魔族と魔族の戦い
激しい打撃音が聞こえてくる。
女の魔族がアスラの圧力に押されて後退りし、背中を木に抑えられて逃げ場がなくなったところでアスラが連続パンチでさらに追撃していた。
「うおりゃああああ!!」
女の魔族は両腕でガードしながら耐えているが、いつまで持つか。
アスラの連打はキャノンギアでなければ受けきるのが難しい。
「グラビティブラスト!」
ガードの向こう側で呪文を唱え終えていたのか、魔法を発動させる。
「うわっ!」
アスラが何かに引っ張られるように後ろへ吹き飛ばされた。
「闇の神と火の神の名において、我が命ずる! 無情なる紅蓮の炎よ、破壊の力を示せ! ダークフレア!」
追い打ちをかけるように、黒い炎の塊が放たれる。
それはアスラだけでなく、俺たちにも向けられていた。
「喰らうかよ!」
アスラはそれを右手の拳で薙ぎ払うようにして弾き飛ばした。
黒い炎の塊は木に当たって爆発する。
男の魔族はやはり王女を守るように背中で黒い炎の塊を受け止めた。
俺に向かってきた魔法も、左手を前に出して受け止める。
そうすることによって引き起こされた爆発のダメージは全くなかった。
「そんな魔法でオレが倒せると思うな!」
「お前も魔族なの!? どうして人間を庇うのよ!」
さすがにこれまでの攻防でアスラが普通の人間ではないとわかったようだが、アスラは戦いに集中していて言葉なんか聞いていない様子だった。
正面から殴りかかるように見せかけて、アスラが地面を蹴って横に飛んだ。
ガードしようと身構えていた女の魔族が、アスラの姿を一瞬見失ったように周りを見回す。
地面を滑るようにしてアスラが女の魔族の懐に入り、ガードの甘い脇腹を右の拳で抉るように殴りつける。
女の魔族は声を上げることも出来ずに大きく吹き飛ばされた。
地面を転がる女の魔族を追いかけるように、飛び上がって拳を叩きつけようとしたとき、
「お待ちください! アスラフェル様!」
男の魔族が大声で叫んだ。
アスラの動きが一瞬だけ止まったような気がしたが、そのまま拳を叩きつけた。
少しだけ大地が揺れる。
アスラの拳は女の魔族を捉えてはいなかった。
その少し近くの地面に大きなくぼみが出来ていて、ひびが入っている。
すると、女の魔族は立ち上がると同時に大きく飛び退る。
大きな木から伸びる太い枝に立ち、左の脇腹を押さえながら肩で息をしていた。
そして、俺たち全員に視線を送ったかと思ったら、森の中の闇にとけ込むように姿を消してしまった。
逃げたのか?
『そのようですね。ただ、私のセンサーはまだ彼女を捕捉しています。姿を消す魔法でも使ったのでしょうが、ヨミさんが使ったときよりも精度は低いようです。追いかけますか?』
「兄ちゃん! オレはあいつを追いかける!」
人間を殺そうとした魔族を野放しにするわけにはいかないか。
「行ってこい!」
アスラが俺たちに背を向けようとしたら、再度男の魔族が冷静な口調でさっきと同じように「お待ちください、アスラフェル様」と言った。
舌打ちをしながらアスラがズンズンと大股で戻ってくる。
「お前、さっきから何なんだよ!? オレの邪魔をするならぶっ飛ばすぞ!」
イライラした口調で男の魔族に詰め寄る。
「申し訳ありません。ですが、グレースのことは僕に任せていただきたいのです」
「グレース? あの女の魔族の名前か?」
今にも襲いかかりそうな勢いで威嚇するアスラを押さえながら俺が聞き返すと、男の魔族は深刻そうな顔をして答えた。
「はい、彼女はまたこの人間を殺そうとします。追いかけなくても向こうから近づいてきますので、その必要はありません」
「他の人間を襲う可能性はないのか? 魔族が殺す人間を区別するとは思えないんだが」
「この人間が襲われたのは偶然でしたが、これからはそうはいかないでしょう」
「……何か、事情があるってことか?」
「はい、話せば長くなります」
