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朽葉色の髪の少女…②

 二度目の乱闘が一段落した段階で、仲直りのつもりなのかジャックが何処からか酒を取り出してきた。革袋に入った山羊乳酒(ラクシー)である、セフィールも背嚢からセラミック製のカップを取り出して、それを注いで貰う。コクのあるヨーグルトの様な味わいの軽い酒で……甘く……旨い……。自然と杯が進む……。軽い酒でも、二杯三杯と盃を重ねる毎に、次第に酔いが回る……そんな頃、ほろ酔い加減で、メガネの魔法使いがセフィールの方に擦り寄ってきた。一瞬……反射的に半身後退するが、セクハラの気配は無さそうなので其処で留まって、必死に笑顔を作る。

「ことに、セフィール殿……。」女性相手に『殿』は、ないだろうと思うが、殊の外目つきは真剣である。

「は、はい……何でしょう?」

「先ほど、セフィール殿が見せられた『術』だが……。」

「『術』?」

「そうそう……あの、『サーッと乾く術』です。」

「ああ、あれ……。」酒盛りが始まって小一時間も立つと思うが、酒盛りよりかなり前のことを、『先ほど』等と言われてもピンと来ない。

「あの、『術』の呪文構成とその原理について……もし良ければ、ご教示いただけないだろうか……。」眼鏡のバリオスは詰め寄ってくる。

「ああ、あれは……火の呪文と、氷の呪文と、水の呪文と、風の呪文の合成呪文です。」また少し後退しながらセフィールは説明を始める。

「そんなにも……して、どのような原理で?」さらにズイッと詰め寄りつつ、眼つきの怖くなっていくバリオス。

「まず、最初に、水の呪文を使って全身を洗い、汚れを落としつつ、そのまま……つづけておおまかに水を切るんです。」

「なるほど……。」魔法使いは懐から手帳を取り出して書き留め始める。

「でも、水の呪文だけで完全に乾かすのは無理ですから、風の呪文を使うんですけれど、そのまま風だけ当てても乾きは悪いですし、第一全身が冷えてしまいます。」

「確かに……。」

「だから、暖めた風を使うんですけど、そうすると暖めすぎて火傷する危険がありますので、その前に一旦強烈に風を冷やします……。」

「ふむふむ……。」

「そうすることで、風の中の水分が果てしなく抜けるので、その一旦冷やした風から水分を取り除いて、それを適度に温めて微温風にして噴きつけるのです。そうすると、水分が蒸発して体温が下がった分、丁度暖められるので体が冷えないのです。」

「う~ん……。」眼鏡の魔法使いは全て書きつけると、考えこみ始め……自分の思索の世界に浸ったまま……そのまま何も言わずに小屋の隅に移動していった。セフィールは一体何だったんだろうと考えたが、実のところ、本当に学問的好奇心だけだったのかもしれないとも思える。

「そう……バリオスは、邪心なくただ知恵と発見と発明を追い求めているのですよ。」いつの間にか杯を手に現れたKYの僧侶ナージュ、彼は恐らく自分が二度目の乱闘騒ぎのもう一つの中心であるとなど考えていないだろう。「我々『黎明の探索者』は、皆それぞれにロマンチストなのですよ。」

「『黎明の探索者』って……何ですか?」セフィールの質問に……。

「我々のチーム名です……現在のこの四人のパーティは、実は皆、冒険者チーム『黎明の探索者』のメンバーなのです。これでも、我々はこれまで『マーグの森事件』『アレス遺跡の主』『妖精の花探索』など、数々の輝かしい『クエスト』をクリアしてきた一騎当千の冒険者達なのです。中でも特筆すべきは拙僧が一人で解決した『キヤリ城殺人事件』……あれは、実に難解な事件でした……。」遠い目になりながら、陶酔した口調で喋り始めるKY僧が、話を延々と続けようとした時……。

