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世界の端で、家を建てる  作者: 黒瀬リク
第一部 居場所を建てる

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19/24

第十九話 家が二軒なら、道がいる

 翌朝、役場へ着いた俺たちは、会議室へ通された。


 以前、水路の修繕計画を説明した小さな部屋ではない。


 長い机。


 壁一面の棚。


 町全体を描いた大きな地図。


 窓際には、見覚えのある紺色の外套の男が立っていた。


「……ドーレン商会」


 俺が呟くと、男はこちらを見た。


「お久しぶりです、レオさん」


「会いたくなかった」


「私も、好んで子どもと土地の契約を争っているわけではありません」


「なら帰ればいい」


「商会の仕事ですので」


 以前、俺たちの家を取り壊そうとした男。


 名前を聞いたことはあったはずだが、覚えていなかった。


「彼は、ドーレン商会の土地管理担当、ヴァルクさんです」


 リゼが紹介する。


 ヴァルク。


 ようやく名前と顔がつながった。


「本日の話し合いには、商会も関係します」


「カイたちの家を壊すの?」


 ミラがすぐに尋ねる。


「現時点で、取り壊しは決まっていません」


 リゼは、机の上へ大きな紙を広げた。


 町の西側。


 外壁の途切れた場所。


 森へ続く道。


 俺たちの家。


 カイとルナの家。


 その周囲には、色の違う線が何本も引かれている。


「これは?」


「土地の使用区分です」


 俺たちの家が建つ場所は、薄い黄色。


 カイたちの家は灰色。


 その間には赤い線。


 さらに外側には青い線。


「色が多すぎる」


「だから、問題になっています」


 リゼが黄色い場所を指した。


「レオさんたちの家がある土地は、現在、ドーレン商会が長期使用契約を結んでいる区画の一部です」


「家を建てて、認証も受けた」


「居住の認証は、建物が安全であることを証明するものです。土地の所有や使用権を与えるものではありません」


 家が安全に建っていること。


 その場所に住み続けてよいこと。


 二つは別だ。


 何度も聞いてきたはずなのに、胸の奥が冷たくなる。


「契約では、小さな安全な住居があれば、すぐには取り壊せない」


 俺は以前確認した内容を思い出す。


「すぐには、です」


 ヴァルクが答える。


「商会は、住居が存在する間、一定の猶予を与える義務があります。しかし、土地の用途を永久に変更したわけではありません」


「何に使うつもり?」


「木材の集積場です」


 ヴァルクが地図の西側を指す。


 森から町へ入る道。


 その近くに木材を置き、荷車へ積み替える場所を作る計画らしい。


「町の中まで長い材木を運ぶ必要がなくなります。工房へ必要な長さに分け、各区画へ運べる」


 ガルドが地図を見る。


「木場があれば、確かに仕事は楽になる」


「ガルドさん」


「商会に賛成したわけじゃねえ。用途としては間違ってないと言っただけだ」


「木材置き場ができたら、俺たちは?」


「契約に基づき、移転していただく可能性があります」


「どこへ?」


