朽葉色の髪の少女…①
以前短編小説として投稿していたものを、連載小説として改筆したものです。
朽葉色の髪はツインテールに纏められて長く垂れ、アーモンド型の眼には大粒の鈍色の瞳が配置されている……それはあたかも……神話から切り抜かれて地上に置かれた女神のよう……。鶯色のマントは雨に濡れつつ、苔色に染め上げられたその革鎧の下にある素肌が冷えぬように颪から、その主を守っている。
彼女が騎乗するは栗毛の軍馬……其の鬣は水分で重く垂れ、歩を進める度に雫を落下させる。
幽かな山陰を遠くに望む位置に来た頃……草原の彼方、猟師小屋らしきシルエットが視認出来た。霧雨のヴェールに隠されてはいるが、……近くに大きな木々も幾本か有り、都合がいい……。
「丁度いい……雨宿りできるな……。」彼女は呟く……鐙を軽く蹴り、少しだけ足を速める。
◇・……・◇・……・◇・……・◇・……・◇
彼女が小屋に入ると既に、何人かの先客が小屋の暖炉の前に陣取り、炉に薪をくべていた……。先客の何人かが彼女に視線を送っている。中はそう広くない……普段なら数人の猟師が休憩を取るのには十分なのだろうが、今は……些か人口密度が高そうだ。
「お邪魔します……。」断ってから、彼女は隅に腰を下ろす。背囊から取り出した乾いた布で顔や髪の雫を軽く拭き取り、手に持った杖を掲げて、空中に呪印を切り、短く呪文を唱える。
彼女の体に負担をかけ、体温を奪っていた水分が音を立てて一挙に蒸発した。
「あんた……魔法使いかい?」
隣にいた男が、声を掛けて来る。
「はい……魔法使いで、冒険者ギルド所属です。」
「ハハ……そうかい……俺達も……ギルドの冒険者だ。ま、狩りの季節でもないのにこんなトコロを彷徨いているといえば……大抵、冒険者だけどな……。オレはスカウトのジャック……よろしくな。」
スカウト……というのは、冒険者ギルド的な盗賊職の名称である。盗みを生業としているわけではないが、鍵開け、軽業、罠外し、追跡術……などなど……少し盗賊的な作業分担をするメンバーである。
「セフィールです。」彼女は軽く笑顔で名乗る。
「いや……よく見れば大した別嬪さんだな……冒険者にしておくのは勿体ない。俺達は……パーティーを組んで、クエストの途中だけどな……。途中で降られちまった。実は……まだ、この通りビショビショよ……取り敢えず火を起こしたところだけどもよ……もし良かったら、さっきの『サーッと乾く術』……お願いできないかな……風邪引かなくて済む。」
「お安いご用ですよ。」くすりと笑って彼女は杖を掲げる……呪印・呪文……あっという間にジャックの全身から水蒸気が立ち上がったかと思うと……びしょ濡れだった髪の毛も、衣類も……綺麗に乾いていた。
「おお……こりゃ~すげぇ……一瞬で綺麗に乾いちまった……。」驚いた顔であちこち触れて周り……魔法使いの仕事が完璧である事を確認する。
「よければ、他の皆さんも如何ですか?」セフィールは残りのメンバーを見渡した。
◇・……・◇・……・◇・……・◇・……・◇
程なく、先客全員の服を乾かし終わると……お礼のつもりか、鉄串に刺した肉塊が差し出された。ワイルド・ボアの肉だろうか、よく焼けて香ばしい匂いが空腹感を思い出させてくれた。適度の香辛料の風味が食欲を刺激する。セフィールが頬張ると、口の中に脂の乗った肉汁が広がる……。いい塩加減である……。
「美味しい……。」夢中で肉を貪るように引き千切って……そのワイルドな味わいを愉しみつつ……嚥下する。
「魔法使いのお嬢さん……有難うよ……汗臭い臭いまで消えてスッキリしたぜ。……びしょ濡れのまま一晩過ごすと風引いちまうって……ちょっと心配してたところだったんで、助かったよ。良かったらもう一本どうだい。」そう言ってジャックが、更に串焼き肉を差し出す。
「……いいんですか?では、有難く……。」一瞬、躊躇ったものの、彼女は笑顔で鉄串を受け取る。
「まあ、うちのパーティーの魔法使いが、さっきの『あれ』を覚えててくれたら、何時も旅は快適なのによ……アイツときたら、何時もは薀蓄タレて偉そうな口を叩く癖によ、本当に役立つ術なんて何一つ覚えちゃいねぇ……。」
「それは、ボクのことを噂していると、判断しても宜しいのでしょうか?」メガネが印象的な、痩せぎすの、魔法使いローヴの男が話に割り込んでくる。