「そう……あれは、三年前グリグランド地方w「あのさぁ‼こんな童貞の破戒僧の自慢話なんか聴くの止めて、こっちで一緒に飲もうぜ‼」ジャックが突然話に割って入ってきた。

 軽快なスカウトは、セフィールのコップに新たな山羊乳酒(ラクシー)を注ぎながら、さり気なく肩を抱き寄せる。その手を、しっかり払いながらも、セフィールはコップの山羊乳酒(ラクシー)を少し口に含んだ。

「ねえ、セフィ。」セフィールのことを勝手に愛称で呼びながら、ジャックは顔をすり寄せてくる。「最初から気になっていたんだけど……セフィは、ギルドのクエスト依頼でここに来たって言ってたけど……いったい何処に向かっているんだい?いや、たまに極秘任務とかあるからさ、もし、言えないなら、ダメならダメでいいけどさ……。」

「ヴェレメスト城です……この先にある初期三国時代の古城です。」ジャックの手が止まる。

「…………。」唐突に黙りこむ軽薄で陽気なスカウト……。

「どうかしましたか?何か気に触ることでも?」少し不安を含んだ口調でセフィールが訊く。

「俺達も……其処を目指してる……。」急に真剣な口調になったジャック……。

「……と、いうことは……同じターゲットでしょうか?」

「ああ……恐らく……。」スカウトは陰鬱ですらある表情を浮かべて呟くように言う。「俺達が追っているのは、『人形遣い』と呼ばれる邪悪な魔法使い……。アンタの追っているのも奴じゃないのか?……違うかい?」

「いえ、……違いません。若い女性ばかりを拉致して、魔法の実験台にするという狂気の魔法使い……『人形遣い』……最近ファロールの姫君を護衛の騎士たちの面前で略取した、あの誘拐事件の犯人です……。」

「同じだな……ファロールの領主は自慢の騎士団を一蹴された上に大切な一人娘をさらわれて、逆上している……奴の首に多額の懸賞金を掛けた。」

「私がお邪魔なら……この件から手を引きましょうか?」セフィールが恐る恐る提案するが、ジャックは眉間に縦皺を寄せて大きくかぶりを横に振った。

「いや……是非とも、一緒に戦って欲しい……奴は残念ながら超一流の魔法使いらしい……。バリオスも相当使えるけど、まだ心もとない……。アンタは天才と言われるバリオスの更に上を行く……手を貸してくれると有りがたい。」ジャックの強ばった顔……。さっきまでの軽薄な人物と同一人物とは思えない……。あんなにからかっていた相手のことを真剣に認めている。

「そいつは、『人形遣い』に……たった一人の家族の妹さんを攫われたんだ……。」急に……無口だった剣士のグリーンがボソリと言う。「オレたちは、ジャックの助太刀だよ……。」それっきり、またグリーンは黙りこむ。

「…………。」しばしの沈黙が場を包むが、セフィールはその沈黙のカーテンを優しく押し開いた。

「一緒に行きましょう……。私も協力させてください。」

 僅かな無言を間に挟んで……ジャックの表情が変わる。

「おお、ありがてぇ‼こんな美人が応援してくれるなら、今度の仕事も大成功まちがいなしだぜ‼」途端に陽気で軽薄なスカウトに戻ってはしゃぎ始める。「おい、メガネ……湿気た面してねぇで、オマエも飲めよ‼ほら、クソ坊主お前も飲めよ‼前祝いだ‼」またコロっと人が変わったみたいな明るさで騒ぐジャック。

「ふん……どうせ、拙僧は童貞じゃよ。」()ねた口調で、小さくナージュは(つぶや)いた。


 嵐の去りし翌朝……荒天から一転した、雲一つない蒼天の下『黎明の探索者』四人と、朽葉色の髪の女魔法使いは出立した。まだ雨露に濡れる丈の高い草原を、五騎の冒険者達は飛沫とともに駆け、山間(やまあい)を抜けて、木立に隠された山城……遺跡の城ヴェレメストへと迫った。


