<第2話 転生初日にもうピンチ その1>
こういうの、なんていうんだっけ。
「せ、戦場……?」
ややあって、その形容の仕方がようやく見つかり、口からこぼれた。
そんな僕の呟きなんて掻き消えるように、川辺では集団同士が凄まじい声を上げて斬り合っていた。
「ヌオオオオ!!」
「ガアァッ!!」
数は30から40人くらいだろうか。
片方はまるで中世の騎士や兵士のような姿をしていて、馬に乗っている者もいる。
もう片方は先住民のような革製の服を身に纏い、顔には紋様を塗っていた。
(しかもなんか犬っぽい耳と尻尾の飾りみたいなの付けてる)
先住民の方はなんだか獣、それも犬をモチーフにした装飾具を身に着けていた。
そして彼らは剣に槍、こん棒や弓矢で相手を本気で攻撃している。
馬から引きずり降ろされて滅多打ちにされる騎士、剣で手を切り落とされる戦士。
戦場は浅い川辺で、流された血で水があちこち赤く染まっていた。
(え? なにこれ? 手の込んだ歴史系のサバゲかなんか?)
僕はサバゲフィールドに迷い込んじゃったのかと思った。
自分の常識に当てはめるなら、こんなことやってる集団なんてそんくらいしか思い当たらない。
でも、次の瞬間、鋭い音が耳元をかすめた。
「はえ?」
耳に何かぬるっとした感覚があったから、思わず手で撫でる。
手についたのは自分の血だった。
耳が少し切れて、そこから流血していた。
後ろをおそるおそる振り返ると、木の幹に〝矢〟が刺さっている。
「うえ? い、痛い……ってこれ、本物? ちょ、ちょっと待ってくれよ、あれ本当に殺し合ってるわけ!?」
『彼らの発声や武器を打ち鳴らす音を分析するに、高確率でその通りです。巻き込まれると非常に危険でしょう』
鈍い僕の頭の回転でも、危険という本能にはさすがに回転数を上げた。
「どどどど、どこに逃げたらいい!?」
『幸いまだあの集団はこちらに気付いていません。そっと森の反対側へ逃げましょう』
「あわわわ……!?」
腰を抜かしてうまく逃げられない。
『腰を抜かして大丈夫です。身を低くした方が発見され難いですから』
アシュラはこんな時でも冷静に呼びかけてくる。
その時だった。
『……いえ、ちょっと待ってください。静かに。動かないで』
「へ……?」
尻もちをついてると、その尻が〝何か〟の振動を感じた。
ずん、ずん、といった感じの振動。
「足音……?」
僕がそう呟くと、辺りが異様に静かになった。
気のせいじゃない。
見ると、戦いに夢中だったはずの川辺の戦士と騎士たちも、戦いの手を止めて辺りを見渡している。
その表情に張り付いたもの。
それは〝恐怖〟だった。
『何か来ます』
アシュラの冷静な警告が頭に響いた次の瞬間。
森の中から巨大な影が躍り出た。
バクンッ!
〝それ〟は飛び出すなり、目の前にいた騎士を人馬ごと食い千切った。
そして尻尾を棍棒を横薙ぎに振るうように繰り出すと、戦士も騎士も無差別に巻き込まれて吹き飛ばされる。
ガアアアアアア!!
猛烈な咆哮が森全体に響き渡る。
僕の隠れている茂みの枝葉が怯えるようにビリビリと震えていた。
僕もびびって耳をふさぐ。
しかもちょっとちびりそうになった。
そこまでではないにしろ、川辺の戦士と騎士達も似たようなものだった。
どうすることもできずに目の前に現れたものを仰ぎ見るしかない。
そう、あれはーー
『ドラゴンに似た生物のようです』
こんな時でもアシュラは冷静だった。
『興味深いですね。いわゆる伝説や幻想の存在がこの世界には生息している可能性があるようです』
アシュラが言う通り、それは竜……ドラゴンのように見えた。
四足歩行の体長15メートルはありそうな体躯。
似ている種類の生き物を無理矢理当てはめるなら、恐竜のトリケラトプスだろうか。
でも草食のトリケラトプスと異なり、こいつの口からは凶悪な剣歯が覗いていた。
眼は血の色をたたえて凶悪な光を宿していた。
全体的に体表が緑色がかって見えるのは、よく見るとこいつの皮膚は硬い樹皮のような質感で、そこに苔が生えているせいだった。
ウッド・ドラゴン。そんな名前が浮かんだ。
「ビトゥギアイ!」
そんな怪物を前に、誰かが叫んだ。
ハスキーな女性の声だった。
知らない言葉だったけど、勇ましい感じがする。
怯むなとか戦えみたいな意味なのかもしれない。
次の瞬間、部族民の姿をした女戦士が槍を手に風のようにドラゴンへ向かって駆けた。
白銀の長髪と褐色の肌の女だ。防具なのか装飾品なのか、狼のような木製の仮面を被っている。
仮面からぴょこりと見えるのは、二つの犬耳。
片方はピアスをたくさん付け、もう片方は少し欠けた犬耳だった。
そして腰にはふさふさの毛並みの良い尻尾が揺れていた。
耳は空気抵抗を減らすようにぺたんと倒れ、尻尾はバランスを取るように一直線になってぶれていない。
そんな疾風の速さのまま、パシャッと水面から跳躍する音が響く。
女戦士はヤツの背中に飛び乗った。
「ハアァッ!」
振り落とされる前に、渾身の力で槍を突き立てた。
双方からどよめきの声が上がる。傍観者の僕でさえあの人すげえと思ったくらいだ。
が、槍の刺突を喰らったドラゴンはびくともしていなかった。
槍が刺さりはしたものの、それは樹皮のような皮膚に刺さっただけ。
体をよじって振り払うようにすると、槍はへし折れて穂先だけが残る。
よく見ると、過去に挑んだ者の名残りか、同じように矢や槍の刺さった残骸がヤツの体表には無数に見て取れた。
「ウワァ!?」
振り落とされた女戦士は川辺に叩き付けられて白い水柱を上げた。
ウッドドラゴンはそこへ食い殺した騎馬の死骸を咥えると、放り投げて彼女を下敷きにした。
グルル……
そして殺気に満ちた表情で他の戦士と騎士たちを睨みつけた。
「コ、コンセイラメィンッ!」
騎士達の指揮官らしき人物が焦った様子で声を上げる。
撤退命令なのか、ドラゴンに騎士達が背を向けて走り出した。
しかし、奴はそれを見逃す気はないらしい。
ドラゴンがその図体からは予想できない俊敏さで駆けたかと思うと、騎士を剛腕で殴り潰した。
鈍い音ひとつで騎士と馬が肉塊に変わる。
圧倒的過ぎる力だ。
「ワアアアアア!?」
「ギャアアア!?」
そこから起きたのは、一方的な虐殺だった。
手当たり次第に区別なく、ドラゴンは人を潰し、食い破り、爪で切り裂いていく。
なす術もなく、騎士も戦士も全滅だ。
フシュー……フシュー……
もう潰すものはないかと、ゆっくりとドラゴンは辺りを見渡した。
緑がかった体表は、返り血で今は赤く染まっている。
(ひ、ひいいいい!? なに、なんなの!? これ見つかったら死ぬしかないじゃん!)
『死ぬしかないですが、幸いここは風下です。嗅覚に優れた生物なら危ないですが息を潜めていれば発見はされないでしょう』
アシュラが言うことを今は信じて息を潜めるしかない。
ズシン、ズシン……
身の毛がよだつ重い音。
それがぴたりと止まってどきりとする。
み、見つかった……!?




