後日談
鍵の音は、いつも同じ高さで鳴る。
それが重要だった。日によって違ってはいけない。気分で変わってもいけない。
安定は、愛の最低条件だから。
ドアを閉めて、確認する。
ユイは、ベッドの端に座ってノートを書いている。姿勢がいい。呼吸は規則どおり。目線は落ち着いている。
――問題なし。
私は小さく息を吐く。
この瞬間が、一日の報酬だ。
最初から、こうなる予定だったわけじゃない。
ただ、彼(彼女)が壊れていくのを、見ていられなかった。
外は雑音が多すぎる。
善意、期待、評価、比較。
無自覚な暴力が、普通の顔をして歩いている場所。
ユイは、いつもそれに削られていた。
笑い方が下手になり、言葉を選びすぎて、最後は黙る。
だから私は、設計した。
危険を排除し、偶然を削り、選択肢を管理する。
人を幸せにするには、自由よりも制御が必要だと、私は知っている。
それを、誰もやらなかっただけ。
「美沙」
名前を呼ばれる。
胸の奥が、きちんと反応する。
「どうしたの?」
「ノート、見てほしい」
差し出されるページ。
今日の感情記録。揺れは小さい。原因も特定済み。
「よく書けてる」
そう言うと、ユイは少しだけ肩の力を抜く。
その反応が、すべてを肯定してくれる。
私は間違っていない。
ときどき考える。
もし、誰かがここを見たら、どう言うだろう。
監禁。束縛。異常。
そういう言葉を、彼らは簡単に使う。
でも、それは結果だけを見た評価だ。
過程を知らない人間の、無責任なラベル。
私は、毎日確認している。
ユイの表情。呼吸。睡眠。夢。
苦しんでいない。
泣いていない。
壊れていない。
それが、答えでしょう?
夜、照明を落とす前の確認をする。
手首の拘束。位置。強さ。問題なし。
以前、あえて外したことがある。
試験だった。
ユイは、出なかった。
その事実が、どれほど私を安心させたか。
選ばれた、という確信は、何よりも強い。
「おやすみ」
「おやすみ、美沙」
名前を呼ばれるたび、責任が輪郭を持つ。
私は管理者で、保護者で、唯一の基準点。
眠りにつくユイを見て、私は椅子に座る。
見張りじゃない。監視でもない。
観測だ。
もし、私が目を離したら。
もし、規則を緩めたら。
もし、外を許したら。
その先にあるのは、再発だけ。
だから、私はここにいる。
愛しているから。
守っているから。
正しいから。
鍵の音を、もう一度確認する。
今日も、すべては予定どおり。
私は微笑む。
――明日も、うまくいく。
それが、私の幸福で、
ユイの世界で、
この関係の完成形なのだから。




