1話
本編の第一章の一話目です。
では、どうぞ。
2000年代初頭のIT革命からすでに半世紀。
2050年台に入った現在、ゲームセンターは二極化が進んでいる。
一つ目は、ボーリングやダーツなどのアミューズメントを軸にプライズゲームなどを配置するタイプの、いわゆる大手が運営する大規模アミューズメントパーク。
二つ目は、格闘ゲームや麻雀ゲームなどを中心に各種対戦を呼び込むタイプの、ゲーム自体を主軸とした昔ながらのゲームセンター。
前者については特に言うようなことはない。
いわゆる人生勝ち組なリア充連中が、きゃっきゃうふふする場所だ。店の前を通ると、よく一緒につるんでいる奴なんかは「爆発すればいいのに」とよくつぶやいている。そいつがつぶやくたびに、俺との物理的距離と心の距離が離れていくのは、一応秘密だ。
後者についてはゲーム中毒症、ないしその予備軍の溜まり場だ。
スタンドアロン型のビデオゲームの衰退によって一時期、中小のゲームセンター数は、その数を大きく減らしたもんだった。だけど全国どころか世界中がネットワークでつながった対戦ゲームが出始めてから、その復権は始まった。今では近所のゲーセンで、日本はおろか他国の有名プレイヤーとだって対戦できる。もちろんプレイヤーの実力によっては、お前なんかお呼びじゃねーよと、拒否られることもある。
と、ゲーセン談義をしたわけだが、なぜいきなり俺はこんな話を始めたのか。
それは俺が今いる場所と、やっていることに関係がある。今、俺がどこでなにをやってるかというと……。
[KO! Winner is DAI]
学校に近い場所にあるゲーセンで、バーチャル・ストリート・ファイティング(Virtual Street Fighting)という3D格ゲーの対戦をやってた。
通称VSFと呼ばれているこのゲームは、今一番人気がある格ゲーで、当然のようにオンラインネットワークによる世界対戦が可能なゲームだ。
俺はその世界対戦で現在四連勝を挙げていて、さっきの勝利で五連勝に到達したって状況だ。時に有名プレイヤーも参戦する、世界レベルの対戦で五連勝。十分誇れる戦績なはずだ。
俺の名前は笹本大。16歳、高校一年だ。
あだ名は名前を音読みしてダイ。DAIっていうのは、俺がゲームの中で使っているプレイヤー名称、いわゆる固定ハンドルネームだ。
ただゲーセンの中で俺のことをDAIと呼ぶやつはほとんどいない。俺のプレイスタイルと重ねて『DAI乱舞』などと、とあるゲーム雑誌が名付けてくれやがったせいだ。
それからはずっとDAI乱舞とばかり呼ばれている。知り合いのゲーセン仲間からさえ、延々とからかわれる始末だ。
それにしてもゲーセン関連の雑誌ってのは、どうして厨二な名前をつけたがるんだろうか?
少し想像してほしいもんだ。ゲーセンに行くたびに――。
「なあ、DAI乱舞。一戦しようぜ」
「DAI乱舞。今日こそはてめーに勝つからなっ」
「おいおい人気者だな。DAI乱舞♪」
などと言われてたら、恥ずかしくてしょうがない。
っと、あぶないあぶない。また対戦が始まった。これで六戦目か。そろそろ疲れてきたし、負けたら帰るとしよう。
****
結局、俺が負けたのはあの後三戦してからだった。
連勝補正のせいで、操るキャラの攻撃力や防御力が低下していたっていうのもあるけど、対戦相手自体も相当な腕前だった。連勝補正がなくとも、勝率は五割前後だろう。
プレイヤー情報を見る限りだと、アメリカのプレイヤーらしい。プレイヤー名称はマリー。名前からすると女の子だろうか?
