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序章─2

 嫌な出来事ほどすぐにやって来るものである。



 授業の終わりを告げる鐘が鳴り響く。アンリが来るのは、終わりのショートホームルームが終わってからだ。それまでに帰る支度をしておこう。


 起き上がって、近くにかけてあった上着を羽織る。春になったとはいえ、まだまだ外は肌寒い。首元のリボンを結び直し、髪を簡単に整える。弟とそっくりな淡い茶髪と緑の瞳。魔力の影響で2人そろって変色してしまったけれど、私はこの色を気に入っていた。


 立ち上がり、先生にお礼を言う。ジキルという名前の先生は、とても真面目な人で優しい。貧血で保健室をよく訪れる主人公の良き話し相手、というのが乙女ゲームからの情報である。実際、メガネをかけた優男という感じだ。押しに弱そう。


 先生と雑談をしていると、保健室のドアを開く音がした。アンリかと思って振り向いた私は、驚きに固まった。…いや、恐怖?やってしまったという絶望感?なんでもいい。アンリ、姉さん早速詰みました。


 入ってきたのは濃紺の髪に灰白色の瞳の男子生徒。スラリとした身体は適度に鍛えられていて美しい。氷のように固まった表情と雰囲気のせいで、どこか近寄り難く感じてしまう。4カ国のなかで北側に位置するアインスクラッド国の第一王子。私を保健室まで運んでくれたひと。



 …言わずもがな、第1攻略キャラ(かかわりたくないひと)のライナス・アインスクラッド。氷雪の王子様である。



(お願いだから帰ってくれ下さい!!!)



 私の願い虚しく彼はこちらに歩を向けてきた。スラリとのびた長い脚であっという間にこちらとの距離を詰めてくる。固まっている私を一瞥したあと、彼はジキル先生の方に向き直り、軽く会釈をして話し始めた。


「ジキル先生、こんな時間にすみません。彼女の様子が気になったもので」


「こちらこそ彼女を運んできてくれてありがとう。助かったよ」


「いえ、見て見ぬふりなんて出来ませんから」


 私そっちのけで2人の会話が進んでいく。完全に私、空気扱いじゃない?バッドエンドに行きたいからこれでいいのかもしれないけれど、お礼すら言えない女、なんて認識は絶対に嫌だ。父さんに迷惑がかかるかもしれない。早く言わねば!


「あ、あのっ!助けて頂き、ありがとうございました。私、アイリーン・フォーダムと言います。何かお礼出来ればいいのですが、その」


「いえ、気にしないでください。元気ならそれで。…では、私はこれで」


 名乗らずに私の挨拶を軽くかわす氷雪の王子様。軽く会釈し保健室をあとにしたライナスと入れ替わるようにして、愛しのマイブラザー・アンリが保健室にやって来た。アンリは私がベットから起き上がっているのを見て、慌ててこちらに駆け寄ってくる。


「姉さん!休んでてって言ったのに!」


「ごめんごめん。大したことないから大丈夫だと思って、ね?」


「もう、姉さんったら…。はい、これ荷物。足りないものあったら教室まで取りに帰るけど、大丈夫?」


「うん、ぱっと見大丈夫。じゃあ、寮まで帰ろっか」


 2人そろってジキル先生にお礼して、保健室を出る。寮まで、お互いの今日の思い出を語りながら歩いていく。男子寮と女子寮は門が違うので寮の前でアンリと別れて女子寮に入る。建物の入り口で振り返って門を見ると、アンリがこちらに向かって手を振っていた。


(こうやって女子寮まで送って、私が寮に入るのを見た後に男子寮に行くなんて、どこで覚えてきたのよ…)


 より、弟愛(ブラコン)が深まった瞬間であった。



 寮のフロントで自分の部屋の位置を確認し、階段を登る。転入生だからか、生徒が入っている階では最上階に私の部屋はあった。流石金持ち用なだけあって1人部屋である。ベットや机、お風呂、トイレ、小さなバルコニーなどがあり、ホテルのように思える。


 寮に届いていた荷物を解き、クローゼットにおさめたり、備品を脱衣場に置きに行ったりと忙しく動いていると、夜中になっていた。夕飯を食べ損ねたのでお腹は空いているが、そろそろ寝ないと明日に響く。明日の準備をして明かりを消した私は、今日一日の疲れからか、おやすみ3秒で寝てしまったのであった。



◇◆◇



 居心地が悪い。


 その一言に尽きた。着替えて朝食に行くと、まぁ注目の的。ジロジロと値踏みするかのような視線に晒されながら豪華な朝食を一人静かに食べる。遠巻きにされながらの食事は味がよくわからなかった。


 分かっていた事とはいえ、やはりきついものはきつい。珍獣でも見るかのように遠巻きに見られるというのは気持ちのいいものではないのだ。アンリもこのような目にあっているのだろうか?ゲームでは優等生だったし、まわりにいじめられている…なんて描写はなかったとは思うけれど。もし、同じ目にあっているのならば、周りのヤツらを許せそうにない。私は良くても弟はダメだ。許せん。



 そんな、気分が沈むような朝食を終え、鞄を取りに行き、寮の門から出るとアンリが待っていた。アンゲルダ学園の男子制服を着崩すことなく、それでいて堅苦しく見えないような着こなし。朝日に照らされた弟の淡い茶髪が春の風に揺れる。こちらに気づいたアンリが笑顔を浮かべた。


「アンリ、おはよう」


「姉さん、おはよう。あれから体調大丈夫?」


「大丈夫!それよりも、いつから待ってたの?身体冷えてない?大丈夫?」


「大丈夫だって、姉さん。僕、結構頑丈に出来てるんだからさ」


「それでも心配なものは心配なんです!」


「うん、知ってる」


 私たちはお互いの顔をみて苦笑する。お互い、心配し合っていることが分かるからこそ、それがこそばゆく嬉しいのだ。昔ほどお互いが何を考えてるのか分からなくなってしまったからこそ、こんなふうにお互いの気持ちが分かると嬉しく思えてくる。そんな会話を続けながら、校舎へと向かって行った。



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