凱旋と謁見
そのままガイハルトに会おうと思って、ギルドの支部へ向かった。
その途中に、俺が作ったクレーターがあった。
落ちないようになのか、ロープが張られて木の看板が立っていた。
見ると、「冒険者、アキラ=ダイチ殿によってケルベロスが倒された場所」と書かれてある。
見世物にでもする気か。
カメラのある世界なら、きっと撮影ポイントになっただろうな。
俺は無視してギルドへ向かった。
ギルドの建物も屋根の一部が剝がれていたが、概ね無事だった。
街の外れに構えていたのが功を奏したのだろう。
「君たちも、共にケルベロスと戦った仲間として王宮に招くように言われているのだ」
ギルドの扉を開けると、そこには目的の人たちが集まっていた。
ガイハルトとエヴァンスに、ディレックが何やら懸命に話している。
「だから、断ると言っている。俺は何も役に立たなかった。それなのに、王宮に行くなんて良い恥さらしだ」
「君が勇敢にケルベロスに挑んだことは私も我が第三部隊も認めている。だから――」
「おい!」
ディレックを押し退けて、ガイハルトは俺たちの前に来た。
「俺を笑いにでも来たのか?」
「何をイラついているのか知らないが、ヨミを助けてくれた礼だけは言っておきたかっただけさ」
そう言うと、ガイハルトは俺の胸倉を摑んだ。
「お前の女を助けた? 俺が殺されかけたほんの数秒、時間を稼いだだけじゃねえか!」
「その数秒が、俺にとっては貴重だったんだ」
「あの姿になるために、か? お前が、魔物を助けた鎧の戦士だったんだな」
「ああ」
ガイハルトはチラリと俺の後ろで構えたままガイハルトを睨みつけるヨミを見た。
「……まさか、そいつがあの時の……?」
それは、俺にだけ聞こえるほど小声だった。
「まだ、討伐するつもりなら相手になるぞ」
「あの依頼はケルベロスが討伐されたことで取り消されたよ。それに……そいつがいたから助かった連中もいる。今さら俺が言いふらすような話じゃない」
「そうか。ありが――」
「礼はいらねーよ。俺はお前に助けられた。お前じゃなければ、ケルベロスは倒せなかった。俺は、自分の力を過信していた」
ガイハルトはようやく俺を解放して向き合った。
「……今は、お前の方が強い。それは認めてやる。だけどな、必ずお前より強くなってやる!」
一方的にそう告げると、勢いよく扉を開けて出て行った。
「あ、待ってよ。ガイハルト様!」
仲間の女たちが慌てて後を追った。
俺はヨミを見て小さくため息をついた。
ヨミは少し誇らしげに微笑んでいた。
「君は、王宮に来てくれないか?」
「……えと、ぼ、僕はその……人の多いところは、苦手で……」
ガイハルトを追いかけて誘うのは無理だと判断したのか、エヴァンスにディレックが詰め寄っていた。
「エヴァンスさん。王宮に招かれるなんて、凄い名誉ですよ。是非、お話を聞かせてくれませんかぁ」
――あ、これはエヴァンスも王宮に行くことになるな。
「君が、そう言うなら」
「そうか! 一緒に来てくれるか!」
ホッとしたようにディレックがエヴァンスの肩を叩いた。
そして、俺たちに向き直り、手を出してきた。
「君たちには本当に助けられた。早くお礼を言いたいと思っていたよ。ジョサイヤ殿のところへ行ったのだが、行き違いになってしまったようだ。会えて良かったよ」
「いや、こっちもヨミの危ないところを助けてもらったからな。その礼を言いたいと思っていたんだ」
ディレックはガイハルトと違って皮肉ではなく素直に俺の言葉を受け取った。
そして、俺はディレックと固い握手を交わした。
「……部隊の連中は?」
「生きていたものは、クラリッサ先生のお陰で何とか。ただ、戦列に戻れそうな騎士は半分くらいだろう」
「あれだけの戦いだったからな」
