第29話 双雷斬
第二十層のラストクエストであるバトルロワイヤルが始まって、一体どれほどの時間が経っただろうか。
気が付けば、この部屋には五人のプレイヤーしかいなかった。
俺は勿論、ヘディとエディスは生き残っている。
俺とヘディは勿論、現実世界に帰るためだけに、己の欲望のためだけに戦った。エディスもそんなんだろうけど、何故か、俺と本気の斬り合いをするために生き残ったんじゃないかと思えてくる。
残る二人は、俺たち三人が知らない顔をだった。恐らく、奴らとは初対面だ。
一人は銃士の女性、もう一人は細剣使いの、またしても女性だ。
銃士の女性の黒い髪は背中まで伸ばされており、瞳も髪と同じ黒。身長はそんなに高くなく、一六〇セントくらい。美野里と同じくらいかもしれない。
もう一人の細剣使いの女性の黒い髪は短く、肩の少し上で切り揃えられている。動きやすさを重視しているようだ。瞳も、髪と同じ茶色。身長は高く、恐らく一七〇センチはある。宗と同じくらいだろうか。
俺とヘディ、エディス、二人の女性は、部屋の中央へと足を運んだ。
ただ――殺すために。
それぞれの距離が縮まっていき、およそ三メートルと言ったところで、両手剣使いが何の前触れもなく飛び出した。その刀身は漆黒のオーラに包まれている。
彼――エディスは二人の女性との距離を一瞬で詰めて肉薄。右足をブレーキ代わりにして踏み込み、剣を上から一振り。二人の女性は、それぞれ違う方向へと飛ばされた。
エディスは、銃士の女性に追撃するためか後を追う。
俺とヘディの前には、すぐに体勢を整えた細剣使いの女性が構えた。
俺たちは急いで剣を鞘から抜く。彼女が俺とヘディに向かって突っ込んできたのは、それとほぼ同時だった。
―――
黒いオーラに包まれた両手剣が、銃士の女性を切り刻もうと肉薄するが、素早い動きで回避される。そのことに驚きを隠せなかったエディスは、一瞬だけだが、動きを止めてしまった。
彼女はその隙を逃さず、素早くエディスの右側の死角に隠れるように移動。炎の弾丸を放つ。 炎の弾丸は赤い尾を引きながら直進し、エディスの右の脇腹にめり込み、貫通した。
――炎属性の弾丸か!!
攻撃に特化した炎属性の弾丸の威力はやはり凄まじく、エディスのHPを二割ほど削り取る。
レベル98のエディスのHPを、攻撃に特化した炎属性と言えど、たったの一撃で二割も削った。
それはつまり、銃士の女性もまた、レベルが高いプレイヤーと言うわけだ。
今戦っているプレイヤーのレベルが高いと確信するなり、エディスは口の両端をつり上げる。
彼の凶悪な笑みを見た銃士の女性は、本能的な恐怖を覚えたのか否か、数歩後ずさる。
と、次の瞬間、エディスは彼女に向かって飛び出した。
黒いオーラに包まれた両手剣を振り下ろすが、銃士の女性はわざと、エディスの両手剣の刀身に通常の弾丸を放つ。
闇属性は攻撃力に特化しているが、炎属性ほどではない。更にはレベルの差もある。それゆえに、エディスの両手剣は弾かれた。
刀身に弾丸が衝突した時の衝撃が、柄を握る手に伝わって痺れる。
「くぁっ!?」
自分の斬撃が弾かれたことへの驚愕と、両手の強烈な痺れに耐えるような表情をして、エディスは素早くバックステップで後退。
剣士、もしくはモンスター相手ならば、その行動は正しかったのかもしれないし、意味もあるだろう。だが、銃士が相手では違う。
銃士は遠距離攻撃を得意とするのだ。どれだけ離れようとも、その銃士の射程圏内を脱出しなければ、確実に当てられる。
銃士として経験を積んできた女性はそれを理解していた。
「銃撃技発動……」
女性の持つ銃の銃口にポリゴンが収束し始め、ついに発火。だが、それでもポリゴンの収束は続く。
――流石に、アレはまずいよね……。
エディスがそう思った時だった。