 実際に近づいてみると、城の周囲には存外手の込んだ魔法の警報装置や、ブービートラップやらが仕掛けてあって……用心深く侵入者の接近を阻んでいる。スカウトのジャックはそのプロ魂にかけて、それらを一つ一つ丁寧に、しかし迅速に……警報を作動させることなく外していく。しかも、外したことを悟られないように偽装すらする。

「存外……腕がいいんですね。」セフィールが感心したふうに(ささや)くが、

「『存外』は、余計だ‼『存外』は‼」最小ボリュームで怒鳴るジャックである。その眼には、『お前も実はKYだったか……』という、複雑な感情が込められているように思える。ジャックが振り返ると、少し意地悪な目で見つめながら肩で笑っている聖職者が居る……。その眼には僅かながらの悪意が込められているようにみえるのは、気の所為だろうか……。


 ともあれ、無事に城壁に取り付いた一行は、バリオスに『認識妨害』の呪文を掛けてもらい、最も身軽なジャックが先行して、ロッククライミングの要領で城壁を軽々と超える。彼が下ろした縄梯子を伝って、難なく一同は城壁を越える。


「手際がいいですね……。」感心したセフィールが、隣の魔法使いに話を振ると、

「実は……ジャックは一ヶ月前からじっくり時間を掛けて、既に下見を済ませていてね……。見回りのパターンから、トラップの種類までかなり、調べは付いているんだ。」バリオスは人差し指でメガネの位置を調整してから腕まくりする……。

「一ヶ月前というと……『ファロールの姫君略取事件』発生より前じゃ…………。」

「そうさ、……これは、本来はギルド依頼の『ファロールの姫君誘拐事件』ではなくて、『ジャックの妹奪回作戦』なのだよ……。何時の間にか掏り替わってしまったけれど……。」

 バリオスは少し肩を竦める……恐らく、最初は私費を投じて仲間を募ったのだろう……しかし、同じ事件で賞金が出るという話を聞いて、それに便乗して報酬の出処を変えたのかな……と、セフィールは推測した。

「さて……ここからは、ボクの仕事だ……。」バリオスは中庭の半ばまで進むと、樫の木の影に隠れる位置で何かの装置を取り出す。

「ここには……城の本丸を取り囲むように魔力障壁が設置してある……。対物理障壁として侵入者を阻むと同時に、魔力障壁に触れるモノがあれば、一発で『人形遣い』に知らせが行く構造だ……。構造も高度に暗号化されていて、強行突破も難しければ、解呪も難しい……。しかし、この呪文暗号解読装置があれば……。」魔法使いが取り出した装置を設置して、その操作を始めると魔法装置の表面に様々な文様が浮かび上がる。それらが幾つか明滅して複雑にその形状を変化させると、箱のなかで小さくカチッと音がした。

「…………ほら、この通り……。」バリオスが会心の笑みを浮かべた時、静かな音を立てて、何かが起こる……。一行は、ちょっとした風の動きと音の反射で、恐らく目の前にあった『目に見えない壁』……『魔力障壁』、『多重縦深結界』が消滅したのを感じた。

「やるじゃねぇか、このメガネ野郎‼」にやけた笑顔でジャックがポンポンと魔法使いの頭を叩く。


 後は城の裏口まで、五人の行動を邪魔する障害はなかった。

「此処から先は、事前情報はないから……全部アドリブだ、行くぜ!」ジャックの音頭で五人は一丸となって行動する。

 少し進むと、二人の女性と遭遇する……メイド姿の美女二人……。一説には『人形遣いは』生きた人間の魂を何かか別なものに置換することで、人間を傀儡化する……と、言われている。……だから、目の前の二人は『人形遣い』の手先と考えて支障ない……。五人の姿を見かけるやいなや、腰に手をやるメイド達……彼女等の腰にはレイピアが光って見える……。コンマ一秒にも満たない時間でパーティーは反応する。剣士のグリーンの反応速度は人間技とは思えなかった。彼の片刃の剣が腰から抜かれたと思われた一瞬……二人のメイドが倒れる……。