「それもあるが、恐怖に心をやられてしまったものもいてな。そっちの方が重傷かもしれん」
目の前で虐殺が行われて、普通でいられる人間の方が少ないだろう。
やっぱり、どう考えても分不相応な相手だった。
「バルドウィン宰相様からお話をいただいた。君たちも女王様に謁見するらしいね」
「ああ、そう言うことになった。ただ、少し罵倒することになるかも知れないな」
「女王様にか?」
「ケルベロスの戦闘能力はあんたの部隊の手に負える相手ではなかっただろう。どうしてそんな無謀な命令を出したのか、俺は納得していないぜ」
「……この結果では、返す言葉もないな。しかし、我々で対処できると思ったからこそ、女王様がご決断なさったのだと思っている。死んでいった仲間たちも、女王様の命令に殉じたのだ。悔いはないはずだ」
「……死んだら、おしまいだろ。そういう感覚は俺にはわからないしわかりたくないな」
「貴族とは、そういうものだ」
俺がデモンと戦ったのは、妹の幸せのためだ。
そのためになら死んでもいいと思ったことはない。
俺も一緒に生きていることが、妹の幸せの条件だったから。
生きるために、戦った。
価値観の違いは、言い争っても仕方がない。
俺はそれ以上その事について話さなかった。
ギルドの支部を出たところでディレックとは別れた。
といっても、一緒に王宮に向かうことになるだろうと言われたから、馬車で再会することになりそうだが。
俺たちは一度ジョサイヤの客間に戻って出かける準備をした。
ジョサイヤが用意してくれた袋に、クリスタルを入れる。
後は、特に持っていくものはなかった。
昼食を食べて、客間で待っているとイライザが準備が整ったと伝えに来てくれたので、そのまま馬車屋へ行く。
そこには五台の馬車と、王国騎士団が集合していた。
俺とヨミ。エヴァンスとディレック。それから、王国騎士団の中から数名がそれぞれの馬車に乗り込む。
王国騎士団は全員が馬車には乗れない。
そもそも彼らは自分の馬でここまで来たから馬車に乗るつもりではなかったんだろう。
さすがに全員分の馬や馬車を用意することはできなかったんだな。
王宮までの馬車の旅路はこれで二度目。
休憩の度に騎士たちは順番に馬車に乗っていた。
途中見かねた俺が、俺とヨミしか乗っていない馬車に騎士たちを乗せたことで、ディレックも同じようにした。
何事も問題は起こらなかったが、結局九日もかかった。
王都の門は開かれていて、衛兵が二人。門の端に立って敬礼している。
街道には王都に入るための列はなかった。
俺たちの馬車だけが進んでいる。
もちろん、入城許可証など求められない。
そのまま門を素通りすると、軽快なラッパの音が響いた。
門から続く大きな街道には馬車が通るスペースを衛兵や騎士たちが等間隔に囲んでいる。
彼らの後ろには溢れんばかりの人がいた。
左右の建物からは紙吹雪が舞ってくる。
そして、人々のうねりのような歓声が俺たちの馬車を包み込んだ。
「……アキラさん、これは一体……?」
「……パレード、だろうな」
「パレード? ってなんですか?」
「この場合は、ケルベロスを討伐したことへのお祝いみたいなもんだろう」
「皆さん、喜んでいますね」
「そりゃ、そうだろうな。ケルベロスがこの町を襲ったら、被害はクリームヒルトの比じゃなかっただろう」
町の人たちが喜ぶのはわかるさ。
デモンを倒したときも似たような祝福は受けた。
でも、衛兵や騎士たち、それからラッパを吹いてる鼓笛隊のような連中が出張っているってことは、王宮も無関係じゃないだろう。
王国騎士団だってたくさんの犠牲を出したってのに、国を挙げてのお祝いに力を入れることに、複雑な気持ちになった。
凱旋パレードは王宮の敷地に入るまで続いていた。
