<第7話 オーディション>
オーディション会場は都内の一等地にあるでかいビルだった。
それを見て、どこか変な雑居ビルにでも集められるのじゃないか、怪しい闇バイトなんじゃないかという疑念は一応は薄らいだ。
会場に到着して、他のオーディション志望者と広い控室に回された。
そこで見た他の志望者は、老若男女の区別はないみたいだった。上は70代くらいのおじいさんもいたし、下は10歳いってないような子供もいた。
数は50人はいるだろうか。分けてオーディションしているならもっといるのかも。
そして、だ。
僕は彼らの中で最下層の人間だった。
ドン
待ち時間の席につこうとすると、誰かの肩がぶつかって無様に床に尻もちをつく。
見上げると、腕から足から見えるとこには全部タトゥーが入ってるマッチョな男。
「あ? どこ見てんだ」
「うひ、すみません……」
向こうからぶつかってきた気がしたけど、タトゥーのマッチョは謝ろうともしなかった。
だから家の外は嫌なんだ。
でも、仕方ない。
(再出発のためには、我慢しないと)
そう自分に言い聞かせながら、席についた。
隣を見ると、今度は高そうな和服に身を包んだ三十過ぎくらいの女性。
生け花とか舞踊とか、そういう芸術家の人だろうかと、ちらりと目が合ってしまう。
「嫌だ……こんな人までいるの」
芸術家みたいな和服の女性はほとんど睨んできた……ような気がした。
ニートは被害妄想が激しいのだけど、たぶん気のせいじゃない。
彼らは僕と同じカテゴリーで見られるのが嫌なようだった。
(まあ……しょうがないか、僕、スーツも外行きの服もなかったから、これだし)
ラフな格好で結構ですとメールに書かれていたから、本当にラフな格好で来ていた。
上下灰色のスウェットにサンダルである。
髪はぼさぼさ、髭だけはなんとか剃ってきたんだけど、僕にできたのはそこまでだ。
案の定、オーディションに通されると、まず失笑されるという地獄なリアクションから始まった。
「あのねえ君、ラフな服装で良いとは言いましたが、普通スウェット上下で来るとは思いませんよ」
中年のびしっとスーツを着たおじさんにいきなりそう言われる。
「あ、はあ、すみません……」
僕は上手い返しもできずにそう言うしかなかった。
なにせ、普段は人と話さない生活を送っている。変な汗が背中に滲み出るのが分かった。
目の前には長テーブルの両端に面接官みたいな人が二人。
そして、何故か中央の席が空いていた。
審査員は一人欠席しているんだろうか?
「全く……では、オーディションを開始します。まず自己紹介を」
明らかに悪印象を与えたまま、オーディションが開始してしまった。
「はい。染井梅太郎です。歳は28です」
「……は? それだけ?」
「え。はい、まあ」
「今仕事は何をしてるの?」
「今はその……何もしてません」
「つまり無職ということ?」
「ニートとも言いますね」
「…………」
嫌な沈黙をいったん挟んで、ほとんど義務だから一応聞いてやるみたいに続けられた。
「で、どうしてこのオーディションに参加を?」
「“年齢・性別・経歴不問。選ばれれば人生を一からやり直して、あなたがなりたいものになれる企画です”とあったので応募しました」
この企画についての案内は、何故か誰からも来ない僕のメールアドレスに直接届いた。
それはリアリティ番組のオーディションがあるというもの。
世界的なIT企業〝ロードオブライオン社〟が運営しているサブスク動画サイトで配信するリアリティ番組の出演者を募集しているという内容だった。
そして、その出演者の募集についてもAIを使ってあらゆる階層や才能を持った人物を選出するために、選ばれた人にしかこのメールは送られていないという。
ニートの僕に何の才能が?
