7.龍神族
近道、と言うだけあり、タスクが知る道を通る時の半分程でロト族の集落に辿り着く。
ここでも、キララの姿に怯えられ、むっつりと黙り込むキララをなだめ、何とかロト族の長との面会にこぎ着ける。
「・・・魔王討伐ですか。・・・もちろん協力させて頂きますよ。人族よりも獣人族の我々の方が危機感は強いでしょうな。・・・住処のほとんどが魔物の生息地に隣接しているのですから」
長はどことなく不安げにしっぽを振る。耳がたれているところからすると、本気で怯えているのかもしれない。
もちろん、魔物にではなく、先程から機嫌の悪いオーラを出しまくっているキララにだ。
「キララ。いつまでそんなに不機嫌でいるつもりですか?」
さすがにタスクも眉根を寄せて尋ねる。
「・・・ここ、気持ち悪いのよ。・・・何かの呪いをかけているでしょう?」
キララは、むすっとしたままロト族の長に視線を向ける。
「・・・ええ。魔物除けの呪いを・・・」
「それよ。・・・精神体にダメージを与える呪いでしょう?・・・私にもその影響が来るのよ・・・。どこか、この呪いが弱いところはないの・・・?」
だるそうな様子でそう言うと、キララはタスクに訴える。
「ここは嫌。・・・ここから出して、タスク・・・」
今にも倒れそうなキララに仰天して、ロト族の長が立ち上がる。
「ば、場所を変えましょう!!・・・この館が一番強い呪いをかけているのです!」
タスクは頷き、キララを抱えると、急いで館から出る。
「・・・翼主にこの呪いが効くとは思ってもいませんでしたので」
恐縮する長に、タスクは首を振る。
「いえ。・・・ほとんどの者が知らないことですから、仕方ありませんよ」
「あちらの宿場は、呪いをかけていません。・・・翼主ほどではないにせよ、呪いに敏感な者もいますから」
長が指したのは、入り口に程近い宿場だった。人族の行商人や他種族の旅行者などが泊まるときに使うという。
「ここなら、大丈夫ですね?」
タスクが抱えているキララに問うと、キララはこくんと頷く。口を開く元気もないのかとタスクが心配すると、キララは、不機嫌な様子で長をねめあげた。
「アレはいくらなんでもやり過ぎよ。・・・いくら、呪術師の系譜とはいえ、住んでる貴方達にだって少なからず影響は出るわよ」
「え、ええ。わかっているのですが・・・。時折、魔物が本当にやって来るようになったのですよ。ですから、身を守るために、仕方なく・・・」
「魔物が!?」
驚いたのはルマ族の戦士、エサカだった。ルマ族の集落よりも奥まったところにあるロト族の方が先に狙われるとは、思ってもみなかったようだ。
「ええ。・・・まだ小さい動物型の魔物ですが・・・人型が来たら、どうなることか・・・。集落には戦いに向いていない子供や老人もいます。攻められると弱いのが、ロト族の難点ですね」
長は心配そうに入り口を見やる。
「結界を張りましょう。・・・呪いをかけるより安全ですから。ただ、準備が必要なので、一晩はかかりますが・・・」
スズはそう言って、タスクの方を向く。決定権はタスクにあるようだった。急ぎたいのは山々だが、ロト族の集落がすでに狙われているとなると、力を貸して貰う以上、不安はすべて取り除いた方が戦いに身が入るだろう。
「では、一晩。ロト族の集落に留まりましょう。・・・これからの行程も考えなければいけませんし・・・ね」
「あ、ありがとうございます」
長が頭を下げ、礼を言う。
「いえ、皆が協力しなければ、魔物も魔王も倒せませんからね」
「はい。・・・では、呪術師達をすぐにデモンズアーチに向かわせます。皆さんがあちらに到着する頃には、一掃しておきますよ」
攻める分には強気の発言ができる、と長は笑う。
ロト族の子供と老人は戦う力がない。その分、青年から壮年までは、魔力が充実し、時には魔物以上の魔力を発揮することさえある。
