9.誓い
一行は、北の国の国境へとさしかかる。
「いったん、一休みしましょう。・・・ここからは、魔物達がウロウロしているはずだから、ゆっくりは休めないと思うし」
ミオンがくるりと振り返って、そう告げると、待ってましたとばかりにカナがカバンの中をあさり出す。
「お腹空いた~!なんか食べよ~ヨ!・・・あっ、あった~。ね~ミオン~、火ぃおこしてぇ~」
カナが一人加わっただけなのに、随分とにぎやかになったとタスクは思う。気持ちが暗くならずにすんでホッとする反面、にぎやかな空気になれていないために、戸惑いがある。
「もう、ホント、カナって元気よね」
ミオンも苦笑を浮かべつつ、枯れ葉を集めて、火をおこす。
「まぁ、賑やかなのは嫌いじゃないわ」
ナギもそう言って、カナから受け取った光石を辺りに配置する。光石は配置の仕方を工夫すれば結界と同じ役割をするからだ。
そんな2人の脇で調理道具を出していたカナは突然鼻歌を口ずさみ始める。
「よっし、これに~、水を入れて~♪・・・干飯をいれま~す。それから、乾燥肉をつっこんでぇ、後は一煮立ち~♪」
変な調子で歌いながら、てきぱきと、携帯用のなべに材料を放りこんでいく。やがて、おいしそうな匂いをさせ、湯気を立たせた、即席肉ガユが出来る。
「ん~っ、会心のでき~。一人分作るのって、味気なくって~」
にこにことカナは肉ガユを器に分ける。器も簡易的な物で、洗えば何度でも使えるようになっている。やはり旅慣れているのだな、とタスクは感心して、カナを見つめる。
「なぁに?」
その視線に気付いて、カナが首を傾げる。
「随分、手際が良いな、と思って」
素直にそう言うと、カナはそう?と微笑む。
「父さんってね、結構、何にも出来ない人でさぁ。あたしが家事担当だったってわけ。・・・ま、ホント、男手一つであたしを育ててくれたから文句も言えないしね。・・・血も繋がってないしさ」
「・・・えっ?」
「・・・母さんはさ、あたしと父さんが血が繋がってると思ってるみたいだけど、あたしの本当の両親は、魔物にやられちゃってさ。・・・偶然父さんが通りかかってくれなかったら、あたしも魔物にやられてたかもね」
ケロッとした様子で言うが、きっと、相当なトラウマになっているはずだった。タスク達が言葉を紡げないでいると、カナは微苦笑して皆を見つめる。
「そんな顔、しないでよ。・・・あたし、こういう空気苦手だからさぁ」
と悲しそうに微笑む。
「・・・ほ~ら、おカユ、冷めちゃうよ~ん」
いきなり、ころっと表情を変えて、カナは皆に食べるように勧める。
「・・・おいしい」
スズが表情を弛ませ、ポツリと呟く。確かに、絶品とまでは言わないが、疲れた身体を温めてくれる。ほんのりと干し肉の塩味が効いていて、おいしい。
「ふふん。携帯食もこうすれば、まんざらでもないでしょ?生活の知恵よ知恵。どんな旅の途中でも、お腹は空くし、眠くだってなる。・・・なら、より快適にその時間を過ごしたいじゃない?その為だったら、多少の努力は惜しまない事よ」
にっこりと笑い、カナは自分の肉ガユをつついた。
「ん~。お~いひぃ」
そう言って、肉ガユをほおばる姿は、無理しているようでもなく、タスク達はようやく安心して、目の前の肉ガユを食べることに専念する。
***
食事が済むと、カナはまたもやミオンに魔導をねだる。
「ミオン~、水、出して~」
「・・・私、便利屋じゃないんだけど・・・」
そう言いながらも、水を出してやる辺りは、ミオンもお人好しだ。
ミオンの出した水で、なべや器を洗うと、布で包んで、カバンの底につっこむ。
「しばらくは、暖かいごはんとはお別れね~。・・・北の国では火を焚くのは危険だものね」