 ヴァルクは答えなかった。


「別の土地を用意する?」


「商会に、その義務はありません」


「じゃあ、家を壊して終わり?」


「土地を無断で使用している状態を、契約に従って解消することになります」


 今まで直してきた家。


 雨を防ぐ屋根。


 エナが眠る場所。


 全部、安全に作った。


 それでも、土地の線一本で失うかもしれない。


「今すぐ、という話ではありません」


 リゼが言った。


「役場は、町外れの土地利用そのものを見直そうとしています」


「どうして?」


「住居が増え始めたからです」


「増えたのは、俺たちとカイたちの二軒だけ」


「本当に?」


 道路管理係長のハーレンが部屋の隅から言った。


 今日も眉間に深いしわがある。


「昨日、町の西端を確認した。屋根のある小屋が七棟。布だけの仮住まいが四か所あった」


「そんなに?」


「以前からいた者もいる。お前たちが家を建てたあとに来た者もいる」


 俺たちは、自分たちの家とカイたちの家しか見ていなかった。


 少し離れた草地。


 森の縁。


 使われなくなった壁の陰。


 そこにも、人が暮らしていた。


「皆、勝手に建てたの?」


 ミラが尋ねる。


「許可を受けた住居は一つもありません」


「俺たちも?」


「レオさんたちの家は、安全認証と一時使用猶予があります。ただし、正式な土地使用許可ではありません」


 安全に暮らせる家を作ったことで、別の人もここなら住めると思った。


 空いているように見える土地へ、屋根を作った。


 だが、家が増えれば、今までなかった問題が生まれる。


「火事です」


 リゼが別の紙を広げた。


 昨日確認した西端の簡単な見取り図。


 小屋同士の間隔は狭い。


 屋根は乾いた草や古い布。


 炉の位置もばらばら。


「火を使う場所の決まりがありません。水場も遠い。小屋の間に、荷車が通れる道もありません」


「火が出たら、逃げられない?」


「それだけではありません。消火の水も運べません」


 家が一軒なら、周囲の空いている場所へ逃げられる。


 二軒、三軒と増えれば、別の家が逃げ道を塞ぐかもしれない。


「排水も問題だ」


 ハーレンが地図の青い線を指す。


「外周排水へ勝手に溝をつないでいる小屋がある。別の場所では、低い土地へ水を流し、隣の住居が水浸しになっていた」


「水路を作ればいい」


「誰が管理する」


「住んでる人たち」


「詰まったとき、全員が自分の場所だけを直せば、水は別の場所へ行く」


 広場の地下水路で学んだ。


 水は、一軒の家の前だけを流れるわけではない。


「役場は、町の西側を居住区として整備する案を検討しています」


 リゼが言った。


「本当に?」


「検討です。決定ではありません」


「何が必要?」


 すぐに尋ねると、ハーレンが地図へ指を置いた。


「道」


 次に青い線。


「排水」


 赤い線。


「防火のための空地」


 町の外壁に近い場所。


「防衛上、建物を置けない範囲」


 森との境界。


「伐採と魔獣対策のための緩衝地」


 森の深い場所では、魔素の影響を受けた獣が出ることがあると、森番たちは警戒している。町の近くで目撃されることはまれだが、見通しと避難のため、家を木々のすぐそばへ寄せない。