呪術師達が自分達よりも早く出る事で、到着する頃にはデモンズアーチも通りやすくなるはずだ。そう思えば、一晩留まることも悪くはない。タスクはそう結論づけて、そのまま、その宿に泊まることにする。
「スズさん、無理はしないで下さいね」
「ええ。・・・結界が張れ次第、休みますから」
スズはそう言うと、荷の中から必要なものを取りだし始める。
「あとは、デモンズアーチに行くだけね。・・・さすがに緊張するわ」
「そうですね。・・・ナギ様、サポートはバッチリ任せて下さいね」
「頼むわよ、ココ」
「はいっ」
ナギもココも表情は明るい。
「大丈夫そうね」
ミオンが微笑む。どうやら同じ事を心配していたようだ。
「うん・・・。ミオンは、平気?」
「私は大丈夫よ。・・・そう、大丈夫・・・」
「・・・ミオン?」
ミオンの様子の変化に不安を覚え、タスクはミオンの肩に手をかける。
「・・・後で、話があるの。・・・良い?」
「あ、ああ、うん」
いつにない真剣な表情を浮かべて、ミオンはタスクを見上げる。
「タスクは強くなったね。・・・いつも、自信が無くて、投げやりで・・・。でも、今のタスクは全然違うよ」
「・・・そうかな?・・・うん。そうだね、自分でも変わったと思うよ。レラ族であることに負い目を感じる事も、どうしても自信が持てない事も・・・もう、無いと思う」
笑顔をうかべそう答えるタスクを、ミオンは眩しそうに見つめる。
「・・・魔王討伐隊を任されたおかげだね」
タスクは頷く。けれど、どこか不安げで、触れれば壊れてしまいそうな様子を見せるミオンが心配でたまらなかった。まるで、数日前の自分を見ているようで・・・。
***
夜になり、思い思いの場所で過ごしていた皆が、宿に戻ってくる。
「スズは?」
ナギが、カウンター脇のソファーでキララとくつろいでいたタスクに尋ねる。
「結界を張る準備が整ったようなので、集落の中心部へ向かいましたよ」
「そう。・・・じゃあ、明日のためにも、早く休ませてもらうわね」
ナギは集落の方を見やってから、そう言って微笑む。
「ええ。・・・明日からは強行軍ですよ。一気に北を目指していかなければいけませんし、一晩ごとに宿に泊まるわけにはいきませんから」
「わかってるわよ~。・・・ほら、ココ、あんたもあんまり体力ないんだから、早く休むわよ」
「は、はい。ナギ様」
ナギは苦笑して頷くと、ココを促し、与えられた部屋へと向かう。
タスクはソファーから立ち上がると、宿を出る。もちろん、隣にはキララがいる。
「・・・ミオンは何の話があるんでしょう?」
「随分と深刻そうな顔だったわ。・・・集落の外で話したいなんて、よっぽどのことなんじゃないの?」
キララはそう言って、くるりと向きを変えた。
「・・・キララ?」
「私は、宿で待ってる。・・・本当はついていきたいけど・・・まずは、タスクとミオンで話し合うのね」
彼女の精一杯の思いやりだと感じる。本来、常に共にいなければならない翼主から一時でも離れることは、許されないはずだった。
「・・・ありがとうございます。キララ」
「・・・早く行きなさい。ミオンが待ってるわ」
ふいっと顔を逸らし、キララは宿へと向かっていく。タスクは申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、言われた通り、急いで集落の外へと向かう。
***
集落の外。入り口のほんの手前で、ミオンは待っていた。こんなに思い詰めた表情は、今まで見たことはなかった。
「・・・ミオン」
「・・・タスク・・・ごめんね?」
「なんで、謝るんだ?」
「・・・・・・うん。ごめん」
ミオンはうつむいて、ただ、謝るばかり。
「話。・・・あるんだろう?」
タスクが促すと、ミオンはようやくタスクの目を見る。微笑んでみせると、ミオンもうっすらと笑みを浮かべた。
「ずっと待ってた。・・・あなたが、自分に自信を持つまではって・・・。それまでは黙っていようって」
「・・・うん」
「タスクは龍神って知ってる?」
