第29話 【贋作】
帝都イスニアの夜を一望する、ルークス伯爵邸の絢爛豪華な大宴会場。
今夜は王都の有力貴族や大商人たちが一堂に会する、最高級骨董品オークションの催しが開かれていた。
「ハハハ! アモル殿、オメガ商会の評判はかねがね伺っておるよ。今夜の目玉商品は我が伯爵家に代々伝わる古代魔導具の真品……ぜひ君のような新進気鋭の商人にも見届けてもらいたくてね」
豪奢な髭を蓄えたルークス伯爵が、ワイングラスを傾けながら下種な笑みを浮かべる。
「お招きいただき光栄でございます、ルークス伯爵。素晴らしい逸品の数々、商人の端端として勉強させていただきます」
アモルは柔らかな笑みを絶やさず、静かに頭を下げた。
その両脇には、護衛兼お供として同行しているカイとラムダの姿があった。
「チッ……気取ったタヌキオヤジですね。胡散臭い金の匂いがプンプンします」
カイが吐き捨てるように呟く。
「カイ様、あまり大きな声を出されますと……! 一応は取引先の貴族様ですので、どうかご辛抱ください」
アモルは冷や汗をかきながら、小声で必死にカイを宥めた。
「カイ、シーッ! 宴会場なんだから我慢しなさいって。……でもアモル、確かにこの館、どことなく歪な空気を感じるわね」
ラムダもまた、鋭い魔力感知で会場内の違和感を察知していた。
「はい、ラムダ様のおっしゃる通りです。私の気のせいでなければ良いのですが……」
その時だった。
「ひゃあッ! す、すみません……っ!」
会場の隅で、ガシャンという甲高い音とともに小さな悲鳴が響いた。
給仕の不手際か、銀のトレイを落とした少女が、絨毯の上に這いつくばって怯えている。
人間族の16歳ほどの少女。
ボロボロの給仕服を纏い、茶髪のショートカットに大きめの丸メガネをかけた姿は、いかにも気弱で従順そうな印象を与えた。
歪んだ丸メガネの奥からは、涙目になった瞳が覗いている。
「この間抜けめ! 貴様、我が伯爵家で一番価値のある『鑑定の天眼』を持っていながら、給仕一つ満足にこなせんのか!」
近くにいた伯爵家の執事が、ルチアの細い肩を激しく蹴り飛ばした。
「痛っ……! ご、ごめんなさい……ごめんなさい、支配人様……っ!」
ルチアは身体をすくませ、ただひたすら平謝りを繰り返す。
「黙れ! 今夜のオークションに出す『古代の魔導宝珠』も、お前が『本物だ』と鑑定したから出品してやっておるのだ! 失敗すればただでは済まんぞ!」
執事は会場の客に聞こえないよう小声で怒声を発すると、ルチアの腕を乱暴に掴んで力任せに立ち上がらせた。
「おいおい……子ども相手に胸糞悪いマネしてんじゃねえぞ」
ラムダが腰の柄に手をかけ、眉をひそめて踏み出そうとする。
「あ、お待ちくださいラムダ様! ここで騒ぎを起こすと面倒なことになります!」
アモルは慌てて手を挙げ、ラムダを制した。
その両手は揉み手気味だが、瞳だけは冷徹なまでに冷静に、怯えるルチアと執事のやり取りを観察していた。
(……へえ。『鑑定の天眼』ですか。あの若さでそれほどの稀少固有スキルを所持しているとは。しかし、あの伯爵家の横暴さと、出品されている『魔導宝珠』の歪な魔力波長……なるほど、そういうことですね)
アモルは扇子を優雅に開き、口元を隠した。
「アモル? 何か気づいたの?」
ラムダが小声で尋ねる。
「はい、ラムダ様。あのルチアという少女の持つ『目』は本物です。そして、これから始まるオークションには、ルークス伯爵家を揺るがす巨大な『嘘』が仕掛けられています」
「嘘……? 一体どういうこと?」
カイが不審そうに尋ね返す。
「フフ、言葉通りの意味でございます、カイ様。……皆様、少し面白い『商談』を始めてもよろしいでしょうか。あの哀れで美しい原石を、我がオメガ商会へ引き取るための商談を」
アモルはファミリアの先輩たちへ丁寧に頭を下げつつも、その瞳には商人特有の鋭く苛烈な光を宿していた。
最高級オークションの開会を告げる鐘の音が、会場内に重々しく響き渡った。




