4.レラ族の隠里と翼主
ノースレスト砦は駐留する騎士団がいないせいか、閑散としている。
しかし、角の方では行商人達が身体を休めていた。
「あの人達、レラ族にやられたのね。あちこち傷だらけ」
行商人達を眺め、ナギが声を潜めて呟く。
「・・・そうでしょうね。この砦はレラ族にしてみれば、あちらの勢力圏の境界線のように思っているでしょうから、一歩でも北門の外に出たら攻撃してくるはずです」
タスクが答えると、ナギはギョッとしてタスクを振り返る。
「それって、間違いなく、あたし達も同じような目に遭うってこと?」
「そうなるでしょうね。・・・ここから北西ってことは、どうしてもレラ族の勢力圏を通らないと行けませんし」
「地図にもそう書いてあるしね」
タスクの答えに、ミオンが付け加える。
「な・・・」
絶句するナギとココに、タスクは首を傾げる。
「これぐらいで驚いてたらダメですよ。魔王居城付近はレラ族なんかよりよっぽど恐ろしい連中がいるっていう話ですし」
平然と言ってのけると、タスクは行商人達の方へとスタスタと歩いていく。
「・・・タスクって、剛胆なのかしら。それとも・・・」
「・・・諦めることに慣れているって言いたい?」
ナギはそのミオンの声に殺気を感じてゾクリ、と肌を粟立てる。
「・・・っ」
振り返ると、顔には微笑みを浮かべてはいるものの、目は笑っていない。むしろ、射るような鋭さでナギを見つめている。
「それは、禁句。・・・私にも、タスクにもね。・・・良い?」
確認するような言葉。ナギもココも背筋を凍らせながら頷く。
「わかってくれたんなら良いよ。・・・良かった、これから旅していくのに、信頼関係が築けなかったら困るもんね」
にこっと笑う。あまりの変わり身の早さに、ナギとココが目を白黒させていると、タスクが行商人達から話を聞いて戻ってくる。
「・・・どうしたんです?」
様子がおかしいと気付いたのか、ナギとココに尋ねるが、2人は何でもないと首を振る。
「・・・?・・・ああ、それでですね、行商人の人達に聞いてみたんですが、やっぱり、レラ族が襲ってきたみたいですね。・・・でも、なんだか様子が違うって言うんですよ」
「・・・どういうコト?」
ナギが怪訝そうに尋ねる。
「それが、あの行商人の人達はレラ族と契約していて勢力圏内の通行許可を得ていたらしいんですが、それを見せても、問答無用といった感じで攻撃されて、慌てて逃げ帰ってきたそうなんです」
「レラ族だって、全部自給自足じゃないはずですしね・・・。行商人達と契約をしているのはあり得る話です。・・・だとしたら、様子が違っているっていうのは気になりますね」
そう言って、ココは考え込む。
「・・・追い返そうとしているようだった。・・・すごく、必至に」
先程、タスクが聞き込みをした行商人の1人が側に寄ってくる。
「追い返す?」
ミオンがオウム返しに問いかけると、行商人は頷く。
「ああ、レラ族というのは、許した者以外の勢力圏への侵入は敵対行動として捉え、抹殺するという考え方をする。だが、俺達に対して問答無用で襲っては来たが、殺気は無かったように思う。それに、普通、俺達みたいに戦いに特化していない者達はレラ族から逃げ切れるわけがない」
自分達の力を理解しているからこそ出てくる言葉だ。
「つまり、契約済みの行商人達だってわかっていながら襲ってきたのね。それも、追い返すために。・・・何か、事情があるようね。普通ではない、何か」
「私達は契約しているわけではないから、どのみち、レラ族と戦うことになるんでしょうけど。・・・気になりますね」
ナギもココもレラ族というものをよく知らないため、想像の域を出ないレラ族の事情が気になるらしい。
タスクは、はぁ、と深い溜息をつく。
「どうしたんです?タスクさん」
ココが振り返る。ナギもつられて振り返り、タスクを見つめる。
「・・・ああ、いえ。そうですね、言っておいた方が良いですよね・・・俺、実は・・・レラ族なんです」
「・・・はい?」
ナギがまず反応をして、目を点にして首を傾げる。
「・・・レラ族、なんです」
繰り返し言うと、ナギとココは絶句した後、気まずそうにミオンを見る。
「レラ族の評判が悪いのはしょうがないもの。・・・2人はタスクがレラ族だって知らなかったわけだし・・・。気にする必要はないんじゃない?」
「・・・でも、私、レラ族のこと、魔物よりやっかいですなんて言ってしまいました」
ココが心底反省した様子で、タスクの方を向く。
「ごめんなさい。・・・評判だけで、あんな事を言ってしまって」