「そうね。・・・龍神の郷なら・・・大丈夫とは思うけど」
ミオンが決意したように、その名を口にした。驚いたのは獣人族のエサカとルザナ。それに、獣人族の集落で暮らしていたスズだった。
「なぜ、ミオンさんが・・・」
スズが呟くと、ミオンが苦笑する。
「・・・私、龍神族だから」
全員の視線がタスクに向けられる。タスクが平然としているのを見ると、ああ、と納得したように溜息をつかれる。
「タスクは知ってたわけね?」
「・・・ええ。昨日聞きました」
ナギの問いににっこりと笑って答える。
「昨日?・・・じゃ、ずっと知らなかったの?」
「はい。・・・前回の勇者のパーティーにも参加してたんだよな?」
「うん。同じ龍神族の従兄が勇者だったの」
「はぁ~・・・。なんか、今、タスクが偶然にしては・・・、って言った気持ち、わかったかも」
ナギが溜息をつくと、ルザナがふと気付いたように尋ねる。
「・・・聞かないのね。龍神族とは何かって」
そう。人族には龍神族とはどういった種族なのか伝わってはいない。龍神の存在自体、国主とそれに連なる者以外には伝えられないのだから。
一部の情報通が知っていることも、ほんのわずかの事実にしかすぎない。
「あたし、龍神族の知り合いいるし」
「あ、私、導師【スコル】の一族なので、色々と教えてもらってましたし」
「父さんから聞いたし」
ナギとココとカナ。それぞれがしっかりとした情報源を持っている。本当に揃うべき人材が揃っている。そう思う。
「レラの若長・・・。本当に、このパーティーは、意図的に集められたように思う」
「・・・エサカ・・・」
ルザナが心配そうにエサカを見つめる。タスクと同じようなことを考えているのだろうと思う。
「いささか気味が悪いが、魔王を倒す絶好のチャンスなのだろう?・・・龍神族もいることだし、龍神の郷へ行って、協力を仰ぐのが賢いやり方だと思うが?」
「・・・もちろん、そのつもりだよ」
短く答え、ミオンに微笑みかける。
「ちゃんと言えて、良かったね」
「うん。・・・みんな、隠しててごめんなさい。私は、タスクほど勇気がなかったのよ」
「でも、ちゃんと言ってくれたから良いです」
にこりとココが笑う。それを見て、ミオンがホッと息をつく。
「じゃあ、龍神の郷?とやらに、レッツゴー!」
カナがいつの間にやらパーティーを仕切る役になったようだ。タスク達は思い思いに荷を持って、はりきって進むカナに続く。
「カナ、突っ走って離れちゃダメよ」
「わかってるわよ~ぅ。ほら、みんな!早く!」
カナに急かされつつタスク達は国境を越える。
***
そして、北の国に入った途端、魔の気配が一段と濃くなった。
一般の人間ならば、一瞬で気分が悪くなって、倒れているところだろう。もちろん、鍛えていても、気味が悪いモノは悪い。
「はう・・・」
ココが奇妙な声をあげる。
「ココ?」
「気持ち悪いのがいっぱいいますぅ・・・」
ココは導師【スコル】の一族だ。魔力が高すぎるために、余計なモノが見えてしまうのだろう。
「見ないふりよ、見ないふり」
ナギが気休めになるように、ココの手を握り、話しかける。
見かねてなのか、スズもココの手を握る。
「ココさん。私の手に集中してください」
どうやら、法術で余計なモノが見えないようにするらしい。興味津々でその様子をエサカとルザナが見つめる。
「神官ってのは、神殿に籠もるモノだとばかり思ってたなぁ・・・」
エサカの素直な感想だ。
「ちょっと、エサカ?・・・そんなこと思ってたの?・・・そんなだから、神官達に嫌われて、傷を治して貰えないのよ」
