case1
開演のブザーが鳴る。幕が上がり、壇上に眩しいスポットライトが当てられる。
今回のカーテンコールは、いったい何回になることやら。
自分一人では数えることも忘れてしまいそうだ。
客席に目を向けて、おや、と思う。これまでにこんなことはあったかな。
所在なさげに座っている者が一人。
じゃあ、キミに協力してもらおうか。そう、キミだよ。困惑してるみたいだけど、大丈夫。そう難しいことじゃない。
――――ただこの舞台を、今からぶち壊すこの舞台を、見てて欲しいだけだからさ。
*
メールの受信箱は、ゼロ。立ち上げたサイトのアクセス数は、多分ほとんどがわたしたち。
「……」
「……」
ふ、と笑みが零れた。
「どうやら日本は平和みたいだよハッコウくん!」
「白黒ね?」
いつものように素早く訂正して、幼なじみのハカリがため息をつく。
「まぁ、こんな胡散臭いサイト、信じる人も少ないよな……」
サイトの内容は、簡単に言えば『探偵をやっていますよ、依頼をどうぞ』なんてことをわたしの可愛いイラスト付きで書いたものだ。このハカリ、すごく上手じゃない?
「そんなに胡散臭いかなぁ」
「おれだったら絶対に依頼しない。むしろワンクリック詐欺も疑ってすぐブラウザバックするね」
即座に切り捨てられて、がっくりと肩を落とす。依頼を受け付けるフォーマットもちゃんと(ハカリが)作ったし、証明書も載せてあるのに……。
「やっぱ実績とかさ、依頼人の声とかが無いと。怪しすぎるんだよ、これ」
「でもどこだって始めるときは同じじゃない?」
「それは、そうだけど」
歯切れ悪く頷いて、目を泳がせる。少ししてから、決意したように目線を合わせてきた。
「正直に言うと、おれはこの絵が「入るわよ」――麗〜……」
話の腰を折られてハカリが面白い声をあげる。へにゃへにゃだ。
「あきちゃん!」
颯爽と入ってきたのはハカリのお姉ちゃんだ。わたしのことも妹みたいに可愛がってくれる、綺麗な人。
「探偵業はどう? 捗ってる?」
ハカリのベッドに腰掛けて、首を傾げる。
パソコンの画面を思い出して、また気持ちが沈んだ。
「あら」
わたしの反応を見て、あきちゃんはすぐに察したようだった。
「かんばしくないよ……」
「も〜そんな顔しないで?」
ぎゅっと抱きしめられる。わたしも腕をまわして抱きしめ返し、うりうりと頭をあきちゃんの胸に押しつけた。
思う存分抱きしめたあと、体を離しながら、あきちゃんがいたずらっぽく笑った。
「ふふ、でもね、ひめちゃん」
そうしてスマホを取り出して、ぱっと画面をこちらに向けた。
「なぁに、あきちゃん」
差し出された画面の文字を追う。
「……これ、もしかして」
ぽかんと口を開けたわたしを怪訝に思ったのか、ハカリが身を乗り出す。
それを視界の横で感じたので少し体を傾けつつ、緩む顔をあきちゃんへ向けた。こくりと彼女は頷く。
胸の底からわくわくが込み上げてきた。
「姫、この内容」
読み終えたらしいハカリと顔を見合わせる。驚いているのか、ハカリは続く言葉が見つからないみたい。
だから変わりに、わたしはその言葉を大音量で。
「調査依頼だよハッコウくん!!」
「白黒な!」
*
「この子は私の後輩なんだけどね。少し前から彼と同棲を始めたのよ」
スマホに映し出されたのは、一件のメールだった。恋人の挙動が最近おかしいので、調査してもらいたいこと。もし受けてもらえるなら次の日曜日に会いたいこと。
これをかなり丁寧な文で書いていることから、彼女の切実さがかいま見える。
「おとなしい子だから、自分で浮気を突き止めるのは難しいらしいの。かといってそこら辺の探偵を雇うのも怖いでしょ。だから私の弟が探偵をやってるわって、ちょっと強引にこれを書かせたのよ」
確かに探偵に頼むなんてドラマの中の話みたいだし、自分から頼むのはかなり勇気がいると思う。
今回頼んでくれたのは、わたし達があきちゃんの知り合いで警戒が薄れたからかもしれない。
「日曜日、二人とも空いてるでしょ?」
その問いにうなずく。ハカリもあぁ、と適当に返事をした。
日曜日まではあと二日だ。
春のうららかな日差しが、木製のテーブルを暖かく照らしている。
目の前に座るのは、あきちゃんと、今回の依頼人。対峙するのがわたしとハカリだ。
「今回はご依頼ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。まずは挨拶からだ。
「探偵の祇麦乙女です。こっちは助手のハッ……こく秤です」
隣から肘で小突かれて、なんとか持ち直す。妙な間に相手は困惑したようだけど、こくりと頷いてくれた。
「脇田コウです。今日はよろしくお願い致します」
文面から思い描いた通りの、真面目で優しそうな人だ。自己紹介を終えた彼女は落ち着かなさげに、左肩に流した黒髪を撫でている。
それで、とハカリが身を乗り出した。
「どうして恋人の浮気を疑ってるんですか? ……他の女と抱き合ってるとこでも、」
質問をしたとたん、コウさんの頬が強ばった。
わたしはギョッとして、ほぼ反射的にハカリへ肘鉄を入れた。同時に下から鈍い音。
「っ……!」
ハカリが声を噛み殺して足のスネを押さえる。その斜め前ではあきちゃんが氷の女王みたいな表情でハカリを見つめていた。
コウさんがおろおろとわたしたちを見やる。そんな彼女を見て、あきちゃんはすっと表情を和らげた。
「ごめんなさいね、無神経な弟で」
わたしも頷いて同意を示す。すぐに本題を切り出すのはドラマでもよく見るけど、コウさんには逆効果な気がする。ていうか、続く言葉が最低。
あとハカリ、さっさと終わらせて帰りたいんでしょ? そういうとこだよ?
「コウさん、ごめんね。……恋人さんとはいつからお付き合いしてるんですか?」
コウさんが気にしないで、と顔を横に振る。それに少し安心しながら、とりあえず軽い質問をした。
「えっと、高校を卒業するときに告白してもらって、それからずっと」
戸惑いながらも話していくうちに、彼女の頬がほんのりと赤くなっていく。
「そのときはこんなに長いお付き合いになるだなんて思っていなくて」
そこで唐突に口をつぐみ、髪を撫でる。そして絞りだすように言った。
「けど、こんなふうに疑うことなんて、なかった……」
悲しげな声に胸が締めつけられる。恋人さんはきっとコウさんにとっては大切な人なんだ。だからこそ、疑ったりするのは辛いはず。
よし、とわたしはうなずく。
「コウさん! わたしが絶対に疑いを晴らすからね!」
若干の誤用がある発言をしながら身を乗り出し、両手で彼女の手を握る。彼女の黒目がちな瞳がうるんだ。
コウさんがはい、と小さく応える。
お仕事なんだし、私情を持ち込むのはよろしくないかもしれないけど、わたしは絶対にコウさんに幸せになってもらいたい。だって今すごく辛そうなんだもん。
お互いに微笑み合い、その場に暖かな空気が流れ出したところで。
「ま、浮気してないとも限らないけどな」
氷の女王が、ゆらりと立ち上がった。
こちらの作品、合同での創作企画で生まれたストーリーを文に起こしたものとなっております!
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