僕は不審に思ったけど、その企画の募集要項に目を見張った。
企画の詳しい内容は一次試験に合格してから明かされるけど、とにかくどんな経歴を持った人でも参加可能だそうだ。
報酬に関しても、参加が決まっただけで1万ドルを支給。日本円なら100万円以上だ。しかも、サブスク放送で視聴数が伸びればそれに伴うボーナスが払われる。一攫千金も夢じゃない。
ニートにはそれだけでも美味しい。
審査員は腕を組んで自慢するように言った。
「そりゃあね、現役の警察官や自衛官などの公務員も応募可な上、犯罪歴や反社所属の過去があっても現在清算されているなら問題にしない。とにかく、間口が広い企画だから」
別にあなたがそれを企画したわけじゃないだろうに、何でこんな自分のことのように言えるんだろうと思う。
「ふんふんそうかね……ニートだからやり直したいわけだ。つまらん動機だ」
若干、というかモロに馬鹿にされた気がするけど言い返す勇気はない。
すると、今まで黙っていた、痩せて神経質そうな顔をした審査員が口を開いた。
「それで、君は新しい自分になれるなら、一体何になりたい?」
「僕は……」
「たとえば大金持ちになれるなら、金で今まで馬鹿にしてきた連中を見返すかね?」
矢継ぎ早に質問されて、どうにも上手く答えられない。
いかん、ニート生活の弊害で一般人の会話のペースについていけない。
「えと、そんなつもりはないですよ」
「では何になりたい。君がもし、一からやり直すチャンスを、とても良い条件で与えられたら?」
頭が良くないニート脳でも、随分と抽象的な質問だと分かった。
でも、僕は少し考えて、答える。
「僕、なれるなら誰にでも必要とされる人間になりたいです」
「は? 誰にでも?」
ニートの口から出た台詞としては意外だったみたいだ。
「そうです。僕、今までの人生で誰かの役に立ったこともないし、誰かに必要とされたこともないんですよね」
僕は続ける。
「だから、逆に誰にでも必要とされる人物になりたいかなって。すごいざっくり言うと」
抽象的な質問には、これくらい抽象的な答えでいいんじゃないかな。
言ってることは本心だし。
「き、君ね――」
最初の審査員が呆れた様子で僕に言おうとした時だった。
「気に入りました。詳しくお聞かせ願いますか?」
涼やかな女性の声が聞こえ、部屋に誰か入ってきた。
その声の主の姿を見たような気がするけど、それは靄がかかって思い出せなかった――
・・・
・・
・
「おい、起きろ。無駄飯喰い」
げし、とツァスはウメタローに無遠慮な蹴りをお見舞いして叩き起こす。
人狼族は夜明けと同時に目を覚ますが、ウメタローはすっかり日が登って温かくなっても気持ちよさそうにぐうぐう寝ていた。
ツァスが無性に腹が立ったのがソリルにも分からないでもなかった。
「ふが……?」
まだ寝足りないといった様子でウメタローが目を覚ます。
寝ぼけまなこで周囲を見渡し、人狼族の面々を見て何故か驚いている。
「ユメジャナカッタ……!?」
不可解でしかない様子にソリルは珍しくはあと溜息をつき、朝食のスープをよそって渡す。
「ほら、食べろ。温まるし寝ぼけ頭も冴えるぞ」
スープの内容は潜水水牛の干し肉と、貴重品である少量の岩塩、そして風味付けに可食のハーブを入れた質素なものだ。
それでも、スープにしてあるだけまだ人狼族の食事ではマシな方である。
「アリガトー、ソリル」
にへら、と締まりのない笑顔を見せてウメタローは椀を受け取る。
妙に憎めない表情でもあり、この抜けた顔を気に入らないという者がいるのも分かる。そんな気がした。
「ニク、カッタ!?」
が、スープの中の干し肉に何やら悪戦苦闘している。
子供でも食える煮た肉が食えないとは唖然とするよりない。
人狼族は大人なら元の干し肉を噛みちぎって食うものだ。
「どうやって生きてきたんだ今まで……?」
ツァスはバカにするというより、純粋に疑問といった感じでウメタローのその様子を見ている。
「しょうがないな」
ソリルはウメタローの椀から肉の塊をつまみ出すと、それを自分の口に含んだ。
そして咀嚼して柔らかくすると、口から出す。
何をしているのか分かっておらず、ぽかんと間抜けに開いたウメタローの口。
その中へ、その咀嚼した肉を突っ込んだ。
「むぐぐっ!?」
「普通、離乳食に入った赤子にやることだぞ。まったく……」
ウメタローは目を白黒させている。
一方、ツァスが呆然としていた。
「そ、そりる」
「……? なんだツァス」
ツァスは目を泳がせたかと思うと、最後にソリルを上目遣いに見て言った。
「ぼ、ボクの干し肉もなんか今日は硬いなあって思うんだけど……」
「お前はウメタローと違ってそのまま食えるだろう?」
正論を返されてツァスが「ぐぬぬ……」とウメタローを嫉妬に満ちた目で睨んだ。
「ナニカニメザメチャイソウ……」
ウメタローはそんなツァスの視線に気付くこともなく、何やら恍惚としているのだった。