「多い」


 ミラが呟いた。


「家を並べれば町になると思うな」


 ハーレンが答える。


「人が暮らし、火を使い、水を流し、荷物を運び、危険なときに逃げられて初めて居住区になる」


 家を建てるだけでは足りない。


 家と家の間にも、作るべきものがある。


     ◇


「商会としては、木材集積場の計画を進めたいと考えています」


 ヴァルクが話を戻した。


「西門に近く、森からの道にも接している。これほど適した土地は多くありません」


「人が住んでる」


「無計画な居住を続ければ、いずれ火災や病気の原因になります」


「だから追い出して、木を置く?」


「木材集積場であれば、管理者を置き、防火用の水槽も設置します」


「人より木を守る場所は作るんだな」


「木材は商会の商品ですから」


 腹が立つ。


 それでも、ヴァルクの言っていることがすべて間違いとは言えない。


 今の西端は、家がばらばらに建っている。


 道も排水もない。


 大きな火が出れば、乾いた屋根へ次々燃え移るかもしれない。


「木場と家を、両方置けない?」


 俺が尋ねた。


「どういう意味です?」


「土地全部を住居にする必要はない。森から来る道の近くを木場にする。家は離れた場所へまとめる」


「簡単に言うな」


 ガルドが地図を見る。


「木場には、長い材を回す広さがいる。荷車が出入りする道も必要だ」


「家にも道がいる」


「同じ道を使えば?」


 ミラが言った。


「子どもが歩く道を、材木を積んだ荷車が通るのは危ない」


 ガルドが答える。


「時間を分ける?」


「守らせる奴がいる」


 考えれば考えるほど、必要なものが増える。


「土地の広さは?」


 俺が尋ねる。


「全部測った地図はないの?」


「古い測量記録はあります」


 リゼが棚から別の紙を持ってくる。


 今の地図より古い。


 町の西側には、現在ない長い溝が描かれていた。


「これ、水路?」


「昔の防御用空堀です」


「空堀?」


「敵や魔獣が町へ近づきにくくするための溝です。西側の壁が広げられたとき、一部が埋められました」


 今は草地に見える場所の下に、古い溝がある。


「そこへ家を建てたら?」


「埋め戻しが不十分な場所なら沈む」


 ドムが言った。


「水路の穴と同じ?」


「もっと大きいかもしれん」


 西端の小屋が建つ地面の下に、古い空堀が隠れている可能性がある。


「先に地面を調べないと、家の場所を決められない」


「そうです」


 リゼが頷く。


「役場には、西側全体をすぐ測量し、計画する人員がありません」


「技術者は?」


「南門の橋を直しています」


 広場の水路工事でも聞いた話だ。


 町の予算も人も、すべての場所へ同時には使えない。


「では、商会に貸すのが一番早い」


 ヴァルクが言った。


「当商会で地面を調べ、木場として整備します。町には使用料も入る」


「住んでる人は?」


「役場が対応すべき問題です」


 ヴァルクにとっては、土地に家があることが障害なのだ。


 そこに誰が住んでいるかは、商会の仕事ではない。


     ◇


「今日、結論を出すんですか?」


 俺が尋ねる。


「五日後に、町の評議会で方針を決めます」


 リゼが答える。


「五日」


「商会は木材集積場の案を提出しています。役場側も、居住区として残すなら具体的な案が必要です」


「誰が作る?」


 ハーレンが俺を見る。


「お前たちだ」


「俺たち?」


「住みたいと言っている側が、何を必要とするか示せ」


「子どもに町の計画を作らせるの?」


 ミラがもっともなことを言った。


「正式な計画を作れとは言っていない」


 ハーレンは机の上の地図を叩いた。


「誰がどこに住んでいるか。道をどこへ通せそうか。水をどちらへ流せるか。危険な場所はどこか。それを確認しろ」


「俺たちだけで?」


「ガルド親方とドム親方には、建物と地盤の確認を依頼する。ネッサには、森との境界を見てもらう」


「役場は?」


「リゼが記録する。私は、既存の道路と排水の接続を確認する」


「みんなで作る?」


「話を聞いていたのか」


 ハーレンがさらに眉間へしわを寄せる。


「一人で町を作るつもりか?」


 広場の水路も、一人では直せなかった。


 町外れ全体なら、なおさらだ。


「ただし」


 ヴァルクが言った。


「五日間で案ができなかった場合、木場計画が優先される可能性は高いでしょう」


「急に決めるなよ」


「商会は半年前から申請しています」


 俺たちが知らなかっただけで、話は以前から進んでいた。


