6.ルマ族の集落
「おはようございます。夕べは眠れましたか?」
タスク達がルマ族の女性に案内されサロンに顔を出すと、レムがにこやかに迎えてくれる。
「ええ。おかげさまで」
答えたのはナギ。ベッドの寝心地の良さにすっかり寝入ってしまって、無理矢理ココに起こされたのだ。
しかし、そこは冒険者をやっているだけあり、切り替えは早いらしい。起きたばかりの不機嫌さはどこへ行ったのか、レムと談笑を始める。
「大変だったね、ココさん」
そう言って、タスクは苦笑する。ナギの抵抗(?)のせいで、ココは腕をひっかかれ、さっそくスズの世話になっていた。
「もう、慣れっこです。・・・でも、さすが神官の免許を持ってるだけありますねぇ」
赤く腫れていた傷の部分がもうわからなくなっている。ココはスズを見上げて、目をキラキラさせる。
「・・・いえ」
「ルマ族の神殿で神官の免許を取ったんですよね?」
「はい」
「すごいですねぇ。・・・人族の神殿は寄付だけでも神官の免許が取れるそうですよ。ルマ族はそんなことないんでしょう?」
「そうですね。・・・そういうことはしないですね」
ココはスズ相手に楽しそうに話す。が、スズは面食らったように短く答えを返す程度で、あまり会話にはなっていない。
「スズさんも慣れてくればもっと会話になるんだろうけどね」
ミオンはそんな2人の様子を眺めてクスクスと笑う。
「そうだね。・・・でも、わかるなぁ。スズさんの気持ち」
「タスクも最初はそうだった?」
「ん、人見知りする方じゃなかったけど、人族とふれあった事なんてなかったから、緊張したんだよ」
「そうなんだ・・・。じゃあ、私と会ったときも?」
「・・・うん。実は」
タスクは恥ずかしそうにうつむき、肯定する。
「そっか~・・・。キララは?」
ミオンは、タスクに寄り添うように立っていたキララに話を振る。
「私達に会ったとき、緊張してた?」
「・・・うん。・・・ドキドキしてた。・・・違う意味で」
キララは答える。その違う意味に思い当たって、ミオンは沈黙する。
「でも、大丈夫だったから。・・・だから、少し、気がゆるんじゃって・・・」
「・・・良かったですね。キララ」
「うん。・・・人族を憎まずにいられて良かった。・・・以前の記憶があるから、すごく違和感はあるけど。・・・あ、そうだ。ねぇ、タスク。言っておきたいんだけど、これから、魔王居城に行くわけだけど、ここからまっすぐに魔物の生息エリアを突っ切っても、中には入れないわよ?」
「・・・え?どういう事ですか?」
タスクはきょとんとして聞き返す。
「そうね、ええと・・・。つまり、魔王居城の周りには結界が張ってあって、どんな方法を使っても、入ることは出来ないのよ。ただ、一カ所を除いて」
「それって・・・」
ミオンが反応を示す。キララがそれに頷くと、ミオンは確認するように呟く。
「・・・デモンズアーチ」
「そう。北の国と魔物の生息エリアの間に流れる大河に架かっている大きな橋。あそこからしか、結界の中には入れないようになってるのよ。つまり、正面突破しなきゃならないわけ」
キララの言葉に、談笑していたナギもココもギョッとしたようにこちらを向く。
「正面突破!?」
「魔王相手にですか!?」
さすがの2人も、正面突破には驚いたらしく、声が裏返っている。
「あら、これから魔王に挑もうって人達が、正面突破ごときで驚いてはダメよ。・・・とは言っても、確かに不利よね。魔王の元に到着する前に体力を使い切ってしまいそうだもの」
キララはそう言って、タスクを見上げる。
「戦力になるレラ族を呼んで、敵の数を減らすという手もあるけど。里を空っぽにするのも怖いわね」
「そうですね。・・・しかも、北の国までとなるとレラ族の翼は役に立たないし・・・。元々、守ることには慣れてますが、攻めることには慣れていませんから」
「問題は、それなのよね・・・。レラ族は臆病だったからこそ生き残れていたんだものね」
「・・・東西南北の国々に出兵の要請をするのはどうです?」
レムが口を挟むと、ミオンが首を振る。
「東の国は魔物達に抑えられてしまっているし、西の国はまだ国主が幼いから国の警備を割いてまでは無理だと思います。南の国は騎士団が30名に、近衛隊が20名しかいませんし、北の国は・・・」
「あそこはダメよ。あの国はもう、機能してないから。集落がぽつぽつとあるだけだし、デモンズアーチの影響がもろに直撃してるんだもの」
ナギが付け加え、ミオンとココが頷く。
