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Star☆Signs  作者: 海月
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case1-2

 まずは浮気を疑い始めたいきさつからだ。

 家の中にいるときはスマホを机の上や寝室に置いて、トイレに行く時も、持ち込むようなことはしなかった恋人さん。

 それが今は、スマホはいつもポケットに入れ、トイレ、お風呂にも持ち込んでいるらしい。

 明らかに見られるのを恐れている様子で、コウさんの前でスマホをいじる頻度も減ったらしい。

 コウさん自身はまだ怪訝に思った程度で、何の気なしにそのことを聞いてみると、

『大きな仕事をもらったから、メールや電話にいつでも気づけるように』

 いじる頻度が減ったのは、

『コウといる時間を大切にしたいから』

 とのこと。


「前半、仕事を持ち出せば何も言えないだろう、後半、浮気をしている負い目」

「それ、私も同意するけどあの子の前で言わないでよね」

 ハカリの発言に、あきちゃんが額を押さえながらため息をつく。同じ結論にたどり着いたから、怒るに怒れないんだろうな。

 かくいうわたしも、話だけ聞けばそう思わざるを得なかった。

 大きな仕事、なんて曖昧すぎる。会社が同じならもっと具体的に言ったらいいのに。

「隠すにしても下手っぴだよね。浮気に気づいてくださいって言ってるみたい」

「そう? 嘘つけないタイプなだけじゃない?」

 わたしはうーんと唸った。ハカリが言うみたいに嘘をつけないような人なら、浮気する勇気もなさそうだけど。

「その点ハカリはうまくやりそうだけど……」

「おい」

 わたしの小ボケを律儀に聞きとがめたハカリが抗議の声をあげる。

「悪い女にでも引っかかってるのかしらね」

「おれは浮気とかしないから」

 あきちゃんが悩ましげに眉を寄せる。

「わるいおんな??」

 わたしの脳裏に真っ赤な紅をひいたグラマラスな女性が浮かび上がる。

「姫おれのことどういう奴だと思ってるの? ……聞いてる?」

 その女性が妖艶に微笑み、まだ見ぬ恋人さんが肩を抱く。その後ろには泣き崩れるコウさん――――――「さいってー!」

「……っ!?」

 がしっとハカリの肩を掴み、ぐらぐらと前後に揺らしてわたしは言い募る。

「絶対ダメ! ハカリ! なんとしてでも恋人さんの浮気の真偽を確かめるよ!」

「姫ちゃんかっこいいー」

 ぱちぱちとあきちゃんが拍手する。

 わたしはびしりと心の中の恋人さんへ指先を向けた。


「まずは尾行だよ! ハカリ、講義休める……って、あれ?」

 

 目の前のハカリがわたし達に背を向けて、壁に手をついていた。何かぶつぶつと呟いているけど、その声はこっちには届かない。


「ハカリー?」

 声をかけると、ハカリはふーと深く息をついた。ゆっくりとこっちを振り返るその顔は、いつも通りだ。

「いつ? 木曜ならいけると思うけど」

 不思議に思いながらも、わたしは木曜日の時間割を思い出す。

「いける……かな。うん。一限目だけ出なきゃだけど」

 一限が終わったあとの予定を細々と話し合って、わたしはうきうきと自分の家へ帰る。


 依頼内容は探偵業務の代表格そのものだし、誰かの役に立てることが嬉しかった。それにハカリも意外とすんなりわたしの無茶を受け入れてくれている。


 小さく鼻歌を歌いながら、キッチンへ向かう。


 人生はだいたい楽しめるけど、これが何より楽しい。この時間が邪魔されたらもう一週間はひきずっちゃう。

 棚、冷蔵庫から必要な材料を取り出して、キッチンに並べる。

 材料を見てわたしはにんまりと笑った。

 待っててね、ハカリ。おいしいパンを、今から作っちゃうからね!



