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05... やば、絶対ボロ出る。


 さて、衣服を纏って食事も済ませたら人間のハリボテ完成。


 聖なる力の使い方を練習しながら魔王城を壊し、オレたちは旅に出た。人間の生態や生活に慣れながら。


 嫌いなものは上着のボタン。何個締めればいいわけ? 最低。


 好きなものは睡眠。

 完全に意識を手放すことは魔族の時代なら不可能であったことだ。ギョーセーの顔に木の実の汁で落書きしても起きなかったから、睡眠というものは深い。すごい。


 食事は専ら人間が持っていた本を参考に集めた草や根を煮込んだ汁か、動物を捕まえて丸焼きにした。二人で何度か腹を下した。排泄には慣れたもんだ。



 ある程度の生理現象に慣れて、人間らしさを覚えたところで王都へ急ぐ。


 旅の途中の村々では魔族を疑われることはなかった。

 今は芯から人間だから当たり前だけれど。言語能力に大きな差異がないのも大きいのかもしれない。


 魔族はその場に残留する魔力で作られ、その残留する魔力はその土地の情報を包有している。形や言語や記憶や知識。魔族はそれらを抱えて生まれてくる。


 もしかしたら人間の生態の知識も持っていたかもしれない。しかし使わなければ、思い出さなければ、忘却の彼方だ。せいぜい人間と同じものは、意思疎通の方法だろう。



 因みに装っている人間の背景は、遠い田舎の故郷で暮らしてきたが、ある日村を魔族に襲われて以来二人で細々と旅をしているという感じ。


「ありがちだね。小さい村が魔族に襲われる、よくあるやつ」

「とはいえ、ここ最近は辺境の村に強い力の使い手を赴任させていたらしいですよ」

「ある時から魔族の侵攻が遅くなってたの、それが原因なんだ」

「魔族はそういうことに対策を取りませんから」

「まあね。じゃ、オレらはかわいそうな姉弟? 姉弟って言うんだっけ?」

「……あなたの弟はいやです。親戚、というやつくらいにしましょう」

「シンセキ。やば、絶対ボロ出る」


 実際幾度となくオレは人間になんだこいつはみたいな視線を向けられたけれど、その度にギョーセーが間に入って言い訳を連ねてくれた。助かる。


 そうしてギョーセーがうまいこと仕事をもらってきて、日銭を稼ぎながら王都へさらに進んでいく。




 道中、大きな木々が生い茂る美しい森のそばにある、とある村で。


「おい、お前さんたち」


 畑仕事の休憩中であろう老人に話しかけられた。

 ぴたりと足を止めてからギョーセーと視線で会話をし、平和的にお返事を行う。


「オレたちのこと?」

「ああ、そうだよ」


身体を声の主へと向けて、緩く首を傾げてみせればさて話を待とう。


「そんなに汚れた格好でどうしたんだ。今代わりの服を持ってきてやろう。孫のお下がりで悪いがな。石鹸とかも持っていくといい。食べ物はあるのか? 野菜ならたくさんあるぞ。畑を広げたからな。肉はあまり無いな。隣の村が魔族が少なくなったのをいいことに、どんどん取っていく。ほら、こっちへ来なさい」


 こちらが口を挟む隙も無く、ひとつづりに連ねられた。

 手招かれるままによっこいしょと立ち上がる老人の後をついていく。ゆっくりとした歩調だ。あたたかな口調だ。これが人間。今まで憎悪に満ちた目しか向けられたことがなかったから不思議な心地だ。


 そう、それが心地良いわけじゃない。むしろ酷く生温く感じる。

 魔王が死んでどうなるかと思えば、どうにも変わらない。

 今度は人間同士で場所取りの戦いでも始めるのだろうか。昔から、遠くから眺めていた光景とそう大差ないまま。


 ただこの世界に魔王が居ない。それだけ。たったのそれだけなの?


「どうした、ぼうっとして。しゃっきりせい。この先は道が複雑だぞ」


 ハッとした。だがその言葉はオレではなく、もうひとりの元魔族に向けられていたようだ。

 振り返るとギョーセーが青々とした森に目を奪われている。

 あいつだって思うことのひとつやふたつあるだろう。


 そして、これまで幾つかの村を巡って分かった。ギョーセーは子どもにしては、大人びた雰囲気をしすぎている。

 まあ、もともとの生きた年数でいえばこのご老人よりもだいぶおじいちゃんだしね。


「これ、貰っていいの? お前の」

「おじいさん、です」

「おじいさんの孫に怒られるんじゃない?」


 途中ギョーセーに訂正を差し込まれつつ確認。服はやっぱりつんつるてんとして。


「構わんよ。うちの孫は……遠くへ行った。気付けば、もうばーさんと二人だ」


 これは……恐らく、孫はすでに魔族に……というやつかな。これまでの村でもこの手の話の展開がままあった。家族が死に残された人間は存外多い。オレたちといっしょ。




 身綺麗な格好に変えて、野菜やら雑品を荷物に詰め込んでいく。ギョーセーは外へ水を汲みに行っているから、一人でぎゅうぎゅうと奥へ奥へと押し込む。その傍ら、老人が隣の椅子に腰掛けていたので何かひとつでも情報が手に入らないかと声を放った。


「おじいさんは、勇者とか、その仲間とか、何か見たことある?」


 老人は思い出す仕草としてぽりと頬を人差し指で掻いてみせて。


「此度の勇者か? ああ、……あるよ。大きな魔王の頭を抱えた勇者が、ちょうどこの村を通っていった」

「……へえ」


 詰め込む作業の手が止まる。


「魔王の顔は、幾らかは欠けていたがそれでもまだ形を保っていて、……それはもう憎悪に満ちた、憤怒の形相であった。暫くは魘されたもんだ」


 何て反応をしたらいいか、分からなくなってしまった。結局その説明に返すものは見つけらないし、その話は手掛かりに繋がらなそうで。沈んだ空気に別の一声を送り込む。


「おま……じゃない。おじいさんは、魔族がいなくなってどこか行こうと思わないの? 何かしようと思わないの?」

「わしか?」

「うん。今から」

「もう随分と老いてしまったからなぁ」

「まだ70歳とかでしょ?」

「まだ?」



わはは、と老人が快活に笑い髭を撫でる。



だってまだ70歳とかじゃん。




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