「どうして、家を建てたときに教えなかった?」


 俺はリゼを見る。


「当時、木場計画は役場内で審査中でした。商会との契約も確定していません」


「でも、可能性は知ってた」


「すべての未決定事項を、町の住民全員へ知らせることはできません」


「知らなかったせいで、俺たちは家を建てた」


「建てなければ、エナさんたちは住む場所を失っていました」


 リゼの声は静かだった。


「当時の選択が間違いだったとは思いません」


「でも、また失うかもしれない」


「だから、今度は土地を含めて考えるんです」


 家を建てるだけで精いっぱいだった。


 土地の先の計画まで、見る余裕はなかった。


 それでも、知らなかったことは消えない。


「五日で、何を作ればいい?」


 俺は尋ねた。


「評議会が判断できるものを」


「もっと分かりやすく」


 リゼが紙へ項目を書き始める。


「現状の住人と建物の数。安全に残せる建物。移動が必要な建物。道の位置。排水経路。火を扱う場所。井戸か水槽の位置。そして、木材集積場と共存できるかどうか」


「共存できないなら?」


「居住区か木場か、どちらかを選ぶことになります」


 俺たちの家を残すために、商会の木場を完全に拒否すればいい。


 そう思った。


 だが、ガルドの工房も木を使う。


 カイたちの屋根に使った解体材だって、いつまでもあるわけではない。


 木を保管し、乾かし、町へ運ぶ場所は必要なのかもしれない。


「どちらかを悪者にすれば、簡単なのに」


 俺が呟く。


「簡単な話なら、役場で会議はしません」


 リゼが答えた。


     ◇


 役場を出たあと、俺たちは町の西端へ向かった。


 今まで歩いていた道ではなく、外周排水に沿って北側へ回る。


「本当に家がある」


 ミラが立ち止まった。


 低い土の盛り上がりの陰。


 古い木箱を組み合わせた小屋。


 少し離れた場所には、荷車の幌を地面へ固定しただけの寝床。


 さらに奥には、壁だけが残った建物へ布を掛けて暮らしている家族がいた。


 煙が上がっている。


 洗った布が干されている。


 子どもが二人、泥の上で遊んでいた。


「前からいたの?」


「町の中からは見えにくい場所だからな」


 ガルドが答える。


 俺たちは自分たちが町の端にいると思っていた。


 そのさらに外側にも、人が暮らしていた。


「役場の人か?」


 一人の女が小屋から出てきた。


 痩せているが、声は強い。


「追い出しに来たなら、帰ってくれ」


「まだ追い出すって決まってない」


 俺が答える。


「役場と一緒に来て、同じことを言う奴は何人もいた」


「俺もここに住んでる」


「どこに?」


 自分たちの家の方向を指す。


「あの小さな家か」


「知ってる?」


「三日で建てたって聞いた。あんたたちが住めたから、ここへ来た人もいる」


 胸が重くなる。


 俺たちが家を建てたことが、ここなら暮らせるという印になった。


「俺たちのせい?」


 ミラが小さく尋ねる。


「家を建てたことが悪いわけじゃない」


 ガルドが言った。


「だが、影響がなかったとも言えん」


 女の小屋は、地面へ直接柱を埋めている。


 屋根は古い布と草。


 炉は小屋のすぐ横。


「名前を聞いていい?」


「何に使う」


「ここに住んでる人の地図を作る」


「役場へ渡すんだろ」


「ああ」


「追い出す順番を決めるためか?」


「残せる場所を考えるため」


「信じろって?」


 答えられない。


 今の俺には、彼女の小屋を残せる保証がない。


「俺たちの家も、なくなるかもしれない」


「役場に認められた家だろ」


「建物だけ。土地は違う」


 女は俺の顔を見た。


「名前はサラ。娘が二人いる」


「夫は?」


「去年死んだ」


 それ以上は聞かなかった。


「この小屋、いつ建てた?」


「二十日前」


「炉は毎日使う?」


「使わなきゃ食べられない」


「風が強い日は?」


「火を小さくする」


「水はどこから?」


「町の井戸」


「遠い」


「近くに井戸なんかない」


 家を残すなら、水場が必要だ。


 火が出たときにも使える量の水。


「道は?」


「踏み跡がある」


「荷車は通れない」


「荷車なんて持ってない」


「火事のとき、水を運ぶ荷車が必要かもしれない」


「火事を出すって決めつけるのか」


「出さないように考える」


 サラの表情は硬いままだ。


 正しいことを言えば信じてもらえるわけではない。


「小屋を動かすことになったら?」


 俺は尋ねた。


「動かさない」


「危ない場所でも?」


