女王からの報奨
女王に対する怒りは、吹き飛んでしまった。
言いたいことはたくさんあったのに、驚きの方が上回ってしまった。
どう見ても十代くらいの女が、女王だと思うか?
この国は大丈夫なのかよ。
「アキラ殿。クラースから話は伺っております。私に言っておきたいことがあるとか」
「俺の自己紹介はしていないはずだが」
「我が国であなたの名を知らぬ者はいませんよ。全世界最速で上級冒険者の仲間入りを果たした新人冒険者ですから」
いや、手続き上はまだ俺は中級のはずだが、王都のギルド本部に行ったらそういうことになるんだろうな。
「それで、私に言いたいことは何でしょう」
「……いや、もういい」
「なぜです」
「女王があんたのような小娘じゃ、間違った判断だってするだろう。それを責めるのは、俺の趣味じゃない」
この場合、周りの大人がもっと賢明な判断をするべきだった、と思うべきだろう。
「貴様! 女王様を愚弄するつもりか!?」
貴族の一人がそう叫んだ。
「黙りなさい」
女王がすかさずそう言うと、辺りは静まりかえった。
「アキラ殿も、若く見えますが、あなたも間違った判断をしたらその責を負わないということですか?」
「俺は、自分の判断には責任を持つさ。それだけの力がある」
「でしたら、私も同じです。私には女王としての権力がある。命令にはそれだけの重みと責任が伴います」
「だったら、一度クリームヒルトへ行って、死んだ人たちを弔ってやってくれ。後は、あんたの国民が判断することだ」
俺自身に女王へ個人的な恨みがあるわけじゃない。
ただ、女王の間違った命令で被害に遭った人たちが不憫に思えただけだ。
「わかりました。クリームヒルト再建の計画と共に、亡くなった方々の埋葬と追悼の行事を約束しましょう」
「それじゃあ、俺の言いたいことはこれで終わりだ。失礼させてもらう」
「お待ちなさい」
「……まだ何かあるのか?」
「ケルベロスのクリスタルをお持ちなら、拝見させていただきたい」
ケルベロスのクリスタルを買い取るって話は、クラースとするはずだったが、やはり女王も欲しいってことか。
「いや別に、アキラ殿の功績を疑っているわけじゃないわ。ただその、私の個人的な興味というか……」
しどろもどろで口調も女王らしくない。
これが素の姿なのか、あるいは演技なのか。
後者だとしたら恐ろしい女優だが、女王というのはそういう能力もある意味求められるだろうからな。
見せるだけなら減るもんじゃない。
この場にクラースもいることだし、こっちとしても手間が省ける。
「いいぜ」
俺は背中に担いだ布の袋から、三つ叉のクリスタルを取り出した。
謁見の間に「おお」というため息が広がる。
俺はクリスタルを女王の前に差し出す。
「……触っても、いいの?」
「ああ、でも落とすなよ。魔物のクリスタルがその程度で割れたりはしないだろうけど」
「見た目より重くはないのね。でも、すさまじい魔力だわ」
「そうなのか?」
「ええ。これを元にすれば、強力な武器や防具が作れるでしょうね」
そう言われても、ネムスギアがある俺にとって意味のあるものではないんだよな。
「こいつのせいで犠牲者が多数出ているのはわかっているのに、それでも引き込まれるような美しさだわ」
「……現場にいなくて良かったな。どんなに見た目が綺麗でも、そいつは人間の血を何人も吸ってる。俺には邪悪なものにしか見えない」
「それは、わかってると言ったわ」
「わかっていないからそういう軽はずみな感想が言えるんだよ」
「そういう言い方は――」
「女王様、アキラ殿。私もそのクリスタルを拝見させていただいてもよろしいかな」
俺と女王の間にクラースが割り込んでそう言った。
大勢が見ている前で女王とケンカするのは、良くないか。
クラースが止めるために声をかけてくれたことはわかったから、それ以上女王に言葉を返すのはやめた。
「クラースには元々見せるつもりだったからな、せいぜい傷がないかよく見てくれ」
俺は女王が返したクリスタルをそのままクラースに手渡した。
「え? ちょっと待って、どういうこと?」
「アキラ殿はこのクリスタルを売るつもりだそうで、でしたら王宮で買い取らせていただこうと思っていたのです」
「売るって、ケルベロスのクリスタルを!? アキラは冒険者なのよね? こんな貴重なものをそんな簡単に手放すつもりなの!?」
「……さっきから口調が完全に女王のものじゃなくなってるが、いいのか?」
「あ……コホン、えと、アキラ殿は冒険者ですよね? このような貴重な品物をご自身の冒険に役立てないのですか?」
取り繕う姿が滑稽で吹き出しそうになったが、真面目に答えることにした。
「金が必要だからな、売って金にしたい」
「それは、やはりこのクリスタルが多数の犠牲を払って手に入ったものだからですか? 使うことに抵抗があると言うことでしょうか」
「感傷にひたってるわけじゃない。ただ、俺には武器とか防具は必要ないんだ。魔法道具とやらも、魔法の使えない俺には扱えないだろうし」
「……どうして、お金が必要なのか伺ってもよろしいですか?」
「この世界のどこかで行方不明になっている妹を捜すのにギルドから最低でも金貨500枚は必要だと言われてるんだ。今はその資金を稼いでる最中ってわけ。だから、あんまりここでのんびり話をしてる暇はないんだよ」