「ああ、別に構わないですよ。レラ族はそう言われているから安全に暮らせるんです。魔物からも人からも恐れられてね。・・・それに、人を襲うのも本当ですよ。臆病だから、勢力圏を侵されるコトを極端に嫌がるんです」
「・・・でも、あんた、レラ族の最たる特徴が無いじゃないか」
行商人が口を挟む。
「ええ。そうでしょうね。・・・俺はレラ族の特徴たるものを封じていますからね。人族に紛れる為には必要だったんです」
タスクはにこりと笑う。
「でもあの特徴を持っているのは成人した者だけですよ?隠里に住んでいるレラ族のなかで、外部の者達と接触して良いのは成人した者だけなので、あなた方が目にするレラ族みんながあの特徴を持ってるんですよ」
「あの特徴って?」
ミオンが尋ねる。さすがに聞いていなかったようだ。
「うん・・・。レラ族が他の獣人族と決定的に違うのは、その特徴が成人すると現われるってコトなんだ」
「え!?・・・我々が会ったレラ族はみんな大人なのか?・・・見た目は子どものような者もいたが・・・」
「ああ、レラ族って、水人族より長生きですから。ゆっくりと身体の時間が流れるんですよ・・・。そして、その特徴っていうのが、翼が生えること。それも、真っ黒い翼。・・・だから、死の使いと恐れられて疎まれ、蔑まれる」
微苦笑したタスクは、自分の右肩の辺りに触れる。
「この肩胛骨の部分。レラ族なら必ずある痣があります。ここから黒い翼が生えるんですよ。隠里に集まって暮らすようになる前までは、肩の痣を決して他人には見せないようにしていたそうです」
「・・・なんで、レラ族なのに、この国の魔導騎士になろうって思ったの?」
ナギの質問は最もだった。レラ族は長い間人族と反目し合い、隠里にこもっていたのだ。
「俺は・・・レラ族を変えたかったんです。人と近しい種族で人と反目し合っているのはレラ族だけです。どんなに根深い恨みだろうと、晴らせるものなら晴らしたい」
真剣な願いだった。国王や、元老院、魔導騎士団の団長くらいまでは、タスクの出生の秘密は知っているだろう。
魔導騎士学校に入学する際も、色々な契約書を書かされたので間違いない。それでも、あの国の人々はレラ族である自分を受け入れてくれた。
恐らく、魔王討伐隊に選ばれたのは、レラ族であるからという理由もあっただろう。レラ族は、長命であり、異常なまでの再生力を持っている。
頼りにされたのだと思いたい。捨て駒なんかじゃなく、本当に、魔王を倒すために、レラの力を求められたのだと。
「レラ族の恨みは、人族全部に向けられているワケじゃない。・・・だから、おかしいんです。契約済みの行商人を襲うなんて」
話を戻すと、タスクは再び溜息をつく。
「どういう時に、レラ族は人族を襲ってまで追い払おうとするんです?」
ココはふと思いついたように尋ねる。
「・・・翼主が、目覚めた時」
タスクは、自身の言葉にゾクリと肌をあわだてる。魂にまで刻まれた恐怖。
レラ族にとって、翼主は良くも悪くも自分達を導く存在であり、決して逆らえない存在だ。
「翼主って、人なんですか?」
「・・・同族ですけど・・・。翼主の翼は白いんです。それも、生まれたときから翼が生えている・・・」
「人で言うと王様みたいなモノ?」
ミオンが首を傾げると、タスクは頷く。
「そうだね。でも、王様より、もっと逆らえない感じ・・・。完全に支配されてしまうから」
「じゃあ、もし、翼主が目覚めたとして、一体どうなっちゃうわけ?」
ナギが困ったように尋ねる。この先、どうしてもレラ族の勢力圏を歩かなければならない上に、レラ族であるタスクが支配されてしまったら、旅など続けられる状況ではなくなってしまうだろう。
「表面は変わらないと思いますけど、一度、翼主の命が下れば、どんなに遠くにいても俺達はその命に従わなければいけなくなる」
「・・・翼主ってのは、とんでもない存在なんだな」
行商人が唸ると、タスクは深々と溜息をついた。
「しばらくは、出入りを諦めた方が良いですね。翼主は生まれたばかりの頃は真っ白で、何もかもを受け入れてしまう。でも、少し成長すると、以前の翼主達の記憶を目覚めさせて、人を憎むようになる。・・・もし、行商人が出入りしていることを知って、勘気を被ったりしたら・・・」
「したら?」
「・・・人族を皆殺しにしろ位は言いかねない」
言いづらそうにして、タスクは促したミオンを見る。
「そう。・・・なら、タスクが様子を見てくるしかないよね」
ミオンはそれほど驚いた様子も見せず、淡々とそう言った。
「・・・ああ、そうだね。それが、一番良いかも」