「ここしかない」


「別の場所を一緒に探す」


「見つからなかったら?」


 また答えに詰まる。


「分からない」


 サラが鼻で笑った。


「子どもだね」


「ああ。でも、分からないまま大丈夫とは言わない」


 サラは少しだけ黙った。


「勝手に小屋へ入らないなら、見ていい」


「入らない。外から見る」


「炉にも触るな」


「触らない」


 以前なら、すぐ柱を押し、屋根をめくっていたかもしれない。


 今は、住んでいる人の許可を先に聞く。


     ◇


 西端を歩く。


 一軒ずつ名前を聞く。


 住んでいる人数。


 いつからいるか。


 炉の位置。


 水の入手先。


 小屋の材料。


 誰かが住んでいないように見える場所にも、毛布や器が置かれていた。


「空き家?」


 ミラが尋ねる。


「昼は町で働いてる」


 近くの男が答える。


「勝手に片づけると、夜帰ってきた人が困る」


 見えないから、誰もいないとは限らない。


 カイたちの空き家と同じだ。


「ここ、地面が沈んでる」


 俺は足元を見る。


 細長い窪み。


 草の色も周囲と違う。


 古い空堀の跡かもしれない。


 ボルツからもらった重りつきの縄を地面へ垂らし、深さを比べる。


「北から南へ続いてる」


 ミラが仕事板へ線を描く。


 空堀らしき場所の上にも、小屋が二つ建っていた。


「地面を叩くぞ」


 ドムが長い棒を持つ。


 一定の間隔で地面へ突き刺す。


 硬い場所。


 柔らかい場所。


 棒が深く入る場所。


「ここから、埋め土が変わってる」


 白い石粉で印をつける。


「この小屋は移動だ」


 ドムが一軒を指した。


 住人の男がすぐに前へ出る。


「勝手に決めるな!」


「地面の下が緩い」


「半年住んでる。沈んでない」


「半年沈まなかった場所が、次の雨でも沈まないとは言えん」


「役場は俺たちをどかしたいだけだ!」


「俺は役場じゃない。石工だ」


「同じことだ!」


 男がドムの胸元をつかもうとする。


 ネッサが間へ入った。


「手を出すな」


「家を取られるんだぞ!」


「ここで殴れば、家を守れるのか」


 男の手が止まる。


「移すなら、どこへ?」


 俺が尋ねる。


「それを今から探す」


「五日しかないんだろ!」


「だから、今日全部見る」


 男は怒ったままだ。


 それでも、小屋を調べることは許した。


 柱の根元。


 屋根。


 炉。


 小屋そのものは、材料を外せば移動できる作りだった。


「壊さず動かせる?」


「布と横木は使える」


 ガルドが答える。


「柱は土から抜くと、根元の腐りが分かる。使えなければ替える」


「場所だけ決めれば、建て直せる」


「簡単に言うな」


「簡単じゃない。でも、なくすだけじゃない」


     ◇


 昼を過ぎるころには、新しい仕事板が線と印で埋まり始めていた。


 家。


 小屋。


 布の寝床。


 古い空堀。


 外周排水。


 森への道。


「道をどこへ通す?」


 ミラが尋ねる。


 今の踏み跡は、住居の間を曲がりくねっている。


 人は通れる。


 だが、荷車は通れない。


「真っすぐが短い」


 俺は森への道から町へ向かって線を引こうとした。


「そこにはサラの小屋がある」


「移動してもらう?」


「最初から人の家を線で消すな」


 ガルドに止められる。


「でも、道は必要」


「今あるものを見て、少し曲げられないか考えろ」


 道を真っすぐにするため家を移す。


 家を残すため道を曲げる。


 どちらが正しいとは限らない。


「荷車は、どれくらい曲がれる?」


 ヴァルクの木場で使う長い材木。


 普通の荷車。


 水を運ぶ小さな車。


 必要な道の幅も、曲がり方も違う。


「木場の荷車と、住居の道を分ける」


 俺は地図を見る。


 森から来る道に近い北側を木場。


 住居は南側。


 二つの間へ、何も建てない帯を作る。


「空地?」


「火が出たとき、木場と家の間で止める」


 乾いた木を大量に置く場所と、火を使う家を隣り合わせにはできない。


「荷車の道は北」


 ガルドが地面へ線を描く。


「住居の道は、南から町へつなぐ」


「二本も道を作る費用は?」


 リゼが尋ねる。


「全部石畳にはできない」


「土の道で始める」


 俺は答えた。


「水がたまる場所へ小石を入れる。必要なところだけ板や石を使う」


「雨で泥になる」


「横へ溝を作る」


「また排水が増える」


「家の排水と道の排水を、別々にしない」