それはそうと。対戦も負けたし予定通り帰ろうと思うんだが、その前に帰る前に連れを拾っていかにゃならん。
「おい、帰るぞー」
「ん、ちょっと待ってくれ。こっちもラストステージだ」
「わかった。手早く片付けろよ」
「はいはい、わかってるよ」
連れの名前は水原潤。
俺と同じ高校で、同級生でもある16歳だ。
ガンシューティングが大好きで、かつ異常なほどうまい。今こいつがやってるのも、とある有名メーカーの最新作で三日前にでたばっかりだ。
こいつにとってはワンコインクリアなど当たり前で、ノーミスプレイでタイムアタックに挑戦する日々をおくっている。なんでも将来の夢はMI6で活躍する特殊工作員らしく、その準備として銃を撃つ練習をしているのだとか。いやいやお前は映画の見すぎだ。
ちなみにリア充を見つけると「爆発しろ」とつぶやくあぶない男でもある。ピンチのヒロインを救って、熱いキスを……というこいつの夢は、どうやら遥かな彼方にあるみたいだ。
と、もうクリアか。
さすがに早いな。ボスの弱点を集中攻撃して一気に即殺しやがった。
「さて、こっちも終わったし帰ろーぜ」
「点数は見なくていいのか?」
「ああ。どうせ昨日の点には届いてねーもん。だからどーでもいいさ」
「わかった。んじゃ、帰るか」
ゲーセンから出ると、茜色に染まりつつある秋空が広がっていた。
少し肌寒い帰り道を、自販機で買った温かいミルクティを片手に、潤と一緒に歩く。熱狂の渦にあったゲーセンを出た後の、なんともいえない空虚な感覚に、ミルクティの温かさが染み渡ってくるみたいだった。
「そういや、お前の方は今日の戦績はど-だったんだ? DAI乱舞さんよ」
「まあまあだな。百円で八連勝だったし。後、DAI乱舞言うな」
「そいつは諦めろ。お前のプレイスタイルが変わらねー限り、お前の呼び名も変わらねーよ。誰が見ても、ぴったりの呼び名だしな」
俺の格ゲーにおけるプレイスタイルは、コンボ技を相手が処理できなくなるまで飽和量叩き込むという、完全な先手必勝スタイルである。
対戦相手の中にはガン待ちと呼ばれる、対戦相手の行動を待って、その行動後の隙を攻撃するだけの奴らもいるが、そういう相手でも俺には関係ない。
なぜなら基本的に格ゲーでの行動は、ジャンケンの関係に似ているからだ。
グーはチョキに勝てるが、パーには勝てない。チョキやパーにしても同じことだ。
つまりガン待ちしているだけの相手は、こちらの正面からの行動以外に対して極端に弱い。ジャンケンで言えばグーしか出さないようなものだ。
なのでその場合、俺はパーを出して相手を崩したら、後はコンボ技で沈めるだけの簡単なお仕事をこなします。本当にありがとうございました。
と、こんな風にしてゲーセンで対戦を繰り返しているうちに、とあるゲームメーカー主催の格ゲー大会で、全国大会にまで駒を進めてしまったのが運の尽き。
全国大会で披露したコンボ技の大バーゲンセールを前に、取材に来ていたとあるゲーム雑誌記者のつけた呼び名が――。
DAI乱舞。
本当に、どうしてこうなったんだろう?
