おまけ あなたを待っている(クレア)
キャンベル男爵は、彼の妹とその舅が並ぶ姿はまるで夫婦のようだったと評していたらしい。
そんなことを思い出したのは、一仕事終えて居間に行ったら、セディとセアラがふたりで仲良くお茶を飲んでいたから。
ふたりとも辛い経験をしてきたのにふんわりした空気を纏っているので、見ているこちらがほのぼのしてしまう平和な光景だ。
セディがこんな風にふたりきりでお喋りしながらお茶を飲める娘をもうひとり得られるなんて奇跡的だ。
信頼する嫡男のノアが妻に選んだセアラの事情を知り、家族として守ってあげようという使命感に駆られたのはもちろんあるだろう。
だけど、そもそもノアが別の娘を選んでいたら、セディがこれほど打ち解けた関係になれたとはとても思えない。我が家にとって、セアラは本当に得難い嫁なのだ。
ロッティの言っていたとおり、ノアが女性を見る目を持っていたことに感謝している。
「クレアもお茶飲む?」
私に気づいたセディが尋ねた。
「ええ」
すかさず部屋にいたメイドが動きはじめた。
「あ、昨日のクッキーまだ残ってたよね。取って来る」
「それなら私が」
立ち上がりかけたセアラを、セディが慌てて止めた。
「僕が行くからセアラはそのまま座ってて」
セアラが答える前に、セディは居間を出ていった。
申し訳なさそうに私を見たセアラに、笑ってみせた。
「セディは好きでやっているのだから、気にしないで」
「はい」
私もセアラの隣に腰を下ろし、メイドが淹れてくれた紅茶を口に運んだ。
「何の話をしていたの?」
「おふたりの新婚の頃や、お姉様が生まれた頃のお話をしていただいていました」
「ノアの時の話のほうがセアラには良かったでしょうに」
「いえ、楽しかったです。生まれる前に夢で女の子だとわかって、たくさんドレスを買ってきてお母様に叱られたとか」
「そんなこともあったわね。でも、笑い事ではないわよ。セディはまたやりかねないし、ノアだってわからないわ」
「そうですね」
ニコニコしていたセアラの眉が下がった。
普段は次期公爵という立場を意識して冷静に振る舞うノアが、セアラのことになると感情的になるのは、母親としては見ていて面白い。やっぱりセディの子だなと微笑ましくなる。
あまりセアラを困らせないであげてほしいけれど。
「だけど、甘えられるだけ甘えてしまえば良いわ。まだまだ色々大変なのだから。もちろん、私にも」
「誰よりも頼りにしております、お母様」
「触っても良い?」
「はい」
私はセアラのお腹をそっと撫でた。セアラが幸せそうに微笑む。
「だいぶ大きくなってきたわね」
「ですが、まだまだ大きくなるんですよね」
「そうよ」
私が手を戻した時、扉が開いてセディが戻ってきた。
「クッキーあったよ」
セディは先ほどまで自分のいた場所に私がいるのを見て、不満げな顔をした。
セディが不満なのは、私に場所を獲られたことではなく、私の隣に自分の座る隙間がないこと、だ。
しかし、すぐに気を取り直した様子で向かいに座った。
「ねえ、その子は何が好きかな? ドレスは何色が似合うだろう?」
私は思わずセアラと目を合わせた。
「男の子かもしれないわよ」
「うん。男の子も可愛いけど、そろそろクレアそっくりの女の子が生まれるような気がするんだよね」
ああ、こういう思い込みが夢を見せるのね。幸せな夢だから良いけれど。
「セディ、まだドレスは買ってこないでね。私はセディによく似た男の子が生まれると思っているのだから」
私の言葉にセディが目を瞬き、それから擽ったそうに笑った。
そこに、ノアの帰宅を報せる声が届いた。
セアラが立ち上がり、玄関ホールに向かう。
「あ、セアラ、ノアの出迎えなら僕が……」
ソファから腰を浮かしたセディを、急いで止めた。
「セディ、それはセアラに任せなさい」
妻ではなく父親に出迎えられたら、きっとノアががっかりする。休日に私の用事で出かけてもらったので、それはちょっと申し訳ない。
「それもそうか」
セディは頷くと、私の隣へと移動してきた。
「楽しみだね。早く会いたいな」
「そうね」
男の子でも女の子でも、誰に似ていても構わない。無事に会えれば。
これにて完結となります。
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