 各家から出た水を、小さな溝へ。


 小さな溝を、道沿いの排水へ。


 最後に外周排水へ流す。


「勝手に全部つなぐと、一か所へ水が集まりすぎる」


 ハーレンが言った。


「途中に、水をためる場所を作る?」


 広場の地下水路のように、一気に流すだけではなく、雨の間だけ水を受ける浅いくぼみ。


「家の近くではなく、空地側へ」


「火事の水槽と兼ねる?」


 ミラが言った。


「雨をためて、火が出たとき使う」


「汚い水でも、消火には使える」


 ハーレンが初めて少しだけ頷く。


「ただし、子どもが落ちない深さにしろ」


「深い穴じゃなく、浅く広くする」


「普段は泥になる」


「底へ石を入れる」


「水が抜けすぎれば、ためられない」


「粘土を使う?」


 水をためる場所。


 少しずつ地面へ染み込ませる場所。


 火事のとき使う場所。


 一つのくぼみに、いくつもの役割が生まれる。


「まだ決めるな」


 ドムが言った。


「地面の下に空堀があるなら、水をためて崩れる可能性がある」


「先に地面を調べる」


「そうだ」


 案を考えるたび、調べることが増えていく。


     ◇


 夕方。


 西端の高い場所へ、全員で上った。


 町。


 森。


 草地。


 小さな家々。


 上から見ると、踏み跡と屋根の位置が少し分かりやすい。


「ここからなら、全部見える」


 ミラが言った。


「でも、人の顔は見えない」


 俺は答えた。


 地図の上では、小屋は四角。


 住人は数字になる。


 道を引けば、その四角を消せる。


 だが、実際にはそこに毛布があり、器があり、子どもがいる。


「家を残そうとすると、道が曲がる」


 俺は言った。


「道を真っすぐにすると、家を動かすことになる」


「全部残すのは無理か?」


 カイが尋ねる。


「危ない地面の上は移さないといけない」


「全員、近くへ移れる?」


「土地が足りれば」


「足りなかったら?」


「木場を小さくしてもらう」


 少し離れた場所に、ヴァルクも来ていた。


「商会の計画を、簡単に縮小できると思わないでください」


「長い木を全部ここに置かないと駄目?」


「必要な量があります」


「何本?」


 ヴァルクが答えに詰まる。


「一年で、最大どれくらい置く?」


「季節によります」


「一番多いとき」


「……大型材で四十本ほど。加工前の短材を含めれば、さらに増えます」


「全部、同時に?」


「冬前は多くなります」


「積み方は?」


「長さと種類で分けます」


「間に道は?」


「荷車と人の通路が必要です」


「だったら、木場にも計画がいる」


「当然です」


「その計画を見せて」


 ヴァルクが少し眉を寄せた。


「商会の案は役場へ提出しています」


「俺たちが家を置ける場所を考えるなら、木場がどこまで必要か知らないと決められない」


「商会の内部資料です」


「土地を一緒に使うかもしれない」


「まだ決まっていません」


「決まってからじゃ、遅い」


 言葉がぶつかる。


 ヴァルクはしばらく黙ったあと、リゼを見る。


「閲覧範囲を限定してください」


「評議会へ提出済みの配置図であれば、確認できるよう手配します」


 リゼが答えた。


「明日、役場で」


「持ってきて。ここで実際の広さと比べる」


「命令される筋合いはありません」


「お願いしてる」


「そうは聞こえませんでした」


「じゃあ、お願いします」


 ヴァルクは深く息を吐いた。


「明日の午後です」


     ◇


「レオ」


 ミラが仕事板を見せる。


「もう描けない」


 新しい板も、半分以上が線で埋まっていた。


「大きな板がいる」


「家一軒と、町の一部は違うからね」


 マーヤからもらった板では、すべてを同じ大きさで描けない。


「地面に描く?」


「消える」


「紙は?」


 リゼを見る。


「役場の紙を使用するには、記録として提出する必要があります」


「提出する」


「一枚で足りますか?」


 西端全体。


 家の位置。


 道。


 排水。


 木場。


 森との距離。


「足りない」


「では、古い帳簿の裏紙をつなぎます」


「紙をつなぐ?」


「のりと細い布を使えば、大きくできます」


 小さなものを並べ、大きなものを作る。


 床板と同じだ。


 屋根板と同じだ。


「明日、最初に大きな図を作る」


「何から描く?」


 ミラが尋ねる。


「今ある家」


「道じゃないの?」


「消せないものから描く」


 家。


 人。


 古い空堀。