「一応これだけははっきりさせておきたいんだが、すでにグレースという魔族は他の人間を襲ったりしていないのか?」
「それだけは断じてありえません。僕は人間界へ向かった彼女をずっと追いかけてきましたから。行動は常に把握していました」
真っ直ぐな眼差しではっきりと言い切った。
グレースを庇うために嘘をついているようには見えない。
俺は変身を解除して彼と向かい合った。
人間を守った彼の言葉を少しだけ信じることにした。
「よ、鎧が消えた……? あ、あなたは何者ですか?」
「俺はアキラ=ダイチ。こことは違う世界を救った変身ヒーロー、かな」
「違う、世界……?」
彼のつぶやきをかき消すように、森の奥から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「アキラ! 無事のようですね? ……って、魔族!?」
木々の間から飛び出してきたヨミが俺を見てホッとしたのも束の間、隣に立っていた男の魔族を見てギョッとさせた。
「待った。こいつは人間を守ってくれた。戦う必要はない」
「……そうなんですか? それでは、森の中で戦っていた魔族は一体……?」
ヨミは男の魔族がグレースと戦っていたことを知らない。
疑問に思うのも当然だった。
それでも俺の言葉を受けて臨戦態勢を解いた。
ま、何はともあれ、これでギルドに依頼された仕事は取り敢えず達成したと言えるだろう。
俺は男の魔族の背中に隠れている王女に話しかけた。
「君がエオフェリアの王女。レオノーラでいいんだよな?」
「気安く名前を呼ばないでくれる? 私のことは王女様と呼びなさい」
気の強そうな瞳で睨みつけてきた。
ギルドから聞いていた情報通り、猫のような瞳で愛らしい顔をしている。
年は十五歳くらいだろうか。
母である女王が捜索の依頼に注釈を付けていたのも頷ける。
魔族に襲われていたところを助けたのに、感謝どころか開口一番文句を付けられるとは思わなかった。
「ウェンディ女王が家出娘の王女様を探しているのは知ってるか?」
女王の名前を出したとき、ほんの一瞬だけ肩を震わせて動揺を見せたが、すぐにふてくされた表情になった。
「それがなんだっていうの?」
「俺はギルドに登録してる冒険者で、その依頼を引き受けた。一緒に――」
「嫌よ! 私は帰らないわ! 母の言うように生きるなんてお断りよ」
……これは、一筋縄ではいきそうにないな。
よく考えれば、何もなければ家出をするなんてありえない。
「私のことは放っておいて、あの分からず屋の母には娘は死んだと伝えてくれればいいわ」
そう言って一人で森の奥へ向かおうとするが、男の魔族がレオノーラの腕を掴んだ。
「何するのよ、離しなさい!」
「それはできません。君はグレースに狙われています。僕は君を守らなければならない」
「自分の身は自分で守れるわ。あ、あなたに守られる必要はないわ」
レオノーラは目をつり上げて睨みつけたが、男の魔族は意に介す様子も見せない。
「君の意見は僕には関係ありません」
レオノーラが男の魔族の手を振り解こうとするが、無理だと悟ったのか、
「か、勝手にしなさい!」
そう言って抵抗するのを止めた。
「……何だか、話が複雑になっているようですね……」
ヨミがぽつりと言葉を零した。
「まったくだ……」
ヨミのうんざりしたような表情と同じ顔を俺もしていたと思う。
取り敢えず、このまま森の中にいても意味はない。
かといって無理矢理エオフェリアにレオノーラを連れていくのも苦労そうしそうだった。
こちらとしてもちょっと話を整理したい。
一旦、飛翔船に戻ろう。
ヨミがここに来たと言うことは、シャリオットも起きてるだろうし。
俺は成り行きで依頼を引き受けたことになってしまったが、そもそも王女の捜索はシャリオットがウェンディに頼まれていたことだ。
後のことはシャリオットに任せるべきだろう。
……決して、面倒臭くなったから話を投げるわけではない。
