一本につながる場所を指す。
「これは、別々の道がつながる印」
同じ形に見えても、意味は違う。
だから、印の横へ意味を残す。
ハーレンが文字で書き添えた。
既存道接続調査案。
通称、つなぎ道案。
「承認の印は、まだ押さない」
ハーレンが言う。
「今日は調査を始めることだけを確認する」
「それを、紙へ書く」
ベルンが先に言った。
「つなぎ道へ賛成したことにはならねえ。中央や北や南を捨てた意味にもならねえ」
「分かっている」
「住人の家を移していい印にもならねえ」
「ならない」
「道の建設費を認めたことにも――」
「全部書く」
ハーレンが苦笑する。
「お前らが、印の使い方をうるさくしたんだ」
「悪いか」
「いや」
ハーレンは真面目な顔へ戻った。
「必要だった」
確認書には、今日決めた範囲だけが書かれた。
つなぎ道案について。
地面。
排水。
石橋。
冬の風。
現在の使用者。
工事費。
維持管理。
それらを調べる。
調査への参加は、建設への賛成を意味しない。
別案の却下も意味しない。
土地の移転や取得を認めるものでもない。
「長いね」
ミラが言う。
「でも、あとから広がらない」
俺は答えた。
「紙は広がらないよ」
「意味が広がらない」
「ああ」
確認印を押す。
ハーレン。
ドム。
ガルド。
オーデン。
ベルン。
サラ。
住人たち。
俺とミラ。
それぞれの印の横に、確認した範囲が残る。
◇
会議が終わったあと。
地図の前には、俺とガルドだけが残っていた。
「まっすぐじゃないな」
ガルドが、つなぎ道案を見る。
「かなり曲がってる」
「気に入らんか」
「前世なら、もっと直線にしたと思う」
「前世?」
言ってから、しまったと思った。
ガルドは俺の顔を見る。
「昔、見た道の話だ」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
俺も話を戻す。
「直線の方が、測りやすいし、材料も少なく見える」
「見える、か」
「実際には、地面を直したり、家を移したりする」
「曲がる道にも金はかかる」
「ああ」
「冬は雪を除ける。橋も直す。曲がり角で荷車がぶつかるかもしれん」
「問題はある」
「なら、良い道かはまだ分からんな」
「ああ」
ガルドが地図の端を指で叩く。
「それでいい」
「何が?」
「今のお前は、線を思いついただけだ」
「分かってる」
「分かってねえ顔をしてる」
「してない」
「自分の案が一番良いと、少し思ってるだろ」
否定しかけて、地図の余白へ目を落とした。つなぎ道案の線だけが、少し濃く見えた。
中央案の問題を見つけ。
北と南の弱点を比べ。
別の線をつないだ。
自分が見つけた道のように感じていた。
「ミラが最初に見つけた」
俺は言った。
「木場道を知ってたのはオーデンだ」
「石運び道はドム」
「丘と風はネッサ。冬の話は石運び人」
「橋を直すのは石工だ」
「住人の仕事を条件へ入れたのは、サラさんとオーデン」
「なら、お前の道じゃねえな」
「ああ」
「誰の道だ」
もう一度、地図を見る。
「まだ誰のものでもない」
「違う」
ガルドが言った。
「造るなら、使う奴らの道になる」
設計した人間の道ではない。
金を出した役所の道でもない。
石を置いた職人だけの道でもない。
完成したあと、歩き。
荷を運び。
溝を掃除し。
雪を除け。
壊れた橋を直す人たちの道になる。
「だから、そいつらを抜いて線を決めるな」
「ああ」
「お前は、何をする」
「調べる」
「それから?」
「必要な条件をまとめる」
「それから?」
「作れる人に聞く」
「それから?」
「使う人に聞く」
「順番が逆になることもある」
「……最初に聞く」
ガルドが鼻を鳴らした。
「少しは設計屋らしくなってきたな」
「設計屋?」
「線だけ引いて威張るようになったら、叩き直す」
「褒めたのか、脅したのか分からない」
「両方だ」
◇
外へ出ると、帰り火の人たちが役所の前に残っていた。
ベルンが俺を見る。
「道を信じたわけじゃねえぞ」
「分かってる」
「第四案を信じたわけでもねえ」
「つなぎ道案」
「名前なんぞどうでもいい」
ベルンは町の西側を見た。
「ただ、見張る場所が増えた」
「調査に参加する?」
「役人と職人だけで測らせると思うか」
帰り火の地面を測り直したときと同じ。
測量杖を持ち。
数字を読み上げさせ。
記録の範囲を確かめる。
「俺は道を信じたんじゃねえ」
ベルンが言った。
「道を引く奴らを、見張ることにした」
前にも似た言葉を聞いた。
けれど、今度は少し違って聞こえた。
見張るというのは。
離れた場所から疑い続けることだけではない。
同じ地面へ立ち。
測量杖を持ち。
数字を聞き。
違えば止めることでもある。
「明日は旧木場道から測る」
俺が言った。
「日の出前だ」
「分かってる」
「遅れるなよ」
「それ、俺が言われるの?」
「子どもは朝が遅い」
「毎回起きてるだろ」
「ミラに起こされてる日がある」
「どうして知ってる」
ベルンは答えず、先に歩いていった。
ミラがその後ろから振り返る。
「明日、起こしに行く?」
「自分で起きる」
「本当に?」
「起きる」
「じゃあ、遅れたら置いていくね」
「待ってくれてもいいだろ」
「道は待たないよ」
ミラは笑い、帰り火へ向かって走った。
俺もあとを追う。
道は、まっすぐでなくていい。
曲がる理由が残っているなら。
誰を避け。
何を守り。
どこで水を流し。
誰が直し続けるのか。
その理由を、あとから確かめられるなら。
短い道が、良い道とは限らない。
遠回りに見える道が。
多くの人を置き去りにせず、同じ場所へつなぐこともある。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、オルセ、レム、ロイ、マーゼン、ニルの証言と記録を照合しながら、それぞれが何を知り、何を行い、いつ止めようとしたのかを分けて整理しました。
制度や手続きに問題があったとしても、個人が人を危険にした責任は消えません。
同時に、関係者を処罰するだけでは、疑問を出せない書類の流れや、経験を得にくい資格制度など、同じ問題を生む仕組みが残ります。今回はその両方を記録しています。
道路計画では、中央・北・南の三案に加え、旧木場道と古い石運び道をつなぐ「つなぎ道案」が生まれました。
最短距離ではありませんが、帰り火、北の斜面、南の湿地を大きく壊さず、既存の道や固い地面を利用できる可能性があります。ただし、石橋、冬の吹き溜まり、曲がり角、排水など、調べるべき問題も残っています。
この案はレオ一人が考えたものではありません。ミラの疑問、オーデンの現場知識、ドムの石工技術、ネッサの地形知識、住人たちの経験をつないで生まれています。
次回は、つなぎ道案の現地調査を行い、古い石橋と排水溝、旧石置き場の状態を確かめる予定です。




