第1話 【洗礼】
エスクワ教のあらゆる神々の頂点に立つ「創造神」
その創造神の最強の加護を授かった14歳の平民の少年。
やがて少年は青年へと成長し、多くの最強最高で美しい女性達を仲間に従え、大陸全土に影響力を与える「影の権力者」へとなっていく。
記憶は定かではないが、どこで覚えたのか、私は幼い頃から構造物に目を奪われる子供だった。
建物の骨組み、家具の継ぎ目、武具の構造。どうやって組み合わされ、どんな工程を経て形を成したのか。そればかり考えて生きてきた。
十四歳を迎えた今日も、頭の中は変わらない。
いずれ大工か鍛冶師になり、腕を磨いて独立し、とびきり綺麗な女の子たちに囲まれて笑って暮らす――自分の将来設計は、完璧に仕上がっているはずだった。
「アルファ、そろそろ出発ですよ!」
ドアの向こうでバタバタと忙しない足音が響き、母エリスの声が飛んでくる。
長い茶髪を揺らしながら家事をこなす彼女は、今日も朝から落ち着きがない。
「はーい、もう出ますよ。」
特別な準備などない。作業用の手拭いを一本つかみ、慣れた手つきで腰帯へくくりつける。返事と同時にドアを押し開けた。
「アルファも今日で十四か! 洗礼を受ければ、今日からいっぱしの男だな!」
エリスより少し濃い茶髪の父オールが、たくましい胸を張ってニヤりと笑いかけてくる。
「はい!父さん!でもさ、洗礼を受けたからって急に何かが変わるわけでもないでしょ?」
私が悪戯っぽく肩をすくめると、案の定エリスが目くじらを立てた。
「何言ってるの! 洗礼は心身の成長を創造神様にご報告し、これからの人生を――」
「はいはい、分かりました。分かってますって、母さん。」
始まりかけたお説教を素早く遮る。これに付き合っていたら、今日という短い一日の貴重な時間が消えてなくなる。
「もう! いつもそうやって適当なんだから! ほら行くわよ、神父様をお待たせするわけにはいかないでしょ!」
我が家があるのは、帝国第二の都市アケロン。
人間族が統治するヴェルニ帝国の首都イスニアから、南西へ馬車を走らせて一週間ほどの場所だ。
この大陸には他に、エルフ族のプラディア王国、多民族国家のハイエス共和国が存在し、それら三国に対して永世中立を貫く武力を持たない国、エスクワ聖国がある。
十四歳になった子供が各地の聖堂へ赴き、聖国から派遣された神父から洗礼を受ける――それが大陸全土に根付いた、古くからの共通の儀式だった。
「いやあ、それにしても大きくなった! 父さんは嬉しいぞ、なあエリス!」
「もう、朝からそればっかり。いいですかアルファ、オールみたいに普通の人生で十分なんですからね。英雄になりたいとか大金持ちになりたいなんて、大それたことは考えなくていいのよ?」
郊外の自宅を出て、街の中央に聳える聖堂へと向かう。両親の他愛もない会話を聞きながら歩く街並みは、見慣れた日常そのものだった。
「父さん、母さん。僕にそんな大層な野望はありませんよ。まあ……しいて言うなら、将来は大工の棟梁になって、この街で一番大きな建築を手がけてみたい、ってくらいですかね。ははは。」
軽口を叩いてみせたものの、胸の奥には小さな期待と、それ以上の不安が渦巻いていた。
洗礼自体は、ただ神の祝福を受けて終わる形式的な儀式だ。ほとんどの者は何も変わらず日常へ戻っていく。
だが――ごく稀に、創造神から『加護』を賜る者がいる。
加護の性質によっては、本人の意思に関わらず騎士団や魔術師隊へ徴兵されるという噂があった。
まあ、そういった特別な人間は幼い頃から天才の片鱗を見せるものだ。私のような普通のやつには、逆立ちしたって縁のない話ではあるのだが。