タスクは面食らった様子で、頷く。だが、確かに、それしか方法がないのは、わかりきっていた。
「よかったねぇ。タスクがレラ族で。・・・できれば、神官ギルドまで行かせて貰えるように交渉してきてね」
にこにこと微笑みながら、平然とタスクに頼み事をする。終いには、悲壮な顔つきをしていたタスクも苦笑いを浮かべて頷く。
「うん。わかった。・・・レラ族であることが役に立つなんて思わなかったけど、運命って本当にわからないものだね」
必要最小限の荷物を持つと、タスクは北門の方へ向かう。
「いってらっしゃい!・・・気をつけてね」
ミオンが叫ぶと、タスクは振り向かず手を振り、北門の外へと姿を消した。
「・・・良かったの?・・・もし・・・」
「私は、タスクを信じてる。・・・きっと、無事に帰ってくる」
ナギの言葉に、ミオンは穏やかに答えた。
しかし、その声音は頑ななまでに、信じている者のそれだった。まるで、信じ切れない部分を否定するかのように。
「ミオンさん・・・」
ココが肩に触れ、振り返るミオンに頷いてみせる。
「信じましょう。タスクさんの無事を」
「・・・うん」
***
北門の外へ出ると、タスクは声を張り上げた。
「除害者【エクスペクター】居るんだろう?」
しんとした森の中で、がさり、と音がする。
「除害者【エクスペクター】リーン。俺だ。・・・守護者【プロテクター】タスクだ」
「タスク?・・・生きていたか」
「レラ族じゃあるまいし、いきなり殺されたりはしないよ」
恐る恐る出てきたレラ族の青年を見て、タスクは安堵したように笑った。
「だが、お前がレラ族であることは知られてしまったのだろう?」
「・・・一部の人達だけだよ。その人達は、俺を奇異な目で見ないから」
「そうか。・・・ならばなぜ帰ってきた?」
「帰ってきたんじゃない。・・・ノースレスト砦で行商人達が困っていたからな」
「・・・理由は、お館様に聞いてくれるか?」
レラ族の青年、リーンはわずかに視線を逸らしてそう告げる。この場では話せない内容なのだと悟ると、タスクは小さく頷く。
「・・・ああ、わかった」
「では、隠里に行くぞ」
リーンと並んで歩きながら、タスクは森を見渡した。
「こうして、リーンと森の中を歩くのも久しぶりだな」
「そうだな。・・・除害者と守護者は対だから、いつも一緒だったな。お前は、お館様にも気に入られていて、次代とまで目されていたのに」
「俺が出ていく時、リーンに言われたな。族長を継いでから変えれば良いのにって」
タスクが苦笑すると、リーンもつられて笑う。
「ああ、言ったな。・・・でも、待ちきれないってお前は言って、出て行った」
「人と理解し合うには、人の中に紛れるべきだって思ったんだよ。今は、南の国の魔導騎士になった」
「魔導騎士、ノースレスト砦にたまに駐留しているな。・・・そういえば最近、魔物達が随分と騒がしいが、なにかあったのか?」
リーンは首を傾げる。どうやら、隠里にまでは魔王復活の報は流れていないらしい。
「お館様・・・ダアタの所に着いたら説明するよ」
「わかった」
森の奥の奥に進み、ようやく隠里に到着すると、黒い翼の生えたレラ族達に囲まれる。
「リーン、どういうコトだ?人族と交わってはいけないと言ったろう?それに、どう見ても戦士だぞ、行商人ですらない」
最初に顔をしかめて声をかけてきたのは、除害者のリーダーであるマラクだ。しかし、レラ族は同族には酷く甘い。だから、叱責も叱責と感じない。
「何言ってるんだ。どこからどう見たって、守護者のタスクだろう?」
「タスク?・・・あのタスクか?」
「マラク、久しぶり。・・・そんなに人族に見える?」
「久しぶりだなぁ、タスク。・・・見違えたぞ。人族にうまく馴染んだようだな」
「もともと、順応性は高いしな。・・・で、ダアタは?」
キョロキョロと辺りを見回す。館にこもりきる様な質ではないと知っているだけに、訝しむ。
「館に行ってみろ・・・。お前なら、入れて貰えるだろう」
マラクの声は沈んでいた。言葉から察するに、皆、ダアタに会えないでいるのだろう。
「わかった。・・・行ってみる」
タスクは館へと歩を進め、やがて気づく。
「翼主・・・やはり、産まれていたのか」
呟く声に、里の者達がビクリと反応する。
隠里中に力が満ちている。タスク達が恐れる翼主。ダアタが館から出られないでいるのも頷ける。これだけ力が漏れだしているということは、歴代の翼主の中でもかなり強い力を持っているかもしれない。
館の前に立つと、タスクは戸を叩く。
「ダアタ、タスクです」
「・・・おお、入りなさい」