「・・・そうですか・・・。僕らが思っているほど、人間は安全に暮らしているわけではないんですね。・・・なら、ルマ族とロト族を動かしてはいかがですか?」
「大丈夫なの?」
キララが心配そうに尋ねると、レムは自信ありげに頷いた。
「ええ。まずは、スズもいることですし、ルマ族の集落に行くことをオススメしますよ。必ず力になってくれます。・・・若長ならわかると思いますが、僕ら獣人族の一番の脅威は魔王ですから。・・・僕もあちこちのギルドに掛け合ってみますね」
「・・・頼みます」
レムの言葉に、タスクは深々と頭を下げた。
***
朝食が済むと、早速タスク達はルマ族の集落へと向かうことになる。
「集落の場所はスズが良く知っていますから。・・・ロト族の集落への道はあちらで聞いて頂いた方がわかりやすいかと思います」
「ああ、それなら大丈夫です。どちらの集落も知ってますから」
タスクがにこやかに答える。
「そうでしたね。・・・若長と翼主がいらっしゃれば何の問題もないですね」
レムはそう答え、タスクに封筒を差し出す。
「要請書です。ルマ族の長にお渡し下さい」
「ありがとうございます」
「ギルドマスター、それでは、行ってきます」
スズは荷を背負い、先頭に立つ。
「お世話になりましたぁ~」
「また、よろしくね」
「それでは、失礼します」
ミオン達は口々に挨拶を言って、スズの後を付いていく。
「・・・ギルドへの掛け合い、よろしくお願いします」
「はい。・・・ところで、若長。人族の皆さんの手前言わなかったんですが、北の国の龍神は力を貸してくれないでしょうか・・・?」
「・・・運が良ければ、もしかしたら。・・・ただ、レラ族のように内に隠りがちな方々ですから何とも言えませんね」
「そうですか。・・・では、人族のギルドの方は任せて下さい。お気をつけて」
レムの言葉に頷き、タスクはキララの手を引き、仲間たちに合流する。
「何、話してたの?」
ミオンが振り返る。
「他の部族に力が借りられたら、という話だよ」
「そっか、でも、他の獣人族は戦う力がないんだよね?」
「・・・うん」
「それとも、他に心当たりでも?」
「・・・・・・うん」
答えにくそうにするタスクに微笑みかけるとミオンは前に向き直る。
「・・・その時になったら、教えてね」
「うん。必ず」
今度こそしっかりとした返事が返ってきて、ミオンは微笑む。
「必ず、だよ?」
***
森の中、草をかき分けて進む先にルマ族の集落があった。
おおざっぱに木で組み立てた家(?)が立ち並び、一番高いところに周りの家よりは丁寧な造りの建物がある。
「うちとさほど変わらないわね」
キララの感想に、タスクが苦笑する。さすがに、レラ族の家はもっと酷い。とは言えなかったのだ。
「おや、スズじゃないか」
年長のルマ族の男性がスズに気付き、こちらへと寄ってくる。
「こちらさん達は?」
「魔王討伐隊の皆さんです。・・・私もお供することになって。・・・長と神官長様は?」
「ああ、神殿におられる。そうか、魔王討伐・・・。そちらの服装からすると、南の国の魔導騎士さんかな?・・・それと・・・白い・・・翼!?よ、よよよ、よよよよ・・・!!」
泡を吹きそうな勢いで、“よ”を連呼すると、脱兎のようにルマ族の男性は神殿に向かって走り出す。
「長と神官長様を呼んでくるから、そこで待ってなさい!」
「・・・あ~あ。私、隠れていれば良かったわね」
「いずれバレるんですから、今、バレて良かったのでは?」
キララがむくれると、タスクはなだめるようにそう言う。
「もう、ロトの集落でも、こんなのじゃないでしょうね・・・」
「たぶん、そうでしょうね・・・」
「・・・面倒ね。もう」
諦めたのか、キララは溜息をつく。
「すみません。・・・まさか、こんなに過剰な反応があるなんて、思わなかったものですから」
「良いんですよ。こうなることは予想してましたから。・・・ルマ族は勇敢な戦士の一族ですが、翼主には逆らえないんですよ。獣人族はみなそうなんです」
恐縮するスズに、タスクは微笑みかける。
「翼主って、本来はどういった役目なんですか?・・・聞いてる限りじゃ、レラ族の王であり、獣人族を操ることができる支配者って感じなんですが」
ココが尋ねる。今まで聞いてきたことを簡潔にまとめるとそうなるのだが・・・。
「大体あってますけど・・・本来、翼主は、スズさんみたいなアルビノのように、レラ族の突然変異として生まれたんです。その白い翼は、レラ族の希望となり、道標となった。そして、一族の翼主(翼あるものの主)として持ち上げたんです」