俺はヨミに案内させて全員連れて飛翔船へ戻った。
森の中にも湖があった。
それはホルクレストとエオフェリアの国境にあるようなものではなかったが、飛翔船がすっぽりと収まるくらいの大きさではあった。
飛翔船は船の形をしているだけあって、水の上に浮かんでいた。
見た目からすれば、この姿の方が正しいと言える。
ヨミは小舟を使って飛翔船から湖の岸までやってきたようで、それに乗って飛翔船へと戻る。
甲板からはハシゴが下ろされていた。それを登って甲板に上がると、シャリオットがレオノーラを見つけて喜んでいた。
「レオノーラ王女! よくぞ御無事で……」
「シャリオット殿下。先に申し上げておきますが、私は母のところへ帰るつもりはありません。母には私が死んだとお伝えください」
「……なぜ、そのようなことを。ウェンディ女王陛下は本当にレオノーラ王女のことを心配して……」
「フンッ、そんなことあるわけないわ。あの母は世間体を気にしているだけよ。私のことを心配してるんじゃなくて、家出した私を心配しているように振る舞わなければ、批判されるからそれを恐れてるだけだわ」
女王の娘に対する評価もよくはなかったが、王女も母に対する評価は辛らつなものだった。
ある意味、似ている親子なのかも知れないな。
「なあ、ここでいつまでも話し合っても仕方ないだろ。ホルクレストに帰らないか?」
森の中には逃げた女の魔族がいるはずだ。
いつまた襲ってくるかわからない。
「そ、そうですね。アーヴィン船長、飛翔船をドックに戻してください!」
シャリオットが操縦桿を握っているアーヴィンに向かって叫ぶと、返事が聞こえて飛翔船が湖から浮き上がる。
湖には大きな波紋が広がっていた。
森の木々を超える高さまで上昇し、飛翔船は前進した。
数時間後には飛翔船はドックに収まり、話を整理するためにアーヴィン以外の全員がホルクレストの城へ通されて謁見の間に集まった。
「まず、そうですね。レオノーラ王女、僕は王子としても個人的にもあなたを保護したことをウェンディ女王陛下に報告しなければなりません。それはご理解いただけますか?」
シャリオットは玉座には座らず、その前に立って俺たちに向かい合っていた。
視線はずっとレオノーラ王女に向けられたまま。
だからなのか、彼女も真っ直ぐシャリオットを見つめ返していた。
「断ってもどうせ報告するんでしょう。だったら、好きにすれば良いわ」
投げやりにそう言う。
「……では、さっそくそうさせてもらいます」
シャリオットが玉座の隣に置いてあった魔法水晶に向かい、ボソボソと呼びかける。
言葉は聞き取れなかったが、ウェンディに連絡を取ったことは間違いない。
魔法水晶が反応して、相手の姿を映し出すよりも前に、大きな声が聞こえてきた。
「シャリオット殿下!? 娘は! レオノーラは見つかりましたか!?」
「はい、ホルクレストの北にある森の中で発見し、今は僕の城で保護しています」
「ありがとうございます。では、すぐに迎えに参りますので――」
「来ないで!」
女王の言葉を遮るように、レオノーラが叫んだ。
「……シャリオット殿下、申し訳ありませんがそこを退いていただけませんか? 娘と直接話をしたいので」
静かな口調だったが、有無を言わせぬような威圧感があった。
シャリオットはその言葉に従うように魔法水晶の前から離れようとした。
「私にはあんたと話すことはないわ! 報告が終わったんだから、魔法水晶に魔力を送るのをやめてちょうだい!」
レオノーラも負けていない。
シャリオットを戸惑わせるだけの勢いのある声だった。
二人の板挟みに遭って、どうしたらいいものかシャリオットは迷っているようなそぶりを見せた。
「あんたですって? 母である私に向かってそのような言葉を使うなど……許されると思っているのですか!?」
「別に、許してもらうつもりなんてないわ。私はあんたなんか母とは認めないもの」
「な、何ですって……?」