王都と王宮の間に扉はない。
敷居のようにアーチ状の門はあり、そこで兵士も見張ってはいるから誰彼構わず入れるわけではなさそうだが、開放感のある王宮だった。
門をくぐると、大きな広場がある。
真ん中には丸い噴水があって。石畳がそれを囲んでいた。
右側には馬小屋と馬車を駐めるためのスペースがあって、俺たちの馬車はそちらに向かった。
騎士たちは馬車から降りると、そのまま奥の建物へ向かった。
三階建ての建物で、左手奥に見える城に比べると地味な作りに見えた。
俺とヨミとエヴァンスは、その場に取り残されて何となく居心地の悪さを共有しているように目を合わせていたら、ディレックがすぐに戻ってきた。
「待たせたな。私が案内してもいいんだが、近衛隊の者が君たちを案内するらしい」
「近衛隊?」
「ああ、女王様直属の部隊だ。人数は少ないが、その分精鋭で構成されている」
ディレックも決して弱い騎士ではない。
あのケルベロスを相手に生き残れただけでも、人間の騎士としては相当の腕だろう。
「あんたがそう評価するってことは、強いんだろうな」
「剣でだけなら、私も負けるつもりはないが……総合的な戦闘能力では敵わないだろうな」
『彰、誰か近づいてきます。噂の近衛隊の方でしょうか』
ディレックとの話にAIが割り込んできた。
センサーが先に反応したのか、俺は城の方を見ると、鎧を着た細身の戦士が向かってきているのがわかった。
銀色の髪は短いが、胸が大きく腰が細い。
「近衛隊の隊長って……もしかして、女か?」
「ああ」
シルバーの鎧は胸と肩を守るようにがっちりとしているが、背中は覆っていない。
腰の鎧も、どちらかというと動きやすさの方が重視されていて、長い足が強調されていた。
「お待たせいたしました。本日、ケルベロス討伐に成功した冒険者の方々をご案内する任を承りました。私の名はファルナ=フィルギアと申します。好きにお呼びください」
そう言って敬礼してきた。
「あ、私はヨミ=アラクネといいます」
「えーと、ぼ……僕はエヴァンスです……」
「俺はアキラ=ダイチ、だ」
「よろしくお願いします。さっそくですが、皆さんには女王様に謁見していただきます」
「ファルナ殿、私は一度兵舎に戻ろうと思っているのですが……」
「ディレック殿。あなたも一緒に来ていただかなければなりません」
どちらが偉いのかはわからないが、ファルナは有無を言わせぬ口調でディレックに告げた。
「わかりました」
ディレックは素直に頷いた。
「それでは、参りましょう」
ファルナが先頭を歩き、エヴァンスとヨミと俺が後に続く。殿はディレックだった。
ピリピリしたような雰囲気が前からも後ろらかも伝わってくる。
女王に会うってことは、それほど緊張することなのか。
ディレックに聞きたい気分だったが、軽口を叩くことを躊躇うほど真剣な表情をさせていた。
城に近づくとその大きさをより実感させられた。
白を基調とした長方形の建物。ビルの大きさで考えると、十五階くらいはあるだろうか。
左右には城塔がいくつも重なっていて、城の背後にある山を連想させるデザインになっていた。
真ん中に階段があって、それを上ると巨大な両開きの扉が待っていた。
扉を守るように、二人の兵士が槍を構えて立っている。
鎧のデザインが似ていることから、近衛隊だと思った。
ファルナは扉を奥に押して開けた。
そして、左側の扉を背中に、俺たちに手を向ける。
「どうぞ、お入りください」
「失礼します」
律儀に挨拶したのは、ヨミだけだった。
エヴァンスは声も出ないって感じだ。
大きな柱が等間隔に並んでいる。
正面には、背もたれが無駄に長い椅子が二つ置かれてあった。
豪華な装飾が施されているから玉座だろう。