「『獄炎弾』!!」
先ほどとは比べものにならない大きな炎の弾丸が、その銃口から放たれた。
―――
雷を纏うことで、速度が上昇している斬撃が、ヘディを襲う。
しかし、その光景を俺は黙って見ているわけがない。
俺は足をフル稼働させ、細剣使いの女性の背後に迫る。
その際、スキル発動に必要な詠唱の前半部分を、内心で唱えておく。
俺に気付いたのか、その女性は後ろを振り向いた。だけど、それは致命的なミスだった。
雨のように突き出される斬撃が、ぴたりと止んでしまったのだ。
それを逃さず、ヘディは短い気合いを吐き出し、水を纏う剣を突き出す。
何かを貫くような音がしたかと思うと、細剣使いの女性の右胸から、水を纏った剣が顔を出していた。その剣はすぐに肉体から抜き取られたのか、顔を引っ込める。
……と、次の瞬間、俺は叫ぶように唱える。
「『双雷斬』!!」
―――
「……炎属性の銃士には、こんなスキルを持っている奴がいるんだね……」
迫り来る大きな獄炎の弾丸を、一切逃げようとする素振りもせずに見つめながら、エディスは驚愕に目を見開いてそう呟いた。
だが、エディスはだけど、と呟きながら、すぐに表情を引き締める。
両手剣の刀身を闇で包み、頭上に掲げる。エディスは、獄炎弾を相殺するつもりらしい。
――これくらいの弾丸なら、僕の敵じゃない。
そう言おうとして――言えなかった。
エディスの両目は、再び驚愕で見開かれ、思わず口を小さく開いていた。その口を、やっとの思いで動かす。
「なんで……獄炎弾が倍以上の大きさになるんだよ!?」
そう。
エディスが叫んだ通り、エディスに迫る獄炎の弾丸は、ある程度まで距離を縮めると、突如として大きさが二倍になったのだ。
ただでさえ、結構な大きさの弾丸が二倍になったのだ。それはもう弾丸と言うよりも、大砲の弾だ。
エディスは両手剣の刀身を包んでいた闇を取り払って鞘に収め、急いで走り出す。
獄炎弾は何もいない場所に着弾し、爆発。全力で走って距離を稼いだエディスだが、爆風により、ダメージを受けた。HPの残り残量が五割をきった。
「うっ、くっ……!」
床を転がりながら爆風がしない場所まで移動し、エディスは素早く立ち上がる。そしてすぐさま両手剣を抜刀し、刀身を闇で包みつつ、銃士の女性に向かって駆け出した。
銃士と剣士の戦い。それは、遠距離戦に長けた者と接近戦に長けた者の戦いだ。どちらが優勢になるかと問われれば、銃士と答える。それが、自分よりも相手の方がレベルが高いと言うのならば、尚更だ。
だからこそ、エディスは早期決着のため、次に出す一撃に、全てをかける。
―――
「おおおおおおおお!!」
斬撃を放ちながら、気合いとして雄叫びを上げる。
俺の左手に逆手で握られた剣から放たれた斬撃は、凄まじい速度で風を切り、それは細剣使いの女性の脇腹さえもを巻き込んだ。
血を思わせる赤いエフェクトが光り、視界の左側を埋め尽くした。彼女のHPが大幅に減少し、残量が四割になったところで、HPの減少は止まった。
『双雷斬』は二連撃技だ。だから、後一発だけ残っている。
一撃目で生じた遠心力を殺さず、自分の体を任せる。
一瞬だけ細剣使いの女性に背中を見せるが、すぐにさらに回転。振り向きざまに右手の剣で斬撃を放つ。
一撃目で攻撃した脇腹の、少し上の部分へ、剣を向かわせた。
……が。
金属と金属が衝突する音が聞こえたと思った次の瞬間には、俺の二撃目は弾かれ、大幅に軌道をずらされていた。俺の右手に握られた剣は、先ほど通った軌跡を逆戻りしている。
これで、俺の発動したスキルは強制的に中断されてしまった。
完全に敵に背を向けてしまったが、俺は全力で前に駆け出した。
直後、俺の背中があった場所に、鋭い突きが放たれるのを、顔だけ振り向かせて確認した。