喜々とした声、歓迎してくれていることがわかる。戸を開けて、中に入ると、タスクはギョッとする。白い翼がダアタから生えているように見えたからだ。
「・・・お前がタスクね」
ひょこり、とダアタの背から顔を出したのは、まだ、10歳にも満たないような少女だった。
だが、それでもおかしい。タスクが隠里から出たのは、4年前だ。その時までは、確かに、この少女は存在すらしていなかったのだ。
「もうこんなに成長しているのですか・・・翼主は」
「うむ。・・・しかも、先代までの記憶も継いでおられる」
「・・・な・・・」
そんなことは、今までにはあり得ないことだった。翼主が産まれても、先代の記憶を得るまでには、長い月日がかかる。だからこそ、除害者【エクスペクター】と守護者【プロテクター】が配置されているのだ。
「《視》てたわ。・・・ノースレスト砦の話も聞いてた」
「・・・力も使いこなしておられるようですね」
タスクは納得する。里の者達がひたすら人を追い払おうとしていたのは、この翼主が原因なのだと。
「うん。・・・でもね、不思議と人が憎いとか思ったりしないのよ。みんなが敏感になって、勝手に追い払ってるの。仕方ないけどね。目の前に人が来たら、憎くなるかもしれないじゃない?」
「そう、ですね」
同意しつつも、タスクは翼主を見つめる。支配されるようなそんな威圧感を感じない。もともと、タスクの年代以下は翼主を知らない。タスク達が生まれる前に先代の翼主は死んでしまった。
「翼主とは、このようなモノなのですか?」
恐れ多くも翼主をモノ扱いしたあげく、指を突きつけるタスクに翼主はきょとんとし、ダアタは仰天する。
「これ、タスク!・・・た、例え、威圧感がなくとも、翼主は翼主なのだ」
どうやら、ダアタも気付いているようだと知ると、タスクは翼主の前に跪く。
「外に出ませんか?」
「・・・いいの?」
「俺は守護者です。・・・それに、貴女に人を見せてあげたい」
「タスク!?」
驚いたのはダアタだ。もし、翼主が人族を皆殺しにしたいと思うほど憎んでしまったらどうするのだと、慌てて、タスクを押しとどめる。
「でも、今回の翼主は間違いなく、智翼主【ウィズドム】ですよ」
タスクの言葉に、ダアタは渋々頷く。
「そうだ。・・・智翼主は希少な翼主だ。だから、本能の赴くままに我々を縛ることはない。だが、それはあくまでも伝説級の話で・・・」
ダアタの話を最後まで聞かず、タスクは、翼主の手を取り、外へと出て行く。
「こら、話を聞きなさい。タスク!・・・まったく、こういうところは誰に似たのやら」
重い腰を上げ、久々に外へと出て行く。
冷静を装っていたが、タスクが一目であの翼主を、智翼主だと見抜いたことに度肝を抜かれていた。レラ族から離れていても、タスクの聡明さは変わらない。
ダアタが館から出ると、里中が騒ぎになっていた。どうやら、タスクが智翼主である事を伝え、更には、里の外に出すことを話したのだろう。
除害者のマラクが酷く動揺して彼のもとに走り寄ってくる。
「きょ、許可されたのですか!?」
「・・・翼主が外に出ることか?」
「そうです!」
「許可したことになるだろうなぁ。ダメとは言わなかったからなぁ」
ダアタが観念したように力無く笑うと、マラクは声にならない悲鳴を上げる。
「~っ!・・・お館様が止めなくて、誰が止めるんですか!?」
「仕方あるまい。責任は私が取る。・・・タスクの思うようにやらせてみよ。あれは、私の後継・・・お手並み拝見だな」
他人事のように言うダアタに見切りをつけ、マラクはタスクの肩を掴む。
「もしものことがあったら、お前は目の前の人族を殺すことになるぞ!?あれだけ関係を修復したいと望んだ人族を・・・」
“それでも、良いのか?”
マラクは最後の一言を飲み込んだ。翼主の鋭い眼光に何も言えなくなってしまったのだ。
「邪魔、するつもり?」
静かな、それでも、怒りのこもった一言だった。それだけで、マラクは声を発することも、動くことも出来なくなる。
「翼主。・・・彼は俺を心配してるだけです。ちゃんと、わかってくれます」
タスクが翼主の目の高さまでかがみ込んで微笑む。すると、翼主は首を傾げ、それから、頷く。
「・・・そう。タスクがそう言うなら、許してあげる」
途端に力が抜け、マラクはその場にしゃがみ込む。
「・・・タスク」
そのマラクを見やってから、翼主はタスクを見上げる。
「なんですか?」
「私のことは、名前で呼んで?・・・良いでしょう?」
「かまいませんが、何とお呼びしたらいいですか?」
全員が息をのむ中、翼主は微笑んでその名を告げた。
「・・・キララ」