「その先に悲劇が待ってるなんて知らずにね」
タスクの話を引き継ぐようにキララが話し出す。
「初代の翼主は智翼主だった。多くの突然変異に見られる精神の不安定もなく、多くの知識を持っていたからそう呼ばれたのね。・・・でも、知識があったからこそ、余計なことまで気付いてしまった。様々な悪意、ねたみ、憎しみ。そんな些細な感情でさえ、翼主は感じ取ってしまい、終いには耐えられなくなって、自身に悪意を向けるものをすべて排除してしまった・・・」
キララがうつむく。言葉が途切れてしまうと、タスクがそれを引き継ぐ。
「迫害をされ続け、その、精神は病んでしまった。その事に気付いたレラ族の長は、契約者、守護者、除外者といった役目を作って、翼主を守ることにしたんです。・・・導師の一族にも相談をして、ある種の戒めの呪文をかけてもらったんです。それが、今現在、獣人族が翼主に逆らえない、異常に怯えるといった副作用をうんでしまったんですが」
「じゃあ、今の翼主って・・・」
「ええ。導師の一族にかけられた戒めの呪文に従っているだけよ。ただし、こうしなければ、自分自身の力に酔ってしまったり、記憶を受け止めきれずに精神を壊してしまいかねない。だから、契約者や守護者が必死になって翼主を守り、除外者が翼主に対して目障りな者を排除するのよ」
「・・・」
ココが黙り込んでしまうと、キララはクス、と笑う。
「ココが気に病む事じゃないわ。・・・導師の一族のおかげでこうして生き残れているんだもの。本当に感謝しているわ。・・・本当は、人族に話すことではないんだけど、これから、獣人族と深く関わっていくのだから、知っていてほしいの。・・・こちらの事情ばかりを押しつけてごめんなさい」
「・・・いえ。教えて下さってありがとうございます」
ココは微笑み、キララを抱きしめる。キララは一瞬身体を固くするが、すぐに力を抜いて、ココにおとなしく抱きしめられる。
「・・・!?・・・この翼・・・」
翼に触れたココが驚いて身を離す。
「・・・実用的ではなのよ。普通のレラ族の翼は本当に飛べるけれど。・・・翼主の翼は実体がないの」
「・・・コレも、導師の一族の・・・?」
「いいえ?生まれつきよ。・・・翼もなく生まれてくるトコは普通のレラ族と一緒なの。でも、すぐに、白い翼が背に現われるのよ。肩胛骨の辺りにある獣人の痣も普通のレラ族とはちがうの」
「・・・獣人の痣?」
スズが尋ねる。
「ルマ族と暮らしたなら、知っているでしょう?レラ族とちがって、見えやすい位置にあるんだから」
キララが不思議そうに首を傾げる。
「・・・ああ、両手に浮かんでいる紋様の事ですね。あれ、獣人の痣って言うんですか。」
「そうよ。ルマ族は両手。ロト族は左足に痣があるわ。(ジーガルド)のギルドマスターやその弟の左足にあったでしょう?・・・ルマ族やロト族はあの痣を誇りにしているから、隠そうとしないの」
「・・・その通りです」
背後から肯定の声が上がり、キララは驚いて振り向く。
「私が気付かないなんて」
驚くのも無理はなかった。4人のルマ族の壮年が背後にずらりと並んでいたからだ。
「翼主。誕生、おめでとうございます。・・・レラ族の若長も・・・ご無沙汰しております」
「こちらこそ、随分とご無沙汰してしまって・・・。神官長・・・になられたんですね、レシェルさん」
深々と頭を下げる神官長に、タスクは戸惑いながら応じた。自身がまだ、レラ族の若長として他種族と交渉をしていた頃、彼、レシェルもまた、若長として活躍していたはずだった。
「ええ。・・・長には向いていなかったのですよ。神官として皆の力になりたいと思って、この道に進んだのです」
「そうでしたか。・・・長もお久しぶりです」
「ああ。・・・どうやら翼主の契約者となったようだな?」
ガッチリとした体躯に、鋭い眼光を放つ目。歴戦の戦士の顔に柔和な微笑みをうかべる。
「ええ。そうです。・・・それに、彼女は智翼主。滅多なことで、あなた方に迷惑はかけません」
「それはありがたい。以前の翼主は、それは酷く人族を憎まれていたようだからな。・・・我らまで感情が引きずられそうになって、苦しい思いをした」
「・・・ごめんなさいね。・・・とても臆病だったのよ」
キララが頭を下げる。
「謝罪など良いのですよ、翼主。・・・我らは、まだ、マシです。・・・レラ族はそれは苦しんでおりましたよ。・・・力を失った者も多いと聞きます。そんな彼らに報いてさしあげて下さい」
長はキララに告げる。
「ええ。もちろんよ」
神妙に頷き、キララはタスクを振り返る。