もしもあの時に走り出していなければ、間違いなく、今頃はあの細剣の餌食になっていただろう。
ある程度走り続け、俺はかなり細剣使いの女性から離れた。
――反撃に出るか。
そう思って振り向いた俺は――驚愕した。
細剣使いの女性と俺との距離は、約五メートル。普通の細剣なら、こんな距離は絶対に届かない。いや、これは全ての剣では共通することだ。
……なのだが。
彼女の細剣の刀身は伸びていて、俺の目の前にまで迫っていた。
……だけど、俺は回避しなかった。
何故なら、回避する必要が、なかったから。
ズバァッという効果音が聞こえたかと思った次の瞬間、性格に俺の顔を貫くはずの細剣の軌道が、大幅にずれていた。
何故なら――細剣使いの女性の右足が、なかった。正確には、太股の真ん中辺りから下がなかった。
彼女は右足を失った影響でバランスを保てず、その場に崩れて倒れた。
その切断面からは、血を思わせる赤いエフェクトが川の如く次々と流れ出ては、ポリゴンとなって消滅している。
さすがに、これは痛いと思う。
いくら痛覚が軽減されていると言っても、体の一部分が斬り落とされたのだ。
もう一度言う。これは痛いと思う。
だが、これは絶好のチャンスだ。
敵が今、五メートルほど先で右足を失いながら倒れているのだ。首を落とさない方が、おかしい。
そう考えて、一歩前に踏み出した。
直後だった。
細剣使いの女性の首が、胴体から斬り離された。
斬り離した張本人は、彼女がポリゴンとなって消滅するのを見届けると、納刀しながら俺に駆け寄ってきた。
「アレン!大丈夫だった!?」
俺の現在の、たった一人のパートナー。赤毛の少女、ヘディだった。
俺も二振りの剣を鞘に収め、ヘディの質問に答える。
「ああ、大丈夫だよ。ありがとうな。おかげで助かった」
素直に礼を言うと、ヘディは笑顔になった。
「どういたしまして」
そう言ったヘディは、何かを思い出したかのように顔を上げた。そして、周囲を見渡し始めた。
「どうかしたのか?」
「そう言えば……エディスはどうなったんだろうと思ったのよ」
周囲を見渡しながら、ヘディは俺の問いに答えた。
エディス……か。
あいつならきっと……いや、間違いなく。
「あいつなら生き残って、俺たちの前に姿を現すと思う」
そう、呟いた時だった。
「いやはや、まさか銃士に『ブースター』のスキルを持っている奴がいるとは……全く持って予想外だったよ」
そんなことを呟きながら、両手剣を鞘に収めながら、グレーの髪の少年が俺とヘディに歩み寄ってきた。
やっぱり、あいつは――エディスは生き残っていた。
エディスが十分に近づくと、俺はエディスに一つ、質問をした。
「なあエディス。『ブースター』って……何なんだ?」
「ん?ああ、『ブースター』って言うのは、自分のスキルの威力を二倍にする、ユニークスキルだよ」
「そんなのがあるんだな」
「まあ、僕もついさっき知ったんだけどね」
そんな会話をしつつも、俺はエディスの出方を伺っていた。
こいつがいつ襲ってくるか、分からないからだ。
そう想いながら会話をしていると、急にエディスは話題を変えてきた。
「……そろそろ、決着を付けないかい?」
俺は一瞬だけ黙り……頷いた。
剣を背中の鞘から抜こうとして、エディスに止められた。
「なんだ?」
「いや、せめて、HPを回復させてほしいんだけど……」
そう言うエディスのカーソルを見てみると、ちょうど半分くらいまで減少していた。
ふと、俺のHPを見てみるが、四割ほど減少していた。
「分かった。お互いの準備が出来次第、始めよう」
俺の言葉にエディスは頷き、俺たちはHPを回復させた。
――もうすぐだ。もうすぐで、おまえ等の敵を討つからな。
――宗、美野里……。
To Be Continued.




