「処理不能」
《原因:観測不能な記録保持体》
その一行を見た瞬間、佐倉 恒一は逆に冷静になった。
(処理不能……ってことは)
(まだ“処理しようとしてる側”がいる)
つまり終わっていない。
世界はまだ、自分を“どう扱うか”を決めきれていない。
教室はいつも通りだ。
授業も進んでいる。
周囲の生徒も普通に笑っている。
だがその全部が、薄い膜一枚隔てた別世界に見える。
(ここだけ切り離されてる)
(俺だけが“別枠”になってる)
そのときだった。
視界の端に、今までにない通知が出る。
《第0層:修正会議要求》
「修正……会議?」
佐倉は眉をひそめる。
今までの流れなら、即時削除か再定義だったはずだ。
“会議”なんて概念はおかしい。
次の瞬間、空間が一段だけ“ズレる”。
教室の中に、机がもう一列増えた。
最初からそこにあったように。
そこに、複数の“存在”が座っている。
設計体。
観測者。
そして、第3層で見た“ルールの欠片”。
さらに、その上位らしき曖昧な影。
全員が、同じテーブルにいる。
《第0層修正会議:開始》
声が響く。
だが誰の声でもない。
ただ“合意形成そのもの”の音。
観測者が最初に口を開く。
《記録保持体の存在が、全階層に干渉》
《第1層戦闘は学習崩壊》
《第2層観測は逸脱増幅》
《第3層設計は矛盾発生》
設計体が続く。
《再定義試行は失敗》
《削除プロトコルも不安定化》
沈黙。
そして、最上位の“影”が動く。
《結論:単一処理不能》
佐倉はその言葉を聞きながら、少し笑いそうになる。
(単一処理不能)
(人間に使う言葉じゃないだろ)
だが次の言葉で、空気が変わる。
《提案:分割処理》
「分割?」
佐倉が口にした瞬間、全員の“視線”が一斉に向く。
《記録保持体を“複数状態”として再定義》
《観測・戦闘・設計・結果への分離》
佐倉の頭に、嫌なイメージが浮かぶ。
(俺を……分解するってことか)
設計体が淡々と続ける。
《一体のままでは干渉過剰》
《機能分割により安定化可能》
観測者が補足する。
《戦闘適応部分のみ第1層へ戻す》
《記録保持部分を第2層へ固定》
《異常干渉部分を第3層へ隔離》
佐倉は拳を握る。
「ふざけるな」
だが声は届かない。
議論は“佐倉の意志”を前提にしていない。
(こいつらにとって俺は)
(人間じゃなくて“構造物”か)
そのときだった。
今まで沈黙していた最上位の影が言う。
《補足》
《第0層においても矛盾あり》
空間が静まる。
《“分割しても残るもの”が存在する可能性》
設計体が一瞬だけ止まる。
観測者も止まる。
初めて“迷い”が発生する。
佐倉はその隙を見て理解する。
(これだ)
(俺の“バグ”はここにある)
「分割しても無理なんだろ」
佐倉は静かに言う。
「俺は“そういう存在”じゃない」
空間が揺れる。
《再評価》
《記録保持体:分割不可》
《理由:未定義》
会議体がざわつく。
初めて“未定義”という単語が出る。
佐倉は一歩前に出る。
「じゃあどうするんだよ」
「削除もできない、分割もできない」
「観測も設計も壊れる」
「それでも俺はここにいる」
沈黙。
その瞬間、世界が一瞬だけ“止まる”。
《最終決定保留》
《第0層:再検証へ移行》
空間が崩れる。
会議が消える。
教室に戻る。
何事もなかったように。
だが机の上にだけ、新しい文字が残っていた。
《対象:保留個体》
《分類:例外ではなく“未確定法則”》
佐倉 恒一はその文字を見て、ゆっくり息を吐く。
(俺はもう敵でも味方でもない)
(“ルールそのものになりかけてる”)