石畳の通りを抜けると、目の前に圧巻の建造物が立ち現れた。
アケロンで最も巨大で美しい建築物――大聖堂だ。
第二都市だけあって、今日十四歳を迎える子供たちがすでに二十人ほど集まっていた。
入口で両親と別れて中へ入ると、神官に促されて重厚な長椅子へ腰を下ろす。
周りを見渡せば、身なりの良い貴族の子供もいれば、私のような平民もいる。だが、神の御前においては身分も種族も関係ないのがエスクワ教の教えだった。
やがて名前が呼ばれ、一人また一人と講壇へ向かう。
何事もなく静かに儀式が進み、十人目が終わったその時だった。
「アルファさん、講壇へ。」
静寂の中に私の名が響く。
意を決して立ち上がり、神父の前に進み出て膝をついた。深く頭を垂れる。
頭上に、神父の温かい手が載せられた。小さく呪文が唱えられ――次の瞬間。
視界が、爆発的な白い光に塗りつぶされた。
「お、おおお……っ! 加護を授かりましたぞ!」
神父の興奮した声が聖堂に響きわたる。
光の渦の中で、私の血の気は一気に引き下がった。
(おいおいおい、嘘だろ!? 勘弁してくれ、僕は大工の棟梁になりたいんだよ!!)
絶望に打ちひしがれながら薄目を開けると、立ち上がった神父が首をかしげてブツブツと呟いていた。
「うーむ……加護は【創造】? 剣技でも魔術でもなく『創造』とは……一体どんな加護なのじゃ……?」
神父の戸惑いを見逃すはずがなかった。
剣でも魔術でもない。なら、まだ助かる術はある!
「神父様! それはきっと『大工の加護』です! 僕、昔から物造りが大好きで! きっとその熱意が創造神様に届いたんだと思います!」
強引すぎるロジックだったが、ここで戦場へ送られるわけにはいかない。
咄嗟に出たにしては、完璧すぎる自説のはずだ。
その後、光を放つ子供は現れず、儀式は滞りなく終了した。
聖堂の重い扉を開けると、両親が破顔して駆け寄ってきた。
「アルファ! お前、大工の加護をもらったんだってな! やったじゃないか!」
「本当に良かったわねえ! アルファは昔からずっと何かを作っていたものね!」
大喜びする二人を見て、私も胸を撫で下ろす。
……本当にただの大工の加護なのか? という一抹の疑問は残るが、ひとまず最悪の事態は回避できた。
「そうだアルファ、神官様から聞いたぞ! 加護を授かった者は、帝国高等学院への入学が認められるらしい! しかも学費も生活費もタダ! お小遣いまで出るそうだぞ! 羨ましいやつめ!」
「……え!? 学院ですか? あの、首都イスニアにある……?」
初耳だった。加護を授かる者が滅多にいないからか、我が家がしがない平民だからか、そんな特例があるとは思いもしなかった。
「アルファが学院に行けるなんて誇らしいけど……イスニアで暮らすとなると、やっぱり寂しくなるわね……。」
エリスは少し寂しげに目を伏せたが、その声には隠しきれない誇らしさが滲んでいた。
「いや、僕はまだ行くって決めたわけじゃ――」
「何を言ってるんだアルファ! 行きたくても行けない最高峰の学院だぞ!? 二年なんてあっという間だ。その二年間、首都の素晴らしい建築を学び放題じゃないか。それに……都の可愛い女の子たちとも……ムフフ……。」
(……なるほど。一理ある。)
オールの鼻の下を伸ばした顔に同意するのは癪だったが、言っていることは間違いなかった。
首都イスニアの歴史ある建築を学び、人脈を広げる絶好の機会だ。そして何より、華やかな都には魅力的な女の子たちがたくさんいるはず……。
まあ、まずはこの【創造】という加護が一体何者なのかを確かめるのが先決だが。
その夜、我が家ではささやかで温かい誕生日パーティーが開かれ、幸せな時間が過ぎていった。