 妙な悪寒を感じて、おれは姫の出ていった扉を見つめる。

 やたらと機嫌が良さそうだったから、もしかしたら――

「秤。アンタこんなことやってられるの?」

 姫が居たときと打って変わって、愛想の無い声音。視線も幾らか鋭くなったが、それらは姉のいつも通りなので、特に気にすることもない。

 姉を振り返り、さっきの発言に対して眉を寄せる。

「こんなことって、何、姫のお遊びだとでも思ってんの」

 姫の行動は確かに突発的だし、無茶に思えることもある。でも本人はまじめに取り組むし、途中で匙を投げることもない。


 だからこそ、おれは何回でもその無茶に付き合う。


 けどそれは姉も分かっているのだろう、目をつりあげぴしゃりと言った。

「んなわけないでしょ。あのね、今言ってるのはアンタのことよ」

「おれ?」

 そう、と姉は頷いた。

「アンタが探偵に向いてるとは思えないわ。他人の悩みを解決するのよ? 姫ちゃん以外の人の悩み、聞けるの?」

「……あぁ」

 聞ける、とは言えなかった。一瞬の躊躇いを見逃さなかった姉がため息をつく。

「無理でしょ。アンタは聞けると思ってても私はそうは思わない」

 情け容赦なく言い切られて思わず視線を外す。

 ……姉の言う通りだ。おれは、自分と深く関わる人以外の他人の悩みなんて、毛ほども興味が無い。ましてや解決しようなどと。


「けど」

 今日の出来事を思い出して、苦笑が浮かんだ。

「これは姫がやりたいって、言ってるし」

 その答えを聞いて、姉が何か言いかける。でも言葉は見つからないのか、軽くため息をついた。

「それに、探偵は立派な仕事でしょ。お金ももう払ってもらった。やるにしろやらないにしろ、この件だけはやり通すよ」

 まっすぐに麗を見つめると、根負けしたように眉を下げて笑った。

「……そう、そうね。もう我慢できない子どもじゃないものね」

「なんだよ、その言い方」

 少し早く生まれたからって、いつまでも子どもだと思われるのは不服だ。


「パンも食べれるものね」

「…………」

 からかい口調のそれに、おれは黙りこむ。

 物心ついた時からパンが嫌いだった。もはや嫌いというのもぬるく、見るだけで泣いたらしい。そして今でも嫌いなそれは、ある理由でほぼ毎日口にしなくてはならない。 

 その理由を知っている麗は、仕方ないとでも言うように苦笑した。

「ま、頑張んなさい」

 それだけ言い残し、部屋を出ていく。おれはそれを見送って、深いため息をついた。




 丸いフォルム、つやつやと光を返す表面。暖かく湯気の立つそれをちぎると、どっしりした滑らかな餡が顔を出す。甘い匂いが鼻をくすぐる。


「か、完璧だ…………」


 そのどこからどう見てもあんぱんとしか言えないあんぱんを、わたしはささげ持つ。

 探偵を立ち上げるなら、絶対にやりたかった。あんぱんと牛乳持って張り込み――の、あんぱんを作る!!!

 夢が叶ったぁ、と満足感に浸るのもつかの間、わたしはあんぱんの横に並べられた新作のパンたちをカゴに詰める。

 上から布を被せて、持っていく先はハカリの家。すぐ隣だから、行きたいときにすぐ行ける。


 パン作りに熱中している間にすっかり日は暮れてしまったみたいだ。でもまだ五時をまわったころだから、お夕飯の邪魔にはならないはず。

「こんばんわー!」

 玄関を開けて挨拶する。

「乙女ちゃん? 上がっていいわよ」

「おじゃましまーす。おばさん、今日はお仕事じゃなかったっけ」

 奥からの声に、わたしは目を瞬かせる。

 リビングを覗くと、コーヒーを片手にソファでくつろぐハカリのお母さんがいた。部屋着なのを見ても、ついさっき帰ってきた感じじゃない。

「思ってたよりも大したことじゃなかったの。ついでに明日の分もやってきたから、少し気楽だわ」

 ぐいーっと伸びをするその姿は、完全に気を抜いているときのおばさんだ。


「じゃあそんなおばさんには乙女特製のあんぱんをあげちゃいます」

「ほんとう? 乙女ちゃん、いつもありがとうね」

 ぱっとおばさんの顔が明るくなる。嬉しそうにバスケットを受け取って、キッチンに持っていった。

「あ、秤にも食べさせるわよね? 持っていってくれる?」

「うん」

 おばさんが手際よくコーヒーを用意して、パンと一緒にお盆に乗せてくれる。

「ありがと、おばさん」

「はい、いってらっしゃい」


 お盆の上を見ながら、勝手に緩む頬をハカリの部屋の前で引き締める。

 ハカリの誕生日に贈った、パンのイラストが印刷されたマグカップ。わたしと居るときはいつもこれを使ってくれる。

「ハカリー、開けてー」

 声をかけると、すぐにドアが開いた。

「来るころだと思ったよ」

 ハカリがドアを抑えてくれている間に部屋に入って、お盆をミニテーブルの上に置く。

「えへへ。いい匂いしてた?」

「ん」

 腰を下ろしたハカリの対面に座って、わたしは頬杖をついた。早速食べ始めたハカリをじっと見る。

「なぁそれ、どうにかならない?」

 一口二口と食べ進めたハカリがわたしを見て、呆れ混じりに言った。それ、は何のことだろうと首を傾げる。少しの間見つめあって、わたしはやっとハカリの言いたいことを理解する。

「見るの? やめなきゃダメ?」

「だって食べにくいし」

 それは確かに見られていたら食べにくいだろうけど。

「だってハカリ、まずいやつでも平気で食べちゃうんだもん」

「姫のパンは全部うまい」

 すぐに返されてわたしはむくれる。

「うそつき」

 ハカリは焦げたやつも、やたらと固くなっちゃったのも、平気そうに食べる。まずい? って聞いても、絶対にうんって言わない。

 それで食べ終わたあとは、

「おいしかった。ごちそうさま」

 絶対にこれだ。初めて作ったパンを食べてくれたときもそう。

 だからわたしは食べているときのハカリをじっと見て、反応をうかがう。

 今のところ表情を見抜けたことは一度もないけど。

「そうだ、木曜日。一限終わったらすぐ行く?」

「あー。あのね、思ったんだけど、会社員なんて平日はそう動くことないよね」

 大学生になると何だか平日の感覚が危うくなる。コウさんに確認してみれば、当たり前にお仕事だそうだし、お昼休憩も、コウさんが作ったお弁当を持っていくらしいから、外に出ることはたぶんない。

「あぁ……」

「だから四時くらいから見張れたらいいかなって。定時は四時なんだって」

 コウさんにはもし上がるタイミングがわかったら教えてほしいと伝えてあるし、行き違いになることもないだろう。

 そのまま集合時間を話し合って、良い時間になったので、ハカリに見送られながら家に帰る。本当にこの近さは便利だ。


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