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王女の行方

 ホルクレストの北にある湖は確かに海のように広かった。


 地上から見ていたら、その対岸にも大陸があるとは思えないかも知れない。


 こうして空から見てみると一目瞭然。


 湖を挟んでホルクレストもエオフェリアの一つの大陸の国だった。


 太陽は真上にあるから今は丁度お昼頃だった。


 飛翔船はゆっくりと湖を南下している。


 なぜそんなことになったのかというと、速度が向上したことと徹夜明けの妙なテンションのせいで、アーヴィンは全力で飛翔船を飛ばしてしまった。


 そのせいで危うく湖を越えてエオフェリアに入国するところだったのだが、女王陛下の情報では、すでに家出した王女とやらはホルクレストにいるらしい。


 つまり、湖はすでに渡った後。


 俺はシャリオットとアーヴィンにちゃんと睡眠を取るように言い聞かせて、ヨミに操縦を代わってもらい、湖をホルクレストに向かって南下しているところだった。




「何か見えますか?」




 操縦桿を操りながらヨミが聞く。




「いや、もう少しスピードを上げてくれ。シャリオットたちが寝ぼけてなければ、家出した王女はすでにホルクレストの大陸にいるって話だ」


「はい」




 流れゆく景色が少しだけ速くなると、ようやく岸が見えてきた。




「そこからでも見えるだろ、あの岸を越えたらまたゆっくりに戻してくれ」




 ヨミは小気味好い返事をして、言う通りに飛翔船を動かす。


 しかし、問題はここからだ。


 岸の先はほとんど森が生い茂っている。


 その中に少しだけ切り開かれた場所が道になっている。


 家出した王女がこの道を通ってくれていれば、見つかるかも知れないが……。


 そもそも、岸のどの辺りからホルクレストに入ったのかまではわからなかった。




「キャノンギアのセンサーでこの森の中から人間を捜し出すことって可能か?」


『……何か、捜している人間に特徴があれば可能かも知れませんが……。情報が何もなければ捜しようがありません』




 特徴と言われても、俺には王女とやらの顔すらわからない。


 こんなことならギルドでちゃんと仕事を請け負っておくべきだったか。


 いや、待てよ……。




「ヨミ、操縦しながら魔法水晶でホルクレストのギルド本部へ連絡を取れるか?」


「それくらいでしたら、簡単ですよ」




 言いながら操縦桿を片手で持ち、胸のポケットから魔法水晶を取り出す。


 呼び出すためのキーワードを魔法水晶から送り込むと、間もなく魔法水晶にはホルクレストのギルドが映し出された。


 これは受付のところにある魔法水晶か。


 少し狭いが、ヨミの隣に立って魔法水晶に向かい合う。


 すると、ダリアがこちらの様子にも気付いてくれた。




「こんにちは。どうされたのですか? アキラさんには、必要な情報は全て昨日お伝えしたはずですが……」


「理由はちょっと省かせてもらうが、成り行きで例の王女様を捜すことになった」


「……仕事を引き受けると言うことですか? でしたら、その手続きはこちらでしておきましょう」


「それは別にどちらでもいいんだけど、王女様の特徴が知りたい」


「そう言うことですか。レオノーラ王女様の特徴は、髪の色が魔法でコロコロ変わることと、猫のような瞳を持ち、童顔で愛らしい顔。年齢は十五歳ですが、顔に似合わないほどスタイルがいい、と言うところでしょうか」


「俺の聞き方が悪かった。身体的特徴よりも、もっと別の……例えば、魔力が高いとか低いとか。能力的な特徴を教えて欲しい」


「能力……魔力は人並みのようですが、幻惑魔法を得意としているようです。人だけでなく魔物すら己の虜にしてしまうような魔法を使うようなので、その事に注意するようにと女王陛下が注釈を入れてます」


「わかった。ありがとう」




 そう言って魔法水晶を切ってもらった。


 俺は再び甲板に降りて柵から身を乗り出すようにして地上を見る。




「今の説明で特定できそうか?」




 一人の時はこうして堂々とAIを頼ることが出来るのは、大きな利点だった。




『一応データに登録はしてますが、難しいですね。この状態でもセンサーはある程度使えますが、森の中には多くの生命反応と魔力が感知できます。人並みの魔力の反応だけではあまりに数が多すぎます』