側にドレスを着た女性が立っている。
左側は日の光が取り込まれる作りになっていて、ガラス張り。
右側は壁と二階席のようなものが見えていて、すでに満席だった。
赤い絨毯が入り口から玉座まで続いている。
部屋の四隅には二人ずつ近衛隊の隊員が盾を構えてまっすぐ立っていた。
壁際にはジョサイヤのような服装の人たちが整列している。
格好からして、貴族だろう。
ここからだと暗くてよく見えないが、二階席の連中もそうなんじゃないかと思われる。
女王への謁見ということ自体が、この国においては貴族を集めるほどのイベント、ということか。
間違いなく俺たちは見世物だった。
「……皆様、女王様がお待ちです。前へお進みください」
「は、はい……」
エヴァンスが力なく答えて進み出た。
俺たちもファルナの言葉に従う。
玉座に近づくと、玉座の近くに立っていた女性が前に進み出てきた。
よく見ると、その後ろにはあのクラースが控えている。
ってことは、この女性は女王の孫か何かだろうか。
頭に王冠を載せているってことは、関係者であることは間違いなかった。
年はまだ十代に見える。
三つ編みの金髪を頭の後ろでまとめている。優しげだが凛とした瞳。愛らしさと美しさ、そしてキリッとした引き締まった顔立ち。
スラリとした体型。モデルのようだった。
「……この度の件。真に大義であった。そなたらには言葉には尽くせぬほどの礼がある」
「ハハッ! そのようなお言葉、私にはとてももったいない。全ては、この者たちのお陰です」
ディレックが跪いてそう言った。
「そなたが、ケルベロスを倒した噂の冒険者か?」
「ああ、それは間違いないけど……」
このまま話を進めるつもりか?
俺は女王が会いたいと望んでいたからわざわざここまで来たのに、その孫みたいな女に対応させて、出てこないってのはどういうつもりだ。
文句を言われるのが嫌だからって、隠れてやがるなら、そもそも俺を呼ぶなと言ってやりたい。
そう思っていたら、目の前で女王の孫のような女が王冠を外して頭を下げてきた。
謁見の間が騒つく。
その場にいた俺とヨミ以外の人たちが皆一様に驚いている様子だった。
「申し訳なかった。私の判断が甘かったせいで、クリームヒルトの人々と冒険者たちに多大な犠牲を払わせてしまった。そなたがいなければ、町は全滅していたかも知れないと思うと、謝って許されることではないとわかってはいる。だから、彼らの生活再建には女王が責任を持つと約束しよう」
「……私の判断って、命令を出したのは女王だろ。あんたが謝ることじゃないだろう。それに、そういうのは女王本人が言うべきじゃないのか?」
「……はっ?」
女王の孫のような女は顔を上げて訝しげな表情をさせた。
「いやだから、いい加減女王を呼んで来いよ。どうしてもって言われたから会いに来たのに、本人が出てこないってどういうつもりだよ」
「…………そなた、女王を知らぬのか?」
「悪いな。俺は田舎者でね」
「フフフッ……ハハハハッ……!」
「そんなに面白いことなのか?」
「いいえ、あなたのような人に会ったのは初めてだから、つい」
「女王様、言葉が乱れています」
女が目尻の涙を拭っていると、クラースが近づいて、小さくそう言った。
……って、今何を言った。
女王様と呼ばなかったか?
「コホン、自己紹介がまだでしたね。私の名を知らぬ者がいるはずないと思うのは傲慢でした。初めまして、私はキャロライン=アイレーリス。アイレーリス王国、女王です」
「女王様だったんですか? 私はヨミ=アラクネです。アキラさんと将来を約束した仲です」
凍りついたその場の雰囲気をまったくわかっていないヨミが、勝手な挨拶をしたが、それを咎められる者はいなかった。




