プロローグ
「……はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら呼吸を整える。
吹き出る汗が体を伝い、乳酸が溜まった腕は今にも握っている棒を手放したいと訴えている。
周りを見れば薄暗い洞窟の中いっぱいに、死屍累々な光景が広がっている。
ただ、横たわってる死体は人の物ではなく、全身が緑色で小ぶりな小鬼の物だ。
「はぁ……はぁ……絶対に……ここは通さん」
数えるのも億劫になるほどの小鬼を倒したが、パッと見あと5.6体ほど残っている。
普段はここまで大量の仲間が倒されると、残りは逃げ出すものだが、こちらの限界が近いと察しているのか、ニタニタした笑みを浮かべて機会を伺っている。
小鬼との睨み合いが続くなか、硬直状態を破ったのは、洞窟の奥の暗闇から聞こえてきたおぞましい唸り声だった。
ニタニタ笑っていた小鬼は怯えた表情になり、逃げるようにこちらに向かってくる。
睨み合いで少し腕の乳酸が抜け、握り直した棒でこちらに向かってくる小鬼を始末する。
チームワークもなく、怯えてろくな攻撃もしないので始末するのにそう難しくはなかった。
程なくして、おぞましい唸り声の主がのっそのっそと洞窟の奥から姿を現した。
◆◆◆
「それではここに判子を押して貰えれば、契約手続きは以上になります。」
銀行に務めて早や5年の月日が流れた。
仕事には慣れてきたが、相変わらずノルマは達成出来ていない。
「せんぱーい、翔護先輩、久しぶりの契約おめでとうございます!」
「一言余計だわ」
小柄のショートボブが良く似合う後輩が祝ってくれる。
お世話係を任され、だいぶ打ち解けられたが、打ち解けすぎていじられることが多くなってしまった。
それだけ接しやすかったとポジティブに考えよう……
それはさておき、 最近話題の投資商品の契約に成功したが、あまり気分はすぐれない。
と言うのも自分達が取り扱っている商品よりも、各々ネット証券で買った方が、いい商品も多いし、手数料も安いのだ。
最初から最後まで、自分で完結しなければならない面倒や、対人ではなくネットでやる不安はあるのはわかる。
それを踏まえても自分でやった方が圧倒的に効率的なのだ。
余計なお世話とわかっていても、もったいない気がしてもどかしい。
今どき動画サイトのWouTubeや、Goodgleなど調べればいくらでもやり方は出てくる。
出てき過ぎてどの動画いいか分からないくらい、出ている……
それでもやらないよりはやった方がいいので、ネットが苦手な御年配の方や、自分でやるのが不安な方は銀行や、証券会社に出向いて対面の方がいいと思う。
だが、こちらも商売だから上からは利益率の高い商品(手数料が高い)や、何がしたいかよく分からない商品(悪徳商品)をオススメしなくてはならず、ホントにいい商品はオススメ出来ないのだ。
まぁそれでも、せっかく足を運んでくださったので、自分が担当する人くらいは比較的いい商品を案内しているのだが、上からはいい顔をされないし、ノルマも達成出来ていない。
「はぁー、やっぱこの仕事向いてないのかな……」
「先輩は優しすぎるんですよ、カモがネギ背負って来たと割り切った方が楽ですよ!」
「うぉっ!まだ居たのか!」
さらっとゲスな事を言っている後輩が、暖かいコーヒーを差し入れしてくれる。
こーゆー気遣いがモテる要因だろう、ゲスだけど。
「そうは言うけどねぇー、相手にも家庭があるし、損ではないけど、何となく悪いことしてる気分だよ。
それに、もっといいやり方があるのに、それをしない効率の悪さも気になる……」
「でた、効率厨!」
「失礼な、効率厨は効率を効率化してこそだぞ、俺はただ無駄が嫌いなだけだ。」
「ちょっと何言ってるかわからないです。」
そんな会話をしていると、おじいさんが声を荒げながらお店に入ってくる。
「おぃ!あんたの所で投資をしたら、値段が下がっていくじゃねーか!俺の金どうしてくれるんだ!」
どうやら投資信託(代わりにお金を預かり投資する商品)をしていたお客様のようだ。
「すみませんお客様、最初の説明にもあったかと思いますが、必ず株価が上がり続ける訳でございませんでして……」
「言い訳はいい!!早く株価を戻してくれ!!