ルザナの一言は相当きつかったらしい。エサカをうっと呻いて黙り込んでしまう。頬の傷はどうやら、神官に治して貰えなかった為に残ってしまったもののようだ。
「・・・それ、消したいんですか?」
ココに法術を施し終えたスズは、エサカに向き直って、首を傾げる。
「・・・あ、いや。・・・もう、これは、俺のトレードマークになってるし。自分の甘さを再確認できるから・・・」
苦笑を浮かべると、エサカはスズから目をそらす。
「気にしないでね、スズ。・・・あいつ、照れてるだけだから」
即座にルザナがフォローを入れる。良いコンビだ。
スズはにっこりと笑って、頷く。このパーティーに慣れてきたのか、表情も明るくなったし、よく話すようにもなった。
「いいですね、こうやって、異種族間で交流できるって。・・・レラ族は他の獣人族とさえ滅多には交流しなかったから」
タスクはそう呟いて、キララに微笑みかける。
「そうね。・・・帰ったら、まずは、レラ族を外に出してあげるのが良いかもしれないわね。・・・翼をしまう方法だって、あるんだし」
「しまう方法があるってことは、出す方法もあるのよね!?」
食いついたのはナギ。目を輝かせて、キララの側に走り寄る。
「あるわよ。じゃなかったら、いざって時に戦えないじゃない。レラ族の翼は時に武器となるのだから。ね?タスク」
「はい。・・・ただ俺の場合は、“封じ”を使ったので、自由に出し入れできるわけでは・・・」
「・・・なぁんだぁ~・・・。ねえ、自由に出し入れできる方法って無いの?」
明らかにがっかりした様子で肩を落とすが、諦めきれないのか、ナギは再度尋ねた。
「あるわ。タスクが望むなら、教えてあげないこともないけど」
「教えてもらいなさいよ!タスク!」
すごい剣幕でナギに詰め寄られ、タスクはこくこく、と頷く。
「わ、わかりました。・・・キララ、ぉ、教えてください!」
「いいわよ。背中の痣に力を集中して。・・・レラ族の古語で念じるの。“ウィロズ(翼よ閉じろ)”“オプウィ(翼よ開け)”ってね」
タスクは言われたとおりに念じてみる。
“・・・オプウィ(翼よ開け)”
背中が熱を持ち、ちりちりと痛みを感じる。
「あ、服・・・」
破れるのではないかと慌てるが、キララがそっと手に触れる。
「大丈夫。・・・翼は私達を傷つけないわ。もちろん、服もね」
ふ、と力が抜け、タスクは久々となる感覚に懐かしさを覚える。今、タスクの背には大きな黒い翼が生えている。鎧も服も破けたり穴が開いたりした様子はない。
「ぅ、浮いてる」
ココが目を丸くする。翼を出したのが久しぶりなので、感覚がつかめずに宙に浮いた状態になってしまったのだ。
「・・・しばらく使っていなかったので、扱いが難しくって」
タスクは苦笑を浮かべ、ストッと地面に下りる。
「見事だな。・・・こんなに美しい翼はレラ族でも滅多にいないだろう」
「翼は、レラ族の力のバロメーターだものね。タスクはそれだけレラ族の中でも強い力を持っているのよ」
エサカが感嘆すると、キララがふふ、と笑う。自分の契約者が褒められて嬉しいのだろう。
「すごぉい。・・・ねえ、タスク。しばらく出しててよ。良いでしょ?」
ナギの目は翼を凝視している。
「良いですけど・・・。そんなに珍しいですか?キララの翼だって、白くて綺麗でしょう?・・・俺のは、黒いし・・・」
「綺麗よ!あたし、レラ族の除外者に会ったとき、あの翼に触りたくて仕方がなかったのよね~。触って良い?」
つまりは自分の欲求の為なのだが、あっさりと黒い翼を綺麗と言われてしまって、タスクは拍子抜けしながら、翼をナギに触らせてやる。
「うわ~。ふかふか。暖かい」
もふもふと触りながら、タスクを見上げる。
