「第2層」
——見えたはずのものは、一瞬で消えた。
佐倉 恒一は教室の窓を見つめたまま動けなかった。
(今の……何だ)
都市の上に重なるような巨大な構造物。
現実の空ではない“層”。
だが瞬きした次の瞬間には、もう何もなかった。
ただの空。
ただの街。
いつもの教室。
「……幻覚か?」
そう言いかけて、否定する。
(違う)
(あれは“見えた”じゃなくて、“許可された”だ)
その夜。
再び戦闘は来なかった。
代わりに、違う“侵入”があった。
《観測接続要求》
「……またか」
拒否する間もなく、視界が暗転する。
落下でも転送でもない。
今度は、“意識だけが引き抜かれる感覚”。
気づくと、佐倉は空間の中に立っていた。
白でも黒でもない。
情報が流れるような、意味のない背景。
その中心に、観測者がいた。
「第2層へ到達したか」
「……勝手に見せるなよ、あれ」
佐倉は睨むように言う。
観測者は少しだけ沈黙した。
「見せたのではない」
「“見える段階に入った”だけだ」
「違いが分かるか?」
分かるわけがない。
だが、分かってしまう自分もいる。
「第1層は“戦闘の世界”」
「第2層は“戦闘を観測する世界”」
「そして君は、その境界に触れた」
「……境界?」
観測者はゆっくりと手を動かす。
空間に、層の構造が浮かび上がる。
無数の重なり。
上へ、下へと続く階層。
「リミット・アリーナは戦場ではない」
「“階層構造の検証装置”だ」
佐倉は息を呑む。
「検証……?」
「人間がどの条件で最も効率的に変化するか」
「それを観測するためのシステム」
静寂。
言葉の意味が、ゆっくりと沈んでいく。
(戦いじゃない)
(進化の観測?)
「じゃあ俺たちは……」
「サンプルだ」
即答だった。
観測者は一歩近づく。
「君は特に特殊だ」
「記録保持者は“変化を固定する存在”」
「本来、このシステムでは最も扱いづらい異常」
「だから第2層に上げた」
「……上げた?」
佐倉は一瞬、嫌な予感がした。
「どういう意味だ」
観測者は答えない。
代わりに、空間が歪む。
そこに“別の戦闘ログ”が映る。
佐倉ではない誰か。
同じように戦い、同じように記録される人間。
しかしその最後の瞬間。
その存在は——
“消えている”。
「……消えた?」
「第2層以上に適応できなかった記録体は削除される」
淡々とした説明。
佐倉の背中に冷たいものが走る。
「待て、それは……死んだってことか?」
「定義上は“非保持”」
「記録から外れるということだ」
それは同じだった。
観測者は続ける。
「第2層は選別層だ」
「戦闘の適応ではなく、“存在の維持能力”を見る」
「君がここにいるということは——」
「まだ“削除対象ではない”ということだ」
沈黙。
佐倉は拳を握る。
(ふざけるな)
(戦わせて、壊して、残ったやつだけを選別してるだけじゃないか)
「それで、何の意味がある」
観測者は少しだけ間を置いた。
「意味はまだ上層にある」
「我々は観測者であって、設計者ではない」
「……じゃあ設計者は誰だよ」
その問いに、観測者は初めて明確に答えなかった。
代わりに。
「君はそろそろ気づく」
「戦っている相手は、人間だけではない」
その言葉と同時に、空間が崩れる。
意識が引き戻される。
教室。
椅子に座ったまま、息が荒い。
だが頭の中には残っていた。
《第2層》
《選別》
《削除》
(戦ってる相手は人間じゃない?)
その意味を考えようとして——
視界の端に、初めて“明確な異常”が出る。
《第2層観測対象:再接触予定》
そして、その下に。
《対象識別コード:非人間領域》
「……は?」
その瞬間、窓の外に“ノイズ”が走る。
街が一瞬だけ、データのように崩れた。
(これ、世界そのものが嘘なのか……?)