「宜しいも何も……正々堂々、真ッ正面から、テメェの悪口を言ってたんだよ。」口を尖らせて、ジャックはメガネ男に突っかかる。……確か、メガネ男は、『魔法使いのバリオス』……とか、自己紹介していた筈である。
「どうも、君は、ボクの使う術についての批判をしていたようだが……。」メガネのズレを人差し指で修正しながら、「魔法の何たるかを全く理解していない人間に、云々言われたくないね……。第一、ボクの専門は火力系の範囲攻撃魔法でね……こうした、実用魔法とはまた呪文構成上細かな制御機構が異なるのだよ……。水を蒸発させるために、火の呪印を使うとするだろう……服や髪を燃やさずに、皮膚に火傷をさせずに、服や髪の水分だけ蒸発させるのがどれだけ繊細な作業になるか……。」バリオスは瞼の縁を緊張でピクつかせながら、熱弁を振るう。
「でも、このお嬢さんは、それをチョチョイのチョイとやっちまったんだろう……要するにお前さんより、この可憐なるお嬢さんの方が、魔法を使うのがうまい……ってことだろう。」皮肉と軽い侮蔑を込めて……「要するに、お前さんのほうが……ヘ・タ・ク・ソってことだろう……違うかい?」メガネの魔法使いの矜持を傷つけ、剔り、塩をすり込む。
「このぉ……こそ泥風情が、言うに事欠いて……侮辱の数々……許さん‼」魔法使いのバリオスは、コメカミに青筋を浮かせて激情、爆発寸前である。
「何、人を泥棒呼ばわりしているんだよ‼、こっちとらぁ、ギルドからスカウトって……素敵なお名前を頂いた、まっとうな仕事よ!売れない三流手品師とはワケが違うんだよ、ワケが……。」
「手品ではない‼、……魔法は、ちゃんと、理論と計算に基づいた知的な技術だ‼愚弄するにも程があるぞ……‼」魔法使いであるバリオスの方から、スカウトのジャックに掴みかかった。バリオスは非力な魔法使いだが、不意を突かれたジャックは一寸よろめいて、猟師小屋の壁にぶつかる……そんなにしっかりした作りではないと思われる猟師小屋はそれだけで壁が揺らぎ……バラバラと、多少の雨粒と埃が落ちてくる。二人は一寸だけ、恐怖を感じた。
「二人とも止めなさい……大人げない、……ここは猟師たちが急場に拵えた掘っ立て小屋じゃ……暴れて倒壊したらどうするのじゃ?……雨の中で野宿でもするかね?」旅装の僧衣の男が二人の仲裁に入った……。額に巨大なホクロのある……如何にも聖職者……と、いう印象の中年男である。確か、……先ほどはナージュと名乗っていた……と、セフィールは思い出す。
「バリオス殿も、先程のお嬢さんの魔術が余りにも見事で、惨めになった腹立ちをジャック殿にブツケてはいかん……。ジャック殿も、美しいお嬢さんの気を引く為に、バリオス殿をダシに誂ってはいかん。」バリオスが奥歯をギリギリと噛み締める音が聞こえる……しかし、数回の深呼吸のあと、彼はどうにやら怒りを爆発させないように制御することに成功したようである。一方のジャックは素知らぬふりを決め込もうと、雨漏りし始めた天井の方をしきりに観察している演技をする。
「やれやれ、お嬢さん……うちは粗忽者が多くて、申し訳ありません。魔法使いのバリオスも、魔法制御があまり上手くはなくて、時々誤爆で味方を殺しそうになりますが、あれで、魔法使いの割に体力があり中々頼もしいいところも有る奴なんですよ……。スカウトのジャックも、解錠の方はさっぱりで、たまに迷宮の中で罠を誤作動させて、パーティー全滅の危機に陥れてくれたりしますが、戦闘以外ではムードメーカーになって暗い気分を盛り上げてくれたり、値切り交渉をさせると誰にも負けなかったり……と、なかなか使えるやつなんです。多少騒がしいですが許してやってください。」全くフォローにならないフォローを聞きながら魔法使いとスカウトの二人を見やると、二人はいつの間に共闘を誓ったのか……ナージュに対して、その背後で殺気のオーラを全力で放出させている。
苦笑いしながらセフィールが振り返ると、其処では三人のやり取りを全く無視して、小屋の隅でカンテラの明かりを頼りに、黙々と愛剣の手入れをしている男が目に入る。確か……名はグリーンとか……剣士だったと記憶している。
作者はガラスのハートの持ち主ですので、批評はお手柔らかにお願いします。
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