「妹さん?」
「女王には関係ない。俺の個人的な問題さ」
「アキラ殿。そなたはお礼は必要ないとクラースに言ったそうですね」
「ああ」
「ですが、ケルベロスの件は国家の重大な危機に当たります。本来であれば、ギルドを通して討伐依頼を正式に出し、相応の依頼料が与えられるべき事態なのです。それを討伐したそなたに何もしないというのは、国民に対しても示しが付きません」
「でもそれは、そのクリスタルを買い取ってくれるなら十分依頼料と同じくらいにはなるだろう」
クラースは相場の倍で買い取ると言っていたし。
「被害の状況を考えれば、私はそなたに爵位を与えてもいいと思っていました」
謁見の間がどよめく。主に貴族たちが驚いているようだった。
「悪いが、貴族になるつもりはないぜ」
そもそもこの世界に定住する気もないし。
「そう言うと思ったわ。クラース、そのクリスタルはいくらで買い取るつもりだったの?」
「この純度ですから。金貨200枚を出してもいいかと」
「だったら、私個人からの礼も含めて、アキラ殿の妹さんの捜索にかかる費用全額を国庫から出してあげなさい」
「え?」
俺は大きく目を見開いて女王を見た。
全額って、確かに金貨500枚は着手金で、日当は別にかかると言われた。
見つかるまでの日数分、いくらかかるのかわからないのに、それを全部国が肩代わりするってのか。
「いや、さすがにそれは……」
もらいすぎだろう。
「アキラ殿。遠慮はしないでいただきたい。そなたの功績はそれほど大きいものなのだから」
断ろうと思ったら、念を押されてしまった。
「良かったですね、アキラさん」
「それから、そなたらにも何か報奨を与えたいと思っていますが、何か望むものはありますか? さすがに、アキラ殿ほどはして差し上げられませんが」
「僕は、その……指輪が欲しい、です」
それは、あのギルドの受付嬢に贈るためのものだろうか。
そんなものをプレゼントする前にやるべきことが他にもありそうな気はするが、口を挟むのは野暮か。
「私は特には……あ、服が欲しいです。できれば、魔法の生地を使った丈夫な服が」
「わかりました。二人への報奨はすぐに用意させましょう」
「あ、ありがとうございます」
「アキラさん。後でどういうデザインがいいか一緒に決めましょう」
ヨミの奴、ちゃっかりしている。
しかし、魔法の生地を使った服というのは、どういうものなんだろう。
ヨミは魔法が使えるからな、それを補助するような服なんだろうか。
「それでは、女王様への謁見はこれで終了とする」
クラースが前に出てそう言った。
「あ、待って。一つ伝え忘れているわ」
女王がクラースの横に戻ってきた。
「今日の夜、城の食堂でケルベロスを討伐したお祝いのパーティーが開かれるわ。あなたたちももちろんゲストとして参加してもらいますから」
「断れないのか?」
「パーティーには貴族の方も出席していただきます。彼らにケルベロス討伐のお話を聞かせていただけませんか? 今後、より強い魔物が現れたときの対策になりますし、何より……国庫から妹さんの捜索費用を全額出すにあたって、貴族の方にも納得していただかないといけませんから」
勝手に決めたくせに。とは言えなかった。
それだけ、俺にとって有利な話だったから。
しかしこれで、妹の捜索の目処はついた。
「それでは、参りましょうか」
女王とクラースが下がると、ファルナが俺たちを城の出入り口へと案内した。
「あのさ、どこへ行くつもりだ? 謁見は終わったんだから、夜のパーティーまでは自由行動じゃないのか?」
「私は今日一日、あなた方の案内を任されているのです」
意志の硬そうな目だ。
断っても付いてくるだろうな。
「わかった。今日一日だけなんだな?」
「ええ。ご理解いただけたなら幸いです」
仕方なく一緒に城を出たところで、ディレックが逃げた。
いや、正確にはケルベロス討伐の任務についての報告書やら何やら、仕事が残っているらしい。
ファルナに断りを入れて兵舎へ向かった。
謁見が終わったから、ファルナも止めたりしなかった。
「それでは、あちらの馬車で行きましょうか」
馬車を駐めておくところには、俺たちが乗ってきた馬車はなかった。
代わりに屋根付きでソファーが置かれた豪華な馬車が準備している。
「あれはない」
「え? 私ちょっと乗ってみたいですけど」
「これ以上見世物にされてたまるか。どこへ行くつもりなんだ?」
ヨミが物欲しそうに見ているのを黙殺してファルナに聞く。
「もちろん、お二人への報奨を買いにですよ。確か、指輪と服でしたよね」
「だったら、商店街の方だろ。ここからなら歩いて行けばいい」
「よろしいのですか?」
「早く行こうぜ。こうしてる時間がもったいないだろ」
買い物が終わっても時間が余るなら、パーティーの前にギルドに行っておきたい。
上級に昇進する手続きを早くしたいわけじゃなくて、妹の捜索を始める目処がついたことを早くジェシカに伝えたかった。
街道に出ると、何やら羨望の眼差しが町の人々から注がれる。
そういえば、今や俺はこの町の、というよりこの国のちょっとした有名人だった。
どのみち見世物であることは間違いなかったか。
だったら、馬車を使った方が良かったか?