「早速なのですが・・・長に、協力して頂きたくて、スズさんに案内して頂きました。・・・これは要請書です。・・・神官ギルド(ジーガルド)のギルドマスター、レムさんから預かってきました」
「要請書・・・?」
尋ねながら、長はタスクから封筒を受け取り、中を確認する。
「・・・長、魔王討伐に、ご協力下さい」
スズが前へ進み出る。
「・・・スズ。・・・そうか、お前も決意したのだ。我らとて、決意せねばな。・・・いくらでも力は貸そう。若長、入り用なだけ、戦士を連れて行くと良い。なんなら、我ら壮年組も赴かせてもらうぞ」
「ありがとうございます。・・・では、2名ほど同行して頂けますか?その他、戦力になる方達は、北の国のデモンズアーチに」
「了解した。・・・エサカとルザナを呼んできなさい」
「はい」
長は、控えていたルマ族の青年に言いつけると、ニッと笑ってみせる。
「久々に血が騒ぐな。・・・デモンズアーチの魔物など蹴散らしてくれる」
「頼もしい味方ね。ロト族もこうやって協力してくれるかしら?」
ナギが呟く。
「そうですね。・・・でも、ロト族は戦士の一族じゃないですよね?」
ココも同意して、タスクの方を向く。
「ええ。・・・でも、彼らは、人族で言うところの呪文使いの一族ですから」
「そうなの?・・・じゃあ、かなり戦いは楽になりそうね。あたし達は魔王の所まで突っ走らせてもらいましょうよ」
「うん。それが良いね。居城が混乱しているときなら、入りこみやすそうだし」
ナギの言葉にミオンが頷く。魔王さえ倒せば魔物達の力は激減して、戦いも楽になる。それから、裏で糸を引く者を探せばいい。
「ルマ族の力とロト族の呪文があれば、余裕でお前達を魔王居城まで送ってやれるだろう。・・・このレムの要請書を持って、ロト族の集落に行くと良い。我らは準備が整い次第、北の国へ向かう」
「我々、ルマの神官もお手伝いはさせて頂きますよ。戦士達ほどは戦えませんが、“癒し”や“解呪”が使えますから」
「ありがとうございます。長。レシェルさん」
タスクが頭を下げると、2人は微笑んで頷いた。
「長」
「参りました」
ちょうどその時、ルマ族の戦士、エサカとルザナがやって来る。エサカは、右目の端からあごの辺りまで大きな傷がある男性。ルザナはルマ族の特徴である灰茶色の髪を左脇で結わえている女性。
2人の紹介を受けて、タスク達も自己紹介をし、それが終わると、早速、ロト族の集落へ向かうことにする。時間は少しでも惜しみたい。それが本音だった。
長引けば長引くほど、レラ族を初めとした獣人族の集落や、人族達の国に魔物達が入りこんできてしまう可能性が高くなるからだ。
「急ぐんなら、近道を案内するが?」
エサカが笑みを向ける。
「ぜひ」
タスクは頷き、笑みを浮かべる。話が早いのは好ましい。ルマ族の長は良い戦士を付けてくれたと満足する。
***
道無き道。まさにけもの道とも言うべき道を通り、大樹の根をくぐり抜け、タスク達は進んでいく。
音を上げる者はいないが、キララだけは、顔の辺りまで茂っている草に辟易し、タスクの背におぶさっている。
「ごめんなさい。重い?」
「いえ?・・・元々、翼主は軽いでしょう?精神体の部分が多いですし」
「・・・そっか、タスクは知ってるのね?」
「ああ・・・そうか。他のレラ族は知りませんでしたね。・・・翼主に関する文献を読む者は滅多にいないとダアタも言ってましたし」
タスクがその文献を手にしたのは本当に偶然だった。ダアタの館を片付けていたときに、不意に頭上に落ちてきたのだ。
随分と古めかしい装丁で、興味をそそられ、ページをめくった。そこには、翼主の特殊性がつらつらと書かれている導師の一族の手記のようだった。
「あの文献は、まるで観察日記ですよ」
「そうね。ずっと観察されてたのよ。・・・研究対象というやつね。でも、その代りに翼主が得たものも多いから、お互いに了解済みでこの文献を後世の者達に残したの。・・・あまり意味はなかったようだけど」
キララはタスクの肩にかけていた手を、首の方へ回す。
「魔王はね、私と同じようなモノなの。・・・突然変異種の中でも、最も凶悪な例ね。・・・だから、魔王を倒す方法は限られているわ」
「でも、絶対に勝たなくてはいけません。このままではこの世界は闇に呑まれてしまう」
「・・・そうね」
皆が黙々と歩いている中、2人の会話だけが続く。皆に聞かせるように、キララは言葉に出す。
「魔王を、倒しましょう・・・必ず」
その言葉に皆が頷く。覚悟は元より出来ている。