「・・・!」
目を瞠るタスクに、ミオンは微笑む。
「やっぱり知ってるんだ。・・・人族はほとんど知らないと思うけど、獣人族の人達は良く知ってるはずだよね」
「・・・何で、ミオンは知ってるんだ?ミオンは人族だろ?」
「うん。私は人族だよ。・・・でもね、人族の中でも、龍神に愛された者達のことを龍神族っていうの。私は、その、龍神族」
「・・・ミオンが、龍神族?じゃあ・・・」
「そうだよ。私には、龍神の加護がある。だから、私は、長寿で病むことがなく、怪我をしてもすぐに治る。・・・タスク、ずっと黙ってたのはそれだけじゃないの。魔王を倒した勇者は私の従兄でね?・・・龍神の加護を受けて魔王を倒したの。私もその場に・・・勇者のパーティーにいたわ」
ミオンは一気に言ってしまうと、タスクがどんな反応を見せるのか表情を伺った。
そこには、ただ、驚いているタスクの表情があり、不意に、それは、納得の笑みに変わった。
「そうか、それで、ショーさんと知り合いだったんだ。・・・それに、幸運に恵まれているのも。・・・ようやく納得いったよ」
「・・・怒らないの?」
「どうして?」
きょとんと聞き返されて、ミオンは言葉をつまらせる。
「だ・・・だって、私、こんな大切なこと黙ってて・・・タスクはすぐにレラ族なんだって教えてくれたのに!」
「・・・だって、聞かれたから。・・・聞かれなければ、教えなかったよ」
「・・・私、聞かれても答えなかったと思う」
「そうだね。でも、事情が違うだろ?・・・龍神族なんて、レラ族より希少だよ?だから、魔王を倒した勇者を関係者達が守るんだろ?」
「タスク・・・」
タスクはすべてがわかっているようだった。ミオンがどうしても言い出せなかった理由も、龍神族であることで、どういう事が起るのかも。
「・・・北の国に行ったら、龍神に力を借りよう。・・・レムさんと話してたのは、それなんだ」
「うん。・・・絶対に力を貸してくれるように、私からも一生懸命お願いする」
「・・・ナギさん達には、もう少し黙っておく?」
タスクの言葉は優しい。ミオンは頷いて、タスクの胸に頭を預ける。
「・・・ありがと。タスク」
「ううん・・・龍神族は特別だからね・・・それに、ある程度の情報があるレラ族と違って人族にはまったく知られていないし」
タスクの胸の中でミオンは苦笑する。
「・・・それが、話すのをためらう理由なのよね」
「わかるよ、レラ族も似たようなものだし」
「・・・タスクって、成人してるのよね?」
「ん?・・・うん、まぁ」
「・・・じゃあ、すっごく年上?レラ族って成人するまではちっちゃい子どものような姿なんでしょう?タスクぐらいまで成長するには相当年月が経ってるよね?」
「え!?・・・あ、いや・・・えーと・・・」
タスクが慌てているのがわかる。胸に触れている頬に心臓の鼓動が早まるのが伝わってくる。
「ふふ、答えなくていいよ。・・・私、タスクがいくつだって驚かないわ。」
そう。ありのままのタスクをミオンは好きになったのだから。
「ありがとう、ミオンにそう言ってもらえると、ホッとするよ」
「ん。・・・こうしてるのは、久しぶり。いつも周りの目があったし、最近では、キララがあなたの隣を占領しちゃってたもの。・・・そういえば、キララはついてこなかったのね」
「気を利かせてくれたんだよ。・・・2人で話し合いなさいって」
タスクはふっと息を吐く。
「キララはきっと知っていたんだね。・・・ミオンが、龍神族だって」
「うん。・・・知っていたのに、黙っててくれたんだね」
2人はどちらともなく離れて、照れくさそうに微笑みあう。その時、集落の周辺を光の膜が覆う。
「・・・スズさんだね」
「すごいわね。こんな結界が張れるなんて・・・」
「戻ろう。・・・明日は早いし」
「・・・うん」
篝火の灯りで照らされた広場をゆっくりと歩く。付かず離れず、言葉を交わすわけでもなく。
ただ、ゆっくりと2人きりの時間を楽しむように。