「案ずるな……峰打ちだ……。」

「美人を、勿体ない……ま、帰りにでも回収しましようかね。」ジャックが名残惜しそうに二人のメイドの方に視線を贈ろうとするが、眺めている時間はなかった……。休む間もなく次のメイドの一群が現れる。五人……流石に一瞬でカタを付けるのは難しいかと思われるが……

「『昏睡の霧(コーマ・ミスト)』‼」既に呪印を描き呪文を唱え終わっていたバリオスが、呪文発動のキーワードを口にすると、メイド達を囲むように深い眠りをもたらす、魔法の霧が発生する。これの『抵抗(レジスト)』に失敗すると、対象は『状態異常』の『昏睡』に陥る。相手のレベルにも依るが、余程高位のモンスターでない限りバリオスの術に抵抗できるはずはない……彼には自信があった。案の定……五人は力を失って倒れる。

「グッジョブ‼」ジャックが親指を立てて、バリオスにウィンクしてみせる。

「……。」気持ち悪いな……とも言えずに、無言で肩をすくめるバリオス。

「先を急ぐぞ……。」グリーンがボソリと呟く。

 確かに『黎明の探索者』は、超一流の冒険者と言える。セフィールは観察する。城内を迅速に移動しながら、絶妙の連携で、会敵した瞬間、相手を無力化している。ジャックも華麗な体術を見せ、決して口先だけの男でない事を証明してみせる。破戒僧ナージュですらも、さり気なくパーティーの体力バランスを取りながら、サポートの術を使用するあたり卒がない。


 幾つもの部屋を探索し、幾度も武装したメイド達を相手にして全くノーダメージで戦闘を終わらせる姿は、全く見事……。自分は出る幕がない……と、セフィールに思わせるほどである。武装メイド達が弱いわけではない……元来素人の女の子にすぎない彼女等に何をしたのか、彼女等は迷いなくこちらに攻撃を仕掛けてくる。……連携のとれた結構鋭い攻めで、中には魔法使いらしき武装メイドもいて、中級冒険者パーティーなら全滅の憂き目に遭う可能性のあるレベルである。第一、護衛の騎士団を全滅させた上で、ファロールの姫君を誘拐したのは、『人形遣い』に指揮された彼女等メイド隊なのだ……。

 だから、彼女等を圧倒するのは、一重に『黎明の探索者』の面々が超一流であるからなのだろう。

 結構広い城内……一階ずつ、一部屋ずつ、虱潰(しらみつぶ)しに制圧していき、やがて一同は三階に到達する。既に周到な準備をしてきた魔法使いのバリオスは、魔力ポーションをがぶ飲みしながら遠隔型の『昏睡の霧(コーマ・ミスト)』を連発する。部屋を開ける前に、これを部屋の外から掛けてやると、会敵する事無く部屋を制圧出来るからだ。

 一応ナージュとセフィールで、術を施した部屋を開けて目視確認、中に居るのが囚われた女性達か、改造された武装メイド達かを確かめつつ、マッピングして状況を整理していく。一階、二階のマッピングは完了する。たまに回廊で出会う武装メイドも、剣豪のグリーンがほぼ瞬間的に昏倒させるので、時間は掛かったものの、ほぼ無傷でパーティーは三階に到達する。


 三階は外から確認した最上階……故に、『人形遣い』は必ず三階にいるはず……。露骨に妖しい大広間と思われる扉……手筈通りバリオスが扉越しに、特大かつ広範囲の『昏睡の霧(コーマ・ミスト)』を掛けてから、ジャックが鍵を外し、グリーンを先頭にして一行は突入する。

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