「ダイさん」
その後も俺と潤が歩いていると、いきなり後ろから声をかけられた。潤と二人して振り返ってみると、そこには見知った二人の女の子がいた。
一人は、近くの中学校の制服を着た小柄な少女だ。ショートボブの黒髪がとてもよく似合っている。
彼女の名前は水原綾。14歳で中学二年生だ。苗字からもわかるとおり、潤の妹で、さっき声をかけてきたのもこの娘だ。潤とは中学の頃からのつきあいだが、その伝手で彼女とも「綾ちゃん」「ダイさん」と名前や愛称で呼び合う程度には親しくなっている。俺は四歳上の兄がいるだけなので、綾ちゃんは俺にとって妹みたいな感覚の女の子だ。
もう一人はメガネをかけた、まじめそうなイメージの娘だ。背中まで伸びる緩くウェーブのかかった髪を一本に束ねているのが妙に印象的な感じがする。
こちらの女の子の名前は坂下美咲……といったはず。はず、というのは、彼女には綾ちゃんと一緒にいる時に一度紹介してもらっただけなので、顔と名前が一致しているか怪しいからだ。
たしか綾ちゃんの友達で同級生だったはずなんだが。
「おひさしぶりです、ダイさん」
「ひさしぶり、綾ちゃん。それとたしか、坂下さん……だったっけ?」
「はい。坂下美咲です。お会いするのは二度目、ですよね?」
やっぱり坂下さんで合っていたらしい。いかにも優等生、加えて良家の子女といった落ち着いた雰囲気の綺麗な女の子だ。中学校ではさぞ高嶺の花として、男に騒がれているんだろう。
それはそうと、綾ちゃんたちは俺の連れのことを意識的に無視しているようなのだが――。
「おいおい。敬愛すべきお兄さまは無視なのか、マイシスター?」
「あ、兄さん。いたんですか? 邪魔だからさっさと帰ってください」
ありゃ、潤が沈んだ。
なにげに潤は重度のシスコンだからな。最近、妹がつめたいと嘆いているし。
そりゃ中学生ともなれば綾ちゃんにだって、学校で気になる男の一人や二人出てくるだろうし、兄より優先することができてもおかしくないだろうに。
「あのダイさん。せっかくですし、うちに寄ってお茶でもしていきませんか?」
「いや、今回は遠慮しておくよ。友達もいるみたいだしね」
俺は格ゲーのコンボ研究には一切の妥協をするつもりはないが、それ以外の部分については一般的で常識的な考えを持った男だと自負しているのだ。社交辞令くらいはわきまえてるさ。
だけどそんな常識にあふれた俺の考えをあっさりと打ち砕いたのは、当の友達本人だった。
「私はいいですよ。むしろせっかくなので、ぜひ」
「美咲は、こう言ってますけど?」
さすがに二度目を断るのは失礼だろう。俺自身、この後特に用事もないわけだし。
「ん、わかった。それじゃ今回はお邪魔するよ」
「はい」
わが意を得たりと、にっこりと笑みを浮かべる綾ちゃん。
「んじゃ、早く帰ろーぜ。今日は妙に寒いから、俺もなんか温かいもの飲みてーし」
お、沈んでた潤が再起動した。
「そうですね。ここは寒いでですし、早く帰って三人でお茶しましょう」
「そうだね。綾の淹れるお茶は、おいしいもんね。ケーキも三人分あるし、ちょうどいいよ」
ありゃりゃ、また潤が沈んだ。
……それにしても潤の扱いがひどいな。お前、この二人になんかしたのか?
それから五分ほど歩いて、俺たちは水原家に着いた。沈んだ潤が再起動するまで、十分くらいかかったから、結局は合計で十五分くらいかかってるが。
「兄さん。鍵を開けててください。私は郵便を確認してきますから」
「ああ。わかった」
潤がカチャカチャと鍵を開けているのを手持ち無沙汰な状態で見ていると、綾ちゃんの興奮した声が聞こえてきた。
「あれ? この封筒……ねえ美咲、美咲ってば。ちょっとこれ見て。これ、もしかしてっ」
そう言って綾ちゃんが手に持っている封筒を坂下さんに見せる。チラッとだけ見えたその封筒の裏には、次のように印字されているのが見えた。
〔VRS開発公社発行〕新作VRMMORPGオープンβテスト招待券(四人チーム券)
ゲーム名称 : 機械仕掛けの箱庭 ~The Mechanical Miniature Garden~
これが俺たちを苦難と絶望に満ちた長い旅へと誘うチケットになるなんて、この時の俺には想像さえできなかった。