握手とか求められたりしないよな……。
大通りを行くと円形の広場に出る。
ここから確か左側の道に行くと商店街だったはずだ。
どこを歩いていても、視線は浴びるが心配していたような事態にはならなかった。
というか、俺たちを見ているようではあるが、俺は見られていないような気がする。
どっちかって言うと、ファルナに視線が集まっている。
確かに、ファルナは美人だ。髪型こそ男のように短くしているが、彫りの深い瞳は気品に溢れている。
足が長く腰は細く胸も大きい。女にとっては理想のようなスタイルだろう。
だが、ファルナは男以上に女からの視線をたくさん浴びていた。
みんな行儀良く少し離れたところから見ているだけなのが救いだった。
「ところで、女王様に話したことは本当なのか?」
「……漠然としすぎて何のことかわからねーよ」
「ああ、すまんな。ケルベロスのクリスタルを加工して使わないと言っただろう?」
「ああ、その話か。俺には武器も防具もいらないからな」
「それが理解できない。アキラ殿は魔法も使えないと言っていた。それで、どうやってケルベロスを倒したのだ?」
「まあ、そう思うよな」
「話したくない、ということか?」
「信じてもらえるかどうかわからない。それと、できれば不特定多数の人に話したくない。ファルナが信用できる人だと俺が判断できたら、全て明かしてもいいけどな」
「そうか。ならば、信じてもらえるように心掛けたいな。あのクリスタルの輝きは偽物などではなかった。正直に言えば、貴族どもの噂のせいでアキラ殿のことを疑っていたのだ」
「噂?」
「ああ、ケルベロスを討伐したのは嘘なんじゃないかって」
「そんな嘘をつく必要が俺にあるか?」
「ケルベロスを討伐したとなればお礼は莫大なものになる。実際女王様は爵位まで与える用意をしていただろう?」
「それだけは断るけどな」
「だが、それだけ価値のあることだから、嘘をつくこともあるかも知れない、ということさ」
「疑心暗鬼か。どの世界も一番厄介なのは人間なんだな」
「……フッ……若いのに、しっかりしている。しかし、用心した方が良いかもしれない。爵位まで与えられそうになったアキラ殿のことを面白く思っていない貴族がいるのも確かだ。きっとそういう連中がくだらない噂話を広めたんだろう」
「ありがとう。忠告は確かに受け取っておく」
「……女王様と話していたときはヒヤヒヤさせられたが、こうして話してみると付き合いやすそうで助かった」
「そうか?」
「ここだけの話だがな、キャリーにはもう少しだけ優しくしてやってくれ」
ファルナは少しだけ頭を下げて俺に耳打ちした。
少しショック。俺より背が高いのか。何となくそんな気はしてたけどさ。
「……キャリーって?」
「女王様の名前、もう忘れてしまったのか?」
女王の名前……キャロライン=アイレーリス……。キャリーってあだ名か?
女王をあだ名で呼んだのか?