それと、こんな商品を紹介したあのショートボブの姉ちゃんを呼んでこい!!」
たまたま近くに居た人が対応してくれているが、また変なお客様が来たものだ。
すんごいたまにだが、こっちの話を聞かずに自分の都合のいい事しか耳に入らず、いざという時にこちらのせいにする人がいるのだ。
「やばば、ちょっと行ってきますね」
「いや、行かない方がいい、ここは対応しとくから見つからないように奥の方に行っててくれ。」
「いや、悪いですよ。
自分がまいた種なので自分でなんとかします」
「こーゆー客は本人が出てってもめんどくさくなるだけだ、それにいつもノルマ未達で怒られてるんだ、怒られ慣れてる俺に任せな」
「絶妙にかっこよくないですね」
「いいから行った行った」
しっしっと後輩を追い払い、まだ騒いでるおじいさんの対応にあたる。
ひたすら説明と謝罪をして、今の商品から1番リスクの低い商品に切り替える。
日も沈みだし、終業時間を迎えた所でおじいさんがブツブツ言いながら帰っていく。
「いやー、今回のは中々手強かったなー」
お客様が全員帰ったのを確認して、片付けをしながら独り言ちる。
「先輩ありがとうございます」
「おうおう、気にするな
んじゃ俺れは用事があるからお先に失礼するよ、お疲れ様」
「ゲームのイベントですか?
夕飯ぐらい奢らせてくださいよー」
「よく分かったな、9時から新イベが始まるんだ。
予定がなくても後輩に奢られはしないけどね」
「それなら飲み行きましょうよ!」
「若い子とサシ飲みしてたら、変な噂がたつでしょうに、誘えるほど仲のいい共通の友達はいないしさ」
「ぐぅ、ガードが硬い! 普通女の子が飲みに誘ったら鼻の下伸ばして喜んで来るでしょ!
それに若い子って言っても、先輩そこまで歳変わんないでしょうが!」
「みんながみんな、女の子との飲みに飢えてると思うなよ?!」
「せめて今日のお礼ぐらい受け取ってください!」
お礼の押し売りに会い、結局コンビニでスイーツを買ってもらう事になった。
そのまま流れで駅まで一緒に行き、ホームで電車を待つ。
「なんか立場が逆な気がするけど、送ってくれてありがとね」
「いえいえ、こちらこそ今日はありがとうございました。
正直ちょっと怖かったので助かりました……」
「まぁ、そーゆー日もあるよ
接客業は色んなお客が居るからね、良くも悪くも」
「ほとんどの人がいい人なんですけどねー、ッエ?」
その時、後輩が黄色い線をはみ出し線路に落ちそうになる。
突然すぎて反応が遅れたが、考えるよりも先に腕が伸びていた。
「あっぶない!」
トンネルの奥から電車の音がどんどんと大きくなって聞こえてくる中、ホームのギリギリで手首をキャッチして引き戻すが、誰かが追い討ちをかけるように後輩を線路の方に押しやる。
押された勢いで、掴んだ手を離しそうになるが、無理やり後輩を引き寄せ、ホームから遠さげる。
強引に引っ張ったせいでこちらがバランスを崩し、入れ替わるように今度は自分の体が線路へ揺らぐ。
振り返ると、腕をつき伸ばした状態になっている昼間のおじいちゃんがいた。
(この野郎、突き飛ばしやがったな!)
未だに体制を崩してる中、足がホームの端から滑り落ちる。
何かに掴まる為、咄嗟にに手を伸ばすと、丁度突き飛ばしてきたおじいちゃんの袖を掴めた。
しかし、おじいちゃんに成人男性を支える力などあるはずもなく、勢いのまま2人の体がもつれるようにして、ホームの下に落ちていく。
周囲のざわめきが一瞬にして悲鳴にかわる。
レール越しに伝わる車輪の振動と、トンネルの奥から聞こえる轟音が、死が迫ってると教えてくる。
誰かが緊急停止を押したのか、耳を突き刺す甲高いブレーキ音がホームに響く。
ホームの下にある空間に逃げ込もうと、顔をあげると目の前まで来ていた電車のライトによって視界が真っ白に染まった。
(あぁ、イベントやりたかったな……)
最後に思ったのはもう訪れることの無い、何気ない日常の続きだった。
最後まで見ていただきありがとうございます。
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