「ねえねえ、これって雨のとき、水吸っちゃっても平気なの?」
「水除けの呪文をかけたりしますよ。水を吸うと、とてつもなく重くなるんです」
「水鳥の翼とは違うんだ~。へ~」
「ナギがレラ族に興味があるなんて、知らなかったわ」
興味津々でタスクの翼を眺めているナギを見て、ミオンはクスクスと笑う。
「レラ族って言うより、この翼ね。・・・空を飛ぶとか、憧れるじゃない」
「憧れる・・・ですか?」
タスクは首を捻る。かつて、レラ族は空を飛ぶことで魔物といわれ、排斥されたのではなかったか。
「きっと、うらやましかったのよ。・・・自分達が欲しい物を持っているから、憎むの。・・・勝手ね?」
クス、と笑って、ナギはタスクの翼をもう1回撫でる。
不意に、頭上に影が差す。一同が慌てて上を向いた。
「敵!?」
ナギが背中の大剣に手をかける。
「いや・・・違う」
エサカはナギを制し、そして、“信じられない”と呟く。
「・・・この目で龍神を拝む日がくるとは」
「龍神?・・・あれが?」
ナギが、そう聞き返したのも無理はない。龍神には形など無い。様々な色が混じり合った雲の様な、例えようのないモノなのだ。確かに、人の姿を形取ることもあるのだが。
「器などは別にあると思いますけど、アレは龍神そのものの姿です」
タスクはそう言うと、その、雄大な姿に向かい、静かに告げる。
「偉大なる空の覇者よ、降りてきてくださいませんか。・・・ご相談があります」
『・・・了解した』
くぐもった声が天から降ってきたかと思うと、稲妻が目の前に落ちてくる。
「!?」
眩い光が薄まると、その場所には、赤い髪に黄色い瞳をした、一人の青年が立っていた。
「ミオン・・・久しいな」
ニコリ、と微笑む。
「センキ様・・・」
ミオンは呆然と呟いて、立ち竦む。
「・・・事の次第は、全て見ていた。・・・勇者達よ。古に交わした約束を守り、そなたらの使命を果たしに来たか」
「使命?」
ココが呟くと、龍神はああ、と溜息をついた。
「・・・そなたらは、悠久の時を生きるわけではなかったな。・・・だが、魂は違う。あの日、誓ったことを決して忘れず、こうして、縁を結んだ」
「あの日?」
今度はルザナが問い返す。龍神は頷く。
「あの日だ。・・・この世界を創った神が、お隠れになった日。そなたらはこの場で誓ったのだ。いずれ訪れる魔王の恐怖を必ず取り除くと。それまでは深き眠りにつき、時期を待つと」
何のことやらわからず、タスク達は呆然と龍神を見つめる。
「わからぬのも、詮無いこと。・・・唯一わかっているのは、レラ族の姫、そなただけか」
「・・・そうね。私だけが・・・今までの記憶を継いでいるのだもの」
龍神に視線を向けられ、キララは頷いた。
「・・・キララ?」
タスクが説明を求めるように、じっと見つめているのがわかると、キララはふと溜息をついた。
「前世ってわかるわね?・・・貴方達は、前世にこの場所で、神に誓ったのよ。いずれ訪れる魔王の恐怖を取り除くため、再びこの地に訪れるってことをね。・・・だから、言ったでしょう?偶然なんかじゃないって」
「・・・そういう・・・ことでしたか」
ようやく理解できたのか、タスクは言葉をつまらせながらも肩の力を抜く。
「ふむ。・・・理解できたのなら、このまま、デモンズアーチに送ってやろう。必ず、神の加護があるだろう。もちろん、我等龍神も協力は惜しまない。・・・準備は良いか?」
龍神の問いかけに、全員が頷く。龍神は満足げに微笑むと、声とも音楽ともつかない音を発する。
「これが、龍神の使う“神術”というものか・・・」
エサカがそう呟いたとき、タスクたちの姿はその場から忽然と消えた。