 そりゃそうだよな。森の中には野生生物や魔物がたくさんいるだろう。


 しかし、そんな森の中を王女が一人でいても大丈夫なのだろうか。


 親である女王は娘を心配すると言うよりも、仕事を引き受けた人が騙されたりしないかの方を心配しているようだし。




『左前方に大きな魔力を感知しました!』




 突然、AIがそう告げた。


 次の瞬間、森の中から大きな爆発音が鳴り響き、左の前の方――だいたい二十メートルくらい先から煙が上がるのが見えた。


 飛翔船はそれを少し避けるように船体を少し右側に向けていた。




「大丈夫ですか!?」




 ヨミが声を上げる。




「問題ない!」


「申し訳ありません。急な魔力の流れを感じたので、勝手に飛翔船の向きを変えてしまいました」




 ヨミにもAIと同じくらいの能力があるようだ。


 あの程度の爆発に巻き込まれたとしても、防御魔法が守ってくれるだろうが、回避行動は間違いではない。




「どうしましょう」




 王女がいるかも知れない森の中での爆発。放っておくことは出来ないだろう。




「ヨミ、爆発があったところを回り込むように飛べるか?」


「はい。やってみます」




 俺は船首部分に向かった。


 そこにはアスラがいて身を乗り出すようにして地上を見ている。




「アスラは今のわかったか?」


「うん。何かが戦ってる。それも、この魔力は普通の魔物のものじゃない」




 真剣な眼差しは、すでにアスラを臨戦態勢に入らせているのだとわかるくらいだった。




「魔物じゃない? それじゃ……」


「魔力が急に大きくなったり、小さくなったりしているのは、魔族がそれをコントロールしてるからだ」


「そんなことがここからわかるのか?」


「当たり前じゃん。だからオレたちは人間よりも大きな魔力を扱えるんだぜ。……まあ、オレは魔力が大きすぎて上手く操れないから普段は押さえ込んでるだけなんだけどさ」




 少しだけ恥ずかしそうにアスラがつぶやいた。


 魔族の特徴について、一つ勉強にはなった。


 とはいえ、どうするべきか……。


 この辺りは森が広がっているし、飛翔船を降ろすようなスペースはない。


 操縦桿を誰か他の魔道士に任せてヨミと一緒に降りるか。


 そう言えば、確かルトヴィナが作った魔法道具があったはずだ。


 俺は一旦船室に戻った。


 ここにはさすがに改修作業でも人の出入りはなかったようで、すぐに目的のものは見つかった。


 掌くらいの大きさのクリスタルは淡い輝きを放っている。


 これがあれば、ほんの少しだけ空を飛ぶことが出来る。


 飛んでいる飛翔船から飛び降りても、難なく地上に降りられるだろう。


 甲板に出ると、前方で何かがぶつかり合う音が散発的に聞こえ、再び爆発と煙が巻き起こった。




「ヨミ! 俺とアスラが地上に降りて様子を見る! ヨミは飛翔船を下ろせる場所を探して下ろしたらシャリオットたちを起こしてから俺たちを追いかけてくれ!」


「わかりました! では、もう少し近づけます!」




 返事をせずにそのまま船首にいるアスラのところへ戻った。




「一緒に降りるぞ。このクリスタルはアスラにも使えるんだろう?」


「え? うん、たぶん」




 飛行魔法が込められているというクリスタルをアスラに渡すと、確かめるように眺めていた。


 使えなかったら、最悪キャノンギアで耐えればいいか。


 そう思って、アスラを抱えて船首から飛び降りた。




「うおおおぉぉぉおお!! 兄ちゃん、マジか!!」




 さすがのアスラもいきなり飛び降りるとは思っていなかったようだ。


 飛翔船の防御魔法の範囲から離れると、突風に襲われる。


 落下する速度が一気に速くなり、下からの風に体ごと飛ばされそうな感覚に陥る。




「あははははは! 最高だね!」




 アスラは随分楽しそうに笑っていた。


 大きな力と力のぶつかり合いが森の中から聞こえる。


 もう少し、右寄りか。


 体を捻りながら向きを変える。




「そろそろそのクリスタルを使ってくれ」


「うん」




 ルトヴィナに実演してもらったときのことを思い出すと、もう少し地上に近づいてから使うべきだろうが、万が一使えなかったときに変身が間に合わないというのは避けたかった。


