<第8話 出発>
何かに目覚めちゃいそうな朝食をいただいた後、今度は現実に目が覚めることになった。
「ウメタロー、エニグアバライ」
ソリルが僕を呼ぶと、そこにあったのはバカでかいリュックと袋だった。
木組みの背負子のようなものにぎっちりと固縛されている。
「フッ!」
ソリルは僕に示したのと同じくらい重そうな背負子の肩ひもに腕を通すと、それを気合で背負いあげた。
「す、凄い体力」
「ウメタロー」
ソリルは悪気もなく、こうするんだとばかりに僕にそれを見せてくる。
彼女が言わんとしていることが嫌でも分かる。
僕にこれを背負ってついてこいと言うんだ。
「マジか……」
ただ、問題はその重量。
「ス、スキャンしてみよう」
ドラウプニル干渉端末をかざす。
昨日、ペミカンの鮮度まで測定できたんだから、重さの測定もたぶんできるだろう。
期待の通り、スキャンするあの光が照射された。
『スキャン完了。質量は108.2㎏になります』
「デブ一人丸ごと背負ってくようなもんじゃない!?」
『軍の山岳特殊部隊などではこの重さの装備で山越えをすることはしばしばです』
「僕は特殊部隊じゃないんだよ!」
ニートで暇だから夜中に夜景を見よっかなと思ってチャリで高台にある公園に登ろうとしたら、息が切れて引き返した体力だぞ。
『では脱走しますか?』
「え?」
『今なら手足も縛られていませんし、彼らが目を放した隙に逃走は容易です』
「うう……その手もあるか」
思えば、彼らを助けたし飯を奢ってもらいもしたけど、これでさようならでも構わないんだよな。
ソリルが何故か僕に一緒に来るように促してるのが実は意外なんだ。
『幸い、昨日の高カロリーのペミカンと、今朝に栄養のある肉入りスープも摂取できました。体力的にも問題ありません』
「あ……」
貴重品のはずのペミカンを惜しむことなく与えてくれたソリル。
そして僕が食べやすいように口で柔らかくしてくれたあの肉。
彼女はそうするのが当然といった様子だったけど、普通、僕みたいなキモいニートにあんなことまでする人はいない。特に女性では。
なんだか、ぐるぐると色んな感情が頭の中を廻った。
「一宿一飯の恩義っていうもんなあ……」
それも朝飯もご馳走になって二飯なんだから、お返ししないわけにもいかないよね。
覚悟を決めて、僕はおそるおそる、荷物の背負い紐に腕を通した。
「ふんぐううううう!!」
が、駄目!
ぴくりとも大荷物は地面から持ち上がらなかった。
「ハハハ!」
笑い声がする。嘲笑の色の濃い笑い方だ。
見上げると、やっぱりあのおかっぱ髪の子だった。
この子も大人サイズではないが、かなり大荷物を背負っている。
例外なのはおじいちゃんだけだ。民族的な装飾がごてごての杖をついた彼だけ軽装だった。おじいちゃんはまあしょうがないか。
「ツァス」
ソリルがあまり笑うなといった表情を向けるが、彼女も僕が荷物を背負えないとなると困るといった感じだ。
『この大量の荷物はおそらく彼らの最後の財産なのでしょう。昨日の戦いで死亡した仲間の持ち物を集めたもののようです』
「ぜぇぜぇ……さっきのスキャンでそこまで分かるのか」
『荷物の中に、血痕が検出されたものがいくつもありましたので』
なるほどなあ。
それじゃ捨てていくわけにもいかないか。形見なんかもあるんだろうし。
(な、なんとかできないかな? あ、ほら僕の体力をいきなりアップさせるとかできないの?)
『基礎体力のなさはすぐにはいかんともしがたいです。ですが――』
アシュラがそう言うと、手首のドラウプニル干渉端末の宝玉部分が微かに灯った。
「あ、軽くなった!?」
すると肩に食い込んでいた背負子の紐が、まるで空気みたいに軽くなった。
『昨日、岩を持ち上げた重力干渉能力の応用です。幸い、距離的に背中に背負うという至近距離にあるものなので、能力負担も少ない。移動中はこのように重力補助をかけておきましょう』
「おおお……これなら」
僕はにやりと笑うとツァスを見上げた。
何を独り言をブツブツ言ってんだという表情の狼クソガキに、ドヤ顔で立ち上がって見せる。
「アオッ!?」
ツァスが面白いくらいびっくりした顔をする。
ソリルも目を丸くしていた。ちょっと見直してくれてるといいな。
「ふふーん! 実は僕、超力持ちなのさあ」
得意顔で見せびらかす。背嚢の重さは、空のリュックを背負ってるくらいに軽減されていた。これなら全然いける。
『全然行けるというのは時期尚早な判断だと思います』
「え、なんで?」
『じきに分かるかと』
珍しく答えをすぐにはくれなかったものの、その意味を僕はすぐに実感する。
――出発後30分
「ぜぇえー ぜぇえー……こ、こういう意味か」
一時間もしない内に僕は息が切れていた。
もちろん、背中の荷物の軽減能力がなくなったからじゃない。
とにかく、狼人間の三人の移動速度が速いんだ。
『昨日のビバーク地点だった岩場に昼間の川辺から移動していたことや、あの大量の荷物を集めた手際、そして寝ているあなたを抱えて岩場まで連れてきたという点を考えれば、彼らの体力が並外れていることは想像に難くありません』
「ま、まあそうだわな」
重量軽減されていない100㎏超えの荷物を背負った状態で、ソリルは先頭をずんずん歩いていく。