魔法水晶に映し出された映像だというのに、ウェンディの怒りが伝わってくるくらい眼光が鋭くなっていた。
「もううんざりなのよ。私は私のやり方で国民の心を掴む女王になりたいのに、あんたは自分のやり方を私に押しつけるだけじゃない! あんたのようなつまらない女王になるくらいなら、王族であることも捨ててやるわ!」
「王というものの重みを知らないレオノーラに何がわかりますか。レオノーラのやり方では国民を幸せにすることなど出来ません」
家出の原因は根が深そうだ。
二人の意見は平行線が続き、終わりそうもない。
「お二人ともおやめください!」
魔法水晶を遮るようにして間に入ったのはシャリオットだった。
「ウェンディ女王陛下、今はお互いに頭に血が上っているご様子。しばらく距離を置いて、冷静になってから迎えに来ていただきませんか? それまでは我がホルクレストが責任を持ってレオノーラ王女を保護いたします」
「……わかりました。娘のことをよろしくお願いします」
魔法水晶の向こう側で、ウェンディは頭を下げていた。
「……私は、絶対に帰らないわ」
ボソッとつぶやくようにレオノーラが言う。
その言葉がウェンディにも聞こえたのか、頭を上げて何か言いたげそうな表情をさせていたが、魔法水晶が輝きを失って真っ暗になった。
問題の先送りのようになった気もするが、とにかくウェンディには娘が無事だと伝えられたのだから、ギルドに出された依頼は達成できたと言っていいだろう。
後は親子の問題だ。
「レオノーラ王女も、もう少し冷静になってくださいね」
振り返ってシャリオットがそう言うと、レオノーラは口を尖らせてそっぽを向いてしまった。
「私はずっと冷静よ。母が勝手なことを言っているだけだわ」
そう言うと、シャリオットの視線から逃げるように謁見の間の出入り口に向かう。
「どこへ行くのです」
「私がどこへ行こうと何をしようと私の勝手でしょ。私は誰の指図も受ける気はないわ」
「待ってください。君を一人にするわけにはいかない」
男の魔族も後を追うようにするが、俺は彼の肩を押さえた。彼にはまだ聞かなければならないことがある。
「ヨミ、レオノーラの護衛についてやってくれ」
「はい」
ヨミも小走りに謁見の間を出る。
「あなたたちもレオノーラ王女を追ってください」
シャリオットは謁見の間の入り口に直立不動で立っていた兵士に命令した。
「はい、畏まりました」
一礼してから謁見の間を出て行く。
「それで、アキラさん。その方をこの場に留めたのはなぜですか?」
「決まってるだろ。森で何が起こったのか、詳しい事情を知っているからだ」
シャリオットから向けられた視線を受け流すようにして男の魔族を見た。
「あ、えーと。まずは自己紹介をしましょう。僕はバルトラム。フェルラルド様の考えに共感し、人間と共生するべきだと考えている魔族です」
「ま、魔族!?」
驚きの声を上げたのはシャリオットだけだった。
「あー! バルトラム!? 父さんの仲間だ!」
別の意味でアスラが声を上げた。
「知ってるのか?」
俺の質問に、バツが悪そうな顔をさせていた。
「名前を聞いて思い出した」
「まあ、そうでしょうね。僕がアスラフェル様に会ったときは、もっと小さな頃でしたから」
バルトラムも苦笑いで言う。
「どうしてこんなところにいるんだ?」
「それは、私のセリフではありませんか? アスラフェル様こそ、次の世代の魔王になるためにフェルラルド様が教育していたはずです」
「よく覚えていないんだけど、天使がオレを封印してこっちの世界に連れてこられたんだ。それで、人間にオレの力が使われていたところをこの兄ちゃんに助けてもらったんだ」
「そうだったのですか……天使がそのようなことを……」
バルトラムは腕組みをして納得しているようだった。
天使のこともアスラのことも確かに気になるが、今はグレースという魔族についての情報が欲しかった。