「ファルナって何者なんだ?」
「近衛隊の隊長さ。そして、キャリーの友達であり、姉のような存在でもある」
声を潜めて言ったってことは、その関係はあまり国民には知られたくないのかも知れないな。
「アキラ殿は知らないみたいだが、あの子は十四歳で王位を引き継いだのさ。だから学校は辞めさせられてしまったし、年の近い友達はいない。関わる者は全て自分に気を遣ってくる。疲れる生活だろ」
ファルナはため息をついたが話に聞くだけでも俺も同じ気分になりそうだった。
「だから、アキラ殿のように女王様扱いしない、年の近いものは貴重なのさ。パーティーでつまらなさそうにしていたら、友達になってやってくれ。こんなことは、国民には頼めん」
「……検討しておく」
少しだけ女王の様子が垣間見えた気がした。
……ケルベロス討伐の件、少し責めすぎたかな。
「アキラさん、宝石屋さんですよ」
先を歩いていたヨミが目を輝かせてそう言った。
この辺りは普通の女と変わらないんだな。
「ヨミの欲しいものは服だろうが」
「……別に一つくらい宝石が増えても、女王様はとやかく言わないと思うぞ」
ファルナが余計なことを言う。
「本当ですか? それじゃあ、私も見てみたいです!」
言うや否や店に入ってしまった。
ここはエヴァンスが買い物するための店だったのに。
当の本人はヨミの様子なんかまったく目に入っていない。
宝石を選ぶ目が真剣すぎて、声をかける雰囲気ではなかった。
ちなみに、ヨミは見るだけ見て宝石は買わなかった。
簡素な布の服に、宝石は似合わなすぎた。
「あ、あの……僕はもうちょっと選びたいから……」
エヴァンスは一時間経っても決められず、俺たちに服屋へ先に行って欲しいと言ったので、宝石屋に置いていくことにした。
ファルナが店主に代金は王宮に請求するようにだけ伝えていた。
服屋は宝石屋から数軒の店を挟んだ先に並んでいた。
女物と男物だけでなく子供服の店もある。
そして、男物の服屋が二軒しかないのに女物の服屋は五軒もある。
どこの世界も服というのは女のためにあるのか。
「……確か、魔法の生地が使われている服が望みだったな」
「はい。丈夫な服がいいです」
「だとすると、あの店だな」
ファルナに案内されたのは一番奥の店だった。
そして、店に入るなりヨミは服も見ずに店主に詰め寄った。
「ここに、魔法で体が倍になったり、逆に小さくなったりしても破けない服ってありますか?」
ヨミが求めた服装の意味は、その中で俺たちだけが共有できた。
魔物の姿になっても破けない服が欲しかったのか。
そりゃ、普通の服は断るよな。
「そうなると、オーダーメイドで作ることになるわね」
店主は三十代くらいの女性。黒い髪を頭の後ろで縛っている。
「そっちの棚の生地は特殊な魔法がかかってるから、あなたの要望にあった服が作れるわよ。ただし、服にかけてある魔法は一ヶ月くらい消えちゃうから、魔道士に頼んでかけ直してもらうか、あなたが魔道士なら自分でかけ直す必要があるわよ」
「はい、それで構いません」
「じゃあ、どの生地を使うか選んで頂戴。デザインは特にないなら生地の質と色合いからこっちで決めちゃうけど……」
「アキラさん。服のデザインを決めてください」
「え? 何で俺が?」
『それは野暮というものではありませんか? 好きな人にとって好みの女でありたいという気持ちは私でも理解できます』
「わかりたくないが」
『では、私がデザインしましょう。彰好みのデザインで』
「え、おい」
AIを止める間もなく店主が用意していた紙にペンを走らせる。
一瞬で描き上げられた服のデザインは――。
一つがセーラー服。
一つがブレザー。
一つがボディコン。
「ちょっと待て。全部却下だ!」
「何これ、随分先進的なデザインね。あなた外国の有名なデザイナーさんなの?」
「違う。そうじゃない。それと描き直すからそれは捨ててくれ」
「捨てちゃうくらいなら欲しいんですけど。あ、デザイナー料が欲しいなら買い取るわよ」
ああもう、いろいろめんどくせえ。
「わかったそれはやる。だが、ヨミの服のデザインは描き直す」
俺は店主だけでなくAIにも伝えるつもりでそう言った。
『描き直すんですか? 私が分析した彰の好みを再現したのですが』
「もうちょっとフォーマルな奴にしろよ」
『仕方ありません』
そう言ってAIが新たに描き起こしたのはスーツだった。
……スカートはミニだけど。
『ヨミさんは戦いますからね。機能性を重視しました。決して、彰がパンチラを喜ぶとかそういう意味ではありませんよ』
「……お前は俺をそういう目で見てきたと言うことだな」
「アキラさん、ありがとうございます。凄く可愛いデザインです」
俺の葛藤を知ってか知らずか、ヨミは喜んでいた。
まあ、だからそれまでボツにする気はないけどさ。
服は明日には出来上がるそうだ。
刺激的なデザインを見せてもらった礼だとかで、徹夜してでも完成させるらしい。
そんなこんなで無駄な時間を過ごしたせいで、日が沈みかけていた。
今からギルドに行くのは無理だろう。明日にするしかないな。