森を歩くという経験をほとんどしたことがない僕は、ついていくのでやっとだった。
「ウメタロー」
ソリルが僕を振り返って声を掛けてきた。
彼女はこの強行軍でも汗一つかいてない。基礎体力が根本的にレベルが違うって感じだ。
そんな彼女は僕が汗だくだくの疲労困憊なことに、いったん行軍を止めて小休憩を取った。
彼女は自分の荷物をおろすと、そこから革製の袋を取り出して差し出してきた。
「ン」
ただの袋ではなさそうだ。ちょっと歪な楕円形で、栓がついている。
「なんだろこれ……?」
『大型草食獣の胃袋などを加工して液体を携行できるようにしたものですね』
「あ、水筒なんだ」
僕はソリルからそれを受け取る。
確かに、中にはちゃぷんと液体が入っている感じがした。
「ありがとう」
「ン、アリガトー」
彼女に礼を言って栓を抜いて飲もうとした時だった。
『生水は飲むなと言われます。一度スキャンさせてください』
(あ、そうか……ただの水って危ないんだっけ)
殺菌や濾過されてる水道水じゃないんだよな、中身。
僕は良かれと思って渡してくれたソリルに気付かれないように、そっとスキャンした。
『水質良好。引用可能な水です。安全基準以下の細菌が検出されましたが、念のため紫外線殺菌処理しました』
そんな機能もあるんだな。
『水源地が確保できるとは限りません。また、飲み過ぎると脇腹が痛くなったり逆に辛くなるので一口か二口で我慢しましょう』
「な、なるほど」
なんだかスポーツインストラクターにレクチャーされてるみたいだ。
言われた通り、喉を潤す程度で飲むのは止めて、水筒を返そうとする。
「あれ、ソリルたちがいない」
荷物は置かれたままだ。おしっこかな?
『武器を持って離れて行きました。周辺偵察かもしれません』
「ふーん……」
それから十分ほど経過。
森は静まり返っていて、微かに木々の葉の揺れる音以外聞こえない。
「なんか……」
ここに至って気付く。
僕が独りぼっちだという当たり前のことに。
「超怖いんだけど、ぼっちで森の中にいるのって……!?」
『彼らが仲間というわけではありませんが、荷物番としてあなたを置いていったなら動かない方が得策でしょう。この森の奥深くでは逃走できないと判断してあなたをここに置いているとも言えます』
「そうは言ってもさあ……」
辺りを見渡す。
何もいないはずなんだけど、木々の音の中に、なんだか異質な音が聞こえるような、そんな気がしてくる。
パキ……パキ……
「うひ!?」
誰かが枝を踏む音か、ただの環境音か分からない。
それに、さっきから誰かに見られてるような、そんな気もした。
『動物か敵意のある第三者か分かりませんが、確かに100m先からこちらへ徐々に近寄る動体反応があります。空気密度の変化で微かに探知できるだけなので、まだ判断はつきません』
「え!? マジでなんかいるの!?」
僕は慌てて立ち上がると、ソリルたちの姿を探した。
が、彼らはいない。
「ちょ、やっぱ探してくる!」
僕は荷物を置いていくのはさすがにまずいと思ったので、自分の分だけでも背負っていく。
『推奨はしませんが、彼らが去って行った方角は向こうです』
矢印のマーカーが視界に現れた。
僕はそれを頼りに駆け出す。
「はぁ! はぁ! おーい! ソリル―! どこー!?」
森の中、迷子になった子供みたいに叫ぶ。
返事はない。
どこまで行ってんだろう?
『足元に気をつけてください。ここは登山道ですらないので』
「うわた!?」
アシュラに言われたそばから、焦りのあまり落ち葉に足を滑らせた。
斜面を転がり落ちる。
その音に驚いたのか、カラスがけたたましい鳴き声を上げて飛び上がるのが聞こえた。
「いってえ」
『怪我はありません。不幸中の幸いでした』
でも落ち葉まみれになった。
顔を上げる。
「え……?」
そこに在ったものに、僕はしばらく言葉が出なかった。
「これ……人、だよね?」
理解が追いつかない頭で、辛うじてそう呟く。
目の前には、木で作られたフレームに磔にされた、無数の人体のようなもの。
一人じゃない。
五〜六人は磔にされ、まるで畑に立つカカシのように地面に突き立てられていた。
そして、全員が息絶えている。
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ……」
あまりに凄惨な状況にも関わらず、僕はあることに気付いてしまう。
「この……タトゥの柄、なんか見覚えが……」
磔の一つ。大柄でマッチョな男の全裸死体。
腹は裂かれ、内蔵が取り出され、目玉もえぐり取られている。
どれだけ苦痛に悶えたのか想像したくもない苦悶の表情で絶命しているその男を、僕は知っていた。
たしか、あれは――
「あ? どこ見てんだ」
「うひ、すみません……」
あのオーディション会場にいたマッチョ男!
元の世界にいた人だ!
なんであの男がここでこんなことに……!?
パキ……
混乱している僕の背後で、枝を踏む音が聞こえた。
明らかな人の気配に振り向く。
「ソリル……!?」
期待して振り返った瞬間、僕は更に言葉を失うことになった。
そこにいたのは
「ブルオァアア!!」
豚のような顔に、血が滴る斧を手にした、筋骨隆々の大男だった。
そいつは僕を見るなり、会話なんて一切持とうとせずにそれを振り上げた――