 少し構えていたのだが、それが杞憂に過ぎなかったことは、体が少し浮き上がるような感覚を覚えてからわかった。


 ゆっくりと木々の間を抜けるようにして森の中に入っていく。


 着地すると同時に、アスラの手に握られていたクリスタルは輝きを失っていた。




「魔族が戦ってるって言うのは、どっちだ?」




 俺の質問はAIとアスラの両方に向けられていた。




「こっちだよ」




 先に答えたのは、と言うかすでにアスラは森の中を先に進んでいた。


 俺は慌てて追いかける。


 アスラの身体能力は生身で追いかけるのは不可能だ。




「――変身」




 認証と同時に体が軽くなったようにスピードが上がり、アスラの背中を簡単に捉えた。


 さすがにファイトギアではすぐに追いつく。


 少し進むと、開けた場所に出た。


 ……と言うより、木々が薙ぎ倒されている。


 燃えてはいないものの、焦げ臭い匂いが漂い、戦いの激しさが窺えた。


 魔族は一体何と戦っているんだろうか。


 まさか、王女様を殺そうとしているとか?


 だとしたら、すでに戦いが終わっていても良さそうなものだ。


 幻惑魔法が得意と言っても、人並みの魔力しか持っていない人間がこれだけの破壊力を持つ魔族を相手にしのげるとはとても思えなかった。




「いつまで見てんだよ。先に行っちゃうよ」


「ああ、悪い」




 振り返って足を止めていたアスラのところへ行く。


 再び森の中を進んでいくと、叫び声が聞こえてきた。




「止めるんだ! 人間を殺しても、意味なんてない! 君はその事を理解してくれたはずじゃなかったのか!?」


「わかってるわよ! でも、殺さなければならない理由が出来たの!」


「僕は君を人殺しにさせる気はない!」


「どうしてわかってくれないの!? あなたと考え方を共有しても、それでも人間を殺さなければならない私の心を!」


「それは僕のセリフだ! 君こそ僕の本当の心をわかってくれていない!」




 魔道士のような服装の男女が言い合いをしている。


 男は恐ろしく美しく、金色の瞳を持ち、銀色の長い髪を頭の後ろで一つに束ねている。


 背は百八十くらいあり、スラリとしたモデルのようだった。


 立っているだけでも様になっている。


 そして、女の方も負けていない。息を呑むほど美しい。


 色気に溢れた切れ長の瞳が妖しく濡れている。首のところで切りそろえられた黒髪。白い首筋が髪の色と見事なコントラストを強調していた。


 こちらも背は百七十以上はありそうだ。やはり、モデルのような体形をしている。




『彰、よく見てください。男の背中に隠れているのは、データにあるレオノーラ王女ではありませんか?』




 あまりに美しい二人の男女に目を奪われていたせいで気がつかなかったが、確かに男の背中に女の子が隠れていた。


 と言うより、美しい男が女の子を守っているように見える。


 ピンク色の派手な髪。赤を基調とした派手なワンピースドレスにシルバーのマント。


 ここからだとさすがに顔は見えないが、背格好からしてレオノーラ王女で間違いなさそうだ。


 ……しかし、あの格好で家出をしてきたというのか。


 目だって仕方ないと思うのだが。


 そう思っていたら、美しい女が動き出した。




「ダークフレア!」




 すでに呪文を唱えていたのか、魔法を発動させる。


 美しい女の手から放たれた闇の球体が美しい男に直撃する。


 避けられないような魔法ではなかったはずだ。


 レオノーラ王女を庇うためにあえて受け止めたのか?


