第40話 王都へ
王都への出立は、剣楽祭から一月後に決まった。
御前試合の日取りに合わせ、道中の宿を確保し、ギルドの依頼を整理する。準備は淡々と進んだが、ひとつだけ、予想外だったことがある。
同行者が、増え続けたことだ。
「あたしは行くからね! 警報係として! 護衛任務として! 異論は認めません!」――リゼ。これは、最初から決まっていた。
「俺も行く。古い借りを、返す頃合いだ」――ヴォルフ。師として、案内役として。
「クロフォード家の伝手が要るでしょう。それに、あなたの謎を見届けると言ったもの」――エルシア。
「フィノもいく! おるすばん、やだ!」――フィノ。留守番のはずが、荷馬車に潜り込んでいた。
「……私は、単独で先に行く。王都の"影"の動きを、探っておく」――セツ。
「兄弟弟子が王都に行くんだ。俺も付き合うぜ。あの爺さんのこと、知りたいからな」――カイム。
気づけば、大所帯だった。俺の"気づいたら"できていた居場所が、そのまま、旅に出るような格好だった。
*
出立の朝、ギルドの前には、見送りの人だかりができていた。
ガストンが、餞別の干し肉を押しつけてきた。「道中の記録、忘れんなよ。世界は、記録でできてる。……お前が、俺に教えてくれたことだ」
ノエルが、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、「兄貴ぃ! 無事で! 必ず帰ってきてくださいよぉ!」と叫んだ。「兄貴はやめろ」と返したが、いつもより、語気は弱かった。
そして、マスター――ドルガン=ヴェイルが、俺を、脇へ呼んだ。
「レイン。……娘を、頼む」
「護衛対象として、最優先で守る」
「そうじゃねえ。……いや、それでもいいが」マスターは、苦笑して、それから、懐から、古い封筒を取り出した。「これを、お前に託す」
封筒は、色褪せていた。何年も、大切にしまわれていた紙の色だ。
「かみさんの――リゼの母親の、遺品だ。死ぬ間際に、俺に言い残した。『いつか、灰色区から来た子が、王都へ向かう日が来る。その子に、これを渡して』とな」
俺は、封筒を受け取った。表には、何も書かれていない。
「かみさんは、最期まで、妙なことばかり言ってた。灰色区を気にかけろ。リボンを、リゼに。そして、この手紙を、灰色区から王都へ向かう子に。……意味は、俺には、さっぱり分からん。だが、かみさんの言葉は、いつも、後から正しかった」
マスターは、俺の肩を、ごつい手で叩いた。
「王都に着いたら、読め。……なんだか、お前のためのもんだって、気がするんだ」
「……預かる。ありがとう、マスター」
*
荷馬車が、動き出した。
見送りの声が、遠ざかる。ノエルの泣き声。ガストンの指笛。ギルドの、灰色の鷲の紋章。二階の、あの窓。
「……行ってきます、だね」リゼが、隣で、少し寂しそうに、そして、嬉しそうに、呟いた。「あたし、灰色区から出るの、初めて」
「俺もだ」
「え? あんた、あちこち依頼で行ってたじゃん」
「近郊だけだ。……街を、離れるのは、初めてだ。転生してから、ずっと、この街にいた」
リゼは、俺の横顔を見て、それから、そっと、俺の手を握った。
「そっか。……じゃあ、初めての遠出、あたしと一緒だね」
「そうなるな」
「ふふ。……なんか、うれしい」
俺は、彼女の手の温かさを、感じていた。懐には、まだ読んでいない、彼女の母の手紙。この手紙が、何を語るのか。俺には、まだ、分からない。
だが、点は、また一つ、旅の先で、線になろうとしていた。
荷馬車は、街道を、王都へ向かって、進んでいく。
俺の、初めての遠出。取り戻した心と、守るべき仲間と、まだ見ぬ答えを乗せて。
(急ぐな。積め。……だが、今度は、逃げも隠れもしない)
師の言葉に、俺は、初めて、自分の一行を、付け足した。
――迎えに行く。全部の答えを。そして、終わらせに行く。
(次話:街道の夜。母の手紙が語る、《観測者》の血。)