 森。


 外周排水。


 木場に必要な場所。


 その間を、道や水が通れる形を探す。


「五日でできるかな」


 ミラが不安そうに言う。


「分からない」


「でも、やる?」


「ああ」


 できると言い切ることはできない。


 それでも、木場の計画だけが評議会へ出れば、俺たちの家は地図の上から消されるかもしれない。


「俺も手伝う」


 カイが言った。


「家の修理は?」


「七日後の点検までは、大きな仕事はない」


「ルナは?」


「サラの娘たちと一緒にいる」


「もう知り合ったの?」


「さっき話した」


 家が近くにあれば、人同士もつながり始める。


「何をする?」


「小屋に住んでる人の名前を覚える」


「記録する?」


「俺は文字が書けない」


「印を決める」


 カイの石の印。


 ルナの月。


 文字が書けなくても、自分を示す方法はある。


「ミラは?」


「わたしは、子どもが何人いるか聞く」


「どうして?」


「子どもが多い場所に、荷車の道は危ないでしょ」


 俺が考えていなかったことだった。


「ガルドさんは?」


「木場の道と、家の材料を見る」


「ドム親方は地面」


「ネッサさんは森」


「ハーレンさんは排水」


「リゼさんは記録」


 一人ずつ、見えるものが違う。


「レオは?」


 ミラが尋ねた。


「全部を図にする」


「一番楽そう」


「一番大変だ」


「力仕事じゃないよ」


「線を一本引いたら、誰かの家が動くかもしれない」


 ミラは仕事板を見た。


 少し前まで、家の絵は直す対象でしかなかった。


 今は、そこに人がいる。


「じゃあ、勝手に引かないでね」


「ああ」


「絶対?」


「引く前に、そこに何があるか見る」


 絶対に誰も動かさないとは言えない。


 危険な場所にある小屋は、移す必要がある。


 道を作るため、場所を譲ってもらう家も出るかもしれない。


 それでも、何もない場所だと思って線を引くことはしない。


     ◇


 家へ戻る途中、カイとルナの家から煙が上がっていた。


 俺たちの家からも。


 その向こう。


 草地に点在する小屋からも、細い煙が何本も上がっている。


 昨日までは、二本しか見ていなかった。


 自分たちの煙だけ。


 カイたちの煙だけ。


 だが、高い場所から見れば、町の端にはいくつもの暮らしがあった。


「家が増えたら、町になる?」


 ミラが尋ねた。


「家を並べただけじゃ、まだ町じゃない」


「道ができたら?」


「水を流す場所もいる」


「火事にならない間隔も」


「井戸も」


「ごみを置く場所も?」


「いる」


「遊ぶ場所は?」


 考えていなかった。


 子どもたちが道で遊べば、荷車とぶつかる。


「いるな」


「じゃあ、描いて」


「場所があれば」


「家を減らすの?」


「最初から減らすって決めない」


 必要なものを全部並べる。


 そのあと、限られた土地へどう入れるか考える。


 すべてを入れられないなら、優先するものを決めなければならない。


 家一軒を作るときは、住む人の希望を聞けばよかった。


 町の一部を作るなら、違う希望を持つ人が何人もいる。


 住む人。


 商売をする人。


 木を運ぶ人。


 道を管理する人。


 森を守る人。


 同じ土地を見ても、必要だと思うものは違う。


 家が二軒なら、その間を人が歩く。


 三軒になれば、水や火の問題が生まれる。


 十軒になれば、道がいる。


 そして、道を引くには、誰かの家と誰かの仕事の間を通らなければならない。


 俺は仕事板を抱え直した。


 今まで描いてきたのは、一軒ずつの困りごとだった。


 次に描くのは、それらをつなぐ線だ。


 家を消すための線ではない。


 家が並んでも、互いを壊さずに暮らせるようにする線。


 五日後。


 俺たちの家が建つ土地を、木材の置き場にするのか。


 人の暮らす場所として残すのか。


 評議会が決める。


 その前に、俺たちは示さなければならない。


 町の端にあるのは、空いている土地ではない。


 屋根があり。


 火があり。


 名前があり。


 帰ろうとしている人がいる。


 そこはもう、地図の上の何もない場所ではなかった。

お読みいただきありがとうございます。


町外れに暮らす人々と、ドーレン商会の木材集積場計画。

次回、レオたちは五日後の評議会へ向け、家・道・水・火を一枚に収めた居住区の案を作り始めます。


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