 大きな爆発音が響き渡る。


 俺は少しだけ後ろに下がった。


 爆発による衝撃波が彼の周りの木々を吹き飛ばして煙を上げさせていた。


 普通の人間なら今の攻撃で死んでいるところだろう。


 防御魔法を使ってもどれだけ防げるのかどうか。


 にもかかわらず、続け様に同じ魔法をさらに二発浴びせていた。


 ……確認するまでもないんだろうな。


 あの男女こそが、アスラが言っていた魔族なんだろう。


 つまり、魔族同士で戦っている。


 さっき聞こえてきた会話と、この状況から察するに、女の魔族が人間を殺そうとしていて、男の魔族が人間を守っている。


 守られている人間が、レオノーラ王女なのは偶然なのか必然なのかはわからないが。




「兄ちゃん、どうするんだ?」




 俺の傍らで一緒に様子を窺っていたアスラが聞く。


 当然、このまま見ているつもりはない。


 どうしてこういう状況になっているのかは、後で話を聞けば良い。


 今は取り敢えず、人間を守っている魔族に協力するしかない。


 このままファイトギアで女の魔族に奇襲を仕掛けるか、それとも女の魔族をアスラに任せて男の魔族とレオノーラ王女を保護するか。


 迷いは一瞬。




「アスラはあの女の魔族の相手をしてやってくれ」


「わかった! 倒しちゃっていいんだな?」


「殺さない程度にな。話し合いの余地はありそうだ」


「そうかなぁ。ま、兄ちゃんがそう言うなら、手加減してやる」




 言うや否やアスラは飛び出した。




「「何!?」」




 男女の魔族は同じ声を上げて驚いていた。




「行くぜ! おりゃああ!!」




 アスラは声なんか無視して女の魔族に殴りかかっていった。




「ちょ、あなた何なの!?」




 戸惑いながらも彼女はアスラのパンチやキックを受け流していた。


 格好は魔道士のようだけど、やはり身体能力は人間のそれとは別物のようだ。


 本気ではないとはいえ、アスラの攻撃は普通の人間が素手でいなせるようなものじゃない。


 俺と戦ったときよりも、鋭さも増しているように見えた。




「あの子は、魔族なのか……? どこかで見たような気がするが……」




 俺はキャノンギアに変身してから男の魔族に話しかけた。


 もちろん、彼が攻撃することを想定しているわけではない。


 女の魔族がアスラの攻撃をかいくぐってこっちに魔法を撃ってきたときのことを考えて、である。




「想像している通りで間違いない。アスラは……いや、あいつはアスラフェルという名の魔族だ。確か、魔王の息子って話だが」




 俺の声にあからさまに驚いて男の魔族が振り返った。




「アスラフェル? まさか、行方不明になったと言われている、フェルラルド様のご子息か……」




 そう言えば、父親の名前は聞いてなかった。


 だけど、男の魔族の口調からして、アスラがちょっとは名の知れた魔族であるとわかった。




「君は……人間のように見えるが、なぜアスラフェル様のことを知っている」


「まあ、いろいろあってな。今はアスラの保護者というか、仲間というか、友達というか……とにかく一緒に行動してる」




 改めて聞かれると俺とアスラの関係って言葉にすると難しかった。




「人間が、魔族とですか?」


「それは、俺のセリフじゃないか? あんたも、人間を守っているように見えるが」




 男の魔族の目が大きく開かれる。




「わかるんですか? 僕が、魔族だと。おかしいな、ちゃんと魔力を抑えているのに」




 ……こいつ、本気でそう言ってるのか?


 だとしたらかなりの天然……。


 仕方ないから理由を説明した。




「いやだって、あれだけの魔法攻撃を食らったのに、無傷じゃないか。普通の人間なら死んでるところだぞ」


「――はっ! そ、それは盲点でした。次からは避けた方がカムフラージュできると言うことですね。勉強になります」




 ……興が削がれる。


 だけど、はっきりさせておかなければならないことがある。




「あんたはアスラの父親のことも知っているようだし、見たところ人間を守ってくれた。ってことは、人を襲わない魔族なんだな?」


「当たり前じゃないですか。魔族が人間を襲うことに意味はありません。フェルラルド様は僕たちにそのことを教えてくださった偉大な魔王様です」




 ……やっと、ヨミとアスラ以外にも人間を襲わないという考えを持つ魔族に出会えた。


 その考え方があの二人だけの特別なものではないことがわかってちょっとだけホッとしたような気がした。

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